史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得   作:秋の自由研究

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Episode MG6:さいごのおしゃべり

 ――二度までは偶然。三度目からは必然。とは誰が呟いた言葉か。

 まぁジャックと田中真結の邂逅は、一回目から三回目まで全部ジャックがそうなるように仕組んだ必然ではあったが。しかし。

 会えたらいいなぁ、位の感覚でうろついていたら出会った一、二回目と。今回の三回目は『必然性』という物が大きく違う。

 

 態々呼び出した、と言うのは、誰にでも警戒心を抱かせるものだ。

 

「……呑気じゃなァい?」

「だって、今更警戒したってバカらしいじゃない。今は、襲わないって言うのは分かってるって言うのに」

 

 の、はずなのだが。目の前の田中真結と言う女性は、普通にカフェオレなど頼んでおいしー等とのんびり呟いている。警戒心の欠片も無い。舐められているのか、と思って見てもしかし、それでも尚、隙は全く見られない。

 警戒せずとも隙を見せない。こう言うさりげないやり方は、やはり『達人』にしか出来ない芸だと思う。若くして達人の門をくぐった女性は格が違った……ではなく、舐められてはいないのだろう。

 

「……良いけどォ」

 

 それはそれで詰まらない。自分を警戒して、良い感じに心乱しているのを見るのが面白いのだ。三度目もそれでペースを掴む積りだったのが、寧ろ泰然自若とした向こうにペースを握られている気すらする。

 

「それで。わざわざ呼び出して。何の用なのか……なんて、今更か」

「まァねェ。結局は暇つぶしよォ。日本から出る前の思い出作りってねェ」

 

 全く表情は変わらない。去れども、彼女は確かに此方をチラリと見つめてくる。今日顔を合わせてから初めて、その顔に先制パンチを打ち込めた気がして、ニヤリと笑う。

 

「帰るの?」

「帰るって言うかァ、次の仕事をォ探しに、ねェ。まぁ国内でェ仕事を幾つか受けるかもォしれないけれどもォ。少なくともここじゃないわァ」

「そう。根無し草なのね」

「寧ろ私が何処かに根付いてたら不思議じゃない?」

 

 一応、裏社会で名を馳せている自覚はある。家なんぞもったら一週間と経たないうちにスクラップ、マンションに部屋を取ったら無数のホームレスを作り出すだろう。

 別にそれ自体に何を思う事もないが、流石に一々家具を揃えたりするのは面倒この上ないので、稼いではホテルに泊まってガッツリ使う……と言う生活を繰り返している。

 

「そりゃあそうだけど。貴女だって人なんだから、そりゃあどっか腰を落ち着けて休める場所があったって不思議じゃないわよ」

「それにしたってねェ。一応其方の対岸に居る存在よォ? 私ィ」

「……所帯でも持って見たら?」

「貴方みたいにィ? それこそお笑いねェ」

 

 ……一瞬。想像してみる。自分が所帯を持った時の事を。

 先ず『論外』のハゲを外して考えてみる。アレと万が一所帯を持ったら本当に毎日、部屋が血の海になりかねないだろう。と言う事で。

 他に有り得そうな可能性……居ない。まぁ居ない。一応知り合いの男は何人かいるがしかしながら一緒に生活する、という選択肢が出てこない。

 

 と言う事で。

 

「……割とマジでお笑いねェ」

「えっ、貴女そう言う人いないの……」

「改めて思い返してみたらァねェ。影すらもォ」

 

 信じられない、と言う顔をしている田中真結氏。それに対し、若干黄昏た笑みを浮かべるジャック氏……それは兎も角として。

 

「――良いもん?」

「え?」

「貴女はァ、子供も産んでてぇ、幸せそうじゃなァい……良い物なのォ? 誰かと一緒になるってェ」

 

 気になりはする。根無し草で、誰かの子供を孕むという発想どころか、そもそも誰かに恋をした事もない上に、男は基本『タマ』をぶち抜いて生きて来た人生だ。それを自分がやるかは兎も角として、気になりはする。

 と言う事で、此方としては何気なく聞いてみた積りなのだが……直後、こらえきれないとばかりに目の前の彼女が吹き出して、震え始めた。

 

「……何よォ」

「だ、だって……そ、その見た目で……いう事が、思春期の子供みたいな……似合わな過ぎで……」

 

 完全に笑っている。というか、爆笑を堪えている積りで抑えきれていないのが目に見えている。震え方が顕著だ。正直な話、不満でしかない。別に変な事を聞いたつもりはジャックには無かった。

 

「っはぁ……そ、そんな青臭い事、言うなんて想像もしてなかったのよ」

「青臭いってェ。酷くなァい? 今でも私はァ若いわよォ?」

「若くないでしょう」

「いいえェ? 私はァずっと若くいるわよォ? この見た目もォ、心もォ」

 

 ――それは、決して虚勢だとか、そんな物ではない。

 敗北を受け入れて、その先へ行く。その為には子供の様に幾ら転んでも転んでも直ぐに立ち上がる『若い心』が必要だ。それくらい若くないと、武術界に巣食う魔物共を相手になど出来ない。

 というかそもそもそんな化け物共は下手な若者よりも全然心に脂がのっている。そんな奴らを相手にするには此方も若くあるのは当然だろう。

 

彼女は、何時だって自分が青春真っ盛りの少女で居る積りだ。痛いとか言う奴は全てヒールでねじ伏せて来た。

 

「私はァ、何時だってBrat Girlなのよォ」

 

 武術世界で、強い奴らをねじ伏せて嘲笑う、そんな若い女として。

 

