史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得   作:秋の自由研究

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Episode MG9:私が『仇』

彼女が戦闘する前には間に合わなかったが。しかし。どうやら彼女が命を落とすその前には、何とか間に合ったようで。一応脈を確かめれば、確かにある。

とはいえ、余りにも弱い。このままでは間違いなく死ぬだろう。あの医者に連絡を取ったのは正解だった。流石にここの場所を聞きだすのに、何も事情を説明していない訳が無い……もう少しすれば此処にやってくるだろう。

彼女が大人しく待っていれば、少なくともあのハゲが到着するまでは持つ。ひとまずは一安心か。

 

「ったくゥ、焦った甲斐があったァ、って感じィ?」

 

 なら、せめて火の始末位はするか、と周りを見回して思う。万が一、火の手が彼女を呑みこんだら助かるものも助からないだろう。

 折角助けられそうな最高の獲物だ、ちょっとはお節介をしようか――と思って、踏み出したその足が。

 

 掴まれた。

 

「――ッ!?」

「あ……」

 

 突如の感触に、驚いて足元を見下ろしたジャックの視界に入って来たのは……倒れた姿勢から、思い切り手を伸ばして自分の足を掴み取った、真結の姿だった。しかし動いた事を喜べはしない。無理矢理体を動かしている彼女の体からは、無理した事で余計に血が噴き出している。

 

「アンタッ……!? 何動いてんのォ!?」

「……ち、がう……アイツじゃ、ない……だれ」

「ちょっとォ、大人しくしてなさいィ! 死にたいのォ!?」

 

 間違いなく今ので相当寿命が縮まっただろう。何をやっているのかと怒鳴りつけたのは本当に咄嗟だった。しかし……

 

「だれ……で……も……いい……きいて……」

「――聞こえてェ、無い?」

 

 それで真結の動きは止まらない。どうしてか――と考えて、人を殺して来た彼女は直ぐにその理由に思い当たる。

 死にかけの人間というのは、その間際、目も耳もほぼ聞こえなくなるような状態になる事もある。今、彼女は傷つけられてボロボロになって、何方もまともに機能していないのかもしれない。だとすれば……

 

「アンタッ! 辞めなさァい!!」

 

 このまま彼女が命をすり減らしていくのを止められない。何とか揺すって止めようとするが……しかし、うわ言のように呟かれる言葉は、止まらない。

 

「おねが……い……あのひとを……つとむさん……」

「頼む前に生きる努力しなさいよォ! アンタが死ぬのがァ一番マズいでしょうにィ!」

「あかちゃん……もう……かれ……ひとり、ぼっち……」

 

 ――その言葉に、歯ぎしりを止められない。

 彼女も、分かっているのだ。お腹の子供は、もう間違いなくダメな事。そして自分も重症である事。ギリギリの中で、それでも、せめて誰かに夫を託そうとしている。

 確かにその考えは間違ってない。寧ろ、死の縁にある今、夫を心配できるその胆力に驚愕するばかりだ。だけど。

 

 こんな間抜けな話があるか。本人ではない他人が、助かる可能性を見ているというのに当人には見えない。だから、命を投げ捨てるのを止められない。

 コレが一つの殺人拳の因果か、と思う。

 

「アタシじゃァ、助けられないってェ……!?」

 

 善行をしたい、なんて思わない。

 だがこんな風に、何も出来ずに死んでいくのを見ているのは違うではないか。

 

「おねがい……あのひとを……まもって……」

「それをアタシに頼むゥ……!? 寄りにも寄ってェ、私にィ!」

「しんでほしく、ないの」

 

 どれだけがなり立てても聞こえない。届かない。

 体から力が抜けていく。体温が消えていく。温かな体が、生きていた頃の名残を残すだけの、生暖かい死体へと近づいていくのだ。彼女にとっては慣れた温度に。

 こんな温度に一々怯む程、初心ではない。しかし。

 それを感じるのは、幾らなんだって今、この時ではないだろう。

 

「ごほっ……おねが、い……だから……」

「クソッ、クソッ、クソが……ッ!」

「お……ね、が……」

 

 頬に手が伸びる。見えている訳でもないというのに、伸ばした手が偶然に触れただけだというのに。撫でる様に、指先に着いた血を塗るように、指先が頬に触れながら少しずつ降りて行って……

 

「――あ」

 

 とうとう、力無く、地面に落ちた。

 

 息を呑んだ。

 それが意味する事を察せられない程に、ジャックは間抜けではない。

 助かる筈だった命だった。だけどそれに気づかず、彼女はその命を必死になって燃やし尽くして……寄りにも寄って最悪の相手に願いを託して逝った。

 なんて酷い話だろう。なんて間の抜けた話だろうか。悪趣味に過ぎる終わりに、思わずして舌打ちと共に――

 

