史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得   作:秋の自由研究

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第十五回・裏:遥か嘗ての理想 中編

「……俺に?」

 

 今までどうして気付かなかったのだろうか。ずっと持っていて、今までこうしてノートから滑り落ちなかったのは、一種の幸運だろうか。

 取り敢えず、背を正し、手紙に目を向ける。だらけた姿勢で読むのは、少し失礼だと思ったから。

 

「……『この手紙を君が見て居る頃、僕は間違いなく死んでいると思う――』」

 

 

 

――我が愛しき子 ホークへ

 

 この手紙を君が見て居る頃、僕は間違いなく死んでいると思う。これは僕の遺書で、同時に君へのメッセージでもある。だから……怖くても、頑張って書いてみようと思う。少しでも気を抜いたら、震えが止まらなくなりそうだけど。

 

 先ず、君に謝っておかなくてはならない。君を遺して逝く事を。

 予感はあった。嘗て犯した罪と、そこより生まれた過去が、僕に襲い掛かってくる。それは僕がその時に未練を持っている限り、確実に追ってくると。分かっていたのに。断ち切れなかった。

 そのツケを、君に押し付けてしまうかもしれない、僕の無能を。どうか許して欲しい。

 

 きっと君は、僕を恨んでいると思う。無能な父だと思っていると思う。

 ママを失って。君を守り切れなくて。僕自身、自分を許せない。情けない。

 寧ろ、恨んでくれ。それで君が曲がらないでいてくれるなら。僕にとって、これ以上の喜びは無い。

 

 

 

「……恨む、恨む、か。そんな事、思った事なんてありませんでしたよ……パパ……俺にとってパパは、今でも……ずっと」

 

 こんな状況でも、きっとパパならどうにか出来る。そんな風に思う。ずっと、俺には届き得ない憧れで。ママを失った時も、きっと全力を尽くして……どうしようもない、不可能な状況で奇跡を起こそうと、足掻いたのではないか、と思う。

 だから。恨んでは、いない。きっと。

 

 

 

 そんな僕が、せめて自慢できるのは。君という子供の父でいられた事だ。

 誰よりも優しくて、純粋で、真っすぐで。一度そうだと思ったら、そう簡単に曲がらないくらい強くて。僕なんかよりもずっと賢い。そんな息子の父として。君を少しでも育てられたことが僕にとっての、自慢だ。親ばかな所もあるかもしれないけど。

 だからこそ、不安な所は沢山ある。

 

 君は優しい子だ。けどそれは、色んな人の痛みに、同調してしまいやすい事でもある。

君は純粋な子だ。だからこそ、どんな人でも、傷付けば放っておくという事が出来ない。もし放っておくことになってしまえば、きっと誰よりも傷ついてしまう。

君は真っすぐな子だ。だからこそ、たった一度の失態も、許す事は出来ない。傷そのものから目をそらしてしまう程に。

強いからこそ、それでもできる事をしようと、間違っていたとしても突き進んでしまうだろうし、賢いからこそ、それがどれだけダメな事かも分かっていても……止めてしまえばどうなってしまうか。分かってしまうから。

 

 そうして、君はきっと……何時かとりかえしのつかない所まで、走って行ってしまいかねない。それが。僕には、怖い。

 そうなってしまうのを、僕には防げない。

 本当に……本当に、ゴメン。

 

 

 

 手紙は、そこで終わっていた。

 

「――止めて頂く必要なんて、ないですよ」

 

 全部当たっている。自分がどうして、こうなっているのか。パパは、やはりパパだ。誰よりも自分の事に詳しい。当然だ。自分の自慢の父親だ。自分の事等、自分以上に分かっているんだ。

 だって俺は、自分の力を過信して……こうして、自業自得で腐り果てて居るんだから。

 

「俺は、ここで止まるべきなんでしょう。パパ……当然です。なにも分からず、なにも理解せず突っ走ってきた小僧が……これ以上先に行くべきじゃないんだ」

 

 ――そうだ。

 だったらせめて。メナングの言葉には、是と返そう。きっと、自分が犠牲になれば、僅かな時間は稼げる……何人かは無事、逃げおおせるかもしれない。

 せめて、せめて自分の患者となった人たちを、自分は救いたい。

 

「あぁ、それが良い……それが……」

 

 これが、パパが決めていた覚悟だろうか。誰かの為に、死ぬという。想像するより、案外と怖くないし、落ち着いて迎えられる。医者として、患者の為に死ねるなら何よりの事ではないのだろうか……?

 

「あれ、もう一枚……」

 

 どうやらパパは、随分と長い手紙を書いていたらしい――

 

 

 

 もしそうなってしまった時。

 思い出して欲しいのは、昔の事だ。

 

 

 

「……昔の、事?」

 

 

 

 昔。

 僕が医者としての思いを君に説いた。

 僕は、ママを無くしたのは、戦いに巻き込まれたからだと言った。争いは嫌いだとも言った。争いを駆り立てる、武は嫌いだとも言った。それは僕の心の底に溜まっていた……泥の様な物だった。君の将来を汚しかねない、危険な泥。

 言って、一瞬後悔したけれど……でも、その後のセリフに、僕は心底驚いたんだ。

 君は、僕にこう返した。

 

『では憎むべきは、戦いが生む、『傷』なんですね。パパ』

 

 それは、戦いそのものを憎んでいた僕とは、全く違う。

天と地ほどの差のある答えだった。君は、戦いが生み出す……医者が戦うべき、敵を。その歳で見極めていた。僕たち医者が戦うべきは、戦いそのものじゃない。それが生み出す『傷』こそが、僕らの本当の敵なんだと。

 

 そんな純粋な考えを、僕はいつの間にか失っていた。

 ママを失った時からかな。分からないけど。傷を生み出す争いそのものを僕は見つめ、憎み始めて。医者としての本分を見失っていた。

 

 そんな僕に、医者としての本分を思い出させてくれたのが、君の言葉だった。その時に確信した。この子は……きっと僕なんか軽々と超えて行く、スーパードクターになるって。まぁ、それが勢い余って、喧嘩に割り込んで迄治療を施すようになったのには、心底驚いたけど。危ないからやめて欲しいと思ったのが、懐かしく感じる。

 

 

 

「……パパが、俺を」

 

 超えて行く?

