史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
翌日の先生の様子は……変わった様には見えなかった。ブリッジウェイに、あんなに酷い事をされた後には見えない。患者の皆を見る様子も、何時もと同じくらい丁寧だし、応対もしっかりとしている。
ブリッジウェイとの事は……組手が行き過ぎただけだって、説明してた。どうして皆に言わないのか、って聞いたけど。『不安の種を植え付ける事も無い』とだけ返して。
皆も、何人かが彼女に関して憤りを覚えている様だったけど……それだけだった。あくまで節度は弁えてる、と。そう、先生に思わされてる。
そんな事、ない。
「――」
余裕があるように、見えない。表情がずっと変わっていないけど……アレは無表情って言うより、緊張して、張り詰めて、ピクリとも表情が動かなくなってしまっているんじゃないのだろうか。
僕の目から見て……昨日以上に、先生は元気がない様に見えている。
でも、不思議なのは。傷の事については、本当に気にしている様には見えない。だというのに、ふとした時に、溜息を吐く。
「……メナング」
「あっ……どうも。どうでした?」
「やはり今日の攻勢は辞めるつもりはないようだ。余程、ティダードの土を踏み荒らしているのが気に入らぬらしいな。援軍のお歴々は」
それは昨日のブリッジウェイの襲撃の事だけなのか。
それとも。今日の大規模攻勢について考えているのか。何方かは分からないけれど。此方の戦線で戦ってきた皆も、考え直すように何人か言っていたけど。結局予定を変える積りはないようだった。
「勝てる、と思いますか?」
「厳しいとは思わん。相手は士気も落ちているほぼ敗軍だ。しかし……追い詰められた相手を余計に刺激するのを得策だとも思えぬがな」
――逃がしてしまえばいいのに、と思う。
武術は、逃げる相手の背を切りつけるものではない。立ち向かってくる相手と、真っ向から戦う為の方法。自分自身を高めるための術。そして自分の信念を貫く為の……それが、父上が教えてくれた、武術の信念だというのに。これ以上は。
そう思って居た僕は、急に目の前の相手がしゃがみ込み、仮面の奥から覗く目と目が合ったのに、驚いてしまった。
「メナング」
「はっ、はい」
「もし、もし万が一の事があれば……お前は逃げよ。ここより逃げて、ジュナザード様の元へ向かえ。きっと将来を担う若き武人を無下に扱ったりはしない」
「……えっ?」
逃げろ。
そう言われたのが信じられなかった。
今は戦争の最中だ。僕の様な子供だって戦力として使う為に、父上は戦場に連れて来たのだろう。それを態々逃がすなんて。どうしてそんな事を。
「正直、この戦線は既に終わっている筈の場所だ……援軍を送り、それで相手が逃げようとしているのに、態々戦いを繰り返そうとしている。手負いの獣の尾を踏みに行くのだ。想像の外の事が起きるやもしれぬ」
「で、でも……せめて……せめて……」
「とはいえ、万が一の場合だ。ほぼ間違いなく勝てるだろう」
――本当だろうか。
「勝った時は……まぁ笑いながら勝利した我らを迎え入れてくれ」
本当にそう思っているなら。僕に逃げろ、なんて言うのだろうか。と。その澄み切った目を見て、思ってしまった。行かない方が良いんじゃないか。そう思ってしまった。
けど、そんな根拠のない言葉で、止める事は出来ない、って。口をつぐんで。
それが――
「――退いてくれ! 先生! 先生!」
「チクショウ、アイツ等……! 俺達を盾に……許せねぇ、ぶっ殺してやる!」
「やめろっ……奴らはジュナザード様の直属だ、もし逆らえば」
「……ッ! クソがぁッ!」
それが。良くなかったのかな。
酷かった。向かっていった、僕らの仲間……その半分よりも沢山。皆、血塗れだった。その中で……真っ先に先生は、患者たちの元に近寄った。僕は。全然動けなかった。どうしてこんな事になってしまったのか、とだけ。考えて。立ったままで。
「先生、先生ッ……助かるよなぁ! なぁ!?」
「当たり前だ。絶対に助ける。助けなければならない。助かるんだ、絶対に」
「頼む、頼むよッ」
そんな僕を置き去りにして、先生が頑張っている。でも、どうしてだろう。先生の顔は真っ白だ。血の気なんて見えない。僕なんかより、自分でやれる事をやっている筈なのに。酷い顔色だった。
あんなに必死になって、動いて、頑張っているのに……生き生きとしてない。まるで死んだ後の様な顔色をしている。
「包帯……それに布巾を! お湯もだ! アルコールも出来るだけ!」
「わ、分かった!」
皆が走り回ってる。そんな中で、僕らの事を見もせずに、自分達のテントに戻っていく影が見えた。ブリッジウェイを伴って。自分達のテントへと悠々と戻っていくのが見えた。誰も傷一つ負って無かった。
ふと、そこへ行こうと思った。何か言ってやろうと思った。ただ、それだけで。でも、手を掴まれて、止められた。
「止せッ! 奴らに逆らえば!」
「は、なして……くださいっ……! あいつら、あいつら、アイツ等ぁ!!」
「お前が行っても殺されるだけだっ……堪えろ、堪えろメナング!」
「はなしてっ! はなせっ! はなせぇっ!!」
目の前が真っ赤になっていた。許せなかった。アイツ等は、僕たちを何だと思っているんだ。父上が。先生が。皆が。必死になって戦っていったのに。それを踏みにじるみたいな真似をして。ふざけるな。ふざけるな!!