「Fuck!!」

 

 怒りを吐き捨てた。

 もし、もしもうあと一歩早ければ。彼女はまだ生き延びていただろうか。自分が最速で辿り着ければ、彼女は生きていただろうか。苛立ちが抑えられない。

 生きて居れば迎えた最高の時を、彼女は迎えずに死んだ。輝かないままに死んでしまった。その事実に。

 

 立ち上がり、歯ぎしりを一つ。苛立ちが抑えられない。この感情のままに周りの物に当たり散らしたい位ではあるが……しかし、そんな事をするよりも先に、やる事がある。それは。

 

「……守るってェ、アタシがやると思ってんのォ?」

 

 彼女に頼まれはした。だが。

 仲間でもなんでもないのだ。彼女とは。あくまで獲物だった。

 別に、彼女の夫を守るというのであれば、やり様は幾らでもある、あるが。

 

 だが、彼女は別にその夫に特別に何か抱いているものがある訳ではない。彼女からのろけの様に聞かされこそしたが、それでも興味程度。そんな見た事もない田中何某を助ける理由が存在しないのだ。

 死者の最後の願いを聞き届ける――などと、そんな事を無償でする程、彼女は善人ではない。興味の無い他人の為に、何かをするのには抵抗を覚える程度には外道である。

 

「そいつをォ、助けるためにィ行動するってェ、どれだけのリスクになると思ってんのよォ。ホントにィ」

 

 例えばであるが。

 ジャックが、彼女の夫を助ける為に手を打ったとしよう。しかしながらその諸々は、後で自分の痕跡を辿る為の証拠になり得るのだ。

 真結が相手であれば、幾らだってリスクは負うだろう。それは趣味の為だ。自分が最高の戦いをする為の一手だ。

 だが今回はそうではない。

 

「申し訳ないけどォ」

 

 このまま姿を消すしかあるまい。

 そもそも、自分は殺人拳。ロクでもない裏の住人。関わりに行く意味の無い相手に何か施しても、お互いの為にならないだろう。まぁ後でハゲ医者に一本入れる程度はしてやるが、それ以上はしない。

 あの世で恨まれても、そんな相手に頼んでしまった事を後悔してもらうしかない。

 恨みを以て研ぎ澄まされた刃であれば、あの世に行ってでも受けてみたいと思ってしまうのは彼女の悪性ではあるのだが……

 

「――ん?」

 

 そんな中で。彼女の頭に何かが引っ掛かる。

 恨みの刃。

 激情の一撃。

 それを放てる相手、研ぎ澄ませる事が出来る相手。

 

 ()()()()()()()

 

「――前言てっかァい。受けてあげるわァ、貴女のお願いィ」

 

 ジャックのその顔に浮かんだのは――邪悪な、邪悪な。

 見る者を恐怖で凍り付かせるような……悪辣と、残虐の詰まった、史上最低の、花咲く乙女の笑顔。

 そして……その笑顔のまま、彼女は此方に向かって突っ込んで来るとある影を捉えた。本当に、紙一重だったのだろう。それを思うと、やはりある程度心に残る物があるが、今は気持ちを切り替えなければならない。

 

「……やっほォ」

「――貴様、これは、どういう事だ……!!」

「ちょっとォひと悶着ねェ……これはアタシじゃァないわよォ。先言っておくけどォ」

「何?」

「下手人はァ知ってるゥ。でもォ。その前にィ」

 

「ちょっと、小芝居にィ付き合いなさいよォ」

 

 

 

「――な、なんだ……コレ……」

 

 燃え盛る焔の中。彼女の視界に、崩壊した道場の入り口から男が入ってくるのが見えた。眼鏡をかけた、イマイチ冴えない男ではあるが、しかし目の輝きは、確かに悪くない。

 

ステップ一。本来の仇に近づけない事。アレは、万が一成熟していない彼に会ったとしても間違いなく殺すだろう。だからと言って、これを事故などと偽るのはまぁ不可能である事はジャックにだってわかる。

 もし仇の存在を秘匿したとしても。真結の言う事が本当なら、彼女の夫は、妻をこれ以上なく愛していた。ならば……必ずや仇を追いかけるだろう。

 

ならばどうする――彼に、偽りの仇を追ってもらうのが一番だ。

 

「――真結……師匠!! 何処にいるんだ! 返事を! 返事をしてくれ!」

「此処にいるわよォ。お二人共ォ」

「……ッ!?」

 

 自分の足元に倒れ込む二人が見えただろうと、ジャックは確信する。表情が明確に変わったのが見えた。

 

