史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
――僕にとって、ホークはたった一つの宝物だ。
妻と別れ、一人になった僕に残された家族。彼女の面影を何処か残した、日本人らしい顔の彼。怖い顔をしている、と皆は言うけど、僕にとっては可愛らしいとしか思えない。髪が行方不明なのは、不思議だけど。それは兎も角。
可愛い息子に、僕は出来る全てを伝えた。勉学も。医学も。出来る事は全てしてあげたかった。彼も、喜んで僕の教える事をちゃんと学んでくれたのが、本当に嬉しかった。学校に行く必要も無いくらい。
「――ホーク、ホーク」
「なんでしょうパパ。これから日課のパトロールに出る積りなのですが」
「その前に、だ。少し僕の話を聞いてくれないか。お願いだよ」
「はぁ……分かりました」
こうして、僕の話もちゃんと聞いてくれる、素直で良い子だ。だが……その素直な性格が却って、仇となったのかもしれない。
高校に入ってから、一年が過ぎて。しっかりと大人へと向かう自覚も出来て来た気がしたのだ。そんな時……医者として過ごして来た、自分の人生を、そして……諍いについての持論を語った事があった。彼が人生の節目を迎えるこの時期にこそ、話すべきだと思った、
『良いかいホーク。争い……闘争は、決して褒められるべき行為じゃない。どんな理由が有っても、どんな状況でも。武道なんておためごかし、もってのほかさ。アレは野蛮な戦に正当な理由付けをしようとした、苦肉のやり方なんだ』
僕は、闘争という物が嫌いだ。武道も好きじゃない。医者として、態々互いに傷を付け合って競う事なんて。まだ、型の美しさを競うのであれば、話も分かる。だが本物の武道というのは、そんな生易しい事はしない。
命の取りあいしか出来ない、そんな連中が嫌いだ。そんな彼らを拳で持ってしか止められない人たちも、どうかと思う。もっと、彼らを止める方法は、ある筈なのに。
だが、それをホークは余りに素直に受け止め過ぎた。
『――ホーク!? どうしたんだい!? そのケガは!』
『パパ。すみません、少々と手古摺りましたが……次は、もっと早く』
『手古摺る……? 君は、一体何を』
『――町で喧嘩を行っている若者たちを止めました。安心してください。彼らを傷つけてはいません。人を傷つける事、それは、医に関わるものとして、タブーですから』
そこからだったろう。学校も何もかも捨てて、ホークが町中の喧嘩に割って入るようになったのは。
初めは、信じられなかった。あんなに勉強に熱心で、医療に真っすぐで、誰かを癒すという事に真っすぐに向き合っていたホークが。喧嘩に割って入った、なんて。そもそもどうしてそんな事をやったのか。
『俺はまだ医者にはなれません。しかし、この未だ若い自分でも出来る事はあるのではないかと思った時。この町での怪我を少しでも減らせれば、と……先ずは人為的な物から』
……そう真っ直ぐ言われた時、眩暈がしたのを憶えている。頭の何処かが、ガリガリと音を立てたのを憶えている。
先ずは、で喧嘩に割って入る少年が一体何処に居るというのだろうか。顔面を青あざだらけにして平然と『怪我人を治すついでに、喧嘩を止めた』と言い出せるというのだろうか。自分の傷を治してまた次の喧嘩に割って入れるというのか。
親ですら、話を聞いているだけで意識が飛びそうだというのに。そんな行為をもう……一年に届きそうなほど。
「最近は喧嘩に割って入るばかりで、学校にも行ってないらしいじゃないか」
「学校で教わる事は、パパに全て教わりましたから特別学校に行く必要性は感じられません。それよりも、一人でも多く、無為な戦いによる怪我をさせないようにする方が」
「学校で教わるのは、何も知識ばかりじゃないんだ。それを……」
「だとしても、俺にとって重要なのは此方です。パパ」
彼と言えば、こうだ。にべも無い。
喧嘩をやめさせること。それが決して間違っているとは思えない。僕にとっては。喧嘩なんて愚の骨頂。それを止める事は、決して間違ってはいない、そう思う……のだが。それにしてもホークの前のめりの姿勢は、異常だ。これも、血なのか。
とはいえ君にその様な思いを抱かせたのは、僕の責任に間違いない……それを、それを棚に上げたとしても――
「そんな事を言わないで。お願いだ。そんな事だけに明け暮れて欲しくないんだ」
「一つだけに心血を注いでいる訳ではありません。食事もとっています」
「そう言う事じゃないんだよ、ホーク。争いの中に身を置いて居る人は――」
呑まれてしまう。そう言いかけて……グッと詰まった。事ここに至って、僕は最後の最後を踏み出す事は出来ない。彼女の事は。僕にとっては……
「――どうなさったんですか。パパ」
「あっ……いや、その……」
「何でもないのであれば、俺はもう出発しますが」
「っ」
今ここで、ハッキリと止めないと……ホークも、吞み込まれてしまうのかもしれない。僕の元から去った、あの人のように。僕と暮らしていた彼女は、少なくとも、血塗られた歴史から距離を置いていた筈だった。
彼女にも、日常に浸る心があったのだ。僕が、しっかりと日常に彼女を繋ぎ止める、楔になれていたら。
「――君のっ」
「……ん?」
「君のママも……必要のない争いに巻き込まれて僕たちの元を去ってしまったんだ……繰り返すなんて僕は嫌なんだよ」
あぁ、あぁそこまで分かっていて!!
