史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
テーブルを挟んで会話する。それは、昼間と同じ。違うのは店と相手。それだけでここまで機嫌を損ねる事になるとは思わなかった、とジャックは思う。
暴れて逃げようにも、ここで騒ぎを起こせばそれこそ活人の奴らに気取られて捕まえられたりするかもしれない。別にやり合うのは問題無いが、しかし今はそんな気分にはとてもじゃないがなれない。
だが、逆に言えば、逃げようとしなければ目の前の男も大人しくするのでは……と言う事で、此度は争わず、落ち着いて自分の座っていた席に誘導した。
まぁ、速攻で後悔している上、なんだか胃の辺りとかムカムカしてきている訳だが。
「先言っておくけどォ、治療はァ受けないわよォ」
取り敢えず。
またぞろその話題に行かない様に、先んじて先制パンチを繰り出しておく。これで止まる様ななまっちろい男ではないが、しかしながらやらないよりはよっぽどマシだ。
「そうか。であれば仕方ない」
「……あ?」
「あわよくば治療できれば、と思っていたが。今回ばかりは、一旦保留にしておく」
「??????????????????」
衝撃の発言に思わずマンボウ顔にシフトチェンジ。とはいえ仕方ないと思う。この男が『仕方ない』等と天変地異も裸足で逃げ出す異常事態。そりゃあ口も半開き、視線も何処へ向ければいいのか分からなくもなる。
そんな顔に『どうした、具合でも悪いのか』と言われそうな鬼気迫る表情にシフトしていくハゲ医者を見て、秒速で引き締めたが。マズい。平静を保たねば、と切り替える為に口を開いて……
「ん゛ん゛ッ! ……スゥゥゥゥウウウウウウウウ……めずッ、めめめめずらシィッ、じゃんなィ? ぞォんな、ゲフッ……」
「やはり治療が必要か?」
「要らんッ!!!!」
全然平静を保てていなかった。
「……フゥ……何よ急にィ、そんな気持ち悪いィ」
「何がだ」
「アンタだったらァ、一旦保留ゥなんて言わないでしょうにィ」
当然と言えば当然だ。ジャックは、彼を良く知っている。いやと言うほどに、だ。彼の曲がらなさとしつこさは正に悪夢でしかない。スッポン、とかいう動物ですら彼のしつこさと比べてしまえば児戯同然。そんなハゲ男が……保留、である。驚きを通り越して気持ちが悪いレベルだ。
「――俺とて、君をこうして見つけて、一度諦めざるを得ないのは非常に心苦しい。心苦しいのだが……しかし、だ」
「ん?」
「それよりも優先するべき事柄が多い。患者を差別するつもりもないが、しかしながら自ら『治療されたくない』と言う患者と、『一刻も早く治療しなくてはいけない』患者を双方優先する、というのは流石に出来ない」
――よく見れば、この男、目の下にガッツリとクマが出来ている。どうやら、コイツも暇ではないらしい。
だがしかし、それならば猶更不思議だ。そんな状態で尚、私に会いに来るってなると相当の事ではないか……と、思ったが、しかし。
「暇じゃないのにィ、治療受けるかのォ確認の為に来たってのォ?」
「……患者について、もう一つある」
「――マユちゃんのことォ?」
「そうなるな。患者を狙われて居ると分かって何もしない医者は存在しない。彼女が患者である内は、俺が徹底的に邪魔をする……一種の、宣戦布告と言う奴だ」
少し考えれば分かった。目の前のハゲ医者は、健常者同士の殺し合いには一切邪魔も何もしないが、こと患者関係となれば邪魔も何もする……今の彼女に手を出す可能性を考えて釘を刺しに来たという事だろう。
自分が大嫌いなそのままの彼である事に、安心すら覚えた。
「安心しなさァい……あの子が、『絶頂』を迎えるまでェ、手は出さないわァ」
「そうか」
「そうよォ。今のあの子に手を出すとかァ、それこそ無粋ィだしねェ」
「そういうモノか」
とはいえ、コイツにムカつくレベルの信念がある様に、此方にも一つの誇りという物があるのだから、馬鹿にしないで貰いたいとは思うが。
「それにィ、絶頂に至ったあの子をォ叩き潰した方がァ……最高だしィ」
