史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得   作:秋の自由研究

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Episode H:激戦の後始末

――若き鷲に、その鷹は良く似ている。

 

 闇の奥地へ、文字通り分け入って真理を探した彼に。あの櫛灘めを本気で口説こうとしたとんだ伊達男に。光の世界にあやつを誘おうと、最後まで闇の真理と戦い続けた医師にして戦士に。

 本当に、その面構えがよく似ておる。思わず頬が緩む程に。彼は、良い父親で合った事が余りにも分かりやすい。その髪が彼と違ってまぁ、薄い、というか。無いところ位だろうか。違いと言えば。

 

「お久しぶりです――風林寺殿」

「うむ」

 

 その彼の子息が。ここ、梁山泊を訪ねてくるのは初めてであって……驚いたのは、剣星については話を聞いておったのだが、逆鬼君も彼の事を良く知っていた事であった。

 

『せ、先生!? アンタどうして此処に……』

『む、貴方は……確か、逆鬼さん、だったか。妙な所で会うな』

『アレ喋り方、あ、いや、兎も角、その、えっと』

『鈴木さんの治療は適切に進んでいる。安心して欲しい』

『そ、そうか……そうか。そうか』

 

 どうやら逆鬼君の友人の命を救ったのが、彼らしい。その事実に余計に笑みが零れてしまう。医者としても、彼は誰かの為に走りまわっていた事を聞かせてもらったのだから。

 秋雨君の事も直接会った事は無いにしろ、医者として彼の事を良く知っていたようで……相も変わらず医者としての見分を広めている事もまた、軽くであるが確かめられた。

 

 以前、連絡を取った時は……余り、その辺りを確かめられもしなかった故に。こうしてゆっくりと話す機会を持てたのは、幸運であったと思う。

 

「先ず……御堂さんの事は、本当に、申し訳なく」

「何を言う。君は御堂君の事をあんなにも篤く診てくれた。その上、完治への道筋すら立ててくれたのだ。感謝される事こそあれ、謝る意味は何も無いではないか」

「……医者として、それは当然の義務です」

 

 あの時――御堂戒君の病気の悪化を知り、儂は……恐らく、医師として最も信を置ける一人の、彼に連絡を取った。彼は、抱えていた患者への治療や処置を『その時までに全て終えて』、儂の元へ……正確に言えば、御堂君の元へと駆けつけてくれたのだ。

 

『――問題ありません。治療可能です』

 

 彼は、彼の武人としての心意気を尊重し、入院ではなく、毎日の薬と、そして生活習慣の少しの改変等を用いた、自宅での超長期的な治療を提案してくれた。

 御堂君が泣いていたのを、覚えている。これで孫の顔を安心して見る事が出来る。弟子の事を早くに置いて行かずに済む。娘の事を、まだ守ってやれる……と。彼の治療は御堂君の心を、確かに救った。だが……

 

「私の到着が、一歩でも早ければ……治療は、可能でした」

「お主はその時も、多くの患者を抱えておった。そうであろう」

「それは言い訳にはなりません。全ては、俺の無力故です」

 

 その直後に起きた事については、彼に一切の責任はない――緒方一心斎の凶行に倒れた御堂君の事について、彼はその弟子の田中君にも、幾度も謝罪をしたと聞いている。彼自身は、寧ろホーク君に多大な感謝をしていたというのに。

 

「――その事についての、謝罪を」

「……儂に言える事は何も無い。お主が誰よりもその事について悔いておるというのに誰がお主を責められよう。儂から言えるのは……胸を張りなさい、ということだけじゃ。お主は御堂君に希望の光を見せたのだから」

 

 畳に頭を擦りつけたまま、彼は何も言わない。只、暫し後に頭を上げた後、少しだけ目を伏せてから……改めて、儂の方に顔を向けた。

 その顔は、頭を下げる前よりも、瞳に力が宿っていた。罪の意識に濡れていた眼とは明らかに違う。恐らくは、心よりの謝罪とはまた別に、本題があるのだろう事を察するには、余りにも分かりやすかった。

 

「さて。ただ謝るだけで来た訳でもあるまい……そろそろ本題に入ろうではないか。儂に何の用かの。若き鷹よ」

「……単刀直入に伺います。拳魔邪神シルクァッド・ジュナザードが使う、記憶操作の秘術――それについて、何かご存知のことはありませんか」

 

