史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得   作:秋の自由研究

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第一回・裏:とある豪傑たちの驚愕

「ほっほっほっほっほっ。それでここに来たときあんな顔をしておったのか」

「……お恥ずかしい限りです。娘の成長の速さに、戸惑うばかりでして」

「若さとはそういう物。子供達の勢いは、何時だって儂らの想像を軽く超えていく。それを喜びなされ、お若いの」

「はは。子供の話をしているのに若いのとは、些かと妙な気持ちになりますな」

 

 目の前の人は、恐らく人の世において最強の武人にして、文字通りの『長老』と呼ぶにふさわしい経験をされた方で……早々に先生の調査報告を終えた私が、思わずして相談してしまうくらいには、貫禄というか、威厳が備わっている。

 だからと言って家庭の事情をこうやってとぼとぼと話しているのはどう足掻いても私の弱さに他ならない訳なのだけれども。私、なんでこんな事を活人拳の頂点にいるであろう方にしているのだろう。今更ながら。

 

「――ところで若いのと言えば、彼」

「ん?」

「大丈夫そうですか? 物凄い悲鳴を上げていますけれども」

「もんぎゃあああああああああっ!?」

「――うむ。大丈夫じゃろう。秋雨君であれば」

「そうですかぁ」

 

 到底そうは見えないのだけれども。

 私たちが居る和室、そこから見えるお庭にて。先ほどから、風林寺殿が言う所の若人が悲鳴を上げている。先ほど、この梁山泊に弟子入りを希望していた若者だ。

 年は、高校生くらいだろうか。鍛えている、という訳ではないが、良い目をしていた。

 

 それはいい、のだが。

 なんだろう。脇になんで刃を付けているのだろう。なんで水入りの瓶を両手に持って頭の上にはお椀を乗せて……その上で……ああもう色々説明する箇所が多すぎる。

 アレ、修行っていうんだろうか。私の知ってる修行って、あんなにいきなり急アクセルを踏み込むような物だっただろうか。

 

 いや……まぁ私のやった修業がアレより激しくないか、と言えば分からないのだが。しかしながら、しんどさという点では多分余裕であの修行、上回れると思う。昔の私の修行とか。全然。

 ……あっ、目が合った。

 

「あ、あのっ! そこの外国のお方っ! へるぷっ! へるぷみーっ!」

「えっ私?」

「こら君、修行に集中したまえよ。そうでないと――」

「あっ待って気を抜いたから刃があぎゃあああああっ!?」

「しょ、しょうねーん!?」

 

 私、アレなんて言うか心当たりしかないのだが。拷問と呼ばないかアレ。

 

「……あの、彼って多分、護身術位な感覚でここに来ていたと思うのですけれども。岬越寺殿。いきなりこのハイペースは」

「いえいえ。やはり一か月で形にしようと思うと、彼を見る限り間に合いません。我らを頼ってくれたのですから、我々も全力で返さねば」

「うーんこの生真面目流石は達人」

 

 ……先生と良い、岬越寺殿と良い。達人というのはやはり、生真面目な人が多いのだろうか。まぁそりゃあ武術を極めるという積み重ねの極みの様な事をやってきているのだから自然とそうもなるやもしれないが。

 そう思いながら、目の前の柔道着と袴をきちっと着こなした柔術家殿を見ていると、ニコッとこちらに笑いかけてくる。

 

「はっはっはっ、何をおっしゃる。達人というなら貴方もそうでしょう。『最優たるシラット使い』メナング殿」

「い、いやぁ……最優などと、おだてられているだけです。達人としては、まだまだ二流三流ですよ、私は」

「いえいえ。最強ではなく、最優。その異名はまさしく言い得て妙でしょうに」

 

 正直、『哲学する柔術家』にそんな事を言われても、全くもって嬉しくない。嫌味ではないのは間違いないが、この人の凄まじさというのは、武術に潜っていれば直ぐに分かるのだ。それに武術以外にも、まぁ物凄いマルチな才能をお持ちで。凄すぎる人に褒められても、実感がない事ってないだろうか。今、この時こそ、完全にそれである。

