史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得   作:秋の自由研究

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第十三回・裏:戦場の日常 後編

 ――足が、竦んでしまった。思わず。

 凄い雄叫びだった。突撃して来る足音が、地面をドンドンと揺らしていた。全てをなぎ倒す勢いで、こっちに向けて走ってくる。必死の形相で、僕らを殺しにやってくるんだ。そう思ったら。

 でも、その一瞬はきっと、戦場では致命的な物で。

 

「とッ……! たぁ……!?」

「――患者の安眠の妨げになるだろう」

 

 そんな僕の目の前に……いつの間にか先生は立っていて。銃を構え、突っ込んで来た男をあっさりとひっくり返して転がしてしまった。相も変わらず凄いパワーだった。

 そして、急に転がされた先頭に驚いたのか、後続の何人かが完全に足を止めてしまう。まるでさっきの僕の焼き直しの様に。その一瞬の隙を突いて兵隊の前に、金色と、黒の影が立ち塞がった。

 

「――殺すな」

「言われなくてもォ……」

 

 傭兵、ジャック。彼女はゆらりと、その長い脚を掲げ……

 

「グゲッ!」

「へっ……アガッ!?」

「こう言うのはァ、足手まといが増える様にィ、ミディアムレアに仕上げるのがァプロの常識なのよォ!」

 

 まず最初の一発が、次の兵士を遥か後方へフッ飛ばしてしまう。その時、僕には見えて居た。その尖った靴の踵、その先端が相手の胸の中心を鋭く、貫いていた事を。呆然としていた隣の兵士も、真っ黒な靴に蹴飛ばされて、真横へ転がった。

 何が起きたのか、分からないという表情をしていた。気持ちは分からないでもない。僕だって、目を鍛えて居なければ、その動きが見えていたかは分からない。

 

「……ひっ!?」

「アラァ? なにィ? もしかして怯えてるゥ……?」

「ぐっ……怯むな! 狙え! 良く狙って撃て!」

「そう言う顔ォ……そそるのよねェ……私ィ……」

 

 兵士達には、彼女と自分達の力の差が分からないのだろう。銃を構えた男達の――その上に既に、ジャックは陣取っていた。銃を構え、狙いを付ける。たったそれだけの動作が彼女にとっては、緩慢に見えるのかもしれない。

 

「良いわよォ……雑魚がァ、こうやって必死になってェ、抵抗するのはァ」

「は――」

「その分、私のォ、美しさが際立つからァねェ!!」

 

――N・B・H(ナパーム・ボム・ヒール)!!

 

「CRASH、CRASH CRASH CRASH CRASHッ!!」

 

 一瞬だった。宙から飛び掛かったブリッジウェイが、あっと言う間、本当にあっと言う間に全ての敵を吹っ飛ばしていった。銃を撃ったその一瞬を突いて。その相手を蹴っ飛ばした瞬間の表情……まるで……まるで? いいや、間違いなくアレは快楽で歪んでいた。絶頂と嘲笑と歓喜がぐちゃぐちゃになって、恐ろしい顔に成り果てていた。

 蹴り飛ばされた奴らは、全員肩口や足を貫かれ、呻き声をあげている。あのヒールは最早ただの飾りじゃない。立派な凶器だ。

 

「――にしてもォ、歯ごたえェ無さすぎるのはァ、どうかと思うけどねェ?」

「油断するな。幾ら負傷しても治療するとはいえ、怪我を無駄に増やされるのも余り好ましくは無い」

「はっ、言われなくたってェ。アンタに治療されるなんてェ、御免だしィ!?」

「――まただ、また敵の強襲だ! かなりの数が突破してきてる! 全員応戦しろ!」

「ブリッジウェイ」

「言われなくても、分かってるわよォ!!」

 

