史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
断られた訳じゃなかったけど。それでも、ショックだったのは確かだった。あの時、たった一人、僕の言葉を聞いてくれそうな、大人の人だったから。
それでも、甘かったと思っていた。幾ら先生だからって、こんな危ない時に、皆を助けてくれるほど、お人よしじゃない。僕の考えが、甘々だったんだ、とその時は思って。どうしようと……悩んでいた。悩んでいたけど。
『……成り行きだ』
そんな物を軽くフッ飛ばすような事が起こった。
僕は。ずっと先生の傍で先生を見て来たから、直ぐに分かったんだ。その時の先生の顔を見て。全然違った。
揺れていた眼も、死人みたいな白い顔も、張り詰めた顔も、何もない。馬鹿みたいに真っ直ぐな目がある。活き活きとして張りのある頬が見える。無表情だけど、その顔には余裕がしっかりとある。そして、そのトレードマークのハゲ頭も、つやつやに輝いてる。
「くそっ、貴様こんな事をしてただで済むと……!」
「患者を全員タオル等でベッドに固定してくれ。馬車に運び込むまでだ」
「はいっ! 先生!」
「頼んだぞメナング……さて」
ただ。
そんな元気そうな先生を見て。物凄い……人を威圧するような笑顔を見せているのに。どうしてか全く何も動かない、ブリッジウェイが居ると。どうにも、落ち着かないというかなんなんだろう、そのニッコニコ笑顔は一体。
「すまなかったな。手間をかけさせた」
「なんのォ……事かしらァ?」
「この礼は必ずする。君の治療は、必ず俺が成し遂げる。待っていてくれ」
「それはマジでお節介だからやめて」
あ、迷惑そうな顔になった。
「……まァ? 私はァ特に手出しはァしないからァ。その隙にでも逃げればァ良いんじゃなァい」
「ぐっ……よ、傭兵貴様、どういう積りだ!? 何故何もしなかった!」
「どういう積りもォ、こういう積りもォ無いわよォ。朝のお肌のォ、ケアしててェ」
「戯言をっ……!!」
「本当に恩に着る。ありがとう」
「ッチ、止めなさいよォ、気色わるゥい」
そう、そうなのだ。
僕らがアイツ等を拘束した時、ブリッジウェイは全く此方に喧嘩を仕掛けてこなくて。完璧に無抵抗のまま、僕らのやっている事を見逃していた。いや。何回か踵をガツガツ鳴らしてたけど。我慢しきれないって顔してたけど。
でも、意外というか。こういう所で手心加えてくれるような人物だったのだろうかと思ってしまう。
「それで、だ。君は確か、自分の美貌に大して異常な執着を抱いていたと思う」
「……言いかたァ」
「君の役に立つと思ってな。見逃してくれる一件に関しての別個の礼だ」
「はッ、なにィ? 恩をォ、売ろうって訳ェ? 言っておくけどォ……」
「このメモには、俺の父が生涯を賭けて手にした医学知識。その中でもアンチエイジングに特化したモノが書いてある」
「――」
あ、固まった。
武術において、老いない体づくり、というのは大切な事だから。そう言う知識は知っておいて損は無いと思う。その知識がどんなものか僕は知らないけど、でもそれなりのモノではあるのではないのだろうか……でも、何となく、だけど。
「受け取ってくれ」
「――良いわよォ、そんなもん」
「……要らないのか?」
「当然。アンタからのォ、施し受ける位ならァ、死んだ方がマシって奴ゥ」
多分、受け取らないと思ったら本当に断ってた。ブリッジウェイは、誰かの施しを受けるような性格じゃない気がする、と考えてたけど。バッチリ当たってたらしい。
「そんなモノォ無くてもォ……
「……成程、君らしいと言えば君らしいか」
「気持ち悪い。殺されたいのかこのクソハゲ」
「本気の殺気を向けるな。患者の迷惑になるだろう。相手になるぞ」
「じゃあァ、変な事言わないでちょおだァい? アタシの踵はァ、案外と我慢強くないわよォ? ド・ク・タ・ァ?」
「それは良く知っているから大丈夫だ」
「オーケィ、今殺すわ」
――取り敢えず、先生は放っておいていいと思う。
今は、皆をベッドに括りつける事を優先しないと。次に補給部隊の皆が来るタイミングに間に合わない。それに……皆も、近くで頑張ってる。
「――おい、そっち緩まってるぞ」
「すまんすまん。途中で落としたらえらい事態だからな」
「はー……まさか、戦場から逃げる事になるとはなぁ。人生何があるか分からん。しかも家族にも何も言えず」
「無駄に死ぬよりはマシと考えようではないか……何時か迎えに来よう。なんとしても。それで良しとするしかあるまいよ」
「……そうだな」
やはり、こうして逃げる事に色々思っている人も多い。
