史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
――同士討ち。
行われた事を、極々単純に言えば、その一言だ。状況に付随する、ありとあらゆる悍ましい事実を削ぎ落し。それでも尚、同士討ちという言葉だけでも、我々は胸の奥に悪寒をため込むしかない。
だが聞かされた事実は、悪寒どころではない。立ち眩みすらしてきそうな悪意を、その身にべっとりと纏っていた。
『我々が諜報活動をしていた所に、アレは乗り込んで来た』
父上たちを襲ったのは……シルクァッド・ジュナザードと、その部下達だったという。アメリカ軍の非戦闘員や、戦っても勝ち目の無い者達を逃がすために、ティダード亡命部隊は必死になってその絶望に対し抵抗した。
ジュナザードは、自ら達人級の父上の相手をした。その白い髪と若い貌は、正に父上が戦場で見た『かつての』のジュナザードそのものだったという。
その結果は……惨敗。瞬殺という結果にこそならなかったが、まるで相手にならなかったのは間違いなかった。
そして、出来るだけ多くを逃がした所で、彼等は取り押さえられ……
本物の地獄は、そこから始まった。
『――カカカッ!
ジュナザードは、虜囚を使い、『修行』を始めたのだという。
もはやそれは、人道に外れた、等と言う生易しい行いでは無かった。危険な薬の使用、蟲毒にも等しい修行のやり方。
口にするのもはばかられるようなその『修行』は、強い者ではなく、『適正』のある者を選抜して行われた。故に父上は選考から漏れ、その修行の組手相手として戦わされたのだと言っていた。そして。
『……ジュナザードは……おぉ、記憶を……記憶を、奪って……!』
選抜した者達の中で、ジュナザードは更に何人かを選んだ。その者たちは、特別意思が強く、ジュナザードの恐怖に呑まれない、優秀な者達だった。その記憶を――消したのだ。
文字通り。まるで、消しゴムで文字を消すかのように。簡単に。
そして、空いた所に、『シラット』を詰め込み始めた。父上は、その様子を『シラットの為に動く人型を作っているかのようであった』と。
ジュナザードをいつの間にか『師』として慕うようになる嘗ての同胞を見て、父上は寒気以外を覚える事が出来なかったという。
結果。
部隊は壊滅。ジュナザードに取り込まれた者、激戦の最中に命を落とした者、その多くを失いながら……僅かな手勢だけでも、命からがら逃げおおせて。今、此処にいる。
――その犠牲者の中に。
私は、聞き覚えのある名前を聞いた。
その二人には、生まれたばかりの娘が居て。その名前を……ハルティニ、と言った。
「――」
立っていられない筈なのに。立ったまま動けない。全身が凍り付いたようだった。
同じ人の所業とは思えなかった。物語を聞いている様だった。
ホラ話であってほしかった。だが、決してそうではなかった。語っている本人は、震えながら、青ざめながら、必死になって話していた。
「……」
「邪神の……手に堕ちた……者達は……」
「もういい、もういい……!」
誰かが、その言葉の先を遮った。声はまるで壁の向こうから聞こえてきている様に朧気だった。
私達が何をしたのだ。
ティダードから逃げ出したからか? ああしなければ、我々は磨り潰されて、大地に血だまりになって沁み込んでいた筈なのに。先生に助けてもらった命なのに。
どうしてそのような、人を人とも思わぬような扱いをされなければならないのだ。どうして同胞が、同胞を、殺さねばならないのだ。
「行くぞ」
「あぁ、弔い合戦だ。声を掛けろ」
「もう英雄はいない……ティダードに巣食う邪神を討つは今だ!!」
怒りに満ちた声が聞こえる。俺は……その言葉に反応できない。何故この様な事になってしまったのか。それだけが、頭の中に鳴り響いていた。
『ハルティニ、というんだ。肌は俺譲りで、可愛さは彼女譲りだよ』
笑顔で、彼はそう言っていた。皆で祝福した。何時か、ティダードに帰ったら、父親の故郷を見せるんだ、なんて。皆に小突かれながら笑っていたのを覚えている。そんな夫をハルティニを抱きながら……妻は、満面の、花咲くような笑顔で見ていた。
『何時か向こうで暮らしましょうね。ハルティニと、貴方と、私と。三人で』
彼女を抱いて、ティダードに共に帰る筈だった二人は、もういない。もう、ハルティニに笑いかける事は無い。
一人取り残された彼女は、どうなるのだろう。たった一人で。生きていかねばならないのだろうか。彼女だけじゃない。取り残された者達は……一体、どうやってこの悲しみを受け止めればいいのだろう。
仲間を失った悲しみを、怒りに変えて、生きていくのだろうか。それとも――
「――あ」
もし怒りに変えたら、どうなる。
先ほどの言葉が、頭に蘇ってくる。討ち入る。ティダードに?
恐るべき邪神を討ち取る? 出来るのか? 出来なければ、これ以上の――!!
