史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得   作:秋の自由研究

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第三回・裏:櫛灘の狂気に挑んだ男

 ――かつて、日常に彼女を連れ出そうとした男として。責任がある。

 

「……いよいよ、か」

 

 準備は終わった。彼に遺す物は、金も、その他も、準備は出来た。何時でも……死ねるというもの。ホークに分からぬように、自分は表情を取り繕えただろうか。そう、信じたくはある……

 久しぶりだ。この、張り詰めるような感覚は。だからこそ

 

 彼女がやって来たのも直ぐに分かった。

 

「やはり、お主はそういう男よなぁ……誰よりも、儂が一番よく知っておる」

「美雲さん」

「構わぬ。寧ろ、お主がそうして諦める男であれば、先んじて儂が葬っておった所。それでこそよ。さぁ、始めようぞ。あの日の続きを」

 

 僕も武術を修めて来た自信はある。正直な話、医術だけを学べたなら、どれだけ楽だったか……しかし()()()()()()には、学ぶしかなかった。生き残り、更に学ぶために。故に僕の拳は。血煙の中で磨かれた、羅刹の拳だ。

 だが、それですら。目の前に立つは拳の魔鬼、羅刹すら喰らう修羅の集団。一影九拳。無敵超人と呼ばれた彼なら兎も角、僕なんかじゃ到底力不足だ。

 

「美雲さん――この哀しき運命……僕の手で断ち切る! そして、貴方と過ごした、暖かい日々をもう一度!!」

「ふふ、その気概や良し。それに応えて、櫛灘流の神髄、ここで示そうではないか。お主の全て、この体に忘れぬように、念入りに、念入りに刻み付けて、そして我が愛しき子を、連れ帰るとしよう」

 

 ――だから?

 諦めるという選択肢は初めから無い。嘗て、クシナダの狂気に挑んだあの日から、他の選択肢など捨てた。彼女に勝って、引き戻すか。死ぬか。それだけだ。

 

「フゥウ」

 

 久しぶりの構えだ。だが以前と変わらず。銃を構えたゲリラ相手等、全くもって比較にもならないこの気当たりに、頼りない拳二つで立ち向かう。この空気感。

 真っ向から行っても勝てないのは、もう分かり切っているのだ。彼女と自分の武術的経験値は隔絶している。であれば……滅多な事はしない。全てに道筋を立て、最後に詰ませる。それを……!

 

「ふ、相も変わらずのフェアバーンか。底の浅い柔術を儂の前で使うとはな。お前位な者だぞ、そんな無体を許すのは」

「貴方は一々怒ったりはしないでしょう」

「多少は苛立ちもするぞ? ただそれを見せる事はせぬがな」

 

 狙うは、ただ一撃を、当てる事。フェアバーン・システムの神髄は、柔術の当身を元に発展させた打撃と、一撃必殺。僕の場合は……締め技。最も殺傷能力の高い一撃。打撃で崩した相手に締め技を叩き込む、一連の動きは、最早数えきれないほどに繰り返して来た。基本こそが、最強。僕が出来る最大の王道を、叩き込むのだ。

 

「ヒュゥゥゥゥウウウウウウウウ……!!」

「さぁ。参れ」

「いわれ、なくとも……ッ!?」

 

 ――ゾッとする。

 まるで、彼女から無数の腕が生えている様に幻視した。そして悟った。もうこれは脱出不可能。後方迄カバーされている。神経を張り詰めて居なければこの圧倒的な包囲網に気が付けず、罠にかかって、投げ殺されていた。

 だが。見えているならば……何とかなる。

 

「ふぅむ――見事。儂と分かたれた後も、その腕を磨き続けたか。ここまで深く我が手を読める様になっていたとは」

 

 当然だ。

 一切の騙しに引っ掛からぬように、ありとあらゆる相手の仕掛けてくる手を読める位にはなるように、目を、心を、存分に鍛え上げて来た。

 到底ホークの事を言えた義理ではない、けど。後悔はしていない。全ては、この時の為に。

 

