史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得   作:秋の自由研究

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第二回・裏:医者には見えない人

 ……柔道家に戻る。

 

 言うは易しだが、ただただ喧嘩に明け暮れてただけの俺がそう簡単に柔道家に戻れるかっていやぁ、そんな訳がねぇ。

 

 そんな事はラグナレクを抜ける前から分かってた……それでも脱退リンチ覚悟であそこから抜けようと思ったのは。

不良仲間の武田の奴の、お陰だ。

 

『サンキュー。投げの宇喜多!!』

 

 根っからのスポーツマン。敵として別れた俺にも礼を言いやがる、結局一度挫折したくらいじゃ捻じ曲がりゃあしなかった、そんなスポーツマンシップを見て。俺も奴の様にと、思った。思っちまった。

 羨ましくなったんだ。正直に言えば。

 だからまぁ、最近は柔道部に入ったりもしたし、練習も繰り返しちゃいるが……

 

「ダメなんだ……こんなんじゃあ」

 

 分かってる。今の俺は、柔道をやってた頃の俺に『戻った』だけだ。

 柔の道ってのをしゃらくせぇ、と思って逃げ出し、力業に頼って不良をぶん投げていい気になってた俺だ。心も技も、柔道をキッチリ学び直すには足りねぇ。寧ろ退化しちまったかもしれねぇ、そう言う部分は。

 

 これから柔道を続けるには……俺ももっと、心から変わらなきゃいけねぇ。だがそれは一朝一夕で出来るような事じゃない。

 じゃあせめて体だけでも、と思ったんだ。

 

『――良いか。健全な魂は、健全な肉体に宿る。健康を維持する事は人間の基本にして奥義。若い君だからこそ、そこを意識して欲しい』

 

 ある人から言われた言葉を思い出して。だったらキッチリと体を作れば、心も技もついてくるか――そう思っただけで、別に深い考えなんざありゃあしねぇ。本当にそうなる保証なんてない。無いが。それでも、何かやらねぇと、って思ったから。

 

「……やっぱ、聞くしかねぇか」

 

 

 

 

 

 

「――体を作る方法に関しては、こんな所か。食事、運動法、気軽に出来る物、効果の大きい物、全てピックアップしたが……質問はあるか?」

「い、いやねぇっす……あ、ありがとう、先生」

 

 そう思ったのを若干後悔し始めてる。うん。

 ホワイトボード――三枚分に書かれた『健康法』やら『体を作る食事』やらのオンパレード。見てるだけでもくらくら……はして来ない。俺みたいな馬鹿でも分かりやすいように書かれている。

 だが量が多い。多すぎる。馬鹿じゃねぇのか。この先生は頭のネジがどっか外れてるんじゃねぇだろうか。

 

 とはいえ、無下には出来ないどころかめっちゃ参考にはなるので目を逸らす事も出来ねぇと来る。こういう所はやっぱ、相談して良かったとは思う。

 

「それを全てピックアップしたものがそちらだ」

「えっ」

「……」

「今さっき、ある程度纏めてプリントアウトした。ハルティニ」

「はい先生……どうぞ」

 

 ……とはいえ、謎にこのハルティニ、っていう明らかに日本人じゃねぇ褐色の小さい子を助手としてるのも合わせて、ちょっと個性的過ぎるとも思うが。

 

 だって初めて見た時、誰が、俺の目の前に居るスキンヘッドヤクザフェイスゴリマッチョマン(俺よりも全然デケェ)を医者だと思うかって話で。どう贔屓目に見ても『悪役レスラー』か『筋者』のどっちかだろうと普通思う。

 そんな第一印象は欠片程もあてにならんかったが。目の前で証明されている通り、バリバリの頭脳派の医者だ。このホーク先生は。

 

 俺がしばらく前、白浜と喧嘩した時に診てもらった先生なんだが。まぁ化け物みたいに腕がいい。

 手際も良けりゃあ施術も上手い。どう上手いのかは素人の俺にはサッパリだが、少なくとも割と最近に負ったケガでも、この人にかかればものの数分くらいで痛みが気にならなくなるし、一週間なんざかからずにあっという間に完治だ。

それに患者がどれだけ態度が悪くても文句も言わねぇらしいし、患者の言う通りの治療方針で基本治しちまうってんで『名医』ってもっぱらの評判の人だ。

 

「お、ありがとなハルティニちゃん……うっわスゲェ、めっちゃ読みやすい」

「テンプレートに当てはめているだけだ、大したものじゃない」

「そ、そうなんすか」

「兎も角、体を作りたいなら日々の生活からだ。指導が欲しければ俺がするが?」

「いやそれはいらねぇ」

 

 ……俺から見ると、正直医者っていうか、『モンスター』にしか見えねえんだが。だって身長なんか俺よりも頭一つくらいデカいし。肩幅も……下手すると俺よりも太いし。医者にしちゃパワー味が強すぎる。

 

 まぁその腕はスゲェのは流石に分かってるけど。

白浜にやられたケガも、脱退リンチの傷も、マジであっという間に治してもらったし。ケガが治った後の事だって指導してもらった訳で。

でもそれよりも俺としてはその鋼みたいな肉体の方が気になる訳で。

 

「ふむ……しかしなぜ急に体を作る為のコツなんてのを聞きに来たんだ。君の肉体はそれ相応に頑丈で、しっかりとしたものだと思うがね」

「……別に」

()()()()()()()()()()のだろう? 無駄な筋肉は寧ろ技の邪魔になるのでは?」

 

 それはそうだ。だけど……俺はそこまで頭良くないから。自分の出来ることからやっていくしかないんだ。だから、先生のこのアドバイスで少しでも、少しでも体を作り上げることが出来る……なら……?

