史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
「――なんだ、これは!?」
――それは、内科、外科、一切関係ない。無数の医学の濁流だった。
民間療法から、最新の医学迄。そこに存在しない医学の知識は存在しないのではないのではないだろうかと思ってしまう程に。これは正に、『医の極致』と言えるだろう。
捲る度に目がページの中の情報を脳に叩き付けてくる。それは……それは無数の情報だった。一冊のノートの体を為しているが……違う、これは。これはパパの、医師としての『知啓』そのものだ。
パパが教えてくれた事。教えてくれなかった事。
びっしりと。時には付箋にまで書き込んで。これは正に、執念の塊だ。
「凄い……凄い……なんだこれは。これがあれば、メナングのお父さんも、もっと……しかし、医術だけの知識ではない、これは?」
――しかし、それはノートの半分程度の物
残り半分に記されていたのは、最早現代の医術の類ではない。狂気的な実験や、研鑽の果てに見いだされた、秘奥の知識。恐らく、医術に活かせるとパパが思った物か、兎に角びっしりと書かれている。
「……それに、これは」
その中には――パパが嫌っていた、武術の知識も、書かれていた。
相手を破壊するのではなく、武術的な観点から人体を分析。治療に当然生かせるだけではなく、自分自身にも活かせるように。より効率よく動かす事でより能率よく治療をする。更に、治療する時にも、より細かい動きを取れる。そんな方法をもパパは模索していた。とんでもない量の研鑽だった。
故に人体を破壊する術ではない部分を重点的に習得していたようだ。確かに、俺の目から見ても、直ぐにでも実践できそうな術が多く在って……その中に。
「『――武術の到達点の中には、自分の手の届く範囲を完璧に把握し、相手の攻撃を全て打ち落とせるようになる、そんなモノもあるらしい。極めれば、自分の領域に入ったものをすべて把握できるようにもなるのだとか』」
気になる物が、あった。
それを読み進めていくうちに……ふと思い出し、荷物からある物を取り出した。
それは、槍月の手紙。それを開き読み返してみれば……ふと、笑い声が漏れてしまう。
「――ははっ、アイツ……素直ではないんだからなぁ」
立ち上がる。
ここから離脱するのであれば……槍月と、パパが教えてくれたこの技術は、役に立つ。心持ちは、槍月が教えてくれた。具体的な要素は、パパが教えてくれた。ならば。後は二つを合わせ……実践するまでだ。
自分の手の届く範囲……間合いを意識する。
心は静かに。流れる水の中の岩の如く、変わらず、考えず、である。今まで、やっては来なかったが、成程。こうやれば効率が良いようだ。取り敢えず今まで鍛え上げた感覚でやってみれば。見えた気がした。
自らの周りに、球体の如き、それが。
「パパのこの記述が本当であれば……患者を取り押さえるのに、これ以上の術はない。護身としても、丁度良いか」
ぐるり、手を巡らせてその内をなぞり……凡そを把握した。準備は完了。まるで新しいおもちゃを手に入れて気が大きくなる子供の様だが。いっそ突き抜けるなら、それくらい単純な方が良いのやもしれん。
立ち上がり、自分のテントの外へ出る。
今の自分は、酷く心が晴れて、澄んでいる気がする。体の動きのキレも良い。どうしたのだろうか……いや。恐らく。唯の気の持ちようか。
それよりも。とりあえずメナングには事後報告で良いだろう。彼を巻き込む必要も無い。先ずは――最大のガンを、切除せねばならない。
「……ん、お前。あの医者……か?」
「そうだ」
「すまん、なんか、雰囲気が変わった様な気がしてな。変な迫力というか」
そう言われても。俺は何も変わってはいないのだが。
「一体何の用だ」
「患者を全員戦場から避難させる。その許可を取りに来た」
「…………お前は何を言っているんだ」
一応は確認を取っておく。確認せずに強行、というのは流石に宜しくない。もしかしたら許可も取れるかもしれない。
「医者としての判断だ。全員到底戦える状態ではない、という判断になった」
「な、なんだ今更……お前だって、攻勢の方針には納得していただろうが」
「先日までは正常な判断が出来て居なかった。その点に関しては謝罪させてもらう。大変申し訳なかった。正常な判断力を取り戻したので、誠意をもって反対するつもりだ」
「おう、そうか……じゃない!!」
実際、俺が正常な判断力をしていれば起きなかった混乱だ。謝らなければならないのは間違いない。とはいえ、それとこれからやる事に関しては一切関係は無いし、何だったら容赦をする積りも無いが。
