史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得   作:秋の自由研究

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第十四回・裏:活なきドン底 中編

「――何のつもりだ」

「醜さにィ……拍車掛かってるからァ? 醜いものが許せない私としては、こんな醜さに拍車がかかった輩は、徹底的にオシオキしなきゃ、ねェ?」

 

 呆然としてた。何も口を挟めなかった。テントに食事を持ってきただけなのに。ほんの一瞬で、先生の横顔に全く何の容赦もない蹴りが突き刺さった。完全に油断してたところを吹っ飛ばされてしまった。もう、失礼とか、そう言うのを思う前に、なんで? って言う感想しか出てこなかった。

 体勢を立て直した先生も一瞬、度肝を抜かれていたみたいだ。けど、直ぐにブリッジウェイにその視線を向けた。

 

「意味が、分からないが……今は、テント内の患者に、出来るだけ目を向けて居たい。すまないが、日を改めて貰えると」

「――アンだけ必死にィ、処置してたって言うのにィ? まだやるのォ?」

「彼らは俺の患者だ。他人にどうこう言われる筋合いはない」

「はっ、言うようにィなったわァねェ。まァ? だからって、容赦はァ、しないけどォ!」

 

 そもそも、お仕置きとは、なんなのか。

 それについて答える事も無く、空に飛びあがり、彗星の如く彼女は襲い掛かった。先生もそれを一歩下がって躱したけど、その一歩下がるのに合わせて、更にブリッジウェイが前に出る。いや、もうヒールの踵を繰り出している! 迅い! 先生も、更に一歩下がって避けるので精一杯だ。

 

「ッ! 止せ! 今、戦う必要は、無い、筈だッ!!」

「あるわよォ。私がそう思ったからそうするゥ。それが当然でしょォ?」

「ふざけるなっ、状況を……考えろっ!」

 

 先生が防ごうとする。けど……その度に血が飛び散ってる。攻撃を凌ぐたびにどこかしらが裂けてるんだ。まるで、ちょっとずつ削るみたいに。物凄い数の蹴りが先生の防御すら、無理矢理に削っている。

 

「――アタシをォ治療する、って言わないのォ?」

「……何?」

「いつもの調子だったらァ、言いそうなもんだけどォ、ねェ!? こうやってェ仕掛けられてェ!! 凌ぎながらねェ!」

 

 連続して繰り出されるヒールの踵は、もう僕の目じゃ追いきれない程に、迅い。一回蹴る毎に、ドンドン速くなっているみたいだ。いいや……迅くなってるんだ。どんどんどんどん、蹴る度に。彼女のイヤな空気は、濃くなっていく。

 

「そ、れは」

「それも気にならない位にィ、治療に熱中してたァ?」

「――」

「それともォ……そんな事がどうでも良くなっちゃうゥ、くらいにィ、気になった事があったりィしたァ?」

「っ!?」

「あらァ!? 図星ィ!?」

 

 もう嵐が人の形をしてるような、猛烈な攻撃へと、ブリッジウェイの勢いはさらに増していった。

 

 肩口、顔面、そして左胸……心臓の側。どこもかしこも、貫かれたら致命的な場所ばかりだ。先生の治療は、今僕たちにとって、必要な物だというのに。

 コレは最早、組手の域を超えてる。彼女は先生を、確実に殺しに来ているんだ。

 

「やっ、やめろっ!」

 

 止めなきゃ。そう思って、拳を構えて、飛び掛かろうとして……

 

「――邪魔よ」

「がっ……!?」

 

 フッ飛ばされた。いや、違う。そもそも、ブリッジウェイは……僕を蹴っても居ない。適当に、足を払っただけだ。それだけで、僕はいとも簡単に吹き飛ばされたんだ。虫を適当に払うみたいに。

 改めて、彼女と僕の力の差を痛感する。

 

「メナングッ……!? 何をする! 退けっ!」

「あらァ、ちょっとォ調子出て来たァかしらァ」

「通せ、邪魔をするなっ、彼の、彼の治療を……!」

「でもォ……そんなヤケクソなァ動きされてもねェ。あんまりィ燃えないわねェ!!」

「ぐぁっ!?」

 

 彼女の勢いは、止まらない。先生の胴に、思い切り膝がめり込んだ。そこから更に、畳みかける様に、ドンドン蹴りが……徹底的に体を狙う。手足に全く興味が無い、とでも言いたげだ。

 完全に、先生が圧されてる。もう、限界だったのだろう、地面に転がった先生に対して……更に、もう一発。踵で、思い切りみぞおちを踏みしめてる。酷い……!

