史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得   作:秋の自由研究

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Episode M2:ティダードの災禍

 

「おーいメナング、ちょっと処置してくれー」

「分かった。ちょっと待ってろ」

 

 ティダードの薬学、というか薬草に関する知識は割と広大ではある。

 漢方にも通じる様な自然由来のそれは、枝分かれも激しく、そして奥行きも凄まじい。縦横を全て極めたものは、ティダードに置いて武人と同等の尊敬を受ける事すらある。

 

 私などはそんな薬学の達人に比べれば、そこまでその道に明るい訳ではないが……しかし先生の旅に従事し、別系統の医学を多く学んだことで、私の知識をどのように生かせばいいかという指針、というか。そんな感じの物は出来て来た。

 故に、どのように実戦で使えばいいかも分からない……と言う人達よりは、少なくとも仕事は出来る。まぁ応急処置だが。

 

 ……そもそもティダードの薬草を使わずに普通に処置すれば良いのではないか、と言うそこの貴方。先ず、我々は故郷から逃げ出して来た脱走兵である事を忘れちゃいけない。

 此方に捕虜、と言う扱いで保護を受けているのに我々はこのアメリカで軍事行動をしているのであるが。まぁ、諸々絶対に宜しくない訳で。正直、グレーゾーンを激走しているような状況である。

 

「じゃ、今日も『ボランティア』張り切って頑張ってくるか!」

「まぁ頑張って来い」

 

 で、どうやって我々がその違法スレスレの状況を見逃されているのか……

 結論。『ボランティア』でゴリ押している。

 

 うん。ボランティア、である。

 我々ティダード捕虜部隊がアメリカ軍の皆様に対して、お国を取り戻す為に無賃金で協力している……という、お涙頂戴のストーリーで世間様を納得させている、らしい。それが我々に大義名分を与えているのではあるが、それと同時に現状、我々に薬草等を使わせる理由になっている。

 

 どういう事か? 分かりやすく、本当に分かりやすく言えば……『費用』だ。

 

 単純明快に一言で言えば『ボランティアでやってるなら費用要らないよな?』という至極単純な『表向きの理由』によって、我々には本当に公表されていない金しか入ってこないのである。あんまり大っぴらにそういう『隠された資金』が回されると、更に宜しくない。ので、ある程度限られた額になる。

 いや、生活する分には全く問題無いのだが……軍事的な行動をするにあたり、腕が訛らない様に武術をフルでやるとなると……少々と、まぁ。うん。

 と言う事で、薬を買うよりも、仲間がティダードへ斥候へ行った時に偶に収穫して来る薬草で応急措置をした方が安上がりになる訳だ。

 

「とはいえ……もうそろそろ薬草も底を突くなぁ」

 

 薬草を入れている箱を視界に入れて、ついぼやく。

 やはり武術家ばかりが居るここは、薬の減りも早い事この上ない。そろそろティダードから帰ってくる仲間たちには、たっぷりと仕入れて貰って居て欲しいが。さて。

 

「――おーい、メナング。そろそろ帰ってくるってよ。待っててやろうぜ」

「そうか。すまない」

 

 それを聞いて、集落の入り口に走り出す。今日は、父上も帰ってくる日だ。久しぶりに近況の一つでも報告出来れば、と思う。まぁ最優先は薬草の方ではあるが。そう無意識に思ってから、『着実に先生の思考に染められている』、と少し笑えて来てしまった。

 

 ――その後の事なんて、想像だにせずに。

 

 

 

「おー、来た来た」

「ったく随分と遅いお着きだな」

「さてはバーで一杯やって来たか?」

 

 そう口々に言いながら、既に仲間達は駐屯地の入り口に集まっていた。その後ろから向こうから此方に向かってくる影を、見つける事が出来た。

 父上らしい影も見える。声でもかけてみようか。そう思ったその時、その影に違和感を感じた。父らしい影は……どうやら、誰かを背負って、此方にやってきている様に見えた。

 

 その時、頭の中が一気に冷え切った気がした。

 患者だ。であれば。

 

「――退いてくれ」

「おわっ!?」

 

 急いで走り出す。あっと言う間に距離を詰め、父上の顔がはっきり見える位の距離に近づいた時……その惨状に、改めて気が付いたのだ。

 

「――メナング……か……!?」

「ち、父上……これは」

「先生……を……呼んで、くれ……急患だ!」

 

 父上は、全身を、どす黒く染めていた。冷え、固まり切った()()()だった。一応簡単な止血をしていた事は分かるが……しかし、問題はそれだけではない。その色に全身を染めていたのは、背負う側だけでは、当然なかった。

