史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得   作:秋の自由研究

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Episode M3:邪神

 ――同士討ち。

 

 行われた事を、極々単純に言えば、その一言だ。状況に付随する、ありとあらゆる悍ましい事実を削ぎ落し。それでも尚、同士討ちという言葉だけでも、我々は胸の奥に悪寒をため込むしかない。

 だが聞かされた事実は、悪寒どころではない。立ち眩みすらしてきそうな悪意を、その身にべっとりと纏っていた。

 

『我々が諜報活動をしていた所に、アレは乗り込んで来た』

 

 父上たちを襲ったのは……シルクァッド・ジュナザードと、その部下達だったという。アメリカ軍の非戦闘員や、戦っても勝ち目の無い者達を逃がすために、ティダード亡命部隊は必死になってその絶望に対し抵抗した。

 

 ジュナザードは、自ら達人級の父上の相手をした。その白い髪と若い貌は、正に父上が戦場で見た『かつての』のジュナザードそのものだったという。

 その結果は……惨敗。瞬殺という結果にこそならなかったが、まるで相手にならなかったのは間違いなかった。

 

 そして、出来るだけ多くを逃がした所で、彼等は取り押さえられ……

 

 

 本物の地獄は、そこから始まった。

 

 

『――カカカッ! ()()()実に活きが良い! お主達を我がシラットの門弟としようではないか!』

 

 ジュナザードは、虜囚を使い、『修行』を始めたのだという。

 もはやそれは、人道に外れた、等と言う生易しい行いでは無かった。危険な薬の使用、蟲毒にも等しい修行のやり方。

 

 口にするのもはばかられるようなその『修行』は、強い者ではなく、『適正』のある者を選抜して行われた。故に父上は選考から漏れ、その修行の組手相手として戦わされたのだと言っていた。そして。

 

『……ジュナザードは……おぉ、記憶を……記憶を、奪って……!』

 

 選抜した者達の中で、ジュナザードは更に何人かを選んだ。その者たちは、特別意思が強く、ジュナザードの恐怖に呑まれない、優秀な者達だった。その記憶を――消したのだ。

 文字通り。まるで、消しゴムで文字を消すかのように。簡単に。

 そして、空いた所に、『シラット』を詰め込み始めた。父上は、その様子を『シラットの為に動く人型を作っているかのようであった』と。

 ジュナザードをいつの間にか『師』として慕うようになる嘗ての同胞を見て、父上は寒気以外を覚える事が出来なかったという。

 

 結果。

 部隊は壊滅。ジュナザードに取り込まれた者、激戦の最中に命を落とした者、その多くを失いながら……僅かな手勢だけでも、命からがら逃げおおせて。今、此処にいる。

 

 ――その犠牲者の中に。

 私は、聞き覚えのある名前を聞いた。

 その二人には、生まれたばかりの娘が居て。その名前を……ハルティニ、と言った。

 

 

 

「――」

 

 立っていられない筈なのに。立ったまま動けない。全身が凍り付いたようだった。

 同じ人の所業とは思えなかった。物語を聞いている様だった。

 ホラ話であってほしかった。だが、決してそうではなかった。語っている本人は、震えながら、青ざめながら、必死になって話していた。

 

「……」

「邪神の……手に堕ちた……者達は……」

「もういい、もういい……!」

 

 誰かが、その言葉の先を遮った。声はまるで壁の向こうから聞こえてきている様に朧気だった。

 

 私達が何をしたのだ。

 ティダードから逃げ出したからか? ああしなければ、我々は磨り潰されて、大地に血だまりになって沁み込んでいた筈なのに。先生に助けてもらった命なのに。

 どうしてそのような、人を人とも思わぬような扱いをされなければならないのだ。どうして同胞が、同胞を、殺さねばならないのだ。

 

「行くぞ」

「あぁ、弔い合戦だ。声を掛けろ」

「もう英雄はいない……ティダードに巣食う邪神を討つは今だ!!」

 

 怒りに満ちた声が聞こえる。俺は……その言葉に反応できない。何故この様な事になってしまったのか。それだけが、頭の中に鳴り響いていた。

 

『ハルティニ、というんだ。肌は俺譲りで、可愛さは彼女譲りだよ』

 

 笑顔で、彼はそう言っていた。皆で祝福した。何時か、ティダードに帰ったら、父親の故郷を見せるんだ、なんて。皆に小突かれながら笑っていたのを覚えている。そんな夫をハルティニを抱きながら……妻は、満面の、花咲くような笑顔で見ていた。

 

『何時か向こうで暮らしましょうね。ハルティニと、貴方と、私と。三人で』

 

 彼女を抱いて、ティダードに共に帰る筈だった二人は、もういない。もう、ハルティニに笑いかける事は無い。

 一人取り残された彼女は、どうなるのだろう。たった一人で。生きていかねばならないのだろうか。彼女だけじゃない。取り残された者達は……一体、どうやってこの悲しみを受け止めればいいのだろう。

 

 仲間を失った悲しみを、怒りに変えて、生きていくのだろうか。それとも――

 

「――あ」

 

 もし怒りに変えたら、どうなる。

 先ほどの言葉が、頭に蘇ってくる。討ち入る。ティダードに?

 恐るべき邪神を討ち取る? 出来るのか? 出来なければ、これ以上の――!!

