史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
「ふ、まさか……本当に釣られてくるとはな。馬 槍月。随分と友人思いではないか」
「奴は何処にいる」
「なあに。別室で可愛がってやってるとも。我々の下で働くのであれば、それ相応に躾ける必要があるからな。妙に頑丈なのが、気にならないでもないが」
「そうか。であれば、邪魔は入らんか」
――気に入らん。
全てが気に入らん。人質を取る、という小物染みたやり方も。その人質を嬲って笑うそんな根性も。自分の所の人員をそのように扱うのを当然と思って居る思想も。そうして人質を取っていれば勝てると思って居るその油断も。
何もかもが、癇に障る。ここまで機嫌が悪いのも、珍しい気がする。
「なんだ、心配ではないのか? 態々助けに来ておいて?」
「勘違いをするな。俺がここに来た理由は、そんな軟弱な理由ではない」
「ほう?」
「他人の神経を逆撫でする天才的な下衆共の喉首を……鬱憤晴らしがてら、引き千切ってやる為だ。それに、そろそろ一つ。経験しておいた方が良いか、とも思ってな」
「ほう?」
「貴様ら外道共の命なら……幾ら潰しても、何も思わん」
だからこそ。機嫌が悪いからこそ。皮肉な事に、頭は酷く冷たく、冴えていた。
勝負で熱くなることはある。強者と拳を交わすのはそれだけで楽しい時間だ。
だが。こんな輩を幾ら相手取っても。何も心は躍らないし、寧ろ深く沈むばかり。それが幸運だとは、欠片も思えないが。今、恐らく……
「――やれっ!!」
「「「おらっしゃああああああッ!」」」
「有象無象が」
一番上手く、体も動くだろう。
「ごばっ」
「げぴ」
「ぎゅぇ」
「真の拳法、というモノを、冥土の土産に拝ませてやる。貴様等には勿体ない程の上等な品だ。ありがたく思うがいい」
体中の気血が、思う通りに通る。今まで以上に、腕を、足を、自由自在に動かす事も容易い。師に聞いた事がある。体中に巡る動の気、静の気を、完全に、自由自在に操る事は、達人へ至る道の、一つの関門である、と。
この年になるまで、どうにも掌握し切れた、と確証は得られなかったが……こんな時にこの感覚を得たいとは思わなかった。
「なっ……なんだ、あっと言う間に」
「……まさか、そんなバカな……お前ら! 怯むな、どんどんかかれ!」
「はっ!」
「くたばれぇ」
今ならば。
目の前に群がってくる輩程度、なんの脅威にも感じはしない。相手の構え諸共潰してそのまま打ち砕いて、そのまま一気に殴り飛ばし……奥から迫ってくる雑兵共の間をすり抜けつつ、全て急所を打ち抜く。酷く、容易い。
相手を潰すのがこんなにやりやすかった事等、今までなかった
「なぁっ!?」
「馬鹿なっ、一瞬で!? そんなバカな話……!!」
「ま、間違いない……『気の掌握』!! 妙手として、この、この時に! 己が殻を破ったというのか!?」
「ふん、妙手が殻を破る程度、珍しい事でもあるまい」
だが、その感覚に喜んでいる暇はない。雑兵なんぞ幾ら片付けても意味は無い。問題はその奥に居る何人かの腕利きだ。以前の俺ならば、三倍以上の数を覆す事は厳しかっただろうが、今は。
不思議と、全く苦労する気もしない。
「どうした。後ろに下がっているばかりでは鍛えた拳が泣くぞ」
「す……好き勝手言ってくれる!!」
「中国三大武術、太極拳、八卦掌、形意拳!!」
「それらを使いこなす我ら三人を相手に、生意気な態度を取った事、後悔するがいい!!」
――成程。それなりの修練は積んで来たか。直線状に突っ込んで来る形意拳の男一人とっても、気当たりの質は、以前送り込まれて来た三人とは桁が違う。流石に本気で潰しに来たと見える。
「だが」
それを踏まえて尚。
何と言う事も無い。
「死ねぇい!」
「背後、取ったわ!!」
「太極拳相手にその隙だらけの構え、死にたいという事だな!!」
「――死ぬのは、貴様等だ」
形意拳の直線の拳を真正面から崩拳で潰し。
八卦掌の円の動きを斧刃脚で寸断しつつ沈め。
太極拳の柔軟さを発揮される前に肘打をもって破壊する。
「「「――」」」
どさ、という音が三つ。そして今の手応え。殺した、と思う。一撃で命を持って行ったかは定かではないが、放っておけば間違いなく死ぬ類の致命傷を確実に与えたのは、間違いない。立つなど出来まい、そもそも。
……奴であれば、万が一もあった。
致命傷を与えて尚、奴なら立ち上がってきかねないが……奴らにそれだけの気概は無い。そもそも、当人も今どうなっているかは、分からんが。
「――おい」
「は、ひぃいいいいっ!?」
一人。見た事がある気がする男が、逃げ出そうとしていた。
潰そうと思えば潰せるが、今は時が惜しい。聞く事だけ聞いてから、見逃す事にした。万が一、場所が違った場合、間に合わないやもしれぬ。
「奴は、何処だ」
「お、おくの……へやっ……だ」