「……ダメだ、ダメだ」
大分遅れて、私も走り出した。このまま、怒りのままにどんどんと犠牲者を増やす事だけは、ダメだ。死が死を連れてくる。負の連鎖が始まる。
そうなれば、命は無為に失われるばかりだ。焦りが私の背を押した。
兎も角、彼等を止めなければならない。
――どうやって?
しかし足は止まる。止まってしまう。仲間を、友を、殺されたその激情を、どうすれば止められる? 私は、一歩遅れたが故に、こうして冷静になる事も出来た。だが、先程のように怒りに呑まれ、ティダードに攻め込もうと考えるのもごくごく当たり前だ。
そんな自分が、彼等を止める言葉を持っているのか?
いいや、止めたとしても――
『お前は悔しくないのか!』
そう言われた時、私は毅然と彼らに向き合えるのか。
そんな事……出来る自信がない。迷ってしまう。彼等は、敵討ちの為に覚悟を決めているのだろう。例え、自分達がどうなろうと構わないと。
そんな彼らを阻む資格が、自分にあるのか。
寧ろ、彼等に付いていくべきではないのか。
仲間の仇を討つべきじゃないのか。
邪神に戦いを挑むべきじゃないのか。
「どうすれば……どうすれば」
足が出ない。答えも出ない。頭の中は、霧に包まれたように靄がかかってる。
止まってるばかりじゃいけないのに。下がる事も、進む事も出来ない。この先に進んでも自分に……何が出来る。こんな迷い塗れの男が、立ちはだかる事も、付いていく事も――!
『――退いてくれ、先生!』
その時、耳に響いた怒鳴り声に、私は――迷う事を一瞬忘れ、足を踏み出していた。
「仲間がやられてるんだ!」
「人間とも思えない……悪鬼の所業だ! 俺達には、仇を討つ義務がある!」
「――冷静になり給え。勝てる相手か?」
信じられない光景だった。
先生は、医者として患者の意見を半分以上無視して治療する事は……ある。
だがそれは患者が治療よりも別の事を優先していたりと、キチンと医者として無視する理由があるからやっているんだ。
普段は、誰かの決断や、行動する事を止めた事は無い。それは医者の領分ではない、と。先生は医者としての自分に、自分なりの考えと誇りをもってやっている。無関心なのではない。そこで怪我をすれば、先生は必ず何が有っても助けてくれる。
どれだけ無謀であろうと、それが当人の決断であるならば。医者として口を出す事はしない。それが、先生の信念だ。私はその事を良く知ってる。なのに。
「アンタにゃあ関係ないだろ!」
「否定はしない。だがそれでも。通す訳には行かない」
「なんだとぉ……!?」
「これは私のワガママだ。理解してもらおうとは、思わない」
いいや、そんな我が儘を押し通す様な人じゃない。医者としての我を押し通すなら兎も角として。寧ろ医者としての我を通している事しかないが。
少なくとも、人の意思を尊重はする。その上で、先生は人を救う人だ。
子供の様なワガママなんて当然言わない。人として、ある一定の線を引いている筈。今やっている事は、先生が引いている線の向こう側、踏み込んではいけないと自分で決めている領域の事の筈だ。
「――医者としての領分ではない、というのは重々承知の上だ。君達は患者ではない。私が口を出す事は、出来ない。してはいけない」
「だったら……!」
「だがここで見過ごすことは、私個人として……どうしてもできない。それをしては私は顔向けが出来なくなる」
――誰に?
それが分からない程、私だって馬鹿じゃない。
先生の手は、少し震えていた。歯を食いしばっている。
目の前の三人を、恐れている訳が無い。
自分の決めた事を曲げるのが、本当に嫌いな人だ。あの決断が、どれだけの事なのかは一番近い私が理解してるんだ。
先生にそんな事を強いらせているのは、誰だ。今ここで、あそこに立ってなければいけないのは、誰だ。役割を肩代わりさせてしまったのだ、一体……誰だ!
「――先生、退いてください」
「っ!」
「おお、メナング……!」
前に進む。皆の前に立ち塞がる先生の元へ向けて。
先生と視線が合う。大丈夫か、と、問いかけられた気がした。
ただ。笑顔だけで返した。
「先生の言うとおりだ」
「……何?」
「相手は、ティダードを武力で救った英傑。そして今や、ティダードを武力で牛耳っている邪神だぞ。今の我々が束になっても敵う相手かどうか。そんな簡単な事も分からないのか」
「なっ」
「それくらい頭に血が上っているんだ……頭を冷やせ。馬鹿共」
それから……先生に背を向け、三人と向き合った。
ティダードの誇りを持つ、戦士たちだ。仲間を思う、良い奴らだ。だからこそ。ここで死なせてはダメなんだ。止めなくてはならない。
そして止めるのは……同じ、ティダード人の。仲間を思う。
「それでも暴れたいなら、来い。相手になってやる……!」
私でなくては、ならないのだ。
ジュナザード様はここまで外道じゃねぇ!!! と思う方もいらっしゃるでしょうが原作順守です(疲労)