史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得   作:秋の自由研究

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第二回・裏:降ってくる『不審者』

「――オーディン、もう一度確認したいんだが……拳聖様は本当にここら辺にはいないんだな?」

 

 飛んでくるクレー射撃用の円盤の最後を叩き落としてから――改めて、後ろの男に向き直る。虫の目の様に細かい網状になったゴーグルの奥からこちらを見つめる瞳は……明らかに『懐疑心』に彩られていた。

 一つ溜息をついてから……顔のメガネを、くぃ、と整え直し、一体何度目になるかも分からない『同じ答え』を彼に投げつける。

 

「はぁ……しつこいぞロキ。私が何故嘘をつかなければならない。そもそも、私はあの方が正確には何処にいるのかすら知らない。日本にいる事と、ここら辺には来ていないのだけは、確かだと思うが」

「本当だろうな?」

「しつこい。貴様、言われても分からない程頭が悪い訳ではないだろうに」

「……すまねぇ。いや、にしたって確認したかったんだ」

 

 ここ最近、自分と同じ『ラグナレク』幹部の一人であるロキから話しかけられるときは、ほぼこの質問からだった。

 

『拳聖様がこの辺りに出張って来ていないか』

 

 オーディンからすれば、『否』以外の答えを出す必要のない問い。

 

 そもそも、ラグナレクというのは外見上不良チームだが、その実……というか、実質的なラグナレクの『メンバー』である八拳豪にとっては『自分の腕を磨く為の寄り合い』である。

 拳聖に教えを乞うか。自分で腕を磨く為の場所を作り出すか。在野にて只管に腕を磨くか……いずれにせよ、ラグナレクという場所は、力を磨きたいという分かりやすい目的の為にはちょうど良い場所だ。

 

 逆に言えば、この組織は、ラグナレク八拳豪の為の『遊び場』の域を出ておらず……かの達人が態々一々出向いて、教えを授けてくださるような場所ではない――直接の弟子を除いた、自分以外は、だが。

 

 なので、彼、オーディンはただ返す。

 拳聖様はこんな所には来ない、と。

 

「……納得できねぇんだよなぁ」

「何がだ。というか、何度も何度も、なんでそんな質問を繰り返す。いい加減理由を教えてもいいんじゃないか? 『戦う参謀』」

「あー……」

 

 しかし、だ。

 それだけ明瞭で、分かりやすい答えをしっかりと口にしているにもかかわらず。目の前の男、八拳豪の一人、第四拳豪のロキは、どうにも疑問符を消そうとしない。

 

「なんだ。話せない理由でもあるのか?」

「いや、話せないっていうか……あんまりにも馬鹿らしいというか、信じられないというか……話しても……笑われる、っつーか」

「笑われる?」

 

 しかし……その次に、目の前のロキ以上の疑問符を頭に浮かべる事になったのは、オーディン当人の方だった。

 

 あの自由奔放、傲岸不遜を絵に描いたような『戦う参謀』が。自分に笑われる、という事を気にして自分に話さない? というか、若干口ごもっている姿も、なんだか気持ちが悪い。こういう時は飄々と流すのがこの男のスタイルの筈だ。

 

 だというのに。もしやこの男、ロキお得意の影武者か。そう思ったがしかし……その足取りも、鍛えられた体も、本人であることを疑いようはない。

 

「……どういうことだい」

「いや……オーディン」

「うん」

「お前、ある日突然空から巨人が降って来て攫われたって言われて……信じるか?」

「………………………………………………………???」

 

 ものっすごい時間をかけて、ゆっっっくりと、オーディンは首を捻った。メガネがずり落ちそうな角度になるまで、ぐりぃっ、と捻った。

 その時ばかりは、人間の筈のオーディンもフクロウみたいになっていたかもしれない。若干ロキがヒいた顔をしていたのが気に入らなかったが、取り敢えずは置いておく。

 

 というか置いておかざるを得ない。

 それくらいには、色んなモノを置き去りにした突飛すぎる発言だった。

 

「……えっと、だ。ロキ、君……その」

「なんだよ」

「疲れているのかい?」

「そんな訳があるかぁ!? 寧ろそうだったらよかったってんだよ!!!」

 

 怒られてしまった。とんでもない剣幕に思わずちょっとしゅんとしてしまったが……直ぐに持ち直す。

 どうやらゴーグルのすぐ上あたり、額に浮いている青筋がビクビク明らかに動いている辺りを見るに、至極正気で本気の話、らしい。

 

 いくらロキが悪戯好きで、相手を揶揄う様な事を言うにしたって……こんな余りにも荒唐無稽でナンセンスな嘘を吐く理由があるかと考えても、嘘は言っていないのは間違いない、と思うのだが……

 

「なんだい、空から降ってくる巨人って」

「俺だってわからねぇけど……だからお前に聞いたんだよオーディン」

「いや、何が『だから』なんだい?」

「拳聖様だったら空から降って来て、若い奴を攫ってどっかへ跳び去って行くくらいは余裕じゃないかなと」

「君は拳聖様をなんだと思っているんだ」

 

 いくらあの人が、武術に関して『狂気的』なまでに真摯だとしても、だ。本当に『気が狂ったような』振る舞いをするような人ではない、一応理性的な人ではあるのだ。

 

「そうか……やっぱ違うか」

「やっぱ違うか、じゃない。初めから拳聖様とは別人だと思ってくれ、頼むから。というかそんな山姥みたいな人だったら君だって教えを乞いたくないだろう」

「いや、人外染みてるからこそ惹かれるって言うのもあるかもしれねぇし……」

「だから君は拳聖様をなんだと思っているんだ」

 