「そうか。行け。俺の気が変わらんうちにな」
――殺しておくべきだったか。
「……ッ」
部屋の中は、鮮血で染まっていた。その殆どは恐らく……眼の前の男の物だろう。駆け寄って症状を確かめる。此奴ほどではないが、傷には多少知識もある。
酷いものだった。殴打、刺突、斬撃、様々な傷が体を真っ赤に染め上げている。恐らくはあの男……翻子拳の男が、ここの守りを担当していて。そしてあの男には、恐らくコイツへの私的な恨みがあった。
それが、この結果を生んだのだろう。
「……平気か、おい」
「――」
「平気か」
「……いき、て……は、いる」
だから驚いた。正直、返事が出来るとは思って居なかった。
拷問というのはそう言うものだ。体ではなく、心を削る。考える意識を折り、人を傀儡に変える、コレはそう言う類のモノだ。それを……受けて尚、声が震えた様子も無く、調子は何時もとさして変わらない。外の奴らとは精神の鍛え上げ方が違うというのか、そもそも精神の出来というモノが違うのか。全く、頑丈な物だ。
「全く呆れた硬さだな。立てるか」
「なん、とか……」
「……立つんじゃないそのケガで。全く、貴様普段何を喰っているんだ。崑崙山の岩でも齧っているのか」
「ふつうの、しょく、じだ」
信じられる訳が無い、が……まぁ今は良いだろう。流石に歩けるとまでは思わないので肩を貸す。正直、死んでないのが不思議な程の重症だ。下手すると、一度足を引っかけて転げただけで死ねるだろう。
「……おい、何時もの格闘場で良いのか」
「い、や……あそこ、は。せんしゅいがいは……あ」
そうして、肩を貸して部屋を出て……そこで目にする、倒れ伏す男共。全員、死んでいる。初めての経験故に、確実かどうかは分からんが。少なくとも、今は立てん程度の致命傷を与えたのだが。
だが、今のコイツでは、それは分かるまい。どう思って居るか等、想像するだに容易いがまぁ。非難されるのには、慣れている。
――そう思っていた、のだが。
「そう、げつ」
「どうした」
「おろして、くれ」
「……なに?」
「ちりょうを、しなければ。まだ、まにあう」
耳を疑った。
非難するなら、まだ分かる。黙るのなら、それも道理だろう。だがこの男。この状況を見て、自分がその状況で、真っ先に、治療だと?
「……全員死んでいる」
「いきて、いる……だいじょうぶ、だ。しょちをすれば、まに、あう」
「馬鹿な、何故分かる」
「なめ、るな。ちか、かくとうじょうで……どれだけ、みてきた、とおもう」
気でも狂ったか、と思って覗き込んだその目は。驚くべき事に、酷く澄んでいた。全く曇っていなかった。恐怖にも、痛みにも。凪の日の、静かな湖面の如くに。一切の揺らぎすらなく。そこ迄見えるほどに、透き通っていた。
説得力がある。今、目の前で倒れている奴らは……まだ生きているのだ。この男からすれば、まだ間に合うのだ。
「……処置などすれば、お前が死ぬぞ」
「たすけ、なければ。きみが、ひとごろしになる……たすければ、みな。たすかる。きみもだれもころしていない……『い』にかかわった……もの、として。すべきことを、する」
「だから、貴様が死ぬ」
「はじめて、の……ともだちを、たすけられるのだ……
そのセリフは、正直らしい、と思ってしまった。自分の生き死になどまるで気にしないで誰かを助けようとする。陳腐な言葉ではあるが、実際実行できるのは、そうは居ない。
「そうか……」
「あぁ、でも。おろされたら、ちかよれないか。はこんで、くれ。そうげつ」
「――わかった」
一言。
その一言で、コイツは力を抜いて。俺に完全に肩を預けた。恐らく、こうでも言わなければ本当に這ってでも、患者の元に辿り着こうとしただろう。
そうなれば。先ず助からない。
「貴様は」
「なん、だ」
「そのままでいろよ。誰でも、見境なく助ける。そのままでいろよ。ホーク」
「とうぜん……だ。おれに、できるのは……それくらい、なのだから」
「そうか。それを聞いて、安心した……すまんな」
首に、手刀を一つ。
怪我が悪化しない様に。出来るだけ、手加減をして。弱っている相手の意識を刈り取るならそう難しくない。そうして……隣の友達は、動きを止め――
「俺にとっては、貴様が死ぬ方が気に食わん。意地を通させてもらうぞ」
「――だめだ……」
「!?」
――無かった。
落とされて尚、殴られて尚、ホークの手は、宙へ延び。助けようとする患者の元へと。血塗れ、重症。それでもなお、この男の執念は、立ち切れていないというのか。つくづくこの男。驚異的、だとおもう。
「しなせたら……かんじゃを……そうげつを……たすけ、られない……おれが、やらずにだれが……やるんだっ……!!」
友よ。もはや何も言うまい。お前の意地っ張りには、恐れ入った。
だから、今は――眠れ。
まだ槍月師父が、人を殺していなかったころ。
そして、槍月師父が人を殺して、中国に居られなくなったころ。