史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得   作:秋の自由研究

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第二十三回・裏:二人の達人

 私は、槍月と言う男を知らない。

 だけど先生曰く『中国武術の達人。贔屓目なしに』と言っていた。

 それを考えれば……恐らく、こうして壁を崩壊させて入って来た男がそうである可能性は十分にある。

 

 ――先ず一歩、先生の方から踏み込んだ。

 

 それに応える様に、男はゆっくりと酒瓶を地面に降ろした。それから、報酬の酒を遠くに移すように谷本君に言って、拳を構えたのだ。何も言う事無く。目の前の先生を見据えて。その形は……カラテの『天地上下の構え』という奴に似ている気がした。

 天地上下の構え、というのは攻撃の構えだ。先日、病院で再会した逆鬼さんが、屋上で練習しているのを見かけ『いや流石にマズいだろう』と思って止めに入った。

 

 そこで見せて貰った構えに、それは酷似している。こっちから攻めてやろう、という積りが良く分かる構えだ。

 だけど……もし、その構えをしていなくても、私はその男、槍月が、どうするつもりなのかは分かってしまった。

 

 笑うのだ。酷く、酷く攻撃的な笑顔で。

 

「久しいな」

「あぁ……久しいな」

「君の性格は分かっている。今日の分の治療も終えた――久々に、運動と行こうじゃないか」

「良いだろう。ただし運動で済むかは……貴様次第だ!!」

 

 踏み込んだ足、捻る腰、繰り出されるは……正拳突き。酷くシンプルな一発だがしかし。ソレを見て、私がまず思ったのは。

 

 『あぁ、あの一撃はどうにもならない』だった。

 色々と、武人を見て来た。私より強い武人も見て来た。そのどれも、脅威だとか、圧倒的だとか。そんな感想を抱いてきたのは間違いない。

 だけど、諦観から始まるのは、初めてだった。

 どうしようもない。間違いなく瞬殺される。一発で終わる。

 どんな受けも、守りも、通じず。回避に徹した所で間に合わない。

 

 動揺するのを一周以上通り越して、完全に心が凪いだ。多分、今私の心は、鏡の如く波風たたないどこぞの塩湖の様になっている気がする

 

「――」

 

 そんな事を気にせず、先生がその拳に手を添え、たのだと思う。多分。いつの間にか拳は直線からそれて、明後日の方向に突き出された……と思ったら。

 とか思ったら先生の後ろ、何メートルか向こうの壁にひびが入っているのが見えた。冗談だと思いたかった。どういう威力だろうか。家の持ち主の谷本君が真っ白になってた。何とか支える事にした。

 

「い、いえが……」

「しっかり、まだ終わってない!」

 

 とか言ってる間にも、壁のヒビは幾つか増えていっている、が。先生の周りに巨大なガラス玉でもあるかのように、槍月の拳は四方八方へ逸らされている。

 時には、先程の様に手を添えたりしているのだろうし、時々、軽い破裂音もするので、叩いて軌道を無理矢理変えているのもあるのだろう。

 

 だが、拮抗を良しとする様な相手か、更に繰り出そうとした拳が……完全に軌道を変えてきた。内に引き寄せて、その代わりに向けるのは、背面。フェイントだ。本当の狙いは……背面から繰り出す、体当たりか!!

 

「鉄山靠!!」

「っ!」

 

 あれだけの大柄な体、その体重を乗せた一撃だ。強烈、且つ全くもってスピーディな一撃で、直撃は免れない。思わず悲鳴をあげそうになって……しかし。

 

「――甘い」

 

 両掌でそれを受け止めつつ、一歩後退。しかしこの後退は下がらされたのではない、先らかに意図的に下がって、寧ろその衝突を生かしてくるんと一回転し、槍月の背後へ。

 取った。後は打ち込むだけ……! と思ったが、良く考えてみれば先生は先ず、誰かを殴ったりはしない。となると、後方を取ったのは体勢を整える為か。

 

 が、本当に甘かったのは、私の考えだ。

 

「ふん、そっちは囮だ……鉄山疾歩靠!!」

 

 一瞬、完全にすかした、と思った槍月が、突如として反転。先ほどよりも、速い。体重を乗せていたのでは、と思ったが違う! 完全に体重を乗せず、先生に避けさせた! 後ろに回ってくると読んでいたのだろうか。

 

「!!」

 

 今度こそ、衝突。先生の体が後ろに……吹っ飛ばない!

 良く見れば先生も、ただ受け止めた訳ではない。伸ばした後ろ足をクッションに、体を柔軟に曲げて、力を上手い事、床に逃がしている。

 後ろを取った瞬間に、完全に構えを立て直したからこそ出来たのだろう。

 

 だが全く槍月は驚かない。そこからは今度は、拳だけではなく、足を混ぜての攻勢に打って出る。蹴りで上下に振って、からの中心正拳、受けられれば、右から左の回転肘。受けさせた所に改めて上から拳……までは見えるのだが、多分その間にもいくつか攻防が差し挟まれている。なんか、影っぽい物が見えている。

 

「……アレが、本当の武」

「慧 烈民の時と、まるで違うじゃないか……!」

 

 無数の拳と迎撃の手が行き交って、双方、一歩も行きもしなければ下がりもしない。その間に迂闊に踏み込めば、こぼれて、暴力が溢れる。

 まるで、コップ一杯に、ギリギリまで注がれた水の様に。

 

 このまま拮抗状態が続くか……と思われたその時。

 

――バヅゥン!!