「――」

「ふふ、生中な仕掛けでは、もう引っ掛かってくれぬか。可愛げのない」

「そう言う割に、笑っていらっしゃるでは無いですか……それに、これの、何処が、生中な仕掛け、だと。無駄な力が一つでも入っていれば……死んでいる」

 

 だが、それですら。温かったのか。クシナダの教えは『力0、技10』。その神髄の中には、当然脱力の方法も含まれていた。クシナダ(狂気の叡智)に挑んだ時、その一部も学び取り、研究した事があったのが……こんな所で生きるとは思って居なかったが。気当たりによるフェイントだけで、体を崩し相手を投げる。もはや魔法に類する技術ではないのだろうか。

 しかも、迂闊な力の抜き方をしても、そこを突かれる。

 

「それを全て捌いておるでは無いか?」

「クシナダの、教えが、無ければ……全く、戦えなかった、でしょうね!!」

 

 だが戦えるか、と言えばそんなことは無い。真っ向から凌ぎを削って倒そうなどと、考えられない。立っているだけでも必死だと言うに。

 故にこそ、今こうして……ただ一撃を通す為にこそ。この一瞬を凌ぎ、針の如き隙間を探り、たった一撃でも当てて、そこから必殺に持ち込む。賭けの様な戦い方しか出来ない。武術的格差というのは、かくも残酷。

 それでも、活路を――っ!!

 

「――――――っ!!!」

「ほぅ」

 

 一瞬の活路。無数の手の軌道の中に見える針の孔にも等しい、本当に僅かな隙間――ここしかない。ここに一撃を先ずは差し込む。コレが通れば……否、必ずや通す。自分に出来る最高最速、そして最短の距離を、この掌で、通す。

 意識が加速する。腕が、ゆっくりと進んでいる様に見える。しかし、あらゆる攻撃の軌道の隙間、迎撃、されない。通る。

 

「――ふふ、そうじゃ。正解、正解」

「っ!?」

「優等生で、儂も嬉しいわ……褒美を受け取るがよい」

 

 ――突如として突き出した腕に絡みつく感触。同時に背筋に走る、冷たい気配。

 感じた事がある。戦場を駆け抜けた、あの最中。弾丸を潜り抜けたあの瞬間、爆発の中心から逃れようと走ったあの瞬間に。コレは、紛れも無く。

 

 死。

 

「――は、ぁが……っ」

 

 理解した時には、膝から崩れ落ちていた。全身から力が抜け、明らかな異常を訴えている。絡みつかれた腕は全く反応しないし……口の中が錆び臭い。内臓もやられた。重症なのは丸わかりだ。そんな状態だというのに。体が一切の痛みを、危険のサインを感じていないのが寧ろ恐ろしい。コレが、本来の柔術か。

 あぁ、それでも……それでも。

 

「最も突かれてはいかぬ場所を、()()()()()()。相応のリスクを負った甲斐もあった」

「ぐっ……ぎ……った……」

「しかし鋭い一撃よな。もし、当たっておれば。そうさな、この様な細い首など、あっさりへし折られていたやもしれぬが……まぁ、たられば、か?」

 

 機は、熟した。

 

「……いいや、たられば、じゃない、ですよ」

「――?」

「見切りました。次は、外しません」

 

 ――体の奥で、何かが弾ける音がする。僕の体が、崩壊する合図の音が聞こえる。

 腕一本を犠牲に、通したこの好機。腕から走る感触、一瞬の動き。全てを焼きつけ。その情報を、先を超える最大出力の動きで、活かし、喰らう。勝利の道筋は今見えた。

 

「――ここで、終わっても構わない。ありったけを……!!」

「まさか」

「全てを、賭ける!」

 

 まだ使えるもう片方の腕に気血を通し、膝を叩いて立ち上がる。

 時間は、あまりない。この技術は、相反する二つの力を運用するモノ。気の運用で患者を癒す。その研究の最中に見つけた、タブー。体の傷ついた今、恐らく十秒と維持は出来ない。この体は間違いなく崩壊する。それでもいい。

 僕のフェアバーンに必要なのは、崩し、絞める。その一瞬だけ。刹那で良いのだ、全力の自分を超える動きが必要なのは!!