 しかし。

 その口から告げられたのは、少々と思いもよらない言葉であった。

 早くに亡くなった父について。若しくは、彼の知らぬ、母について……何か聞きに来たのではないのか。そう思っていたのだが。とはいえ。

 

「――知っては、おる」

 

 それについて。儂に向けられる視線は、余りにも真剣。余裕も遊びも一切無いその瞳を見て、はぐらかす等と言う選択肢は思い浮かばぬ。故に。知っている事を素直に話す事にした。それを、何時、誰から教わったのかも。

 だが。

 

「では、協力して頂きたいのです。アレに晒された患者を、救う術を発掘したい」

「――なんじゃと?」

「お願いします」

 

 ――そこから聞いたのは、想像を超える、余りにも惨い話であった。

 儂自身、ジュナザードの事を善人である、とは思うてはおらなんだが……しかし、それでも儂が以前相対した時は、まだ理性をその身に秘めていたと思う。しかし、彼から聞く限り、あやつは最早、狂気にその身を任せているとしか思えぬ。

 

「しかし何故、儂にそれを聞こうと」

「彼の邪神について、多くを知る方、というのは貴方以外、俺には思いつかなかった。世界を股にかけ、多くの物を見て来た、風林寺殿であれば……俺では、明確な方策を探りだす事までは、叶わなかった」

「……」

「どんな小さな情報でも欲しい……俺にとって、弟子同然の男が、今も故郷を救うのに努力を続けている。彼の為にも、医師としての使命の為にも、そして俺自身が後悔しない為にも……二度と、取りこぼさない為にも」

 

 恐らく。その取りこぼしの中には……御堂君の事も、含まれているのだろう。

 彼を力不足で亡くした、と思っているからこそ。次の患者を助ける事に必死となっている事が、良く分かる。

 

「お願いします風林寺殿、この通りだ……!」

 

 そう言って今一度、頭を畳にこすりつける姿は、けれど、一片たりとも情けない所など無い。寧ろ、見惚れる程に、意思と、覇気と、誠意に満ち溢れている。

 彼は、何処までも医者であるのだろう。過去を振り返るのではなく、きっと今の、未来の患者を救うために多くを砕いているのが、その完璧な姿勢の土下座からも目に見える程だった。それが……とても眩しい。

 

「であれば。儂が見た、否……教えられた事を、伝えねばなるまいて」

「教えられた?」

「以前、儂はあの男に、その秘術を授けられたのだ。不思議な話なのじゃがのぅ……」

 

 

 

 あの日――ティダードにて、儂がジュナザードと激突した直後の事。

 

 儂が急いで辿り着いた時には、もう既に戦場は血溜まりに溢れておった。

これを引き起こした張本人は既に何処かへと去っていたようであったが……儂にとっての問題は、彼女にやられたティダードの戦士たちの安否。

 

「しっかりせい!」

 

 一人一人を見て回って、その生死を確かめた。多くはやはりこと切れておったが……しかし、息がある者が居たのもまた事実。取り敢えず、儂が知りうる限りの処置をせねばならぬ。そう思っていたのだが、されど。

 どうしようもない、壁があったのは間違いない。

 

「いかん……恐怖で体が竦んでおる……気絶する事も出来ぬとは」

 

 恐らく、彼の者の一撃は、身体だけではなく、文字通り心をも砕いたのであろう。彼等は痛みと、恐怖に呻いていた。恐怖に支配された体は、呼吸を荒く狂わせておった。痛みによって意識を断つ事すら出来ぬ有様。

 人を殺すには、体と、心を殺すのが最も確実である……それを表すが如き、完璧な『壊し方』であった。達人として、目覚めたての若者がするには、余りにも手慣れていた。

 

「無理に気絶させるか……いや、しかし……」

 

 これだけ、心が弱っているのだ。

 先ずは心に植え付けられた恐怖を、一旦何処かへ除けるしかなかった。されど、体は最早死にかけ。下手な処置は余計に寿命を縮めかねない。

 儂には、この様な消えかけの命を前に、恐怖を取り去る様な術には心当たりは無い。正確に言えば、知っている方法を試すには、当人の体力が余りにも足りないのだ。

 心を救わねば命が持たぬ。しかし心を救おうとすれば命が持たぬ。

 袋小路。

 

