史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得   作:秋の自由研究

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第十九回・裏:嘗ての因縁 後編

「馬鹿な、動の気を……これだけ練り上げて……本当に成長したとでも言うのか!? この、この短時間で!?」

「これで条件は互角だ。慧 烈民」

 

 先生の体から溢れ出すあの威圧感は、前に見せて貰った『動の気』という奴だと思う。その時、一緒に説明して貰ったのだ。

 

『君が極めようとしている『静の気』とは対極に位置する気の運用の事だ。リスクを伴うがそれに見合った身体能力の強化が期待できる方法でもある……が、当然身体的なリスクなど私は勧めない』

『そ、そうなんですか』

『……しかしそれでもコレを解説するのは、気に対する理解を深める為だ。理解を深めれば、それを体得する事に繋がる。故に、これに関して私が知っている事を出来る限り説明する』

 

 その中で先生に教えてもらった事は多いけれど。一番驚いたのは、そんな攻撃的な気の運用を先生が使っている事だった。話を聞く限り、静の気の方が、先生には合っている気がしていたのだが……曰く。

 

『個人の戦い方と、何方の気が向いているのかは必ずしも合致しない。私はたまたま、動の気を発動出来た。その素養があった……それだけだ』

 

 それでも、動の気をまだまだ極めているとは言えないが、と最後に付け加えていたけど。

 しかし今、感じているそれは……以前よりも、なんだか……穏やかというか。いや荒々しいとは思うので、穏やかは可笑しいのかもしれないけど。

 なんだか、洗練されているというか。

 

「くっ……だからどうしたというんだ!!」

「――」

 

 それを当然、相手も感じ取っているんだと思う。無数の拳が、浴びせかけられる様にどんどん飛んで来る、けど。

 先生は、それをやはり掌で捌いて、受けて、弾いて、捌いて。さっきの展開と同じだ。同じだけど……でも、少ししてから、その明らかな違いが見えてくる。

 

「な、ぐ、この……貴様っ!」

「問題はない、といった筈だ」

「ふざけるなっ、こんな、こんな、気の一つだけで!」

 

 先生が、圧されていない。下がっていない。全く退かない。全ての攻撃を四方八方に完璧に逸らす……そんな、何時もの先生の姿があった。

 こうなると恐ろしいのだ。ずっと相手にしている私だから分かる。まぁ崩せない。ずっとピクリとも動かない。無力感が半端なくなってしまう。いや本当に。先生を相手にする特訓は……本当に。

 

「……っ!」

「気の一つで戦況が変わる事は、武術家の君が良く分かっていると思うのだが」

 

 この勝負、今完全に、先生が主導権を握った。気圧されてる。一度こうなってしまえば後は根競べ。そして……根競べなら、先生は絶対に負けない。あのティダードの地獄の戦いで全くへし折れなかった人だ。心の強さが違う。

 

「どうする。撤退するのであれば、それが一番ありがたいのだが」

「……く、くくっ!」

「?」

「撤退、撤退だって? 面白い事を言うじゃないか! えぇ!? ボクが勝つ道筋は幾らでもあるというのになぜ逃げる必要がある!」

 

 しかし、それでも相手の目は、全く死んでいない。拳を握ってる。

 私にだってわかる。相手は焦っているのは丸わかりで、そんな相手の攻撃を受けて、先生は一歩も退いていない。先ほどとは状況が変わった。だというのに。

 勝ち筋がある、なんて。

 

「確かに、君の守りは堅牢だ。認めよう」

「……」

「だが、それだけだ! ボクを一切攻撃しない、そもそも守りしかしない! 以前からそうだったな……相手の攻撃を全て捌き、一切反撃せずして、粘り勝つ……そんな温い、甘い戦い方では、ボクは屈しない!」

 

「君が反撃してこないのであれば、幾らだって撃ち込んで良いんだ……何時か光明だって見えてくるだろうからなぁ!!!」

 

 ――成程。

 確かに先生は、攻撃はしない。それは間違いない。

 攻撃しない相手には恐れることなく、只管突貫が出来る、というのは間違いない。

 

とはいえ、それは自ら患者を増やす事等、医者としては絶対に許されない、という医者としての覚悟が決まっているからで。正直、偶に『馬鹿なんじゃないかなこの人』って言うレベルで頑固だ。

いや……時々じゃない。何時もだ。心がどうなっているだろうって言うレベルでヤバイ。普通に大きな組織が相手だろうと、誰に止められようと患者が居れば止まらない。

 

 つまり、まぁ……幾ら攻撃をしなかろうと、殴られっぱなしだろうと、後ろに患者がいる以上は、先ず先生は折れない訳で。

 

「……可哀そうだなぁ、あの人」

 

 凄い失礼な事を言っているのは分かってる。でも、相手は本物の……いや、こっちの方が失礼かな。でも事実だし……うん。狂人だから。

 幾ら黒虎白龍門会、という恐ろしい組織の刺客でも、先生以上にイかれてるとは到底思わない。恩人に何て言い草だ、とは思わないでも無いけど。でも多分気にしないあの人。

 

 ――なんて思っていた、自分が甘かった。

 

「成程。であれば、全力で打ち込んで来ても構わん」

「――何?」

「私は邪魔をしない。攻撃をしないからな。安心して渾身の一撃を打ってくれ。幾らでも気を練るなりしてくれ」

 

 まず口火を切ったのは、先生の信じられないお言葉。幾ら僕だってどんな無謀な事を言っているのかわかる。相手の渾身の一撃なんて、先ず受けたくないのが普通だと思う。なのに幾らでも溜めて良いなんて。

 先生の守りを信じていない訳ではないけど……万が一がある。

 

