史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得   作:秋の自由研究

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Episode MG2:趣味全開の女

「――それで、何の話なの」

「んゥ?」

「こんな……お洒落な、お店に、来させて」

 

 どうにも落ち着かなそうなその姿は、何処か小動物を思い起こさせる。何処か微笑ましいその姿に微笑みつつ、そっと手元のカップを傾けた。品の良い甘さをした紅茶は、この店でもお気に入りの一杯だ。

 しかしながら、そんな小動物染みた様子とは裏腹に、その視線は自分への警戒心を隠そうとはしていない。良い貌だ。何も警戒しないのも、それはそれで可愛げがあるが。やはり警戒の一つでもして貰う方が燃えるという物。

 

「この店ぇ、この時間あんまり人がァ、居ないしィ。内緒でお話するならァ、ここが良いかなァ、ってぇ」

「……そう」

「別に変な事はァ、しないからァ……先ず、名前ェ、教えてくれないィ?」

 

 このまま、目の前の少女を紅茶のお供代わりに優雅なティータイムも悪くはないとは思うが。本題はそこではない。染み一つない白いクロスの引かれたテーブルの向こう……同じくらい純粋に見える少女に、ジャックは先ず名前を問うた。

 

「……田中、真結」

「そう。マユちゃん。オッケェイ……じゃあ早速一つゥ、聞いて良いかしらァ、マユちゃァん」

「な、なに。なんなの」

「貴女、自分にとっての幸せェ……いいえ、絶頂、ってェ……何時だと思うゥ?」

 

 ジャックは、何時だって相手の『最高』の時と戦う事を信条としている――あのハゲカスは何時だって全力で例外だが――しかし、ターゲットが何時だって最高の姿を見せてくれるのであれば苦労はしないが、そんな事はまぁそう無い。

 故に――彼女は、自分が戦いたい、と思った相手を見つけたら、先ずこう問いかける。

 

 自分にとっての絶頂は、何時か、と。

 

「ぜ、絶頂……?」

「そうゥ。自分が今、何も怖くなァい、どんな相手にだって立ち迎えるゥ。そんなァ瞬間をォ、想像して見てェ?」

「えっと……要するに、無敵みたいな時って、事?」

「んー、ちょっとォ違うかしらァ……それほどまでにィ満たされている時ィ、って言った方がァ、良いかしらァねェ?」

 

 ――彼女は、人は満たされている時こそ、最も美しく輝くと思っている。

 それが、護国の為に全てを捧げている時。医療の為に狂った様に前進して来る時。自分の武の誇りの全てを賭けて立ち向かってくる時。切欠は動機は、別に何でもいい。人が行動する理由に貴賎はない。

 兎も角、『精神』が力に満ち溢れている時が、その相手にとっての絶頂だ。その時こそ満ちた精神の力を燃やし尽くし、人は最も輝く。ジャックは、そう考えている。

 

 醜いモノを許せない、と言うのも此処に起因する。彼女にとっての醜いモノは『絶頂への道筋を諦めた者』だ。精神の力が衰えた、堕落した人間は、彼女にとっては唾棄すべき対象でしかない。

 

 その点、目の前の女性は違う。目には生きる希望が満ち溢れているのはどんな節穴でも分かるだろう。ジャックで言う所の『絶頂へ至る事を諦めた』輩とは、まるで正反対の位置に居る目だ。

 まだまだ上がある。まだまだ何処までも伸びていける。そんな目だ。『絶頂』に辿り着けるという可能性を秘めている。

 

「……なんでそれを聞きたいの」

「なんでェってェ。気になったからァ、じゃあダメなのォ?」

「ダメじゃないけど。そんな事を聞きたいからって、態々あんな風に挑発して、こんな所まで人を連れてきたって言うの。正気?」

「良いじゃなァい。自分の好きにィ生きてこそ人生ってェねェ」

 

 そして、そんな彼女が人生の絶頂に至った時、その時こそ――自分が彼女と死闘を演じる時なのだ。全てに置いて最高潮の相手と戦い、そしてその状態の敵に完全に勝利してこそ、自分の『美』は更に輝きを増す。

 

「ね、教えてェ――強い人ォ。アナタがァ、最もォ輝ける瞬間はァ、何時だと思うゥ?」

 

 だから問いかける。

 ジャックは、目の前の田中真結と言う女性に、完全に照準を合わせていた。何時か、自分を最高に満足させてくれる相手になる……という、確信をもって。

 

「なんだか宗教みたいな言い方ね……別に、自分の事を特別に強いと思った事なんて無いけれど。そうね」

 