 ……皆が同程度の重症であるならば。父上が誰かを背負って尚、立てているのは、それは間違いなく父上が未だ『達人(マスタークラス)』であるから。そんな達人が、どうしてこれだけの重傷を負ったのか。

 

 それ以上のバケモノ、となれば――

 

「――メナング、直ぐに処置を始める。準備を」

「え、あ、先生!?」

 

 そんな風に考えて居たら、いつの間にか先生が父上の傍に跪いているのが目に入って来た。何時の間に、とはいつもの事だが、今はありがたかった。

 

 取り敢えず、私が父を担がねば……と思う間に、先生はもう一人を担ぎこみ、二人目を担ぎ上げている。とんでもないペースだった。蒸気を吐き上げて爆走する機関車だった。私も急いで他の皆を担ぎ上げて運び込む事に終始しても尚、全く追いつかない。

 しかしそうして運び込む全員、何れも差が無い……否、差をつけるのがバカバカしい程の重症である事が、先ず何よりも信じがたい。ティダードのあの地獄の様な戦線を潜り抜けて来た皆を、こうまで。

 

「う……」

「お、おい……大丈夫なのかよ!? おい!」

「揺さぶるな! 傷が開く!!」

 

 動揺は、当然のように私だけではなく皆にも伝わっている。

 友に駆け寄る者、どうすればいいかと狼狽える者、呆然とするばかりの者。反応はそれぞれだが、平静を保っているのは一人もいない。血にまみれ、うめき声を上げて、地面に横たわるばかりの仲間を見て、膝から崩れ落ちた者すら居る。

 

 私だって、動揺を外に出さない様に処置するだけで精いっぱいで。どれだけ我慢していても、偶に手が震えるのを、抑えきれない。

 先ほどまでの日常が、打ち壊された音がする。

 

「――メナング」

「あ、はい先生!」

「お父様が呼んでいる。何人か他の皆も連れてきてほしいそうだ」

「えっ!? いや、ですけど……」

「後は俺が処置する。処置の手伝いはもう十分だ。後は医療知識なしでも十分に手伝える範囲だろう……行きたまえ」

 

 そんな中で。

 先生の姿勢は、全くブレていない。処置は目を見張るほどに的確で、その処置は私など足元にも及ばない程の速度も兼ね備えていて、尚且つ、その間にも患者一人一人の話をしっかりと聞いて、こうして私達に伝える余力すらある。

 

「……おい」

「分かった」

「先生、宜しくお願いします……!」

 

 その背中は、何時もと変わらず。神々しいまでに頼り甲斐に溢れていた。動揺し、何も出来ずに青ざめていた仲間達が、その様子を見て、少し調子を取り戻しているのは、やはり皆が先生に救われた患者だからだろうか。

 言われた通り、数人を選んで、後は先生の手伝いに遺して父上の寝かされている所に向かう事にした。

 

 

 

 先生の処置はもう既に終わっており、ベッドに寝かされている父上は、大分呼吸を落ち着かせていた。とはいえ、起き上がるのも難しいのだろう。父上は、近寄って来た此方に、首だけをゆっくりと向けた。

 

「父上」

「……」

「何が、あったのですか」

 

 要件など、分かり切っていた。

 どうしてこうなってしまったのか。この悪夢の様な光景は、何が原因なのか。父上は私の問いかけに、目を一瞬だけ逸らし……震える声で、その名を告げた。

 

「――ジュナザード」

「っ!」

「シルクァッド・ジュナザード……アレは最早、ティダードの英雄ではない……! 魔道に堕ちた巨怪……悍ましき、旧き邪神……そのもの……!」

 

 動かぬ体で。

 それでも、父上は拳だけを握りしめて。

 力も入らない体の筈なのに、血が溢れて来そうなほどに、その拳は強く固められている。そして、体が、少し震えているのも直ぐに分かった。

 

 それは……恐れか。それとも、悔しさ故か。何時も感情を表に出さない父上が、ここまでの感情を滲ませている。それが、言葉に否応ない迫力を纏わせている。

 

「ジュナザード……!?」

「まさか、皆をやったのは」

「――直接、手を下した訳では、ない」

 

 ――そして、震える声で紡がれた言葉に、皆が一瞬、間を外されたのだ。

 

「アレは……最早、我々に……直接、手を下す、必要すら……無いのだ……!」

 




ジュナザードを徹底的に恐怖の象徴として意識させるスタイル。
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