史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得   作:秋の自由研究

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第四回・裏:修羅の巷で

「――イーグル先生の息子さん。堂々としたもんだなぁ」

「学校も行かず町中で喧嘩ばっかりの放蕩息子、って噂だったが……あいさつ回りもしっかりしてるじゃねぇか。ウチの餓鬼に見習わせたい位だ。ねぇ隊長」

「……そう、だな」

 

 正直な話を言えば。

 私からみて、彼がそこまで堂々としている、という風には見えなかったのは確かだ。何方かと言えば……体の中ではち切れそうな何かを必死に堪えて、こうして葬式に臨んでいる様に見える。

 泣かない? そうじゃない。必死に堪えているだけだ。張り詰めた表情が、一度でも崩れれば、もうどうしようもなくなってしまうのを、分かっている。

 

『ホークは賢い子だよ。僕なんかよりも全然。親として、息子が自分を超えて行くのは何よりも嬉しい事だと思うけど。僕はもうそうなる確信があるから、老後まで安心さ』

 

 そう、彼が言っているのを、聞いた事があった。だからこそ納得できた。

 この年で、決壊さえさせなければ、案外と人は耐えられる事を。感情を抑制する為の方法を彼は知っているのだ。

 

「……」

「学校行って無いのは……合わない、からかねぇ」

「まーあそこ迄しっかりしてるんだ。同じ位の奴らなんて、それこそ全員がガキにしか見えてないんだろうよ。ちゃんとしっかりしてるなら、学校なんざ行かなくてもなんとかなるもんだ。俺もそうだったし」

「自慢できる事かお前?」

 

 他の子どもがガキにしか見えない? いいや、彼も十分に子供ではないだろうか。涙を流す事を罪だとでも考えているかのように、ここまで堪える等。普通はしない。大人だって、辛ければ泣く。寧ろこういった葬式の場では。涙というのは、人間の防衛機能の一つだ。当然、人間にはそれを使う権利がある。

 ……あの少年は、些か以上に、危ういのではないのか。

 

「……」

「どうしました?」

「いや、なんでもない。それよりも新兵共。そろそろ行くぞ。これから仕事だ。ベトナムに送られなかったからと言って、気を抜いているんじゃない」

 

 だが、私が彼をどうこう出来る訳ではない。

 痛々しいとは思う。放っておいたら危ういのかもしれない。世話になった男の息子だ。どうにかしてやりたいとは、思わないでもない。だが。彼に手を差し伸べられる程、自分の手は大きくない。

 所詮、しがない一軍人なのだ、結婚もしていない。養子など取れないし、子供を育てられるとも思えない。イーグル先生以上の父親にも、恐らくはなれない。

 

 イーグル先生の事だ。遺産は沢山彼に残しているだろう……それを使い切るまでに、彼が子供である事をやめられるか。そこまで口を出してしまっては、それこそ、彼の為に等なりはしないだろう。

 

「あー、そう言えば。これから直ぐに仕事とは。せめて、もうちょっとお悔やみの言葉でも」

「しょうがないだろう、違法な賭場は潰しても潰しても出て来る。それに、警察に対処できる問題でも無い」

「……そうですねぇ」

 

 ――もし、彼が父親の嘗ての知り合いを頼り、助けを求めて来たなら。助言くらいは、する事も出来るが、等と思いつつ。私達は葬儀場を後にした。

 暴行を受けた形跡のある、彼の父親の様な人間を増やさぬためにも。悪の巣窟は、出来るだけ私達で、摘まねばならない。ここしばらくのデトロイト・シティの治安悪化は、目に見えている。ゴロツキ共の水準は上がってきていて、その実力を軍隊で活かせ、と何度も思った事もあるくらいには。

 

「誰かが、後ろで手を引いてるみたいですよね。ここまで酷くなるなんて」

「馬鹿な事を言うな……」

 

 ――だが、彼の少年と私がもう一度出会うのは、意外にもそう遠くない先の話であった。

 

