史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得   作:秋の自由研究

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Episode MG7:焔の中の邂逅

「――SHIT!!」

 

 階段を駆け上り、屋上へと飛び出した。

 緒方一心斎……その名前を聞いた事がある。最近九拳に名を連ねた男。自分の実力を練り上げる為に、古流武術の使い手を殺害して回っているのは『闇』の中でもそれなりに話題になっている。

 彼がここに、態々来たその理由を想像するのは容易い。ここら辺で、彼が狩るべき獲物はただ一人である。彼女の父親だという――御堂戒。

 

 自分は、緒方一心斎と言う男の事をそこまで知っている訳ではない。

 ないが……懸念が一つ。

 もし緒方一心斎が彼女の父親を殺害した場合、彼女はその下手人を容易く見過ごすだろうか。みすみす。あれだけ真っ直ぐな性格をしていた彼女が。

 そして九拳に指名される程の殺人拳の使い手が、アレだけの使い手に交戦を挑まれたとすれば……そのまま逃げ去ると思えない。先ず確実に応戦して来る。

 

「んでこのタイミングでェ……!」

 

 万が一、どころか当然のように死にかねない。危険すぎる。一影九拳というのはそれだけの存在だ。

 狙っている本来の獲物を狙う分には構わないが……それの巻き添えで自分の獲物が刈り取られるのは許しがたい。アレは更に未来、輝く可能性を秘めた女だ。今ここで潰えさせるなど。

 

 怒りと共に、兎も角彼女の元へ走ろうと屋上を蹴って飛び出そうとして……しかし、自分が道場の場所を知らない事に気が付いた。となれば想像できる相手はただ一人。あのハゲ医者に連絡して位置を探るしかない。

 だがそれでいいのか。医者として仕事を紹介するのは兎も角として、個人の事であの男に頼るなんて、それこそ違うだろう。なれ合いをしたい訳じゃない。諸々の思いが頭の中を何度も何度も過る。

 

「……ッアァ! クソがァ!」

 

 しかし、ここで下手なプライドを出して、最高の獲物を奪われたら……それこそ後悔どころの騒ぎではない――ジャックは歯を粉砕しそうな程にギリギリと歯を鳴らしながらも、一階下にある公衆電話に足を向け直した。

 

 

 

 出来るだけ、急いできたつもりだった。

 

「――っ!」

 

 しかし――煙が一条立ち上っているのを見て、それでも自分の到着が一足遅かったことを理解する。

 

「……死んでんじゃないわよォ!」

 

 止まる事はしない。

 屋根から屋根へ――そして電柱の上に着地。カエルの如き姿勢からギリギリと両の足に力を込める。そこから、両の腿が膨張する程の『力み』を以て……自らの体を、『発射』した。

 

 空気を弾き飛ばしながら宙を跳び、彼女はそのままに庭へとミサイルの如く『着弾』。轟音を響かせた後とは思えぬ程軽やかに立ち上がり、周辺を軽く見まわす。

 耳に聞こえる音に従って視線を向けた先には、締め切った戸の隙間から煙の立ち上がる道場の本館。

 

 確認直度、クラウチングスタートの姿勢を取って、両足に再びパワーを装填。

 バァン、と言う轟音は抉られた地面の悲鳴。その速さは矢の如く。その僅かな滞空時間の中で、ジャックは空中でくるりと猫の如く体の向きを入れ替え、そのままにヒールの先を弾頭代わりに、扉へとすっ飛んで行って――

 

「『B・B・H(ビッグ・バリスタ・ヒール)』!!」

 

 閉じられた入口を、吹き飛ばした。

 

 ゴドン、と言う音と共に内部に向けて吹っ飛んでいく扉。砕ける壁。着地したジャックの肌を舐めるのは……茹だるような熱。そして、目に入ってくるのはオレンジと赤のギラツキ。

 

 ちら、と見るだけでも床の畳も、木の壁に至るまで……道場全体が火に包まれ、燃え上がっていて。しかもそれだけではなく、上から下に至るまで、何かに砕かれた破壊の跡が幾つも残っていた。小規模な物、大規模な物、関係なく。

 

その有様に顔を顰める。

ただの襲撃では到底ない、達人同士の死闘から生まれる結果という物が、目の前に顕現していた。

最早手遅れか、という嫌な想像を振り払おうと、奥へと足を踏み出そうとして――

 

 鼻につく錆び臭い香りに、瞬時にその方向へと顔を向けた。

 

「――これはこれは。驚いた」

 

 燃え盛る焔の、その中心に彼は立って、此方を見ていた。

返り血を浴びた、和服の白い髪の男……その周りに倒れ込んだ人影が二つ。片方は、知らない壮年の男性。そして。もう一人は――

 

「……タナカ、マユ」

 

 女性だった。ピクリとも動かなくなっていた。まるで生気が感じられなかった。

 つい先日まで自分が話していた女。何時か、自分の子を産んで育てるのだと。笑っていた女。夫を守るのだと活き活きとしていた女。

 ……血溜まりの中に倒れ込んでいたその姿と、ジャックが知っている姿とは、余りにもかけ離れ過ぎている。

 