 ――そこからは、正に蹂躙だった。

 ブリッジウェイが切り開き、それから逃れた敵も先生が確実に制圧する。まるで流れ作業の如きだと思う。どれだけ敵が突っ込んで来ても両方、焦る様子すら見せない。

 異様だったのは、その戦い方と言えば良いのか。

 ブリッジウェイの動きは……完全に周りに合わせる積りもない。兎に角向かってくる相手を目についた端から叩き潰す。自分勝手な戦い方。誰もついて行けないような独りよがりな蹴りの乱舞に、しかし先生は完璧に合わせ、その穴を埋める。

 

「ったく気持ち悪ゥい……ピッタリ合わせないでくれるゥ?」

「患者に被害が出ないようにしているだけだ」

「ハッ、相変わらずねェ。まぁ取りこぼしてもォ? 潰してくれるってェ言うならァ? 私もォ、思う存分、美しさをォ、磨けるってもんよォ?」

 

 双方、ここまで性質が違うというのに。この完璧な連携。

 強い。間違いなく、この戦線は……この二人が大きな屋台柱になっていると、思えた。

 

 

 

「――だ、ダメだっ! 突破不可能突破不可能! 撤退、撤退だ! 逃げるんだぁ!!」

 

 二人が暴れ出してそんなに時間も経たずに上がった声……それが、敵軍の士気の限界だった。敵の兵士が……銃を持った軍隊の兵士が、傷ついた体を引き摺って逃げていく。勝利だった。

 僕なんかよりも強いシラットの使い手たちを突破して、何時もより多い敵が攻めて来た。だというのに。終わってみれば、此方は誰も怪我していない。

 

「アレが本場のぐんじィん? はっ、あんな練度のォ、低い部隊でェ、私をォ突破できるとォ思ってるゥんじゃないわよォ」

「怪我人は!」

「い、いないぞ!」

「隠している者は?」

「……恐らくいない。確認した」

 

 シラットの武人ばかりしか見てこなかった。そんな僕は……この二人の存在で世界の広さを嫌という程知った。シラットの達人以外にも、こんなに強い人が居るんだって。

 もし、この戦いが終わったら……そんな広い世界にも通じる程、シラットを鍛えるんだって、そう思えた。今は、兎に角生きる事が大切なんだ。

 

「であれば問題ない。先ずは何よりも、生き残る事だ」

 

 それは、先生のお墨付きの、言葉だった。

 

「――助けてくれ! コイツ、足怪我して歩けないんだ!!」

「大丈夫か、傷は浅いぞ!」

「誰か! 誰か医者を!!」

「――あ」

 

 それは、きっと敵も同じことなんだろう。必死になって、生きようと、逃げようとしてる。戦争は決して良い物じゃない。こんな光景ばかりを、ずっと見ている。だから、最近は何時も……この戦いがいつ終わるのか、ばかりを考えている。

 それが、武人として、正しい考え方なのか、分からないけど。

 

「ちょっと待ってろ。ほら肩に掴まれ!」

「す、すまねぇ」

「ほら、諦めんな。戻れば治療できる傷だ!」

「わるい……」

「――」

 

 ……ふと、先生がその二人を……いや、今味方が一緒に担ぎに来て、三人になった彼らを見つめていた。どうしたのだろう、と思って先生を見ていたけれど、その眼差しに気が付く。それは、何時も怪我した患者さんを見つめている時の先生の表情だった。

 なんで? と思ったけど。

 

「先生!」

「――あっ、あぁ? どうした」

「怪我人が居た、こっちへ来てくれ!」

「そう、か。だが……ちょっと」

「ええい何時もは言わなくたって勝手に来るだろう! 良いから来い!」

 

 でも、武人の一人に引っ張られていって直ぐに先生はキャンプの辺りに行ってしまったけど。その顔はずっと、傷を引き摺って帰っていく敵兵の背中に注がれていた。

 

 

 

「――ありがとう先生」

「安静にしている様に」

 

 それから、何人かが前線から戻って来た。やはり、大きな大攻勢で負傷者が増え、カバーしきれなくなってしまったとの事。そして……戻ってきた皆は、揃って暗い顔をしているのが分かった。

 