 

「やめろっ……先生が、何、したっていうんだっ!」

 

 全く分からない。今までもそうだけど、今日は特に理不尽だ。必死になって、ここの皆を支えようと頑張ってる先生を。蹴っ飛ばして。踏みつけて。苦しめて。何がしたいんだ。先生が、そんなに気に入らないのか。

 

「――今のコイツの醜さが許せないから」

「え……?」

 

 酷く平坦な声で、ブリッジウェイは返した。

 

「アタシはァ、美しさをォ求める女。それはァ、今でもォ変わらない。何処でもォ、何時でもォ、全然変わらないのよォ」

「そ、それが、なんだっていうんだ!」

「此奴がァ、今ァ信じられない程ォ、見苦しィ様になってるのがァ……許せない」

 

 とても、冷たい声で……思わずブリッジウェイを見て、ゾッとした。

 いつも薄笑いを浮かべ、人を小馬鹿にしたような態度を崩さない彼女が。真顔で。酷く冷たい目で。先生を、見下している。

怖い目だ。寒気がしてくるような、迫力がある。足が震えてくる。

 

『――良いかメナング。危険な殺人拳の使い手というのは、独特の迫力がある。それは何故か分かるか?』

 

 知っている。ううん。今まさに知ったんだ。

 

『一線を越えたからだ。人を殺す、というだけでは越えられない……人として越えてはならぬ、武術も、人としての生き方も置き去りにした、深淵の底へと至る一線を。踏み越えてしまったからだ。そうなっては、最早それは人とは呼べなくなる』

 

 これは。この目は……もう何人殺して来たのか。恐らく数える意味も無い位には殺して来た、そんな目だ。命を命とも考えてない。そんな、深い、深い所まで見てしまった。そんな人にしか出来ない……!!

 

『それはもはや……化生の類となったのだ』

 

「そんなァザマをォ見せられるくらいならァ殺しても良ィ。と、思っただけ」

「そ、そんな……理由で……!?」

「そうよォ? 寧ろォ、人を殺すのにィ、そんな上等な理由ゥ、必要? 所詮共食い、同じィ動物同士の潰し合いにィ? 私はァ、必要だと思わないわねェ」

 

 ――怖い。

 今のブリッジウェイはまるで……人を超えた。魔物。いいや、ただの魔物じゃない。恐ろしさもそうだけど、鍛え上げられたその動きには……畏れすら、感じる。

 まるで、まるで。なりかけの、神様を見ているかのような。

 

 

「単純でェ、良いのよォ。殺る事も単純なんだからァ!!」

 

 振り上げる足を止められない。

 踵が、まるでギロチンの様に掲げられている。振り下ろされたら。地面に倒れている先生を……間違いなく、踏み潰せるだろう。でも、僕は……怖くて、震えて。止められない。僕は。あぁ、そうだ。

 止められない。アイツ等も。目の前の傭兵も。僕には。

 

「……ッ!」

「――まぁでもォ? 私はァ? あくまでここに雇われたァ傭兵だしィ?」

 

 その目は……けれど、直ぐに引っ込んでしまって。先生を踏みつけていたヒールも、退けられた。誰か見に来たのか、とも思ったけど、そうではない。やはりテントの裏に蹴りだされたのだから、見えないのだろう。

 あくまで、気紛れに。彼女は先生に背を向けた。

 

「今このタイミングって言うのもォ……美しくゥ、無いわねェ? やっぱりィ、オシオキ程度かしらァ? ねェ……? ―― ―― ――」

「っ……!! そ、んなっ……事はッ……!」

「はいはァい。まァ? それからもそんな無様をォ、晒すならァ」

 

 振り向いたその目は……一瞬だけ。さっきの如き、冷たい視線を先生に向ける。イヤ、さっきよりもその目は鋭い。睨みつけている様だ。彼女は、きっと。本当に。先生をなんて事の無い様に。

 

「……今度こそ殺すから、覚えとけ」

 

 殺しに、来るに決まってる。




同族を殺すのに上等な理由が居るかね?
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