「『闇』の中でも一流の暗殺者たる貴女がこんな所に……何用かな?」

 

 仰向けになった体に見える傷は、体の中心線に沿うように無数にあって。全て、相手を殺害する意思に溢れた容赦ない打撃の跡だった。子を宿している、と笑って優しく撫でていた下腹の辺りも。ボロボロにされていた。

 それをやったのは、誰か。考えるまでもなく堂々と焔の中でただ一人だけ立っていた男の仕業だろう。

 即ち――闇の武人、一影九拳の一角である緒方一心斎。この凄惨な現場の中で彼はいたって柔和な笑みを浮かべ、同じ『闇』の武人の彼女を歓迎していた。

 

 一つ。息を吐いてから、ジャックは、倒れた真結の元へと歩み寄って。そして、その傍らにしゃがみ込んだ。

 口から吐き出された血の量は相当の物で、赤黒い。吐いてはいけない血の色だ。母子ともに――死んでいるのだろう。もう。

 全く容赦なく、全力で彼女を仕留めた。緒方一心斎は。

 

 倒れたその顔に刻まれた深い深い皺。

 父を討たれた恨みによって、彼女は戦いを挑んのだろう……しかし。彼女がこんな表情で倒れているのは、恨みだけに寄るものだろうか。

 

 違うだろうとジャックは思う。少し悲し気な色が混じったその表情は……果てしない後悔に寄るものが大きいようにも見えた。

 父への事か。それとも、巻き込んでしまった新しい命への物か。はたまた置いて行ってしまう夫へ対しての事か?

 

「――全部よねェ」

 

 真結の事を、分かったような口をジャックは利く。でも、それが間違ってはいない確信があった。

 父の事を。子供の事を。旦那の事を。家族の事を……彼女はあんなにも楽し気に話していたではないか、と。それを忘れて、目の前の男に対する男への恨みだけを募らせるような女か?

 

 ――いいや、とその問いを彼女は自ら否定した。そんな女なら、自分は彼女を獲物に定めない。彼女の輝きはそんなちゃちな物じゃない。

 

 自分への自信が誰よりも厚く、そして我の強いジャックにとっては。自分で見たモノこそが全てだ。であれば……自分で見た彼女のイメージから、そんな悪いイメージは抱きようもなかった。

 イイ女だったのだ。

 

「ふむ。答えては頂けないのかな? 『貫きジャック』殿」

「……あァ、ごめんなさいィ。無視しちゃってェ」

 

 ――くるり、彼女の傍から立ち上がり、そのまま後ろに向き直って。

 そこで、にこやかに自分に向けて語り掛けている『標的』に狙いを定めた。

 

「取り合えずゥ、お詫び代わりにィ……受け取ってェ?」

「ッ!?」

 

 ……そこから、逃がさぬと言わんばかりに振り下ろされた踵は、すんでの所で回避される事となった。直撃させて、一撃で頭蓋を粉砕するつもりの一撃だったのは、叩きつけられた先の床にヒールの踵が穿った穴――ではなく、亀裂が出来上がっている事から、緒方にも分かったろう。

 

「あらァ。レディからの贈り物ォ、受け取ってくれないのかしらァ」

「いや、受け取るには些か以上に豪勢すぎる物で――ふむ、そう言う御用か?」

 

 事此処に至り――漸く、緒方はその拳を構えた。

 しかし、それはあくまで形を伴わせただけだ。あの踵落としを避けた時点で、彼は既に心構えを完了していたのだろう。

 一影九拳。闇に巣食う拳の羅将。その席に座れた事はまぐれでも何でもない。常在戦場の心意気は当然と言わんばかりだ。

 

「いやはや、新人の九拳と言う事で、誰かに狙われる想像はしていましたが。まさかその刺客が貴女程の方だとは、成程、コレが――」

「いいえェ? 私は刺客でもなんでもございませんわァ?」

「――んん?」

 

 しかし。ジャックとてそれを分かっていない訳ではない。そんな事は、問題にならない。今この場で最も重要なのは――彼女が心待ちにしていた好敵手を、最高の瞬間を、目の前の男が永遠に奪った、というたった一つの事実だけだ。

 アレだけイイ女。アレだけの獲物。それを自分から奪ったその事実だけで、彼女にとってはどんな存在ですら『排除』の対象だ。

 

 相手が一影九拳、『闇』の中でも最も戦いに生きる羅刹ならば。彼女は『闇』に棲む魔獣にして狩人。殺した数ならば引けを取らず、そして凶暴性ならばその殆どを凌ぐだろう。

 

――バキリ、と天井の梁が、二人の間を断つように降って来て。眼前に焔を撒き散らす。

 

「此度ィ……私の獲物を横取りして下さったァ無礼者にィ、『私刑』を執行するゥ為にィ参りましたァ。お覚悟ォ、頂けて? イッシンサイ・オガタ?」

「ほぉ、それはそれは。何とも、心躍るご提案……」

「それではァ――とっとと死ね」

 

 その焔を、軽く足先で引き裂いて。

 『闇』の頂点の一角に、彼女は自慢のヒールの切っ先を向けた。

 




マニアワナカッタ……(悲しみ)
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