 

 

 

 

 

「――凄いですね。ウチの格闘訓練も真っ青ですよ」

「流石に、地下格闘場で命がけの試合をしているだけはある……か。しかし、賭けられている金は、それ以上に破格、か」

 

 目の前のリングで行われている試合は……テレビで放映されているボクシングのチャンプの試合レベルだ。軍隊、自分の部隊でも十分通用する殺しの技術の応酬。だが、コレはメインイベントではない……あくまで、コレは前座に過ぎない。日常的にこんな試合が、ここでは行われている。

 ここは、命を懸けて、金を、スリルを、強さを求める、平和な世の中に馴染めないアウトロー共の巣窟。地下格闘場。この先の制圧任務の為にこういった場所を偵察するのも、任務ではある。

 

「でもこれ以上の奴らも居るんですよね……制圧できるんですか、こんな所」

「だから私達が応援に呼ばれているんだろう。幾らこいつらがそう言った技術に秀でていても人間は人間。銃火器というハンデを覆す事はそうそう出来ない……出来たら、銃火器はそこまで発展していない」

「そりゃあ、そうですけど……屋外じゃなくて、室内ですよ?」

「室内でも戦えるよう、訓練はしてあるだろう」

 

 とはいえ、気持ちは分からんでもない。私も、彼らに懐に潜られたら、絶対に対処可能である、とは言い切れないからだ。

 正直な所、寧ろ止められない可能性すら、十分にあり得てしまう。常に命を懸けて戦っている、という事は、戦っているだけ、腕も上がるという事でもある。彼らにとっては、私の近接格闘術など、児戯に等しいのかもしれない。

 

「……全く、この熱意を軍隊で活かせないものか……む」

「あー……決まりましたけど、あの倒れ方、大丈夫ですかね」

「それも計算して殴ったなアレは。叩き付ける様に殴って、受け身すら取らせず意識を飛ばす。中国の武術には、地面を武器にするモノすらあると聞くが」

「ひぇえ。地面こえぇ」

 

 しかし、アレは直ぐに処置をしなければマズいのではないか……そう思った時だった。

 

「あ、救護班だ。こんな所にも居るんですねぇ」

「居なければ毎日のように死人が出る。死人が出れば、足も付きやすくなるだろう」

「まぁ、そりゃあそうですけれども。って、あれ?」

 

 ふと、部下が向こうを指さす。それに釣られ視線を向けた。

 その先には……見覚えのある顔があった。意識を飛ばし、完全に倒れ込んでいた男を力強く、そして素早く的確に担架に乗せる、若い少年は……間違いなく、あの葬式で、父親の墓の前に立っていた。

 

「あの坊やって……!?」

「――っ!」

「あっ、隊長!?」

 

 思わず、立ち上がって走り出す。

 何が言いたかった、とか。言葉が思い浮かんだ訳ではない。ただ、彼がこのまま下がっていくのを黙って見ている訳には行かない、と思っただけだった。それだけで、あの時動かさなかった足は、軽々と動き出した。

 

「――君ッ!」

 

 その声は、果たして届いたのか。彼は此方に一瞬視線を向け……しかし、直ぐに視線を倒れた選手に向けて、担架と一緒に奥に向けて下がっていく。それを追いかけて、奥へと脚を進めようとして、ここのスタッフらしき男に止められた。

 

「おい、ここから先は立ち入り禁止だ」

「退け! あのスタッフに用があるだけだ! 年若い彼だ!」

「関係ない。こっから先に入りたいってんなら……上の連中の手で、ミンチ肉になる覚悟しておきな」

 

 ――直後、背筋が粟立つ。

 上を向けば、そこにも試合を観戦していたのか、何人かの影が見え……この、肌に感じるとんでもない、寒気。恐らくは……殺気だろう。戦場で感じたあの悍ましい感覚。しかしその濃さは、寧ろ此方の方が……!!