「き、貴様……二人に何をしやがった!」

 

 本来は、此処には緒方一神斎が立っていた。

だが今ここには、ジャックが立っている。緒方の返り血を被り、赤に染まった彼女が。誰がやったかは――一目で勘違いできるだろう。

 

あんな奴にこんな極上の獲物のタネを譲ってやったりしない、と。彼女は今、人として最悪の――最も悍ましい、と言い切っても差し支えないという謀略に、男をハメた。

 

「――まさか、分からない位、脳がざこざこってェ訳じゃないわよねェ?」

「ッ……うぉおおおおおおっ!」

 

 焔を引き裂いて、我武者羅に男は此方に突っ込んで来る。余りにも分かりやすい直線軌道。何と真っ直ぐな拳か。イイ。実にイイ――今から、一瞬とは言え技を交えるのが楽しみになってしまう位には。

 

「二人の仇ぃいいいいいいっ!」

「――遅ォい」

 

 毟るとも、引き裂くとも違う拳。体当たりにも近い突撃の型。研鑽されているのが良く分かる。しかし、やはりまだ未熟。

 これから成長するのが、実に楽しみではないか。

 

 その拳を、片足で受け、軽く振り払う。がら空きになる懐。渾身の一発を叩き込んでやればアッサリと終わる位に隙だらけ。

 顔に浮かぶ、信じられない、と言う表情。実力差は今ので理解できただろう。

 ならば、後は研鑽を積むだけだ。目指すべき場所は見せた。必ずや彼は辿り着く。

 

 今は唾を付けるだけ――故に。手加減はする。

 彼、田中勤の胴に、横一線の蹴りが閃く。刻まれるのは、緒方一神斎とは真逆の一文字の傷。吹っ飛ぶ体から血が撒き散らされて……道場の、火に包まれていない部分の床に、無様に転がった。

 

 しかし、死んではいない。重症一歩手前位にはダメージがあるだろうが、そんな物、近くに隠れているあの医者にとっては誤差の範囲だ。きっと完璧に処置をするだろう。ならば問題はない。

 

「――ぐ、が」

「仇を討ちたきゃァ、何時だって挑戦受けるわよォ。でもォ、今の実力で来たって無駄骨ェって奴ゥ。分かるゥ?」

 

 一発で再起不能寸前まで持っていかれた体を、それでも必死に起こして、此方を睨むその瞳は……間違いなく、憎悪に彩られていた。

 

 ステップ二。偽りの仇を、しっくりと憎ませる事。その憎悪を滾らせて餌場を整える。きっと強くなるだろう。

 そこ迄、彼を支え、守るのは、あのハゲ医者に任せればいい。

 

 本来なら、あのハゲ医者は絶対にこんな計画には乗らない。だが、『本来の復讐の相手が危険である事』『一旦偽りの復讐相手に向ける事で安全を確保する事』『復讐を諦めさせるのは医者のお前の仕事である事』の三つを言い含めて説得した。

 復讐に狂う等、あの男には見過ごせない。きっと、憎悪を募らせるだけではなく、精悍な武人に育つように、上手くやるだろう。

 

 そしていつか。憎悪と、師匠への敬愛と、彼女への愛とで磨かれた、とんでもない武人が自分を倒しにやってくるだろう。

 やってこないなら、それはそれでいい。自分から襲撃すれば良し。

 

「精々強くなってからァ、向かってきなさァい。めェ・がァ・ねェ・くゥ・ん?」

「ギィ……! サァ……マァァァ……ガァアアァァァァアッ!!」

「それじゃあねェ~」

 

 後はそれまで、自分が彼に殺されない事。

 まぁ、それは何とかなるだろう。彼が美味しく実るまで。幾らだって相手をしてやるし殺意を向けられもしてやる。

 それもまた、食べ損ねた御馳走に代わる、新しいご馳走なのだから。

 

 

 

「それで、田中君の様子は」

「カウンセリングは既に始めています。とはいえ心の傷というのはそう簡単に癒えるものではありません」

「そうか……やはり、時をかけるしかない、と言う事か」

「……正直褒められたやり方ではありませんが、ジャックのやり方は結果として『時間稼ぎ』には最適な一手であったのは間違いありません。私としても、心の方面の治療の知見は必要だった所ですし」

「ふむ。後は如何に生かせるか、かのう」

「はい。失われる命を減らす為にも。一層の努力を……しなければ」

 




自分で書いていて『うわ、このメスガキやってる事エゲツな、こわ、酷』と思いましたが多分、彼女であればそれくらいやるんじゃないかと思ったので容赦なく悪役として書き上げました。はい。
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