史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
「はいやぁ!」
「――」
「いやぁっ!」
「……ふむ」
「……ぱぱっ! このひとなに!? てごたえがきもちわるい!」
あの、そう言う言い方は出来れば止してあげて欲しい。先生も人の子だし、普通に傷つくと思う。いやまぁ厳しい
隣を見ると、何処かで見たかのような感じで頭から地面に突っ伏しているアジア人の武術家……鳳凰武狭連盟の責任者、馬 剣星さんが。彼女のお父上でもある。
「……れ、連華……幾らなんでも気持ち悪いはダメね! 折角お願いを聞いて貰って、稽古の相手をして貰っているというのに!」
「だって! なんか! なんかすべるの! つるって!」
「ああいや、気にしてはいないから大丈夫だ剣星殿」
――先日、慧 烈民を退けた後。
その場に到着した剣星殿に『遅れて申し訳ない。そのお詫びと、我々の仕事を済ませてくれたお礼に、招待を受けて貰えないか』という話をされた。常に患者を探してる先生がそんなの受けるかなーと思ったら、普通に受けた。
……いや、ここで患者を探して居ないかと言えば、何時にも増して凄く患者を探して居るのだけど。鳳凰武狭連盟の武芸者の皆さま相手に、先生はいつも以上に辣腕を振るっているのは間違いない。
今は、剣星さんの頼みを聞いて、ご息女の馬 連華ちゃんの相手をしている。
まだ齢二桁の半分に行くか行かないかだというのに、とても良い動きをしている。私はアレくらいの時どうだっただろうか。いや止めよう。哀しくなるので……兎も角として。
「全くもう!」
「あははは……ご息女、本当に元気ですね。動きのキレも良い」
「いやぁまだまだ。甘い所も多いね……」
中国最大規模の武術組織。鳳凰武狭連盟の責任者とどうして知りあいなのか。先生は、『剣星殿とは少し諸々の事情があってな』としか教えてくれなかった。
分かっているのは。先生が、ただ招待を受けた訳でもなく、剣星殿も何か意図があって先生を招待したのだろうという事。お二人きりで、幾度か話しているのを見た事がある。そこで何を話しているのかは、知らないけれど。
『――友達について。少しな』
私が知っているのは、それくらいの物だ。
「見事、というのであれば、君の方ね。この歳で良くぞそこ迄」
「あ、あはは。良い師と、医者に恵まれておりますし……」
「確かに。彼は本当に良い医者で、良い武人でもある。ここで過ごしている間に、分かった」
だからといって、隣の人に聞いてみよう、とは思えない。中国全土で幅を利かせる鳳凰武狭連盟の最高責任者相手に。
……しかし、意外と言えば意外だ。中国武術の頂点に立つお人が、失礼ながらこんな小兵とは。私でも、力づくで抑えられるような。それくらいには。
「そして、良き師でもあると思うね」
「――ありがとうございます」
「まぁ今は、その師に免じて、待っていて貰えないかね? 気になるのは分かるけれどね」
そう言われた瞬間に、隣の顔を見てしまった。
彼は飄々とした顔で笑いながら、ご息女と先生がやり合っている姿を見ている。先ほどまでは気のいい父親、という風に感じていたのだが……なんだろう、今は底の見えぬ、なんとも空恐ろしいお人に見えてしまう。
気になっている事の内容も何も、一言も言っていなかったというのに。一体いつから見抜かれていたというのか。私と話している間なのか。それとも。
「……食えないお方だ」
転機が訪れたのは、それから一週間以上たった後の事だった。
少し、良いだろうか。そう私に向かって言った先生の顔は……酷く真剣で。
向かった先は応接室。そこ迄派手、という訳でもなく寧ろ質素な部屋の中に居た剣星殿は、先ず先生を見てから、次に隣に立った私を見て、目を細めた。
「話す気になったかね?」
「……彼が気にしている、というのであれば。説明しないのは不義理になりますから」
「うむ。であれば。先ずはそちらの説明を終えて欲しいね。おいちゃんの話は、その後でも良いから」
そう言って椅子に腰かけながら、何かを読み始める剣星殿。
なんなのか、状況がサッパリと分からない私に、先生は、部屋に置いてあった椅子に座るように促した。剣星殿をもう一度ちらと見れば、構わない、というかの如く頷いているので腰を下ろし、先生と向き合った。
「――私と剣星殿が知り合いになったのは……一人の男が切っ掛けだった」
そこから先生が話し始めたのは……先生の友人との話だった。
中国での武者修行時代に出来た、数少ない友人。口下手で、酒の好きな、強い男。そして彼と別れるその経緯まで。先生は、丁寧に話してくれた。
