史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
「――という事で、当面の生活費を持参して、メナングは別の所に行っている」
「……………………アンタら……アンタら、本当に……」
「どうしたのだ。谷本君」
「はぁ、なんでもねぇよ」
俺から言わせてもらえば、生活費に一億持参とか馬鹿以外の何者でもねぇ。過剰にも程がある金額だろうが。一千万でも『嘘だろ』ってなるレベルだ。
だが、同時に分からんでもない。この目の前の医者も、その助手も、生真面目な部分と一緒に天然な部分がある。
師弟だから似ているという事なのかは分からんが。いや、この二人は医術に関してはもちろん、裏の世界に通じる先人として、そして大人としても、この上なく頼りになる。それは間違いない。
だが、ことが日常生活に関する物差しになると途端に認識がバグるのだ。このハゲとあのシラット使いの二人。
片や誰かを治療すること以外全くもって頭にない医療バカ、片や生活から武術まで生真面目無駄遣いなんぞ考えない男、金という日常生活において最も必要な物差しは、この二人には備わっちゃいねぇ。
「それで。楓を日本に戻す時期に関してだが……とりあえず、俺が高校卒業するまでは待って欲しい。ちゃんと楓とも話し合う」
「ふむ、君がそういうなら彼女にも伝えておくが。しかし、彼女の健康に関しては問題は特にない。そこまで警戒する必要も、無いとは思うのだが」
「健康に関して言ってるんじゃない。アンタがいるんだ、心配なんざ要らない事は分かってる――まだ、俺は楓を迎えられる位に、強くなっちゃいない」
……そういう面では、俺の方がこの二人よりは上だ。間違いなく。
一応、谷本グループの後継者だ。そういう事についても人以上に学んでいる。将来は会社をしっかり纏めないと、楓と安心して暮らすなんざ出来たもんじゃない。もうそう言った部分はそれなりに鍛え上げられたと思う。
とはいえ本当に欲しい個人としての強さは……一応は見れるようにはなったが、まぁ、そこそこだ。槍月師父の野郎が放浪癖が過ぎる。一応稽古をつけてもらってない訳ではないが、もっぱら自主トレーニングだ。限界がある。
こんなんでは楓を守れるだけの男になるのに、どれだけかかるか。
守る、守る……守る……か。
「だから楓は……もう少し、あと少しだけ、頼む。必ず迎えに行く」
「そうか――そういうのであれば、後は彼女と話し合うと良い。ただし、説得されそうになっても俺は手は貸さない」
「うっ……だ、大丈夫だ。そんな事にはならん」
……なんか、楓が最近押しが強くなってきた気がするけれども。そんな事はきっとない。大丈夫だ。なんか目の前のハゲと同じくらいの『圧』を感じる事もあるが、きっと気のせいだと思う。うん。
守る必要はきっとあるのだ。きっと。
それよりも。
「んで、アンタいつまでここに滞在するつもりだ」
この人が居る=あの不良師匠が来る可能性も高い、という事だ。最近またぞろ放浪の旅に出やがって、一応どういう修行をしろ、とか、こういう風にすれば効率よく鍛錬が出来る、とかは言ってくれるのだが……それよりも! 直接! 指導を! しろ!