 

「成程。武ではなく、医の観点から。そこに辿り着いたか。イーグル」

「覚悟ォ!!」

 

 明らかに反応が間に合っていない。どんな迎撃の拳も、届かない。通る、この掌打は確実に。そして崩してしまえば、その次も確定で入る。崩しから背後に回り締め上げ落すまで今の自分なら……コンマ、2秒とかからない!!

 入る。見える。吸い込まれていく。貫くは体の中心線。ここを射抜かれては、どんな達人とて崩れる。

 

――ッズン!!

 

「ッシィィィイイイイ」

「カッ――」

 

 掌に、感触がある。肌に触れた。当たった。押した。ここから――否!! 

 可笑しい。違う。コレは崩せてない。手応えが違う。軽すぎる。確信が無い。しくじった。

 どうして? 迎撃? 間に合わない。そうなら自分は死んでる。

 当たった感触はある。なのに崩せてない。何を。何をした。

 

「――」

「……ふ」

 

 なんだ、これは。触れられてる。違う。背中まで、手が回っている。これは、抱き込まれてる。あり得ない。抱かれている。あの状況で。行くか。抱き込みに。全力で、ドつかれる状況下。正気か。正気じゃないのか。

 一つしかない。この状況、説明ができる理由。

 

「あ、た……()()()、に……!? ()()()()()

 

 そうする事で、打点をずらし、力を逸らす。

 脱力にて、その勢いをさらに殺している。

 理屈は、分かるが……そんな事普通、出来るか!? この極限で!!

 

 見誤っていた。完全に。

 

「……僅かでも恐れれば、しくじる物だが。愛しいお前の一撃ならば、喜んで受け入れもする」

 

 二つの乳房の間。掌打は其処に吸い込まれるように受け止められていた。避ける積りも捌く積りも無かった。初めから、この一撃を受け止め、僕を捕まえて、確実に仕留める為に。

 触れる温かな腕が、そっと僕を胸元に引き寄せていくのに、寒気がする。この人の手の内に引き込まれる、という事の意味を何よりも理解している。抵抗したい。しかし、ダメだ。技の反動でマトモに、体が、動かせない。

 

「見事であった」

「――皮肉にしか。聞こえませんよ」

「皮肉なものか。アレだけの荒業を使い、そして一瞬、この儂を……九拳の一角を殺す、という極地にまであと一歩迫った。その技、動き……全て。得難き輝き」

 

「儂が生涯唯一つ、見出した営みの光よ、さらば」

 

 ――あぁ、違うな。コレは。

 もうこうして、抱き締められた瞬間に、もう終わっていたんだ。もう感覚すらない。僕の肉体は、もう破壊され尽くしている。彼女の両の腕に包まれた、という時点で。抵抗もクソも無い。その時点で、僕はもう死んでいたんだ。

 酷く不思議だ。せめて、せめて我が子だけでも逃がそうと、必死の抵抗をしたつもりだったというのに、敵わなかった。でも、今、僕は。彼女の胸に抱かれ。

 なぜこうも……

 

「――」

「――お主」

 

 ……幻覚か。それとも現実か。もう分からない。けれど見える。僕の最愛の子。

 もう、何もしてあげられない。もっと。もっと。君と一緒に過ごしたかった。あぁ、君はこれから一人で、過ごすのか。ご飯を食べるのか。眠るのか。もう君を抱き締める事も出来ない。成長を、見守る事も出来ない。君が心底幸せに笑う、そんな瞬間を見る事が出来ないのが。余りにも、大きな、心残りだけど。可愛い我が子。

 君を、闇に、渡したりしない。

 

 残る、最後の力を、全て……届け、一発だけでも……

 

「どう……か……愛しき、きみ……しあわせに……」

 




一 影 九 拳 を 舐 め る な(by人越拳神)

とはいえ、実際普通の達人と九拳との間ってこれくらいの格差があるのは事実って、それ一番言われてるから。
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