 

「……えっ? 柔道やってるって言ってないよな? 俺」

「君の体つきと筋肉を見ればわかる」

「はっ、えっ? あ~……?」

 

 ちょっと待て。

 体つきだけならプロレスラーでも全然可笑しくないし、筋肉ってなんだ?

 

「武術家、というのはそれぞれ『特有』の筋肉の発達をする。至極当然と言えば当然なのだが、武術というのはそれぞれ別の理屈、別の理で成り立っているからな」

「あ、えーと……」

「更に流派一つとっても、腕と足の筋肉の発達具合の割合が全然違ったり、というデータもあるが……君の場合は、下半身の発達具合が、分かりやすく柔道家のそれだ」

 

 そりゃあ、まぁ。相手を投げるとき、柔道家がどっちを意識するかって言えば、上半身よりも下半身だ。

 相手を支え、そしてしっかりと体勢を保つ下半身は、いわば投げる時の土台。どれだけ引き手を意識しようと、そこがなってなきゃキッチリ投げられりゃしないのは、確かなんだけど……

 

「そ、それを見ただけで……?」

「難しくはないさ。それで、どうするのかね。体を作るのであれば、柔道を意識したものにした方が良いとは思うが。君は最近、鍛錬をサボり気味だと思われるから、余計にね」

「……」

 

 やべぇ。

 何がヤベェって、俺はこの人に足を詳しく見せた事なんかねぇ。本当に服の袖を捲ったりしてケガの辺り見せただけで。

 本当に足の具合を確認するなら、服なんざ邪魔になるだろうし。ぶっちゃけ、足の形が出るような服じゃねぇ。着てるのは。

 

 そんな状態で、二回くらい診察されただけだってのに……しかも今からなんで俺が体を作ろうとしているのかまで、当然みたく看破された。それに柔道の鍛錬自体をサボってる事まで。俺が言ったのは、体を作るためにどうすりゃいいかだ。それしか聞いていないのに。

 

「な、何者なんだよ、アンタ」

「何処にでもいる医に携わる者の一人だ」

 

 要するにただの医者、ってか? 冗談じゃない、そんな言葉が信じられる訳がない。今までも違和感でしかなかったゴリゴリマッチョの筋肉が、今、俺の目の前で完全に『危険物』に変化してしまった。

 絶対見せ筋なんかじゃねぇ。間違いなく、俺の首を軽くひねって千切れるレベルに中身の詰まった凶器だ、アレは。

 

 それを思えば……目の前の先生は文字通り、物語に出てくるオークみたいなバケモンだという事になる。体が一瞬ブルっちまうのを止められなかったのは、別に俺がビビりだからではないと思う。

 

「患者の希望に寄り添うのが医者の仕事だ。君が望むのであれば、そう言った方向のアドバイスも、出来ない事も無い」

「えっ!?」

「俺の知り合いには武術家も多くてな……そう言った経験が、君の事を見抜くのに一役買った。その過程で、武術にも詳しくなって、それ用のやり方も独自に研究している」

「ま、マジかよ……」

 

 ……けど。

 

「どうだね?」

「そんなの――決まってんだろ。聞かせてくれよ」

 

 危険に見えるからこそ、そんなバケモノに思えるからこそ、震える位にとんでもない相手だからこそ。説得力が出る。この人が、俺の事をあっさりと見抜いたっていう言葉に『重み』が、『迫力』が、何より『凄み』が出る。

 そんな人が言う事なら、聞いてみたくもなるってもんだ。

 

 俺は別に柔道家に戻る事に、そこまでの覚悟持ってたわけじゃねぇ。けど……だからって目の前に強くなるチャンスが転がって来てるのを見逃す程、寝ぼけても居ねぇ。

俺がラグナレクに入ったのは、もっと気軽に暴れたかったっていうのもあるが、それ以上に『強くなりたかったから』だ。

 

「正直に言うさ……先生。俺、また柔道を始めたいんだけど、今度はもっとちゃんと柔道に打ち込みたくてさ。なんか、良い体の作り方とか知らねぇか?」

 

 目の前の謎の医者の言葉を、ただの戯言だと流せる訳もねぇ。ちょっち怖いが、虎穴に入らずんば……えっと……なんとやら、だ。

 

「――承知した。それでは()()()()()()()()()だな。ちょっと待っていたまえ」

「へへっ」

 

 ラグナレクを抜けて。行き詰った時は、昔の先生を訪ねてみるのも悪くねぇと思ってたが。それ以上に成長できるかもしれないチャンスが、目の前に転がって来たのかもしれない。

 ラグナレクの八拳豪も、白浜も……武田の奴も。追い抜かせるかもしれない最高の機会だ。久しぶりに、男としての熱いものが疼きやがる。

 

「よろしく頼むぜ、『先生』!」

「……あぁ。患者の事は、責任をもって面倒を見る。それが医者の仕事だ」

 

 

 

 

 

 

 ……なお、そこから書き出された先生の『おすすめ』は、前に書かれたホワイトボードの量なんざあっさりとぶち抜く程にたっっっぷりと書かれていて。それを全部メモするのを速攻諦めて――

 

「これが改めてプリントアウトしてまとめた書類だ。先ずこれに従って運動や食事をやってみるといい」

「こちらです」

「お、おう……分厚っ……」

 

 マジでちょっとした冊子の域超えてるそれを見ながら、若干途方に暮れかけたのだけはここで言わせてもらいたい。

 




目の前のゴリマッチョに武術やってるのと経歴を見抜かれるという恐怖。
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