史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
「――楓ちゃんの治療には、コレほど長期間がかかると思って欲しい」
禿げた医者は、そう重苦しい表情で、俺に告げた。
いや、ずっとコイツは重苦しい顔してる気がするから、コレが素か。それは兎も角。この冗談だと思いたいような時間の長さは、一体なんだというのか。
「……十年、スパンか」
「そうだ。」
「落ち着いている様に見えたんだけど」
「適切な処置をしているからな。だが……苦しみを和らげているに過ぎない。治療の進捗具合を考えれば。全く進んではいない」
信じられない。そもそも医者が、というのも、若干ある。だがそれでも大きいのは……楓のこれからの人生の大半を、病床で過ごさないといけない、というこの、悪夢のような事実だった。
十年スパン、とは言う物の……十年で済むのは最短で、最良の場合のみ。コイツ曰くそれ以上に掛かる可能性は全然ある、という。
「こんなに時間がかかるなんて。もっと短く済むんじゃないのか」
「放置されてしまった悪影響が大きく出てしまっている。これに関しては、どう足掻いても直ぐに治療する、というのは非常に厳しい。ほんの少しずつ改善していくしかない」
「……」
「医療費に関しては心配しなくていい。最低限で済ます」
分かっている。
金が目当てじゃないのは、既にわかっているし。こうして示された『最低限の医療支援費』から見ても。普通に医者にかかるより格安どころじゃない。それで、楓の治療をしているのはこの目で確認している。
恩を売るつもりが無いのも、分かっている。恩を売るならもっと賢いやり方がある。
「なんで、態々ボクに話した」
「患者をどのように治療するかは、医師が診断する。だが、俺にも医師としての最低限の礼儀は存在する。緊急ではないこの状況では、彼女の治療をどうするかは……決定するのは君だ。分かっているね」
「……」
そう言われ、ちらとこの医者の助手を見る。
あんまりにも分かりやすく、顔を歪めている。苦笑いしてる。
僕だって分かる。好条件どころの騒ぎじゃない。死にかけていた楓を持ち直し、そしてこんな安い金額で治療もしてくれる。その上、長期スパンでの治療について、詳しく説明までして。
それを蹴るなんて……普通出来ない。
これは、一種暴力だ。
正しい治療と、慈善にも等しい医療提供。そして、狂気的なまでの治療への意欲。全て、医者としては正しい物だ。
正しいけども、ここまでやられると、一旦考えるだとかそんな気にならない。抵抗力を削ぎ落して来る。力押しで。とんでもなくイカレたやり方だ。
「……お願いする。楓を」
「分かった。必ず、治療しよう」
こう言うしかない。この治療期間に関しても、信じられるか信じられないかじゃない。信じるしかない。断るという選択肢が消えた。本当に。
そう考えると、改めてあの女医に殺意が湧く。あの女の所為で、楓は……長い時間を、治療に充てなければならないのだから。
しかし……ここまで長くかかるのであれば、やはり。
「だが、条件がある」
「条件」
「……楓を治療するなら、
覚悟を決めるしかない。
谷本コンツェルンに関する、キナ臭い事は幾らでもある。一応谷本コンツェルンの莫大な遺産は、僕が未だに持ってるんだ。それを狙う輩は幾らでも出て来るだろう。
その争いに……楓を巻き込むことになってしまう。
「頼む」
「――ふむ。ではアメリカなど如何だろうか」
「アメリカ?」
「あぁ。アメリカは私の知己が多い。彼らに頼めば、看病もして貰える」
「いや待て、お前が治療するんじゃないのか」
「長い期間が必要で、ある一定期間毎に私が診察する必要もあるが……看病自体は私でなくても可能だ。私は、医者だ。一人の患者に掛かり切り、という訳にも行かない」
「……」
至極真っ当な意見だった。だが……
「本当に信頼できる奴らか」
「あぁ。戦場で背中を預け合った仲だ。気の良い人達ばかりだ。心配であれば……軍関係の知り合いに頼んで監視してもらう事も出来る」
「…………そんな知り合いも居るのか」
「いる」
信頼できるのか、という言葉すら封殺された。知り合いを軍の知り合いに頼んで監視してもらうってなんだ。どんな言葉だ。というか、そこ迄やって貰うって……いやいやいやいや待て。あの弁護士だって、これ位の用意周到さは見せた。
確認するに越した事は無いだろうと思うがしかしながら、今、こうして目の前に名刺を出された挙句、『電話するか?』等と提案されている訳だが。
「……」