 目の前の少女は、そんなわくわくモードのジャックの質問にちょっとだけ考える素振りを見せ……それから、そっと、自分の胎の辺りを撫ぜた。その表情は、とても暖かな物を見ている彼女にも感じさせる。

 

「……この子が、大きくなった時かしら、ね」

「あらァ! 貴女ァ、子供がいるのォ? 旦那さまとはラブラブってェ事ォ?」

「うん。大好きな人との大切な子供。私と彼との……絆の結晶」

 

 ジャックにはその表情が――何処か慈悲深い、聖母のようにも見えていた。

 

「その子が生まれて、すくすく育ってくれた時……多分私は、どんな怪物にでも立ち向かえるわ――アナタとかにも、ね」

 

 その言葉と、視線に、ゾクッと寒気にも似た感覚がジャックの背筋を駆け抜けた。

 睨んでいたのではない。寧ろ、少し笑って見せたのだ。

 

 怪物と、自分を呼んだ事。ジャックは、それを……『彼女が自分の実力をある程度理解している』という事実を分かりやすく表している。そして、自分との差を踏まえて。それでも尚、彼女は笑った。

 これはハッタリではない。

 

「――良いわねェ。それェ。正に『絶頂』じゃないィ」

 

 それに対し、ジャックもまた、笑った。

 ただし、此方は――牙をむく、猛獣の如きそれだが。

 溢れ出す。凶暴性が。今すぐ戦いたくなるほどに、輝いている。

 

「オーケィ。ありがとォお嬢さん……お礼よォ、ちょっと待ってなさいねェ」

「えっ? お礼? って、なにこのお金」

「ここは奢るわァ。貴女の絶頂にィ、一粒の幸運をってねェ? ねェちょっとウェイターさァん? 電話貸してくれないかしらァ」

 

 しかし、流石に今襲うのはちょっとダメだな、とそれを直ぐに引っ込めて。

 その代わり、彼女は近くに居た店のウェイターに少し、電話を貸す様に伝えた。脳裏に思い出すのは――とある男に依頼する為の、秘密の電話番号。

 此処に一報でも入れて置けば、直ぐに飛んで来るだろうという確信が――頭に来るような確信があったがしかし。医療関係であれば、腹立たしいが誰よりも信頼できる。

 

 店の入り口近くの電話機迄案内されて、受話器を取ってからダイヤルを回す。

 

「――もしもしィ」

『治療の依頼か』

 

 連絡を取ったのは……本当に、本当に。ムカつく相手だが、医者としての腕はぴか一だと確信できる、とあるハゲ医者だった。

 

 

 

「ンゥ~良~いことしたわァ」

 

 尚、それは殆ど自分の為にやったような事ではあるが。そのついでに善行を行ったなら最高のファインプレー……位に図太い気持ちで。ジャックはのんびりと背筋を伸ばして帰路についていた。

 

 自分が医者に連絡を取った、と言った時の田中真結の表情は、正に傑作としか言いようが無かったのを思い出す。

 自分の様な人種がこんな節介を焼くとは思わなかったのか。だとすればそれは間違っているだろう。自分の様な『自分勝手な』人種こそ、道理に合わぬ真似とて、自分に理があれば当然の様にやるのだ。

 

 後は……彼女が無事、収穫の時を迎えた時、自分が彼女と『死合い』が出来れば最高。極上のプレゼントを自分に予約した様な気分だった。

 

「はァ……やっぱりィ、こう言う事が出来るからァ、平和ってェいいわよねェ」

「――む、なんだ。近くに居たのか貴様」

 

 ――直後にその気分はぶち壊しになったのだが。

 

「ッ!」

 

 瞬間、咄嗟に距離を取ろうと電柱の上へと飛び上がる。近くを歩いていた主婦やら老人やらが目を見開くが今はそんな事は重要ではない。何故、ここであの男の声が聞こえるのだろうか。さっき、電話で話したばかりではないか。

 

「――逃げるな」

「……ッチ!!! 逃げるわよォ……アンタァ、なんでこんな所に居やがるゥ!!!」

 

 その背後――逃げようとするのを予測していたのか。

 民家の屋根の上で、ジャックを見つめるハゲ頭が一つ……ホーク・K・バキシモが、彼女の背中を、じろりと仏頂面で見つめていたのだ。

 




結果として知らない綺麗なお姉さん殺人拳にお茶に誘われて世間話しただけになった田中真結さん。一番困惑しているのは彼女。
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