 だが……そんな私の反応を見て、寧ろ笑い出すのは、先生の旧知の一人である、逆鬼至緒殿。『喧嘩百段』の異名を持つ空手家。黒いジャンパーを素肌に羽織る、ワイルドな着こなしは、岬越寺殿とは対極の性格を表している。

 

「そうだぜ。最強、無双、無敵。強さで評価される奴なんざザラにいるが……優秀さ、という点で武人として評価される奴はそうそう居ない。先生の弟子らしい、良い武術家だアンタは。寧ろもうちっと傲慢なくらいで良いんじゃねぇか?」

「そんな! 私の慢心一つで、先生の評判にも繋がりかねないのですから、一切の傲慢は寧ろ捨て去るつもりで、鍛錬を積んでおります」

「――全く、良き弟子を持ったね。ホーク殿は。いや、彼の人柄を考えれば、良き弟子が育つのも当然ね」

 

 ……その逆鬼殿の言う、優秀さで評価される内の一人であろう、馬 剣星殿。あらゆる中国武術を修めるなど、どんな才があれば成し遂げられるのか。かの国の武術の多様さはそれこそ、世界のそれに匹敵する程だというのに。

『あらゆる中国拳法の達人』の異名の重さは、私もそうだが、先生だって良く知っている。中国人らしい服装を身にまとったその小柄な肉体から、信じられない程の出力をひねり出すことを、私は知っている。

 

「アパッ、ホーク先生は良いお医者さんよ! アパチャイ、先生にはたくさん、傷を治してもらったよ! でも時々とっても怖いよ!」

「……う、ん。気迫、なら。たぶん、梁山泊、以上」

「あ、あははは……先生は、まぁ、はい」

 

 そして、アパチャイ・ホパチャイ殿に、香坂しぐれ殿。

 私は、彼らとは初めて顔を合わせた。先生とは、何方も顔見知りらしい。まぁ海外を色々と旅している先生ならば、この褐色肌の筋肉隆々の偉丈夫、『裏ムエタイ界の死神』とも、和服に鎖帷子、そしてとびぬけた美貌――からは想像も出来ぬえげつない武器の扱いを誇る『剣と兵器の申し子』とも、知り合いでも全く不思議ではないが。

 

「でも。意外。先生が、医学、以外の事、調べるなんて」

「――えぇ。事態は、その程度にはひっ迫している、という事です。故に、私がこうして遣わされました」

「俺たちの協力者として、か?」

「一応、足を引っ張らぬ程度には、腕も立ちますが故」

「それも意外ね。ホーク殿は、殺人、活人、何方にも寄らぬ事を信条としていたように思えたのだけど」

「――先生は、殺人拳側にも、顔の利く者は多いです。その比重を考えただけかと」

 

 そうだ。

 狼狽えている場合ではない。私は、その為に先生に遣わされた。

 

『――俺は、これからも医者として出来る事をするつもりだ。だがその為には、何方の陣営ともパイプという物が必要。それを、君から教わったんだ。メナング。だからこそ君に頼みたい。活人拳との、パイプ役になって欲しい』

 

 本来であれば、私はその為にここに来た。先生の調査報告に関しては、言っては悪いが二の次に過ぎない。活人拳の象徴たる梁山泊の『協力者』になる為に、私は『活人拳側』の人間として、ここにいる。

 

「ふむ――彼の信念は尊いものだ。だが、故にこそ心配だな。下手をすれば、何方からも追われかねない立場に、彼は居る」

「その覚悟はできていると……先生に報いる為にも。どうか」

「君の協力は、儂らとしても心強い。拒む理由は無いじゃろう」

 

 ゆっくりと、頭を下げる。風林寺殿も、梁山泊の皆様――約一名分かっていらっしゃるのかちょっと微妙な方はいるが――も、私と、先生の覚悟を慮って、こうして頷いてくれているのだ。その事には、きちんと報いねばならない。

 

「それで、メナング殿は何方に住むつもりだろうか? 君の住処を知れていれば、情報共有も楽ではあるのだが」

「それ、なのですが……ここに住まわせて頂きたいのです」

「ここに?」

「急なのは承知しておりますが。しかし、協力するのであれば、一時とはいえここに直接待機するのが最も与しやすし、というのが先生の考えです」

「……与しやすい、というのは正確にはそういう意味ではないのだが。意図は分かった」

 