「……ふむ、一つ聞いて良いか」
「何ィ?」
「単純な疑問なのだが。君は、話を聞いている限り、『勝つ』前提で話をしている様に見える。他の武人と比べても、その傾向は顕著だ。その自信は何処から来る」
マジでバカにしに来ているのだろうかと思わないでもない。マジで今ここでこの前の続きをしてやろうか、と思うが……そこはグッと、グッと堪えた。
というか、そう言うセリフを真顔で、しかも当人は真面目な話として此方に尋ねているのが非常にムカつくのだ。とはいえ、こんな事で頭ポッポしていても仕方ない、とジャックは溜息を吐いた。
「……そう言うのォ、よく聞けるわねェ。デリカシーって言葉ァ、ご存知ィ?」
「自覚はしている。だが治療の一環として、患者の把握は必要だからな」
「治療前提って事ねェ」
……しかし、次に浮かび上がってくるのは、笑顔だ。よりにもよって、それをこの男が聞くというのは、なんとも愉快な話ではないか。
「――そもそも私ィ、勝つ前提でェ話なんかしてないわよォ」
「何?」
「確かにィ、叩き潰すとかァ、そう言う表現しか使ってないけどォ……戦う前からァ負ける前提の武人なんていなァいしィ。それは頭ザコザコなハゲでもォ、分かると思うわァ」
「……ふむ、まぁそれもそうか」
「んでェ。もう一つゥ」
「ん?」
「私はァ、別に勝ってもォ負けてもォ良いのよォ。どっちでもねェ?」
その一言に、怪訝な顔をされるのが、彼女にとっては心底愉快でしかない。
「だってェ、私にィ二度の敗北を刻んだのはァ誰よォ」
「……」
「他でもないアンタにィ二度も負けてェ。イヤって程思い知ってるのよォ?」
最強だと。何者にも負けないと。世の中を舐め切っていた時代に、自分はこの男に二度鼻をへし折られている。
勝ち続ける事なんて無い。人生には何時だって敗北の可能性は残っていて。勝利と敗北は何時だって薄氷の如き壁しか隔てていない。それを、恐らくは誰よりも知っているのは自分だ、自分は勝利ではなく『敗北』で強くなってきた存在だ、と誰よりも自分の事を理解している。
別に勝っても負けても、自分には無限に得る物がある。戦えた時点で自分には得しか存在しないのだ。
それならば、『勝てそう』とか『負けそう』とかじゃなくて、『絶頂に居る相手』を選んで戦うのが一番得る物も多いだろう。美しい物が見れて、自分の経験にもなるという一石二鳥である。
「だから正確にはァ、『負けても勝っても良いから一切プレッシャーなく勝つために戦える』ゥ、って言うのが正しいのかしらァ?」
「……成程、興味深い意見だ。一種君は、『無敵』な訳か」
「アタシは常にィ『絶頂』だからァ、間違ってはいないわねェ」
「その精神性は、君の治療をするにあたっての十分な知見になり得るな」
……この発言を『治療の知見になる』とか抜かす目の前のハゲも中々無敵な精神構造をしているとジャックは思う。
「――逆に聞くけどォ。アンタはァ、私が、産んだ後……患者じゃなくなったあの子を潰したらァ……」
「俺が治療する。それ以外にはない。戦う時は連絡を寄こせ」
「……やっぱりアンタも大概よねェ」
そう言う所が本当に彼女としてはげんなりさせられる所だ。いっぺんで良いからその辺り圧し折れてくれないだろうか、と思ってしまう。とはいえ。そんなんで折れる相手に自分が二度も負ける訳がないか……と、余計にげんなりする事になって、変な事考えるんじゃなかった、と改めて後悔した。
「――あ、そうだァ。アンタ」
「む」
「明日もォ、様子見に行くのォ?」
「あぁ。一応、日本国内で仕事をする間は、御堂戒さんの様子は見る積りだ」
「じゃーあ……伝言ゥ、頼めない? 娘さんの方にィ」
「なんだ」
……日本最後の思い出が目の前の医療ハゲとの会話、というのはジャックにとっては流石に勘弁してほしい事態だった。故に。
「そろそろ日本を立つからァ……最後にィもう一度だけェ、おしゃべりしませんかァ、ってさ」
そんな我が儘を一つ。通す事にした。
止める、とかではない。
それはそれとして医者として怪我人は助ける。
マッチポンプにも見えるけど、当人は多分気にしない。