 信じられない。けど、傷の事。そうだ。俺は。昔からずっと『傷』を憎んでいたんだ。

 誰かと誰かを引き裂いてしまう。そんな、『傷』を。

 ケガを治せば、そんな事も、なくなるって。

 

 

 

 思い出せたかな。

 

 思い出したなら、僕に言える事はたった一つだけだ。僕の愛しい息子。

 

 止まるな。

 走り続けろ。

 たとえ躓いても、悩んでいても、苦しくても、どうしようもなくても。走れ、走れ。走り続けてくれ。君が思った全ての思いを『間違いではない』と腹くくって走れ。

 君の思いは、君の生き方は、絶対に間違っていない。

 

 だからこそ、止まって考えてみよう、なんて言わない。

 止まるな。行くところまで行け。中途半端なんて、パパが許さない。突き抜けて突き抜けて……どこまでも、行ってしまえ。変わるな。曲がるな。止まるな。

 誰よりも、僕が肯定する。君は、そのままで行け。

 

 貫けばいい。

 僕の自慢の息子の生き様を、見せ付けてやるんだ。

 

 

 

「そのままで……」

 

 変わるな、と。貴方は言ってくれるのか。

 こんな、向こう見ずで、愚かな自分でいろと、言ってくれるのか。

 誰でも助ける。誰でも関係ない。助けて見せると、そんなバカな自分で――

 

「……そうだ、違う。パパだけじゃない」

 

 

 

『そのままでいろよ。誰でも、見境なく助ける。そのままでいろよ。ホーク』

 

『流水にも負けぬ川中の岩のように、何者にも揺るがぬお前であれ』

 

『己の手の届きうる全てを守る、理想を諦めぬお前になれ』

 

『お前がそうあると信じ。この蒼天の下、共に己が道を進まん』

 

 

 

「……あ」

 

 熱いものが、こみあげてくる。止まらない。

 それは。熱だった。今、忘れていたもので。今、湧き上がってきたもので。

 胸を貫く。こんなにも、近くに居た。遠くに行っても、共に頑張ろうと言ってくれた友が居た。変わるな、止まるな。と言ってくれる人たちが居た。居たんだ。

 こぼれる。胸の奥から。湧いて来て、止まらない。

 

「あ、あぁぁぁあああああああ……ッ!!」

 

 そうだ。

 止まる為に走って来たんじゃないんだ。どこまでもいけると信じたから、走って来たんだ。こんな所で、腐ってる場合じゃない。死ぬだと。冗談じゃない。まだ、まだ誰も助けられていないというのに――責務を放棄する医者が、何処にいるというんだ!!

 

 

 

『――今のコイツの醜さが許せないから』

 

 

 

 あぁ。確かに俺は醜かった。

 自分の恐怖に屈し、曲がった俺は醜かった筈だ。

 否定はしない。けれど。思い出したんだ。ブリッジウェイ。俺は。

 

 変わるな。

 曲がるな。

 止まるな。

 

 助けられる人を全て助けろ。そう、誓って駆け抜けてきたんだ。

 ならば……医者として、俺が出来る事は、何時だってずっと変わっていない。いいや、変えちゃいけない。ごちゃごちゃした事は考えず、俺が医者としてする事を、只管、愚直に、曲がらず実行するだけだ。

 

 何処にいるから。助けられないとか。

 無力なのを自覚したくない、とか。

 そんな下らない言い訳をする前に、届く患者を助けろ。届かない患者も、届く距離まで詰めて助けろ。

 俺は医者だ。それ以上にも以下にもなれない。

 俺は誰かの敵になる訳じゃない。誰か特定の陣営の味方になる訳でもない。

 

 俺は何時だって、患者の味方だ。そうでなくてはいけないんだ。

 

「――治療を開始する」

 

 立たなければ。

 俺がそうだと決めた道を。

 メナングに伝えなければ。今すぐにでも。

 

 そうして、立ち上がった時。手紙の最後の行が、目に入った。

 

 

 

 君がそうして走るのなら、僕の遺したノートを、役立ててくれ。

 

 

 

「……ノート」

 

 置いておいたノート。

 手紙を挟んでいたノート。それを……俺は、拾い上げた。

 なんだか、さっきとは違う。異様な迫力の様な物を、それから感じる。書き込みの量が尋常ではない事を理解して居て尚、何故これに気づけなかったのか?

 

「いったい、これは」

 

 俺は……そのノートに、手をかけて……開いたのだ。

 




Q:要するにどういう事?
A:止まるんじゃねぇぞ……

ここまで引っ張ってドシンプル過ぎる結論で草。もうちょっと真理に近づいて、どうぞ(錬金術師並感)
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