「疑うのであれば、実際アメリカまで行ってみるか。旅費なら私が出す。滞在費に関しても心配しなくていい。パスポートは持っているかね。無いのであれば」
「分かった分かったもういいもういい!!!」
もう分かった。いやという程分かった。だから詰め寄るな。怖い。おっかない顔を寄せないでくれ頼むから。
「……楓に、下手な事したら、許さないからな」
「うむ。そう思うのはごもっともだ。だから一旦楓ちゃんと共にアメリカにわたって、彼女の容態が安定するまで」
「そ う 言 う 訳 に は い か ね ぇ ん だ よ ! ! !」
立場ってもんを考えて欲しい。俺が楓について行ったら何のために俺の傍から離してるのか分からないじゃないか。
それに……俺は、ここでやる事も残ってるんだ。
「ボクは……強くなる。楓を守れるくらいに」
「アメリカに渡るのはそれからかね」
「だからちょっとぐらいボクに言わせろ!!! そもそも渡るとは言っていない!!! 色々あるんだよ!!! 楓はアンタに任せるからちゃんと治療しやがれ!!!」
ほんっっっっっとに調子が狂う。こういう奴が一番度し難い、って言う親父の言葉は間違って居なかった。あと、部屋の隅の中国武術家、笑ってんじゃねぇ。顔背けて、体もピクリとも動かしてないが、分かるぞ。窓に写ってるんだよ。顔が。口元抑えてんじゃねぇ。
……マジで、マジで全て伝授させるまで放浪とかさせない。
「だが患者の健康状態を考えるならご家族が居るか居ないかは――」
「ボクだって傍に居たいけど色々あるんだよ……!!!」
「患者の健康以上に優先すべき事柄が?」
「その患者の健康を優先するならボクが傍に居る方が悪影響なんだよ分かれ!!!」
なんでこんなに喰らい付いて来るんだ!! 分からねぇわけじゃねぇだろうが!! 事情とか色々あるんだよ!!
「――止せ。ホーク」
……笑ってた事に関しての謝罪の積りかと思ったが、そんな事は無いだろう。間違いなく気紛れだろうが、それでも医者の勢いを言葉で寸断したのは、壁に寄りかかっていた馬 槍月だった。
「このガキなりに考えての発言だ。医者なら、患者の家族の事も考えろ」
「しかし……彼女の容態を考えれば」
「それとも、俺から弟子を奪い取る気か?」
「……む」
ニヤリと笑う槍月に、ハゲ医者の方は完全に沈黙した。
凄い。完全に抑えきってる。どうやるんだろう。初めてこの髭の酔いどれを尊敬しそうになってる。家ぶち壊されたが。
「事情があるのだろう、分かってやれ」
「……」
「それに、医者として貴様がやる事はある。其処なクソガキの健康の為にも、修行に関して多少見てやるのも手ではないか?」
「――成程」
「ちょっと待て」
前言撤回。なんて事言いやがる。
「楓ちゃんを向こうに運ぶのも準備は必要だ。その間に、君の様子を見るのも医者としての仕事か」
「い、いやそんな事は良いから楓に集中してくれ頼むから」
「何を言う。君も患者だ」
なんてこった。こんな医者らしい発言が、此処まで絶望的に聞こえるのも初めてだ畜生。頼むから患者から外して欲しい。
なんでだ。なんでこんな医者なんだ。俺が知り合ったのが。
「くく、退屈はせんだろう、ボウズ」
「――こ、この不良師匠が……!!!」
……そりゃあ、楓を救って貰った事には、感謝してる。
そうじゃなきゃ此処まで元気なんざ残ってなかったろうし。信頼できる医者に会えた、ってのは、多分あの悪夢みたいな状況での、一番の不幸中の幸いだと思う。
礼だって言いたい。なんにも馬鹿みたく考えずに、土下座でもして、ありがとうって言いたい気持ちも……どこかにある。あるけど。
だからって……!!
「クソッ……!!」
「始めるぞ。先ずは、俺と此奴の一戦を見て、出来るだけ学べ」
「む、今からは無理だぞ。診療がある」
「――ボウズ、酒だ」
「ふざけんな!!!!!!」
ああくそ。
強くなりてぇな。ホント。楓を傍においても大丈夫な位。関係ないくらい。
「……酒なんて飲む暇あるなら、技の一つでも教えてくれ」
「ほう?」
「アンタもだ。治療するってんなら、ちゃんとしねぇと許さないからな」
「うむ。それは当然だが」
いいや、強くなるんだ。ここから。ボクは……いや。
谷本夏、始まりの一歩。
という事で、今回の更新は此処までとなります。何時再開するかは作者の気まぐれなので、何時かお会いしましょう。
最後になりますが。
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誤字報告、本当にありがとナス!!