「フン、下手な事はせん方が良いわいのう」

「――!」

「退け、ワシがやる」

 

 その時であった。儂が振り切った……と思っていた男に、後ろを取られていたのに気が付いたのは。男――ジュナザードは儂を押しのけ、その男の両側にそっと手を伸ばす。何をするのかを問う暇もなく。

 その倒れた武人の側頭を、両の掌で――弾いたのだ。

 

「――」

 

 その途端、である。

 先ほどまで恐怖に恐れおののいていたその体の震えはピタリと止まり……呼吸は、荒くは有れど、怪我人としては正常の範囲内に落ち着いた。

 

「こうなったならば、心から焼き付いた物を取り去るしかないわいのう。全く上手く壊しよる……くく、あの娘、想像以上の傑物ではないか」

「お主、今のは――」

「やり方は教えてやる、風林寺。手伝うわいのう……死んでいる者は兎も角、アレの覚醒に巻き込まれて、尚生き残っているのであれば、見所もある。今、命を落とすのは少々と惜しいわい」

「……」

 

 驚くべき事だろう。今のジュナザードとは、正反対の行動を取っていた。あの時のジュナザードには……惜しいと思った武人の命を救う程度の理性があったのだ。

 確かに、既に死んでいる者を拝むどころか一切の興味を向けていない辺りは人としての善性が残っているかどうかは疑わしい所もあった。しかし……あの時、確かに儂は、あのジュナザードと共に、武人達を助けて回ったのだ。

 

 ジュナザードに教わった――人の記憶を一時、消し去る技。そして、薬草の知識。その二つが無ければ、死者の数が増えておったのは間違いない。

 

「ふぅ……」

「彼らを、どうする。ジュナザード」

「ん? なぁに……ワシが引き取ってやろう。今はまだまだ尻の青い小僧共だが、地獄の一つでも見せれば多少は使える程度にはなる。カカッ、偶には武器組を育てるのも悪くないわいのう」

 

 ジュナザードは、そう無邪気に笑っておった。

 思い返せば、あの時の地獄を見せる、と言う言葉に偽りはなかったのだろう。

 あの時、何とか生き永らえさせることが出来た彼らも。今、いったい何人あやつの元に残っているか、正直見当もつかない。

 

 

 

「――記憶を、消し去る技」

「うむ。それに対する明確……と言うより、即効性のある対抗策は、儂とて知らぬ。治療をするにも、当人次第としか言えぬ部分もある」

「……」

「それでも、この技術を研鑽する事で見えて来る物は有ろう。お主が学びたい、というのであれば、多少の手ほどき程度であれば、成せる」

「お願いします」

 

 その言葉に躊躇いは無かった。即座に答えて見せた。その心に揺らぎはない事は、即決即断の判断で分かった。もしかすれば徒労に終わるかもしれない、等と言う不安は、欠片も、見えなかった。

 

「うむ。であれば……しばし、此処に滞在しながら日本の患者の様子を見るとよいであろう。布団も貸そう。薄いがの」

「ありがとうございます」

 

 ……御堂君は、亡くなってしまった。

 しかし、こうして時代を担う若者がまだまだ育っている。失った者を思うばかりではなく、こうして育つ若木を見守る事こそ肝要であろう。

 御堂君の様な、犠牲者を増やさぬためにも。

 

 そう思っていた時。

 

「……そういえば」

「ん?」

「御堂さんの事について……もう一つ。伝言がありまして。話が前後して、申し訳ありませんが」

「いや構わぬ。しかし伝言とな?」

「はい……あの事件のもう一人の当事者、『ジャック・ブリッジウェイ』からの伝言を」

 

 彼が口にしたのは。

 御堂君の、残された弟子である……田中勤君に関しての事であった。

 

「『タナカをオガタに近寄らせるな。オガタは、私の獲物だ』と」

「……と言う事は、お主が語っていた事は」

「えぇ。事実確認が取れました。彼女が、田中さんに重傷を負わせたのを認めました」

 




忘心波衝撃補完。及び次のエピソードへのつなぎ。

これでティダード後の美羽ちゃんにちゃんと対処できる……危なかった……

後、Hは風林寺のHです。
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