史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
――ジャックにとって、目の前のハゲは災厄の如き存在だ。
彼女にとってはクソッタレのマイタウンから始まった因縁は……最早十年来をとっくに超えている。腐れ縁と言ってやりたい。
ティダード以来、出会う頻度は増えた気がする。というか、自分が『仕事』をした時に始末した……つもりの奴が、目の前の男が居るとなぜか生還している事が良くある。
お陰で仕事に失敗しただとか言われた事も相当な数である。
しかも、こうして幾度目かの交戦に至っても尚、ずっとこの男は全く変わっていないのが本当に性質が悪いとすら思う。ちょっとは変われと思うが。まるで岩のように頑固だ。
「――はぁ、どうしてアンタはァ、私の行く先にィ……現れる のかしらァ?」
「知らん。俺は自分の患者を診に来たに過ぎない」
「ハァッ!? じゃあたまたまァ、近くに居たって訳ェ!? 最悪ゥ……BAD LUCKにも程があるわよォ……」
「患者は外に出ているとそこで父親に聞いたのでな。探しに来たら貴様を見つけた。患者を発見できたのは幸運だ」
「……え、ちょっと待って、アンタァ、アタシが紹介した奴のォ身内を治療してたってェのォ!?」
何という偶然of偶然。そんな偶然は要らなかった。このまま丁度良くいい感じの獲物を見繕って帰れたら良かったというのに、どうやら今日のダイスの女神は、飛び切りキツイ酒に酔っているらしい……ジャックは、盛大に一つ舌を打った。
「ここで会ったのも機会だ、一つ治療を受けて行け。今すぐ」
「いいえェ? 残念だけどォ、今日はそんなァ気分じゃないのォ。お断りするわァ」
とはいえ。そんな不運に流されるまま、流石にこの男を相手にする気分ではない。この男とやり合うと、何時だって此方が心身共に疲労しきって体力限界になってしまう。というか、そこ迄行くのを止められない。美学とかそんなもんかなぐり捨てて全てを賭けて蹴り殺してやりたくなってしまうのを、我慢できない。
ので、電柱の上、くるり、と踵を上手に使って踵を返し――
「断る権利はお前に存在しない」
「……あ゛あ゛ぁあああああああっ!!」
とか思ったら振り返った先の屋根の上に既に立っていた。ムカつく事に、更に腕を上げているのが目に見えている。ジャック自身も鍛錬に余念は無かったからこそ、目の前のハゲ男とは大きく水を開けていたと思っていたのだが。
自分の方が格上なのは……恐らくそうだろうが。それでも絶対的な差がある訳ではない。下手するとひっくり返される。
「ッスゥゥウウウウ――ふん、患者にィ、治療を断る権利ィ与えないってェ、アンタ医者としてェどっか致命的にィ間違ってるんじゃないのォ?」
「否定はしない。だが先ず何よりも優先するのは患者の健康だ」
「アタシはァ……今が一番健康だってのォ!!!」
――それ込みで非ッ常にムカついたので。
このハゲ頭を卵の如く蹴り潰すという結論に至ったのは早かった。瞬間湯沸かし器とは今の彼女の事であっただろう。
太ももの筋肉がビクリ、脈動する程に、引き絞られ……そして躊躇なく解き放たれたのはヒールの踵と言う名の
「ぶち抜いてェやるゥ!!」
「ヌゥン!!」
――が、ダメ。
避けるは愚か、何とドンと動かずして、向かい来たヒールの踵を待ってから……堂々と両の掌で掴み、真っ向から受け止めてすら見せたのだ。しかも掴まれたヒールは当然のようにピクリとも動かないのである。
不安定な民家の屋根の上である事なんて全くもって関係ないと言わんばかりのとんでもない安定性に思わず出た舌打ちは、濁点が付きそうな結構な大きさになってしまった。
「――成程、腕を上げたな。貫かれそうになった」
「ふざけェんじゃないわよォ……! 涼しい顔ォしやがってェ!!」
しかし終わらない。掴まれたままで終わる様な軟弱な鍛え方はしていない。空中で重心をかける場所を変え、体を魚かと見紛うばかりに暴れさせる。無理矢理に、捕まれたヒールを振り払うと同時に踏みつける様にもう片方のヒールを振り下ろす。