「あれらはシラットの戦士だ。死に場所をここと定めてここに――」
「私の方針には反対という事で良いな」
「えっ? あ、そ、そうだ!!」
「であれば済まない……押し通らせてもらう」
一歩踏み込んで――思い切り後方へ投げ飛ばす。目を見開いているが、まぁ驚くのも仕方ないと思う。だが今は患者第一だ。そこを重視する為に、大変申し訳ないが、気にしないで行かせてもらう。
テント内に入り込めば、驚いた様子の武装兵が此方を見て。流石に状況を把握したのだろう、武器や、拳を構え突撃して来る。
――それを、払い除け、転がした。
「……はっ!?」
「な、なんだっ!?」
「今のは……っ、きえぇえええええいっ!」
続けざまにもう一人。
今まではこれに若干反応が遅れていたが、今は問題ない。範囲に沿って、滑らすように、転がす。この程度の動きは、今までの積み重ねを覚えて居れば。余裕だ。
「――せ、制空圏! 制空圏を!?」
「しかし、なんだ今の制空圏は……制空圏を……」
「ぐっ……ええいこれだけの数が居るのだ、数で――」
そうさせる訳にもいかない。兎も角進む。狙いはこの中で最も強そうな、奥の男。恐らくは相当な実力者に相違ないだろうが、今はどうでもいい。兎も角、完全に統率が取れるまでのその意識の空白を縫って、まずは頭を制圧する。
左右から近寄ってくる相手は、体を回しつつ、双方を突っ込んだ方向へと受け流す。この制空圏という技、実に使い勝手がいい。
「ええい何を遊んでいる! こうなれば、俺自らッ!!」
飛び掛かってくる動きは、やはり他の戦闘員より一枚は上手に見える。だが今は一分一秒とて惜しい。出来るだけ早く――
攻撃を当てられず、そのまま地面に着地したその体を、後ろから羽交い絞めにした。
「――制空圏を、滑った、だと!?」
「動くな。勝負は付いた」
「ぐっ……まだだっ! おいお前ら、俺諸共此奴を――」
そしてその体を羽交い絞めにしたまま、外へと離脱する。
正常な判断をされては困る。頭を取られ、集団が焦っているこの状況を維持し、確実に此方の要求を通す必要性がある。故に……外に出たその一瞬で、男の口を塞げる体勢に整え直した。
「――貴様ッ! 放せ!」
「放して欲しければ患者たちを解放しろ。それに……君達としても、このままでは宜しくないと判断するが」
「何?」
「冷静に考えたまえ。ジュナザード殿がこの国の英雄であれば、彼は臣民を大切にするはずだ。その臣民を、君達独自の判断で消耗したとなれば、お叱りを受けるのではないかね」
そう俺が口にすると、相手は激昂する事無く……一瞬押し黙った。やはり、そうか。
彼らは、この戦線で戦っていた人たちを使い潰す様な真似をした。しかし。
ジュナザード、という人物は、この国で医療をする上でイヤという程聞かされている。それこそ、戦闘員だけではなく、非戦闘員の馬車使いの男達から話を聞けるほど。
戦上手の軍神の如き慕われ方。そんな人物が……わざわざ兵を使い潰す様な愚策を打つだろうか。打つにしても、自分で足を掬われる原因を作る、迂闊な発言などする真似をするだろうか。
俺は、しないと判断した。
「……わ、我々独自の――」
「言い訳は良い。凡そ分かっている。ジュナザード殿に良い結果を渡す為の、独断専行だろうに。それに我々が付き合う意味は無い……とはいえ、そんな人物を寄こす様な、上層部も上層部か。ほぼここは見捨てられた、と判断して構わないな」
畳みかける様に話せば……相手は、完全に沈黙した。
こういう時、冷静な判断を出来る頭が残っていればこうはいかないが。しかし、奇襲で完全に混乱している状況で、それを纏める者が居なければ、こうした高圧的な態度に抗えない人間は、案外と多い。
「――先生!?」
「メナング」
とかやっていたら、どうやら見つかってしまったらしい。とはいえほぼ事は終わっているのだから、巻き込まずには澄んだようだ。セーフ。
「ど、どうしたんですか、この状況!?」
「見ての通りだ。大人たちを呼んで来てくれ……ここを離脱するぞ」
「えっ、えっ、えっ!? あの、これは一体どういう事なんでしょうか……そもそもなんでその人は拘束されてるんですか?」
「……成り行きだ」
「成り行き!?」
という事で、凡そお分かりだとは思いますが、取得した青得二つは次回発表します。
後、狂気的な実験とかを目にしても眉一つ動かさない辺りは、まぁ……そう言う事です。活人の人だったらなんかしら反応するんでしょうけどねぇ。まぁ『治療最優先』って思考です。基本的に。