 

「ぐっ……!」

「会いたい奴が居るのか?」

「……そうだ。あの年若い、スキンヘッドの」

「呼ぶだけなら構わねぇぞ。問題起こされても困るからな。オイ」

 

 そういって、別のスタッフが奥に向けて歩いて行くのを見て、一旦は足を止める。流石に上の連中と、装備も無い今、問題を起こす訳には行かない。彼が来てくれるかどうかも分からないが、今は。

 ――しばしして。向こうから、見覚えのある影が。

 

「――本当に俺なんですか」

「そうだ。良いか、直ぐ済ませろよ」

「分かっています」

 

 間違いなかった。葬式の時から、少し背が伸びた気もする。

 あの時とは違い、白いシャツに、ジーパンだけを着た大分ラフな格好で。しかしそのシャツには……所々、錆びの様な、赤茶けた染みが目立つ。

 

「お久しぶりです。父の葬式の時には、ロクに挨拶も出来ず」

「そんな事はどうでもいい!! どうしてこんな所に君が居るんだ、ここが何処か分かっているのか!」

「えぇ。一応は。非合法の格闘場。けが人どころか、死人も度々出ると」

「分かっているなら――」

「ですからここにいるのです。医療スタッフとして」

 

 一瞬、此方に向けられたその視線に、黙らされた。

 

「……っ」

「私は。甘かった。町の喧嘩一つを止めて、粋がっていた。私には、まだまだ何もかも足りていません。医術を、患者を救う術を。磨かねばならない。そして同時に、死に行くかもしれない命を、救わねばならないのです」

「な、何の話を……いや、そういう問題じゃない。ここに居るのは、自分の命を捨てたロクデナシ共だ。そうなる事を覚悟の上で……!」

「――それは関係ありません」

 

 揺らぐような目ではなかった。

 戦場に立つ兵士には、凡そ二種類が居る。捨てる覚悟が決まった者と、決まらない者。単純ではあるが、その差は余りにも大きく。新兵を卒業した者でも、覚悟が決まらぬ者は十分に居るし、そういう兵士は、戦場に残れない事も多い。

 彼の目は……ここまで若いというのに、前者の目をしていた。

 

「ここには怪我人が出る。それは何もしなければ変わらない。なら行動しないという選択肢は、俺にはありません。父から医療に関わる者としての、心構えを教わりましたから」

「君は……」

「俺は。ここで先ずは戦うと決めました。自分の意思で。父の様な人を、生まぬ為に。ここで多くの事を学び、そして……何時か。せめて、私の目の前では。絶対に死人など出させない為にも」

 

 何を言っても無駄、という言葉が、ここまで似合うのも珍しい。どんな耳触りの良い理由を並べ立てたとしても。あの据わり切った目を、動かせる気がしない。彼の心は、ここに自らの理想像を、見ている。

 

「それでは、失礼します。まだ要治療者が居ますので」

 

 それが、間違っているのか、どうか。それを考えることは無かった。

 彼にとって、重要なのは、この行為が正しい、間違っている、という事ではなくここで治療をする事、なのだろう。

 

 分からないでも無いのだ。

 ここは怪我人が、それこそ死人も出るような、地獄の底の一丁目。あらゆるジャンルを問わず医療の技術をつぎ込まねば助けられない患者もいる。全てが実戦。全てが本番。生ぬるい練習など存在しない。ここで多くの患者を助け続ければ、いやでも誰かを治療する腕は上がっていくだろう。

 そのスパルタ性を除けば。ここは確かに彼にとっての『修行場』に他ならない。

 

「……」

「隊長、隊長! ちょ、周りが怪しんでますって! 一旦、出ないと」

「……あぁ。分かった。すまない。取り乱した」

 

 もし。彼が折れずにここで治療を続ければ。

 一体どれだけの腕になるのか。いや、彼は一体どんな腕になる事を目指してこんな所に潜り込んでいるというのか。その覚悟に、改めて、寒気がしたのだ。

 




ここは要治療患者の巣窟。つまりホモ君にとっての聖地。
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