「……」

「すまん先生。頼む……先生? 先生? おい、ちょ、返事位してから治療を始めてくれないか。無言で始めないでくれ怖いから。おい、先生!」

 

 そして、どうしたんだろう。先生の様子が。少しおかしい。いや、正直全く手は止まってないし処置は正確だ。表情も何時もの真面目そうな顔で、ちょっと見てる分にはいつもの先生っぽいのだけれど……何時もより、口数が少ない、気がする。何処かボーっとしている様に見える。

 

「せ、先生ってば!」

「――む、あぁ、済まない。処置は終わった」

「いやそんなバカな……ってホントに終わっとる!? て、手際良いなぁ」

 

 ……というか、完全に話を聞いていない。

 心、ここに非ずって言う感じだ。仕事をしていても、ごくたまに、遠くを見ている様な目をしている。何を考えているのか。そう思って、聞いてみても。

 

「大丈夫だ。ここの患者は必ず助ける。それが俺の仕事だからな」

 

 というばかりで。答えになってるのか、なってないのか、分からないし。そうして再び治療に戻る先生はやっぱり何処か、不自然だった。この前の攻勢からだろうか。何か気にかかる様な事でもあったのだろうか。気になる。

 それに、気になる、というより、気にしないといけない事もある。

 

「もはや、ここまでか?」

「幾ら先生の腕が良いと言ったとしてもな……」

「もう、ここを放棄して逃げねば我らも」

「何を言う! ジュナザード様は今も戦っているのだぞ、先生もだ……我々が諦めてどうするというのだ!」

「ではこのままここで磨り潰されるのを待てと言うのか!!」

 

 テントの外、雰囲気は良くない。この前の戦いで負傷者がさらに増えて。今まで凌ぎ続けていたのが一度突破されたというだけで。こっちにとっては大きな痛手だし……それは相手にとっては大きな一歩だ。

 向こうが勢いに乗って次の戦いを仕掛けてきたら。きっと、次は突破されてしまうかもしれない。そんな中で……こんな空気になるのも、当然だと思う。

 

「そうはいっていない……だが!」

「援軍も来ないこの状況で、我々に何が出来る……下がるのも、一つの戦略だ」

 

 悪い。良くない。全部が、そんな方向へ向かっている。

 

「――おーい! 皆! 皆ぁ!」

 

 その時だった。キャンプの入り口の方から、声が上がったのは。それは待ち望んでいた変化が遂に到着した、その合図だった。

 

 

 

「待っていたぞ!」

「あぁ」

 

 現れたのは、シラットの使い手が十数人以上。どの人も、シラットをしっかりと学んだ兵ばかりだという。今、ここの戦線にとって何よりも嬉しい援軍。それもジュナザード様の直属の兵なのだという。

 

「ここの守護を、ジュナザード様より仰せつかっている。我々も、君達と協力しこの戦線を全力で死守する所存だ。よろしく頼む」

「おぉ、何と心強い! 此方こそ、よろしく頼む!」

 

 これなら。きっと敵が背を向けるまで守り抜ける。僕も、皆も同じ気持ちだった。キャンプ内は歓声で溢れかえって。涙を流しながら抱き合う人たちも居た。

きっと、これで何とかなる。流れが変わる。そんな漠然とした予感がした。

 

 ――その予感は、半分いい方向で的中して。

 

「――見張りの連中から連絡です! 奴ら、撤退の準備を始めた様です!」

「なに!? どういう事だ!」

「どうやら我々が戦力を立て直した事を察知したようで。偵察の連中が隠れて盗み聞きしたとの事、確かな情報です!」

「そうか……! 終わるのか、この戦いが……!」

 

 そして。

 

「――敵が引き上げていく、か」

「そうだ! これでここの戦線は守りぬけた――」

「そうか。ならば徹底的に叩いて奴らの戦意を根こそぎ刈り取るぞ」

「……なんだと?」

 

 半分。悪い方向でも、的中してしまったのだった。

 




沢山の人を治療できると良いですね(ニッコリ)
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