 

「ぬぅん!!」

「……!」

 

 轟音と共に、二人がお互いに飛び下がった。

 その直後、床に走る無数の裂傷。凹み……だけではなく、先生の後ろの壁にも、いくつか傷が走り抜けた。

 今の一瞬で、どれだけの拳を先生は捌いたのだろうか。

 

「――ふん、相も変わらずだな」

「変わるな、と言ったのはお前だろう」

「その癖、制空圏とも少し違う、妙な技術を身につけたようだな……悪くない」

 

 ――息が詰まりそうだ。

 槍月の必殺の間合いの筈なのに、先生は涼やかな顔をしている。槍月も、特に何か感情を出している、という訳ではない。

だというのに、あの二人の間の空間が、歪んでいる様に見える。

二人の気迫がぶつかってそうなっているのか、それとも。

 

「とはいえ、お前に一度も勝てていないのも癪だ。一度くらいは勝ちを拾わせてもらう……行くぞ」

「良いだろう。かかってこい」

 

 二つの呼吸。槍月の物は、深く……大きく。先生の物は、いつも通りだけど、しかしながらその眼差しは、一切槍月の方から離してない。

 思わずして、喉が鳴った。

 

「――」

「……」

 

 一歩。槍月が詰める。

 先生は……動かない。

 目を凝らせば見える、先生の制空圏ならぬ、迎撃エリアとでも呼ぶべき領域。広く、そして分厚いそれに、槍月が踏み込んでいく。

 踏み込むだけであれば、先生は反撃しない。それを分かっているのだろうか。余りにもリラックスしたその様子は、最早先生を信頼している様にすら見える!!

 

「貴様を知らなければ、舐められているようにも見えるな、これは」

「俺のやり方は知っているだろう。それとも、俺が君を馬鹿にするような類に見えるか」

「見えんな」

 

 その距離は……最早、互いに少し手を伸ばせば、相手の体に届く程に詰まっている。

 先生は迎撃専門。ここまでの近距離であれば、先ず確実に先手……すなわち、攻撃から入れる相手の有利だ。先生の不利は間違いないだろう。

 だが、先生も歴戦の達人。そう簡単に諦めて喰らうわけがない。

 

「――その貴様の手癖の悪さ、そろそろ貫かせてもらう」

「貫かれては患者の盾にはならない。凌がせてもらうぞ」

 

 そして……互いの気迫は最高潮だ。この必殺の間合いで――下手をすれば、何方かが死にかねない。それを、頭では分かっている。

 だけど、体が動かない。

 

 武人としての心構えがそうさせた。

 この勝負に割って入る事、それ即ち双方に対する侮辱になりかねない。

 先生が、命を落とすかもしれない。それを頭でしっかり分かっているというのに。

 

そんな中――

 

「――おい、二人共やめろ!! そこまでだ!!」

 

 目を見開いた。谷本君が、二人の間に入り込んだのだ。

 それが如何なる理由だったのか。家が壊れると思ったのか。呼んだ達人がとんでもない事をしでかしていると思ったのか――だが今はそれを問題とするべきではない。

あの間に入り込むなどと、無謀を通り越して蛮行だ。弾け飛ぶ彼の頭蓋が見える。マズい。咄嗟に彼の体を抱える様に飛び込んで、必死になって防御の構えを取る。

 

 その直後。

 

「――あっ」

 

 私の周りで荒れ狂う、四つの手を幻視した。

 片や拳、片や掌、無数のそれが、攻撃と迎撃となって、愚かな闖入者二人の周りを嵐となって駆け巡った。いや、だが拳を合わせる音は聞こえていない。これは、なんだ。二人は動いていないのに、二人の動きの軌道だけが、見える。

 

「……ここまでだ、槍月」

「何?」

「俺も、久しぶりに君と会って、気分が高揚していたが……良く考えてみれば、君はそこの谷本少年に呼ばれたのだろう」

「そうだが」

「であれば、その要件を聞くのが先ではないか」

「知るか。貴様との一戦が先決だ」

「俺は暫くここに居る。幾らだって戦えるだろう」

 

 ……二人の声だけが聞こえる。一歩も動けない。

 

「それに、君も見ただろう、彼を」

「……」

「彼は恐怖に震えていた。だが、それでも恐怖を振り切って、私達の戦いに割り込んだ」

「フン、そうだな。一丁前に覚悟だけはあるらしい」

「それだけの決意をもって、ここに居るのだ。先に話だけでも聞くのが筋だろう」

「――良いだろう。今は、『分け』だ」

 

 それでも、何とかこの少年は逃がさないと――等と、覚悟を決めていたら、いつの間にか嵐は何処かへと消えていて。二人の気迫も、何処かへと霧散してしまっていた。

 緊張が解け、へたり込んでしまう。

 私の懐の少年は……震えていた。それはそうだろう。アレだけの暴風雨の中に飛び込んだのだから。だが、それでも驚くべきことに。

 

「……お、おい……ば、そう……げ、つ」

「なんだ」

「さ、いこうきゅうの……さけ……ようい、した」

「そうだな。それで?」

「おれに……中国、武術を……極め、させて、くれ!」

 

 彼は、槍月に対し、口を開いたのだ。

 しっかりと、彼の目を見て。両足で立って。とんでもない胆力だった。

 その少年の様子を見て、しばし目を細めていた槍月は……フン、と一つ鼻息を鳴らした。

 

「生意気な小僧が――酒の味を確かめてから、考えてやる」

 




一応、現状のホモ君の総合的な実力は、槍月師父に一歩劣っています。攻撃がボロカスですからねホモ君は。
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