史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得   作:秋の自由研究

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Episode MG8:邪悪対外道

 闇の頂点の一角、と言うのはこの程度の物なのか?

 そんな疑問が、彼女の胸の内に生まれていた。

 

 現状、戦況の趨勢を握っているのはジャックだ。

明確に。確かに緒方の振るう古流武術は見事なものだが、しかし些かと、技の冴えに一つ、二つ、欠けているものがある。

 闇の頂点の一角。拳の魔鬼。一影九拳。所詮はこの程度か?

 否、そこ迄ジャックも楽観的には考えられない。もっと、もっと彼らの実力は圧倒的なはずなのだ。仮面の老人……かつて自分に依頼を持ちかけて来たティダードの怪物などはそれこそ桁が違ったのを覚えている。

 

『カカカカカカッ! 久しいのう……最近活きの良い弟子を手に入れてな、どうじゃ、一つ揉んでやってくれぬか?』

 

 その時に見たあの老人の動きが、武人として桁が違うのは分かっていたが……それにしても差という物があり過ぎる、今の目の前の男とは。九拳とはこの程度ではないのだ。

 如何に緒方一心斎とて、実力者二人と戦ったその直後だ。疲れという物もあるのかもしれなかった。

 

「だったらァ、感謝しないとねェ!!」

「ぬ、ぐぅっ……」

 

 そもそも彼女が生き残ってさえいれば、感謝もクソも無いのだが、

 だが手加減はしない。相手の絶頂を待つ何時もの方針は、今は投げ捨てた。

 防御の上から、最早関係ないとばかりに蹴りつける。反撃を許さない何時ものスタイルで只管に。彼女にとっては、当然の流れだ。

 削って、削って、削って――生中な防御では、反撃の隙すら見いだせないままに削り殺す。又は、一瞬でも防御が崩れれば一撃で貫き殺す。超攻撃的な戦い方。

 

 だが、押しているのは間違いなくとも……押し切れない。

 如何に弱っているとはいえ流石に九拳の一角。しぶとい。そう簡単には踏み潰されてくれない。

 まぁだが、簡単にプチ、と潰れてしまうのも面白くない。せめて彼女と戦う事で得る積りだったモノの、ほんの僅かでも回収させてもらわねば。

 

 抵抗しろ。必死になって。

 女は、邪悪に笑う。

 

「く、クカカッ……しかし、驚きだ!」

「アァ?」

「貴女の程の、生粋の闇の武人が! 敵討ち……と言えばいいのか!? これは!」

 

 黙らせようと振り下ろした踵も、腕で凌ぎ、上体を僅かに傾けた最小限の『受け』で威力を殺されてしまう。あのハゲ相手ではないので、それでも削れているのは間違いないのだが。それでも予想以上より削れていない。

 

「違うわよォ? 私の獲物をォ、奪ったんだからァ、ケジメの一つでもォ!」

「つけろと!? しかし、奪おうと思って奪ったのではない、私は自分の信念に基づいて彼女に応対し、殺した。それを非難されても困る!」

 

 何よりも――どれだけ削っても、緒方の目から輝きと言う物が全くと言っていい程に減らないのだ。苦しんでいる様子が感じられない。

 寧ろ、戦えば戦うほど、活き活きとして言っている様にすら見える。

 

「信念ゥ!?」

「そうだ! 私は、武に携わる者として、武を以て私に接する者には、全力の武を以て応じると決めている!」

「――そう。だからァ、あの子もォ全力で殺したって事でェOK?」

「そうだとも。彼女は紛う事無く武人として私に向かってきた。だから武人として、武に関わる者として、平等に仕留めた、ただそれだけだ」

 

 その活き活きとした表情は……その言葉を彼が本気で言っている事を示している。彼にとっては『武』に関わるものは全て平等。だから彼女が自分より弱くとも、きっと手加減せず打ち倒して見せた。

 彼にとってのその信念に何か、特別に思う事は無い。

 だから、今、その言葉を聞いて胸に昂ったこのドス黒い焔は――全く別の所から湧いてきた物だ。

 

「だからってェ、あの子を仕留めたのをォ、許す理由にはならないわねェ!?」

「おぅっ!?」

 

 その感情のまま、ヒールの踵を振り下ろす。再び受けようと持ち上げられた腕が、今度は凌ぎ切れずに裂けたのを見て、余裕を見せていたその顔が、初めて驚愕に彩られたのをジャックは見た。

 

「ぐぅっ……」

「アンタの主張もォ、何もかもォ、否定するつもりは無いわァ! 好きに主張すると良いわよォ!」

 

 ノって来た。一瞬の揺らぎを見逃さず、振り下ろした足をそのまま跳ね上げて、下腹狙いでもう一撃叩き込み……そして、その叩き込んだ一点を起点に、体をぐるりと回転させ、ドリルの如く体を抉る、抉る、抉る!