虚仮にするな。僕らを。虚仮にするな。そう叫びたくて。必死に。
「お前はまだ若いんだ、命を無駄に散らすな……ッ!」
「フーッ! フーッ!」
「堪えろっ……! 堪えてくれっ……!」
終わらない。終われない。
こんな、こんな戦いで皆が命を散らすなんて。馬鹿みたいじゃないか。こんな所でまだ戦ってるなんて。馬鹿みたいじゃないか。僕らは、こんな犬死にする為に、武術を磨いて来た訳でも、ティダードで生きて来た訳でも無いというのに。
「――ッ!」
もう終われ。終わってくれ。
「……」
テントの隅で、考える。
誰も文句を言えないのは、きっとジュナザード様に申し訳ないからだ。自分達だけ逃げ出すのが。だから、未だここで踏ん張って戦おうとしてる。でも……僕は、そうは思えない。こんな、味方からも、敵からも。板挟みにされて、戦わされるなんて。そんな事、どうしてする必要があるんだ。
ジュナザード様は英雄だ。でも、だからってこんな理不尽に耐えて、命を無駄に削り潰すなんて、何の意味も無いじゃないか。ジュナザード様だって、僕たちが頑張った事なんて知らずに終わるだけだ。
「このまま、皆死ぬなんて。間違ってる。ダメだ」
そう思った。許してはいけないと思った。必死に戦ってきた。皆は、ここでティダードを守るために。必死に頑張った。
それが、まるで無かったかのように。どうでもいい物の様に処理されるなんてダメだ。そんなの……どうでも良かった風に、踏み潰されるなんて。
『人を殺すのにィ、そんな上等な理由ゥ、必要?』
彼奴は言ってた。簡単に人は人を殺せる。
だったら、アイツ等もきっと、僕らを使い潰すのに、きっと何も迷ったりしない。自分達の理屈で、僕らを追い詰めてくる。
「……」
でも、皆はそれでも此処で残って戦う気だ。
最後まで戦う気だ。それがどんなに不満でも。
僕じゃ皆を説得できない。僕は、今まで何も出来なかった子供だ。みんな笑って聞き流してしまう。
「……先生……先生なら」
それなら、説得できる人に、頼むしかない。
先生だって、こんな現状おかしいと、きっと思ってる。それなら……先生に助けを求めるしかない。お医者様に、こんな時に助けを求めるなんておかしいかもしれないけれど。でも、僕にはもう先生しか頼れる人が居ないんだ。
「行こう」
それは。
多分きっと。正しい事ではないかもしれないけれど。それでも、そうすると決めてテントを出る。まだ先生は、テントの中で治療を続けている。それが終わってからでも良い。
僕らの揉め事に先生を巻き込むのは、本当に、胸が苦しくなるけど。
皆を逃がすのを、手伝ってくれないか。と。頼みに行こう。
それが、今の僕に出来る、せめてもの事だから。
「――すまない、一晩、考えさせてくれないか」
その考えが甘かったことを。
僕は、嫌という程、自覚する事になった。
未だ目覚めの時至らぬ、ハゲチンピラ。
こういう時、主人公は徹底的に苦しめるべきって富士鷹ジュビロ先生も言ってた!!