 

「……ダメだ、ダメだ」

 

 大分遅れて、私も走り出した。このまま、怒りのままにどんどんと犠牲者を増やす事だけは、ダメだ。死が死を連れてくる。負の連鎖が始まる。

 そうなれば、命は無為に失われるばかりだ。焦りが私の背を押した。

 

 兎も角、彼等を止めなければならない。

 

 ――どうやって?

 

 しかし足は止まる。止まってしまう。仲間を、友を、殺されたその激情を、どうすれば止められる? 私は、一歩遅れたが故に、こうして冷静になる事も出来た。だが、先程のように怒りに呑まれ、ティダードに攻め込もうと考えるのもごくごく当たり前だ。

 

 そんな自分が、彼等を止める言葉を持っているのか?

 いいや、止めたとしても――

 

『お前は悔しくないのか!』

 

 そう言われた時、私は毅然と彼らに向き合えるのか。

 そんな事……出来る自信がない。迷ってしまう。彼等は、敵討ちの為に覚悟を決めているのだろう。例え、自分達がどうなろうと構わないと。

 そんな彼らを阻む資格が、自分にあるのか。

 

 寧ろ、彼等に付いていくべきではないのか。

 仲間の仇を討つべきじゃないのか。

 邪神に戦いを挑むべきじゃないのか。

 

「どうすれば……どうすれば」

 

 足が出ない。答えも出ない。頭の中は、霧に包まれたように靄がかかってる。

 止まってるばかりじゃいけないのに。下がる事も、進む事も出来ない。この先に進んでも自分に……何が出来る。こんな迷い塗れの男が、立ちはだかる事も、付いていく事も――!

 

『――退いてくれ、先生!』

 

 その時、耳に響いた怒鳴り声に、私は――迷う事を一瞬忘れ、足を踏み出していた。

 

 

 

「仲間がやられてるんだ!」

「人間とも思えない……悪鬼の所業だ! 俺達には、仇を討つ義務がある!」

「――冷静になり給え。勝てる相手か?」

 

 信じられない光景だった。

 先生は、医者として患者の意見を半分以上無視して治療する事は……ある。

だがそれは患者が治療よりも別の事を優先していたりと、キチンと医者として無視する理由があるからやっているんだ。

 

普段は、誰かの決断や、行動する事を止めた事は無い。それは医者の領分ではない、と。先生は医者としての自分に、自分なりの考えと誇りをもってやっている。無関心なのではない。そこで怪我をすれば、先生は必ず何が有っても助けてくれる。

どれだけ無謀であろうと、それが当人の決断であるならば。医者として口を出す事はしない。それが、先生の信念だ。私はその事を良く知ってる。なのに。

 

「アンタにゃあ関係ないだろ!」

「否定はしない。だがそれでも。通す訳には行かない」

「なんだとぉ……!?」

「これは私のワガママだ。理解してもらおうとは、思わない」

 

 いいや、そんな我が儘を押し通す様な人じゃない。医者としての我を押し通すなら兎も角として。寧ろ医者としての我を通している事しかないが。

 少なくとも、人の意思を尊重はする。その上で、先生は人を救う人だ。

 

 子供の様なワガママなんて当然言わない。人として、ある一定の線を引いている筈。今やっている事は、先生が引いている線の向こう側、踏み込んではいけないと自分で決めている領域の事の筈だ。

 

「――医者としての領分ではない、というのは重々承知の上だ。君達は患者ではない。私が口を出す事は、出来ない。してはいけない」

「だったら……!」

「だがここで見過ごすことは、私個人として……どうしてもできない。それをしては私は顔向けが出来なくなる」

 

 ――誰に?

 

 それが分からない程、私だって馬鹿じゃない。

 

 先生の手は、少し震えていた。歯を食いしばっている。

目の前の三人を、恐れている訳が無い。

 自分の決めた事を曲げるのが、本当に嫌いな人だ。あの決断が、どれだけの事なのかは一番近い私が理解してるんだ。

 先生にそんな事を強いらせているのは、誰だ。今ここで、あそこに立ってなければいけないのは、誰だ。役割を肩代わりさせてしまったのだ、一体……誰だ!

 

「――先生、退いてください」

「っ!」

「おお、メナング……!」

 

 前に進む。皆の前に立ち塞がる先生の元へ向けて。

 先生と視線が合う。大丈夫か、と、問いかけられた気がした。

 

 ただ。笑顔だけで返した。

 

「先生の言うとおりだ」

「……何?」

「相手は、ティダードを武力で救った英傑。そして今や、ティダードを武力で牛耳っている邪神だぞ。今の我々が束になっても敵う相手かどうか。そんな簡単な事も分からないのか」

「なっ」

「それくらい頭に血が上っているんだ……頭を冷やせ。馬鹿共」

 

 それから……先生に背を向け、三人と向き合った。

 ティダードの誇りを持つ、戦士たちだ。仲間を思う、良い奴らだ。だからこそ。ここで死なせてはダメなんだ。止めなくてはならない。

 そして止めるのは……同じ、ティダード人の。仲間を思う。

 

「それでも暴れたいなら、来い。相手になってやる……!」

 

 私でなくては、ならないのだ。

 




ジュナザード様はここまで外道じゃねぇ!!! と思う方もいらっしゃるでしょうが原作順守です(疲労)
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