 誠意とは、形で示すもの。行動するのは至極当然としても、それ以外にも形にするのは当然で。故に、先生から預かって来たお土産が、ここでこそ輝くという物だと思う。些かと即物的で、下品な品ではあるが……それでも、人が生活するのに必ずや必要になるモノではあるので渡さないという選択肢はない。

 しかし、嫌な顔をされないといいのだけれども。何せあの先生も『……流石にやめておくべきか』と躊躇ったほど。だが、一度決めたのだから、もう躊躇わない。

 

「勿論、私自身の食い扶持、というか生活費に関しては私が負担いたします」

「いやいや、君たちは善意でこちらに協力を申し出てくれているのだ、そこまでしてもらうというのも……」

「つきましては……少しお待ちください」

 

――しばし後。

 

 持ってきたのは、私が運んできた荷物の一つのアタッシュケース。ゴロゴロと転がしてきたそれに、逆鬼殿が不思議そうな顔をしているが、別に中に怪しい物は一つも入っていない。とはいえ、量が量なので、驚かれるやもしれないが。

 

「私の食費や、光熱費その他諸々を含めた当面の『生活費』です。どうかお納めいただければ――」

 

 畳の上にスーツケースをそっと横たえて、二つのロックを開けてくるり、向きを変えてからスーツの蓋を開いて見せる。先ず、風林寺殿が中身に目を向けてから、岬越寺殿と剣星殿が覗き込み――三人そろって目を見開いた。岬越寺殿まで目を見開いている。珍しい。

 

「――まっ、ち、たまえよ、ちょっと」

「えっ……んんっ?」

「……お若いの、一応聞くが、これは」

「はい。取り敢えずはキリの良いところで『()()』程。ご安心ください、我々の貯金から捻出したお金です」

 

 正直な話、色々話し合ったのだ。

 

我々は『梁山泊』に協力者として与するにあたり、最も近い場所――同じ屋根の下に住む、それを基本方針としていた。のだが。

いきなり住人が一人増える事になったら、間違いなく迷惑をかける事になる。それが分からない我々ではない。とはいえ、住む場所を妥協して万が一の事になれば後悔してもしきれない。という事で。

ではこちらが同じ屋根の下に住む事を前提――住むまではどうにか土下座でも繰り返すしかない――として、そうなった場合、どうすれば誠意を示せるか。

 

雑用などを熟すのは当然、というのは一致した。であれば更なる行動で示すのが一番という話になった訳なのだが。しかし、我々が提供できるものと言えば、武力と医療くらいのものだ。

 

 しかし、かの梁山泊、武力などいくらでも有り余っているだろうし、かと言って先生がずっと梁山泊専門に医者をやる等天地がひっくり返ってもあり得ない――議論は、暗礁に乗り上げた。

 

 その後、先生が数少ない友人である槍月氏を参考にしようとして大量の酒を注文しようとしたり、先生がもらって嬉しい物として医療器具をお渡しするプランなども立案されたが……結局どれもイマイチとして棄却。

 

「……長老」

「うーむ。喜んでいいものかのぉ、これは」

「逆鬼どん。コレ。喜んで使おうと思えるかね」

「……いや、生活費たぁいってるがなぁ……?」

 

 という事で。

 ならば一番分かりやすく、即物的に、使い安く、なおかつあまり嵩張らないもの、という事で――やはり現ナマが一番、という結論になった。

 金額に関しては、こういうのは多いに越したことはないだろうという事で。私も先生もあまり富には興味が無いので、今まで治療で稼いだ分は無造作に貯めるだけだった。ので使い道が出来て良かった、と思っていたのだが。

 

「……やはり少なかったかな?」

 

 反応が芳しくない。

 やはり、こういうのは慣れない、というのを今、実感せざるを得ない。今度はもっと多めに持ってくるのが良いのだろうか。

 




Q.いきなり現ナマ一億を生活費として持ってこられたら人はどうなる?
A.えっ? ってなる。
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