――が、それも一歩及ばない。力が乗り切る前に、ヒールの切っ先は何処ぞへと逸らされてしまい、直撃どころか無関係の民家の屋根に、綺麗な、ひび割れも無い、丸い穴を空けるに終わってしまう。
「そうはいかん」
「……ふゥん……へェ……クソッガァアアアアアア!!!」
着地。直後より、ヒールを軸として、独楽のように狂々、狂々と狂い回る。丸く、刃などついていない筈のヒールは、しかしながら超高速で回転しながら叩きつけた、その瞬間の摩擦で容易に人体を引き裂く威力を得る。
のだが、その事如くが、まるで滑っているのか、クリーンヒットが許されない。なんだこの感覚は、人間に叩きつけた感覚でまるでデカい水晶玉を蹴ってるみたいって。ジャックの心で燃える苛立ちは、体の回転速度と共に更に、更に加速する。
「大体ィ!! アタシがァ!!! 連絡したァ!! 件はァ!!!」
「お前を治療したらキッチリと診る。診ないという選択肢はない」
「あっそう……じゃあアタシに構う前にさっさとォ仕事しろォ!! この藪医者ァ!!」
振り下ろし、振り回し。叩きつけて……破壊しようとしても、しかし信じられない程に安定した守りで、全て払い除け、あるいは有らぬ方向へ逸らされてしまう。
まぁ、目の前のハゲが強いのも非常に苛立たしいがそれは最悪良いのだ。食ったものが逆流して来そうなレベルで、ギリッギリで。
彼女にとってどう足掻いても不満でしかないのは、自分が此奴に患者を紹介したというのに、どうして紹介した此方側まで治療する患者判定されなければいけないのか、と言う話である。紹介したのだから序に治療してやろうというサービス精神か、ふざけるなという感想しか出てこない。
「こんのォ……腐れハゲがァ!」
「健常な精神を保っているとは言い難いのに放っては置けない」
「善意の押し売りィやめろやァボケェ!!! 誰もがそれに笑顔にィなると思ってんのかァ頭御花畑がよォ!?」
「そんな傲慢な思想は持ってないが――それはそれとして治療はする」
「アァそうかいィ!!!」
――取り敢えず、出来るだけの全力を蹴り足に込めて。堅い守りに向けて叩きつけてやる。防がれるは防がれるだろうが……しかし、ならばと逆に、防がれたその一瞬の衝撃を利用して、高く、高く跳躍して奴から離れた場所へ降り立った。
「む」
「はっ、誰がアンタのォ善意の押し売りにィなんて付き合うのォ? それじゃァね!」
彼女的には今からでも全力で叩き潰してやりたい。やりたいのだが。今はメンタルが揺さぶられてボロボロにされているので、精神的不利を背負いこんでいる。今この状況でマトモにやり合うなど賢いやり方ではない。
と言う事で、仕切り直す為に撤退。普段ならこんな風に逃げる事もないが……しかしながら、コイツに付き合う面倒さを考えれば、例外としても良いだろう。
「ったくゥ……」
家々の屋根を飛び回り、自分が寝泊まりしているホテルに向けて、急いで走り出す。兎も角、自分のやれる事はした。後はあの少女がちゃんと『絶頂』を迎えるかどうかだ。
親切が過ぎるのか? いいや案外そうでもない。自分の利益に繋がる事でもある。彼女にとってあらゆる事に優先されるのは『自分の趣味嗜好』であり。それは仕事以上に優先される。彼女は仕事中はプロとして私情は挟まないが、しかしながら趣味をするのであれば、先ず仕事を依頼されていても当然のように断る。
趣味が無ければ仕事をする。くらいの優先度の差が存在する。
そこ迄優先される事だ。自分でちょっと何かお節介するくらいも、趣味の内に入るのである。それに……
もしこのお節介で、彼女が絶頂を迎えた時。すなわち彼女と衝突するその瞬間を想像しただけで舌なめずりを止められない。もしその時の夢の様な時間を考えれば……多少の節介くらいはどうと言う事も無いのだ。
早く美味しく育ってくれないかなぁ。等と、ジャックは邪悪な笑みを浮かべて宙を舞って駆ける――その時ハゲが医者として彼女の隣に一緒に居ない事だけを、祈りながら。
「――ん?」
「あらァ」
さて。
そんな事のあった暫く後。ジャックは彼女ともう一度邂逅する事になった――初めて遭遇したスーパーの店内で。
途中のぶち抜いてやるは某俺の名を行ってみて欲しい方を想像してもらえると。っていうか戦ってる最中の彼女はずっとそんな感じです。