「……意味わからないわよ」

「ふふ。んでェ? そんな可愛いィ可愛いィGirlのォ……純粋無垢な疑問にィ答えてくれるかしらァ?」

「そんな可愛いもんじゃないでしょうに……まあ良いけど」

 

 まぁだからと言ってこの質問に関しては完全に趣味だが。幾ら若いからと言ってそう言うのに憧れる程に純粋無垢ではない。流石に。

 

「そうね……貴女の疑問に答えるなら、一言で十分――最高よ」

「へぇ?」

「あの人と一緒に居て。子供を授かって。ずっと過ごしていく。それだけでとても幸せ」

 

 強いて興味があるとすれば……田中真結の相手についてくらいだろうか。

 目の前の彼女は、静かに笑っている。

 満面の笑みではないが、その微笑みはとても柔らかくて、目の前のカップの水面を見る目は、同じくらいに静かで、揺らがず、そして温もりに満ちている様に見えた。

 

 ジャックには、一瞬、それが一枚の宗教画であるようにすら見えた。彼女の愛が、子供と夫に、どれほど注がれているのか。これを見て分からなければ、節穴ではないか。あのハゲ医者にでも治療してもらうべきではないか。

 敵だろうと、同じ陣営だろうと、確実に始末する事が出来る。人としての温もりに欠けている、ジャックはそんな女だ。彼女に、人の心の美しさを思わせるような表情をさせるのだ。その男は。

 

「――どんな人なのォ?」

「ん? 強い人よ。特に心が。とても」

「そォ」

「ウチの厳しい修行にだって、全然くじけないで。凄い頑張ってたんだ」

 

 どれだけ師匠に吹っ飛ばされても。どれだけ厳しい言葉をかけられても。どれだけボロボロになっても。それでも、彼だけは一人、自分の道場に残っていた。才能があるかどうかではなく、厳しい修行に耐える強い心があった。

 

「そこが、私はたまらなく好き」

「……分かるわよォ、そんな顔されたらァ」

「え? そう? でもちょっとだけ優しすぎるから。そこだけは心配、かな」

 

 そして、こんなにも。華やかで、ときめいていて。キラキラとした笑顔をも、浮かべさせる相手。愛に満ちてもいて、そして、恋をしても居るのだろう。

 そして、信じてもいる。そんな簡単に、そしてこんなあっけなく、人の目を見て言い切れる。そしてその視線はとってもストレートだ。寧ろ、こんな当然の事をなんで疑うのだろうか、とでも言いたげに、こっちの目の奥を覗き込んで来ている。

 ほんの少し、感謝すらした。これだけの輝きを、少女に与えた相手に。そして、彼女を『絶頂』へと導く一助となり得る男に。

 

「だから、私はあの人と一生生きていくんだ」

「ふゥん」

「ずっと傍にいて……守る。お互いに背を預けて。よぼよぼのおじいさんと、おばあさんになるまでずっと。ううん。きっと死んでも、ずっと」

 

 こんなにも。希望に満ちた顔を生み出した、彼女のパートナーに。

 

 

 

「さァ~て……」

 

 アクセサリも買い込んで、荷物を纏めてしまえば、もう出発も可能。

 真結の子供が生まれるのにはしばしかかるので、それまでは仕事でもしながら暇を潰せばいいだろう……と言う事でPCを軽く開いて、メールをチェックする。Eメールを使っての仕事の受注にしてから、結構依頼が増えた気がする。

 そこで……ふと、とあるメールに目が付いた。それは、同じ『闇』に属する武人からの依頼のメールだった。単純に、依頼料が異常に高い。

 

 これだけの金を豪快に支払うなど、どんな依頼か……と思って見てみれば、その内容に納得が出来る。要するに『成り上がり』の為の助っ人要請だ。

 ジャックは、表裏関係なく依頼を受け、活人殺人関係なく全て押しなべて殺す。何の躊躇いもなく。人としての温もりは割と投げ捨てているが、しかしながらそれは仕事人としては最高の素質でもある。

 

 まぁ、依頼の最中に趣味に走る事もあるが、それ以外は完璧に仕事を熟す。故に、後ろ暗い依頼に関してはそこそこの信頼を得ている。ハゲが医者としてある程度名声を上げている様に、彼女も仕事人としては相当に有名になっている。

 

 そんな彼女に依頼してまで殺したい、と言う人物……ジャックも当然ながら知っている『一影九拳』。闇に属する無手の武人共を纏める、狂鬼共の総称。書かれているのはその内の一人の名前だ。彼女はそもそも九拳と言う称号に興味も何もないが、しかし個人として向き合うのであれば間違いなく極上の獲物と言っていい。

 そろそろ大き目の仕事でも受けて、闇を荒らしてやるのも悪くないか、等と思いながら依頼人からのメールを確認し。

 

「……ッ!?」

 

 直後、ホテルの扉を蹴破り、廊下へと飛び出して、走りだした。

 

 依頼に書かれた、襲撃の場所は――今、ジャックが居る街。

 緒方一心斎が、『とある道場』を襲撃するとの情報を得て。その直後を狙う、というプラン。その、とある道場は……『天地無真流』の看板を掲げているという。

 

 知らない訳がない。

 田中真結。そして、その夫と、父が修行をしている場所こそ……正にその、天地無真流の道場だった。

 




普通、一影九拳を潰すっていうのはとんでもないビッグな依頼の筈なのにそこまで気にも留めない狂乱のモンスター。

そして『終わり』の『始まり』。
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