僕は、こんな臆病な物言いしか出来ない。真実をそのままに、語る事が出来ない。彼女の事を語れば、争いに身を置く事の恐ろしさを、身をもって教える事だって出来る筈なのに。
そうやって教える事が、彼の身になると、嫌というほど分かっているのに。
「パパ」
「ホーク」
「パパの気持ちは、良く分かります。ママを失ったパパがどれだけ悲しんだのかは、私にも察する事は出来ません。しかし……故にこそ、だと思うのです」
こんな臆病な言い方では、ホークの心を動かすどころか……より覚悟を決めさせる結果にしかならないなんて。分かり切ってる。
「ママを失った原因は、この世から廃絶するべきです。その為に。やれる事は全て、今からでもやる。小さなことからコツコツと。です」
「ホーク……」
「一日たりとも欠かしてはならない……今日も少し遅くなりますので、ご飯は先に」
ホーク。僕の宝物。彼が目指している道は、何が何でも止めなくてはいけないのに。それでも彼の思いは何処までも……純粋で。それを止める事は正しい事では無いのではないか。間違っているのは、僕ではないのか。と、思ってしまう位には。
「……」
医者としての道を志して。彼にも、誰かの命を救う喜びを知って欲しかった。この世で最も大切な物を、自らの手で救う、それは何者にも代えがたい、尊い使命なのだと。しかし、それがホークを別の方向へと進ませてしまった。
考え方自体は、間違っていない。ホークがやっている事は、突き詰めれば警察のやっている巡回の様な物だ。命を大切にするために、無為な争いを止める、というのは正しい事だ。
ただ医を志す者がやるべき事ではない。
僕たち医者は、傷ついた人たちを癒し、そして、もう二度とケガをしないように説得する事が役割だ。相手の争いを力づくで止めるのは……あぁ。そうだ。恐らくは、僕にあの言葉をかけた、あの老人の様な。
『――あやつの事は忘れなされ。若いの』
「忘れられたら、どれだけ楽だったか……分かりませんよ。ミスタ・風林寺」
彼女と過ごした時は、僕にとってかけがえのない時だったのだから。だからこそ、僕は殊更に武という物を憎んだのだから。医者として、父として、何よりも男として。それがみみっちい、嫉妬にも近いものなのは、分かり切っていたのだけれど。
一番、質が悪いのは。
僕は武に疎い訳ではなくて……その逆だからこそ。
―ピンポーン
「……ん?」
が、その思考は中断せざるを得なかった。
ホークが出て行って、直ぐだ。もしかして何か忘れものでもしたのだろうか。とはいえそんな事をする程、うちの息子は間が抜けては無いと思うのだけれど……そう思って、開けた扉の先。
「――あ」
「久しいのう。イーグル。探したぞ」
僕の名を呼ぶ。懐かしい声。黒いショートヘアー。その深い眼差し。
ホークを生んで、直ぐに姿を消した、あの時から。何も変わらない。寧ろ、変わっていて欲しかった。変わっていなかった時は。それは僕の研究成果が、彼女の……
「ミ……クモ、さん」
「少し、老けたか? 全く、櫛灘流の秘術を幾つか授けてやったと言うに……全く使っておらぬとは」
こうして頬に触れる、その手の柔らかさ。温かさ……そして、逆らえない、と。逆らいたくも無いと。思ってしまうその雰囲気も、何も変わってない。
「秘術に興味など無い……という言葉は偽りでは無かった。お主は本当に、儂の為だけに協力した、という事かのう……ふふ、何とまぁいじらしい事よ。年甲斐もなく、また疼くでは無いか。えぇ?」
「どうして、貴女が」
「伝えに来たのだ。まぁお主が頷くとも思えぬがな。イーグル」
―― 共に、闇へと来い――
パパは梁山泊も良く思ってない系です。
追記:劇中の表記を少し変更しました。