 人外染みた部分に惹かれる、というのは否定しかねる。しかねるのだが……しかしながらだからと言ってロキの言っているニュアンスと自分の想像している事とは大分大きな乖離がある気がする。

 というか……

 

「君がそこまで攫われた事に驚くというか、固執するって事は……攫われたというのはもしかしなくても……ラグナレクの?」

「兵隊だ」

「一大事じゃないか!!!!」

「一大事だからお前に確認してんだろうが!!!! 一大事じゃなかったらこんなお前に必死に訴えたりするかボケナス!!!」

「ボケッ!?」

 

 めちゃくちゃ顔面を寄せられた。

 なんだかいつも以上にロキの『圧』が強い。物凄い。なんというか……必死だ。ゴーグルの奥の目が血走って真っ赤になってしまっている気がする。

 何時もだったら威圧して黙らせるくらいは難しくも無いのだが、しかし今のロキにはなんだか……勝てる気がしない。実力とかそう言うのも全然関係なく。

 

「良いか!? このまま『ラグナレクに所属してたらバケモノみたいな人さらいの標的になる』なんぞという噂でも立ってみろ! 満足に兵隊の補充も出来なくなるぞ!」

「そ、そんなおとぎ話に怯える子供じゃあるまいし」

「これはおとぎ話じゃなくて現実なんだよ!! 現実に!! もう!! 被害が出てるんだから!! だれだってビビッて近寄らなくなるわ!!」

 

 ……まぁ、そのとんでもない迫力に圧されている云々に関しては取り敢えず置いておくとして。実際、ロキの言う事は実に正しい。

 

 現実に、ラグナレクに所属したがる兵隊というのは、自分の暴力をひけらかしたいチンピラが殆ど。

 第六拳豪の様な『求道者』も、第七拳豪、第五拳豪の様な『夢』や『熱』を持った若者も、第三拳豪、第八拳豪の様な『女傑』も、第二拳豪の様な『天才』も、そんなにいる訳がないし、光るモノを持った兵隊も居ない、という事はないが、当然ながら数は少ない。

 

 もしこの噂が実体験と共に広まろうものなら、臆病風に吹かれて逃げ出す者も当然出てくるだろう。別に弱兵が多少消えようと、基本は問題は無いが……全員消えてしまったとなると話は変わってくるのである。

 

「――ロキ、では君の出番だ。今回ばかりは『自由な行動』を許す」

「……ほう?」

「兵隊も幾らでもつぎ込んでいい……なんとしてもその『バケモノ』の正体を探り出すんだ。対策できるようならしていい。手に余るようなら、正直、気は乗らないが……拳聖様に相談する」

 

 故に、組織の長として、オーディンは即刻決断した。

 この一件は、本当にラグナレク崩壊を招きかねない。あらゆる一手を使って、解決に動く。自分にとっても、ラグナレクという組織はまだ必要なのである。

 

「へっ、アンタが決断の出来るリーダーで助かったよ。んじゃあ、『ハーミット(第六拳豪)』を借りていくぜ。構わねぇな?」

「『ハーミット』を?」

「あぁ。本当なら新入りの『バルキリー(第八拳豪)』にしたい所だが、アイツは『フレイヤ(第三拳豪)』が目を付けてて、まぁちょっかいが出せねぇ。他の奴はアクが強すぎてこういう調査とかには向かねぇ……消去法だよ」

「成程。分かった、許可する。第六拳豪、そして第四拳豪の合同調査だ。兵隊も大々的に動かせるだろう」

 

 その言葉を聞いて。

 にやり、と笑ったロキが、足早に自分の使っている部屋を出ていくのを見て、オーディンは一つ溜息を吐きながら……少しボロいソファに、少し乱暴に腰を下ろした。

 

 正直な話。ロキには、アクどころか、『含む所』すらあるだろうとは思ったが。しかし敢えて言わない。こういう情報収集、そして裏の手回しや、組織の運用に関してはロキの方が上なのだ。こういう所を買って、第四拳豪として据えているのだから。

 

 此度の一件の裏で、更に何かしら暗躍する事も考えられたが……しかしそれを差し引いたとしてもロキに調べさせるのが急務だと判断したのは、万が一、その『化け物』というのが『マスタークラス』に比肩する実力者だった場合だ。

 

「……万が一、拳豪達まで被害にあってからでは遅い」

 

 一定の『ライン』を越えた達人の中には、自分の武術を伝承する為の『素材』を求めて人を当たり前の様に攫う者とて居るという。まぁ誰が攫われようと別に構わないが、自分がまとめるチームの幹部となれば、それは流石に見過ごせない。

 

「……そうなった場合、最悪、拳聖様に出張って欲しいが……本当に、全く今どこにいるのやら」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なぁ先生」

「なんだね」

「アンタ、最近『喧嘩帰りでケガした不良』とか無理矢理病院に連れ込んで治療したりしたか?」

「前に言った通り、『回診』はしている。特に最近は『治療も禄にせず町を歩く少年達』をよく見かけるからな。取り敢えず治療を施してから解放しているが……」

「……ロキには黙っとくか」

「どうしたのかね?」

「いや、なんでもねぇ。まぁアイツに義理もねぇし……ま、野生動物にでも噛まれたと思って諦めてもらうか」

「なんだ、患者の話か」

「ちげーよ」

 




拳聖様に対する熱すぎる風評被害。
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