武人として、敵を撤退に追い込む所まで、頑張って仕事をして。それなのに酷い扱いを受けて。でも、この国が好きな人たちばかりだから、こうして戦場から逃げ出すのに、どうしても躊躇う人も居る。
僕も同じだから気持ちは分かるけど……でも先生と僕は、その人たちを必死になって説得した。
『――文句がある人達は私が制圧する』
……訂正する。僕は説得できなかったけど先生がほぼ力づくでいう事を聞かせた。本当に、何の容赦も無かった。
元々からここに居る人たちは全員、立っている人も負傷者が多い。それらを全員纏めてここから逃がす。逃亡兵の扱いを考えれば、当人たちを優先するという判断は間違っていないだとか。他にも色々言っていたけど。
それでみんなが黙るって事は……そう言う事なんだろうか。
「ま、今は取り敢えずここの患者を全員縛り付けて、運び出す事に専念しよう」
「サボってたら間違いなくどやされるだろうしなぁ。しかし、先生は一体何処に此奴らを運ぶつもりなんだろうかねぇ」
「一旦は国内のどっかに隠れるつもりなのか。国内にそんな詳しい訳でもないだろうに」
でも、そもそも、ここから逃げ出したら先生は何処へ向かう積りなんだろうか、とは思う。そもそも逃げようって相談したのは僕だけど。どういう風に逃げ出すのか考える前に準備が始まってしまったし。とりあえず、ここのキャンプから逃げる手立てを馬車のおじさん達とかに頼む積りだったりその辺りは考えているみたいだけど。
『任せておきたまえ』とは言ってたけど。ティダードは沢山の島の国だ。どれだけ数があるか。僕も詳しくなんて知らない。
ましてや、先生は此処に来てからずっと治療漬けでこの国の事を調べる暇なんかなかったはずだと思うのだけども。それでもあれだけ自信があるのだから、よっぽどいい逃げ場所があるのだと思うけれど。
「――先生、こっち終わりました!」
「こっちもです!」
「そうか。ありがとう。後は補給部隊の方々が来るのを待つだけだが。さて」
補給部隊の人は確かに国内を駆け巡る事も出来る、らしい。島と島を行き来して補給する必要がある以上、そう言う事も出来るらしいけど……でも冷静に考えて、こんな逃亡兵を一体誰が国内で見逃すというのだろうか。
それを考えれば……移動できるのは、最早この島の内だけだと思うのだけれど。
「先生」
「ん?」
「先生はいったいどこをを頼るつもりなんですか? 僕らも、先生の言う事を疑ってる訳じゃないんですけど……」
「うん? あぁ、そういえば詳しくは説明はしていなかったか」
「はい。脱出の手立てはある、と。その為に補給部隊の人達を頼る、とも」
「あぁ。そうだったな。私達はこれから、アメリカ軍のキャンプへと向かう」
……………………………………………………んんんんん?????
「えっと。えっと先生。僕の聞き間違いとかじゃないですよね、えっともう一度言って頂けると、ありがたいのですけども」
「ん? 聞き取りづらかったか。すまない。アメリカ軍の駐屯地に向かうと言った」
「いや本気でそう言ってるんだこの人……! ダメだっ……!」
「どうした。何故地面に……まさか病気か!? くっ、ベッドの空きはあったか……!?」
「いいえ違います大丈夫です……っ!」
頭が痛くなった。この人。何を言っているんだろうか。どうして怪我人を抱えて敵の所へと駆けこむのだろうか。怖い。初めてこの人の事を怖いと思った。
「えっと……どうして敵がいる方向へと向かってしまうんですか……?」
「単純だ。我々は敗軍だ。ならば敵に降伏して保護を求めるのが一番手っ取り早い」
「あ、いえそれはそうだけど……で、でもそう簡単に降伏を受け入れられるかは」
「そうした迷いが患者を殺す事もある。善は急げだ。それに向こうにも患者はいる。それを助けるのにも丁度いい。一石二鳥だ」
「向こうの患者も治療するんですか!?」
なんだろう……ちょっと、頭が痛くなってくるような。
というか、どうして向こうの患者まで治療するのだろうか。一応は元敵なんだけど。僕ら向こうを傷つけた張本人なんだけれども。あの……それはどうなんだろう。大丈夫なんだろうか。全く気にしていないのだろうか。
「えっと……」
「――ん? あぁ、大丈夫だメナング」
「あの、えっと、何がですか」
「君のお父さんの治療はおろそかにしない。それに、そろそろ目覚める頃合いだとは思うから安心してくれ」
「そう言う事じゃないです先生……全然違います……」
それは本当に嬉しいけれど。でも……違うんです。本当に。
くっ、アメリカの人達も助けたいンゴ……せや! 怪我人やらこっちの陣営皆まとめて降伏してから治療したろ!(名案)
頭ドクターかよ……