「――舐めているのかね?」

「いいや。そんな事は一切ない」

「ふざけた事を……だがいいだろう。確かに妨害されないなら、好き勝手にやり放題だからねぇ。ペシャンコにしてあげよう!!!」

 

 だけど僕が先生を止める前に既に男は拳を構え……ゴヒュゥゥウ、と重い呼吸を一つ。その直後にグググっと、一瞬筋肉が盛り上がったように見えた。

 その目の前で、先生も一つ、対抗でもしてるみたいに大きく呼吸をしながら、腕をぐるりと円の動きで四方に回している。全くもって相手の事を気にしてない。

 

 肌に感じるこの威圧感。

 二人の間が歪んでいる様に見える。これは……幻覚なのか。それとも。

 

「――こりゃあ、ペシャンコだね」

「試してみろ」

 

 心臓がドキドキする。

 間違いなく双方の全力だ。少なくとも今の僕にとっては、相当に先の次元……参考になるかどうかも分からない。

そんな戦いが今――

 

「翻子八閃打!!!」

 

 ――始まった瞬間。無数の破裂音が響いて。

 

 一瞬の間だった。私の目が追いきれていない。見れたのは何発かの拳の幻影だった。マスタークラスの拳というのは、これだけのスピードなのか。これだけ化け物染みた動きをするのか。余りにも遠い世界だという事を否応なく自覚する。

 だが……結果は、明らかだった。

 

「――」

「……」

 

 先生は倒れていない。そして、その場からピクリとも動いていない。傷を負っているようにも見えない。凌ぎ切ったんだ。先生は。あんな私には見えない程の拳を。流石先生だ。全く桁が違う。

 それは、先ず凄いと称えるべきだけど。それよりも不思議に見えてしまうのが……

 

「……そ、そんな……バカな……」

 

 攻撃を凌ぎ切られた方。慧 烈民の方だ。

 ……全力の攻撃だったのだ。それを凌ぎ切られて、ショックだったのは分かる。でも。

 

「どうして、あんなに……」

 

 先ほどまで、先生を殺してやるという気概に満ち溢れていた相手が、急に風船がしぼむ様に殺気や何やかやを薄れさせて……膝を突いている。あの一瞬に、若干老けてしまったように感じる程、覇気がない。

 それを見て……先生は驚いていなかった。先生が無表情なのは何時もの事だけど、それにしたって、あの変容ぶりを見て何も反応しないというのは。

 

 それとも……想定通りだった?

 

「――すまない。こうするしかなかった。これが通じるという事は……やはり君はちゃんとした達人だったのだろうな」

「……」

 

 烈民は、何も返さない。

 

「医者として、許されぬやり方をした、と思っている」

「……」

「俺からせめていえる事と言えば。健康に気を付けて生きてくれ、という事くらいだ。武術の前提は体が健康である事だからな」

 

 そう言って、先生は此方に踵を返して来る。

 それに……地面に伏せた彼は、何も反応しない。呆然としているまま。決着は付いたようだが、何が起きたか、此方にはサッパリ分からない。取り敢えず、先生に駆け寄った。

 

「……勝ったんですか?」

「あぁ」

「何が、あったんです?」

「単純な話だ。強制的に降参させた」

 

 ……全く分からない。

 

「具体的な話をすれば『もう俺の守りは突破できない』と示しただけだ」

「ど、どうやって」

「先ほど、拳を交わした時に。メナング、『技撃軌道戦』という言葉を知っているかね?」

「ぎ……?」

「簡単に言えば、達人同士の読み合いの事だ。相手の動きを先読みし、目に見えない仕掛け合いをする……けん制合戦の様な物だよ」

 

 なんだか凄い話をしている気がする、が。要するに私では到底できない事なんだろう事は分かった。

 

「そ、それで?」

「それを応用した。それだけの読み合いの技術があるなら。自分の拳が受けた感触次第では自分の実力と、相手の防御を比較し……どうしようも無い事を悟れるのではないか、とな」

「えっ、出来るんですか、そんな事」

「それ故に、相手に全力を出すように伝えた。普通の攻撃であればどうしようもないがしかし……自分の全力を受けきられた時の衝撃というのであれば、話は違うかもしれない」

 

 ……確かに。

 自分に照らし合わせて考えてみる。自分の全力も全力をぶつけて、それでもどうしようもなかった時……自分は、諦めないでいられるだろうか。武術に真剣に向き合って居ればいる程、そのショックは大きいのかもしれない。

 

「それを、やったんですか」

「――俺が出来る全力を費やしたつもりだ。結果は、あの通りだが……正直、心苦しい」

「心苦しい?」

「……心に傷を付けるやり方だ。医者のする事ではない」

 

 そう言った先生の顔は……とても、とても沈み込んでいる様に見えて。

 先生は、誰かを傷つける事を良しとしない。それは、心もそうなのだろう。だからそこをへし折る様なやり方をしてしまったのが。許せないのだろうか。

 

「――ふふ、そう言えるだけ貴方は大分マシな人間だ」

「……っ!?」

 

 そんな所に。

 ふと、上から降って来た、見知らぬ声。

 

「だ、誰だっ!」

「ん? あぁ済まない。自己紹介が遅れたね――鳳凰武狭連盟からの援軍だ」

 

 そして……その直後に上から降ってきたのは、小柄な男性。多分、僕と余り身長も変わらないのではないだろうか。私の目線ではあるが、多分。整ってる顔立ちだ。頭にかぶった帽子を押さえながら、私の前でゆっくりと立ち上がる。

 アジア人系のその男性に、先生は一瞬、目を剥いた。

 

「――剣星殿?」

「お久しぶりね。ホーク殿。相変わらずで嬉しい」

 




岬越寺師匠が、武人としてガイダルに負けを認めさせた奴の残酷バージョン。
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