なので、この人を狙ってくるのを、逆に俺が待ち受けてやろうという腹持ちだ、今の俺は。というか、それくらいしかあの放浪癖の師匠を捕まえられる気がしない。
「しばらく。ここ最近は、あまり日本にも立ち寄っていなかったからな……それに」
「それに?」
「先日、君の師匠から連絡を受けてな。君の調子を見てやれ、と」
「なんだとぉ!?」
ダメだった。完全に読まれていた……いや、読まれていたかは分からんが、しかし少なくとも、先生を狙っての来襲の可能性が低くなった。
「……クソがァ……!」
「そのいら立ちは、俺を盛大にサンドバッグにでもして発散しなさい」
「そうさせてもらう!」
「あぁ。っと、そうだ。その件に関して、もう一つ」
「なんだよ」
「君のお師匠から聞いたのだが。実戦形式での鍛錬は行っているかをとりあえず確認だけはしておいてくれと」
「自分で! 確認! しろ! してるに決まってるだろうがぁ!!」
思わずして叫んでしまった。そりゃあ叫びもする。なんでこんな間接的に確認されなきゃならんというのか。俺以外に弟子も居ないって言うのに、あの放浪癖クソ師父、マジでいっぺんどうにかする。具体的には目の前のハゲ医者の力を借りて。俺は出来ない事を無理矢理やる気はない。ない。
「はぁ……ここら辺で幅を利かせてる不良チームに入ってる。結構武闘派だから、中で同士討ちしてるだけでも、それなりの経験にはなる」
「不良チーム? 君がか?」
「あぁ? そうだよ。下手な道場で組手するよりは、よっぽど経験を積める。まぁ鍛錬と並行してやることが前提だけどな」
……そんなもんをバラす訳にもいかんから、一応学校では優等生の皮かぶって過ごしてはいるが。偶に向かってくる命知らずは叩き潰してもいる。お陰で、『演劇部の怒らせると怖い優男』とかいう謎の位置についている。どうしてこうなったのか。
ラグナレクの中では、それなりの地位にまでのし上がったが、学校での妙な地位の所為で、なんか、学校の名物みたいな感じになっちまってるのが嫌だ。本当はただの優等生的なポジションに収まるつもりだったというのに。
というか、なんでそんな遠い目してるんだこの人。凄い珍しいぞ。
「チーム、か」
「なんだよ?」
「いや、治安のいいこの日本で、マイタウンのような話を聞くとは思わなかっただけだ。懐かしい気分になってしまった。どの程度のチームだ? ストリートギャング程度か? やっぱり強盗とかするのかね。おすすめは出来ないが」
この人は一体何を言ってんだ……?
「ギャ……いやいや、そこまでじゃねぇよ。ただ学校サボったり、ケンカするくらいで。っていうか強盗とかが先ず出てくるって、アンタどんなだよ」
「む、そこまでではないか。なるほど、コレが、『じぇねぎゃ』という奴か?」
「ぜってぇ違う……」
治安の良いって自分で言ったのにギャングってなんだよ。おい、コイツ一体何処出身なんだ。槍月師父は兎も角として、この医者がそんなスレたこと言っちゃマズいだろうが。医者っていう物のイメージをなんだと思っている。
「――ふむ、しかしケンカ三昧となると……そのチームの子たちはちゃんと治療を受けているのかね」
「あ? あー……基本は自分で治療してんじゃねぇか? 喧嘩で負った傷なんざ、何度も何度も医者に見せる訳にもいかねぇだ……ろう……し」
『あ、俺やべぇ事言った』という事に気が付いたのは、そこまで言ってしまった後。目の前の先生の目が、なんか発光し始めたのに気が付いたのだ。いや、実際光ってないのだろうがそんな感じの迫力が。迫力が。
しまった、先生の目の前でんなこと言おうもんなら、この人がどうなるのかはおおよそ想像できてるって言うのに。
「――ほう、なるほど」
「あー、先生、ちょっと。ちょっと」
「谷本君。君の家に住まわせてもらうぞ。大丈夫だ。あくまで荷物置き場だよ。ここらへんで世話になった病院で働くつもりだからね。ちょっとばかり――町全体を対象とした少し大きな『回診』を行うだけだ」
――すまん、オーディン、ロキ。
とりあえず、ラグナレクの頭脳担当っぽい二人に心の内で詫びを入れる。
この町に、新たな患者を求めてさまよう、とんでもない治療に飢えたモンスターを、俺は、解き放ってしまった模様だ。
「――はい、先生。お茶です。一旦気をお鎮めになってください」
「ふぅぅぅぅうううううううう……あぁ、ありがとうハルティニ」
「……ところでこいつは誰なんだ?」
「メナングの娘だ」
「はっ!?」
割と創作みたいな治安の悪化の仕方してるホモ君のホームタウン。