その口調は、何時もよりも、少し硬さが抜けて。穏やかだった。その名前は、ソウゲツ。慧 烈民が言っていた名前。その人物は、剣星殿のお兄さんだという。
「そんな理由が……」
「そして、剣星殿が俺をここ、鳳凰武狭連盟に呼び寄せたのは、それが理由のようでな――剣星殿」
「……うむ。やはり、兄の数少ない友人である貴方に頼むのが一番ね」
その剣星殿は、既に立ち上がり、改めて我々と机を挟んで、反対側のソファに腰かけていた。どうやら、剣星殿が先生に話があるようで。
「ホーク殿。貴方に、我が兄、馬 槍月を探して欲しい」
「槍月を?」
「そう。彼と、話がしたい。彼が今、どうなっているか。貴方は知っているかね?」
そう言われた先生は少し考えこむ仕草を見せると……正直に、知らない、といった。
ただしその後に。凡そ想像はつくと、付け加えたが。
「彼は戦いの中に身を置く男だ。ならば……用心棒や、各地の達人に死合いを仕掛け、己の腕を磨いていると、今でも思っている」
「――凡そは間違っていないね。彼は、殺人拳としての武術を磨き続けている。マフィア同士の諍い等々、鉄火場の中に身を置く事でね」
その実力は、既に真の達人級に届く程の物になっているだろう、下手をすれば自分を凌ぐほどに……と剣星殿は続けた。
「そんな兄が、次に姿を現しそうなのが日本。そこに向って欲しい」
「ニホン。確か、極東の島国、か。何故、そこに槍月が現れると?」
「色々と理由はあるけど、一番の理由は『今、一番武術が熱い場所』だからね」
剣星殿曰く。
古今東西の世界中の武術が、混沌を極めるが如く集った結果として、今の日本は武術熱が凄まじい、のだという。武術が熱い場所には達人も集まり、そしてその達人を求め……槍月という、先生の友人が立ち寄る可能性があるのだと。
「戦いを求める、と」
「しかしおいちゃんはまだまだここを離れる訳にもいかない……そこで貴方に行ってもらいたい。鳳凰武狭連盟からの人員として」
「……槍月の事を、多少なりとも知っている私に、と」
「そうね。それに中華街は荒れる事も多い。腕の立つ医者は何人居ても困らないね。そこを拠点に、中華街の皆の面倒を見てもらいながら、もし兄が現れたなら」
「話を聞くなり、会う約束を取り付けるなりする、と?」
「そう言う事になるね」
それに、と。日本は最新の医学が集まる地でもある。故に、そこで学ぶことも多いだろうとの事で。
「しかし、俺は無免許だ。話に聞く日本の気風では俺など介入する余地があるか」
「そこは上手い事やるね。中華街を贔屓にしてくれるお医者様もいる。そう言った方たちの中には免許よりも、腕を信頼する人がいるね」
「――それは、つまり」
「おいちゃんの立場等を上手い事使って、その人たちに紹介するね」
……そ、それはどうなのだろう!?
いや先生の腕は確かだし、この人が医療以外に何か興味を示すとも思えないし、不正に手を貸すなんてしたらそれこそ世界の終わりのレベルだと思う。そもそも先生がねじ込まれること自体が不正になると思うのだけれども。それにしてもである。もしそこを突っ込まれようものならエライ事になる気がする。
「せ、先生、流石に……」
「あぁ。流石にそんな話を出されては――受けざるを得ない」
「あーはい分かってました」
しかし。先生が、誰かを救う機会にめぐり合わせて貰える、と言われてそれを断る訳がないというこの確信。そもそも、先生が無免許で医師をやっているのは『免許を取る時間があればその分患者を救う』という信念に基づいているからなので。
そりゃあ、多少無茶なやり方を示されても躊躇う訳がない。
「そう言ってくれると思ってたよ」
「それに――日本には、用が無かったわけでもなかった」
「用?」
「あぁ……丁度いい。剣星殿にも、お聞きしたい事があってな」
そう言って先生が懐から取り出したのは、一冊のノート。それは、確か。先生のお父様から先生に送られたノートだったか。しかし、それを何故このタイミングで出して来るのだろうか。
「それは?」
「俺の父が残してくれたノートだ。これに書かれている……『闇』という組織について。剣星殿程のお方なら、何かご存知でないか、と」
「――!?」
その瞬間、剣星殿が立ち上がった。
目を見開いて、顔の筋肉は強張っている。明らかに尋常の顔色ではない。
思わず、私と先生は目を見合わせてしまった。鳳凰武狭連盟の長が、こんな顔で驚くなど尋常の話ではない。
剣星殿が一体どうしてそんな顔をしたのか。
私達は、まだ何も知らなかった。
子どもは素直(追い打ち)