 

 そうだ。

 選んで殺すのが上等か? 殺さないのは正義か? そんな事を自分は議論するつもりはない。そもそも、最後に全員殺すのは、きっと自分も目の前の男と同じだろう。

 それでも尚、彼女が譲れない一線があるとすれば。

 

「でもアンタはァ――美しくないから、気に入らないからァ、潰す!」

 

 緒方のやり方は気に入らない、と言うだけだ。

 人は可能性の生き物。成長する生き物だ。彼等が成長する暇すら与えず、挑んで来たからと言って平等に殺す。それは――彼女にとっては、美しくは思えない。それだけだ。大義名分もクソもない。エゴだ。

 美しく思えないなら、醜いなら、どうするべきか。単純だ、自分は今までそんな奴らをどうしてきたか。

 

 自分だって潰して来た。そいつ等の可能性を。

 自分の可能性の摘み方と、目の前の可能性の摘み方は全く違う。互いの美学が違う。

 そんな奴が、自分の獲物を横取り――否、最早事故同然に奪い去っていた。そりゃあもう許せない。絶対に。

 

「うぐぉおおおおっ!?」

「アンタのォ、やり方がキラァイ――認めてなんかやんなァい!!」

「は、はははっ……なんとも、子供じみた言い方を!」

「それはアタシにとってェ、誉め言葉よォ!」

 

 荒れ狂うヒールの踵を、腕をクロスさせて必死に凌いでいる所に、いきなり振り上げの一撃を見舞ってやる。跳ね上げられた防御の間に、床を踏み割る程に力強く踏み込んでから、踵を上から下に――

 

「っおぉおおっ!?」

「アンタみたいなァ、クソな大人を煽れるんだからねェ――雑ァ魚おじさァん♡」

 

 振り下ろし――加速した銀の一閃が、緒方の胴を、胸板の中心を、腹筋の下に至るまでじりじりと引き裂いて――綺麗に、アッサリと縦一文字に切り裂いた。

 傷から血が噴き出す。天井まで届く程に勢いよく。その血を浴びて――ジャックは、凄惨に、そして悪戯っぽく、舌をちょっと突き出して笑って見せて。

 

「うっ……ぐぉ……」

「――」

 

 仕留めたか――と思ったジャックだったが、自分の笑顔に合わせる様に、緒方も笑顔で返して来たのを見て、一つ舌打ちをかました。

 

「か……は、ハハハハッ! 凄まじい! 何だコレは、九拳の称号等まるで意味が無いじゃないか! こんなバケモノが当たり前の様に! 私も、慢心していたか! 上り詰めたなどと!」

「しぶといわねェ」

 

 緒方は、生きている。

 中心線に叩き込んだのは間違いないが、しかしながら、直撃する寸前、自分から体を倒して致命の一撃の威力を殺した。

 極限状態での脱力という選択。緒方もまた、九拳に連なる怪物なのは間違いない。しかし今の一撃は、確実に相手へのチェックメイトへと幅を縮める。

 

 しかし、緒方を見て、一瞬顔をしかめた。

 闘気が失せている。大笑いしながら傷を押さえる姿には、それでも隙は無いが、しかしながら戦う為の備えでは、ない。

 

「これでも武に浸かって長いもので! しかし何ともまぁ、子供っぽい達人も居たものだ……しかし素晴らしい。子供らしい性格に似合いの、何と滅茶苦茶な戦い方! その中にも確かにある武術の理! これだから、武術という物は止められない……!」

「ま、でも止めるわよォ。アタシがァ。今日アンタはァ、ここで死ぬから……無惨なミンチにィなってェ」

「いいや、そう言う訳にもいかない」

 

 ――その瞬間だった。

 ガラリと天井の一部が崩れる。そこを見逃さず――否、その崩壊を読んでいたかのようなタイミングで、緒方は跳んだ。出来上がった逃げ道、天井の穴に向けて。

 

「何ッ!?」

「申し訳ない……しかしながら、私にもやらねばならない事がありますし――このまま戦っていては、貴女にも不利になりかねません。お互いに、ここで分けといたしませんか」

 

 当然、そんな提案をジャックが飲む必要はない。

 

「ハァ? ほざくのも大概に――」

「私は貴女が乱入する直前にトドメを刺そうとしていた。しかし。貴女が入って来た事でそれを中断せざるを得なかった。この意味が、分からない訳でもないでしょう?」

「――何ィ?」

 

 しかしながら、その言葉に二の足を踏み。

 その一瞬で、緒方は広く空いた天上の穴から、闇へと消えていく。

 しまった、と思ったその瞬間には――緒方の気配は、感じられなくなっていた。

 

「……そんなまさか」

 

 逃がした。そう悔やむ前に、彼女は後ろを振り向く。倒れ込んだ真結は、ピクリとも動いた様子は見えない。

 騙されたか、と思いながらも一応、彼女の口元に、耳を寄せる

 

――僅かに耳たぶに感じる、弱い呼吸の音と、吐息。

 

驚いて立ち上がった。緒方の言った事はどうやら間違いではなかったらしい。

真結はまだ、ギリギリ生きていたのだ。

 




またの名を『待ってから殺す派』対『向かってくるなら即殺す派』の戦い。
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