史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
『こ、岬越寺師匠……本当に……無茶なメニューを……』
『えーっと、その、大丈夫かい?』
『大丈夫じゃないですぅ……』
思い出すのは、梁山泊でのとある日の事だ。
梁山泊には、僕に指導をしてくれる師匠方と……僕の事を遠くから見守ってくれている方との、二種類の達人の方たちがいる。
前者は岬越寺師匠や逆鬼師匠をはじめとした、梁山泊の豪傑の皆さん。そして後者に関しては、二人いる。
『ほっほっほっ、ケンちゃんは毎日実に良く頑張っておるのう』
『頑張っている、というか、頑張らねば砕け散りそうになっていると申しますか……まぁ取り敢えずコレを飲みなさい、兼一君』
『あ、ありがとうございますぅ……あ、おいしぃ……』
この梁山泊の纏め役の風林寺隼人……僕は、長老と呼んでいるスーパーなお爺さん、そしてもう一人は、アパチャイさんと同じ褐色の肌で、されどこの梁山泊の中で、恐らくは一番の常識人の、メナングさん。
あ、いや、アパチャイさん他、達人の皆さんの常識が足りないとかそういう事は一切言っていないのだけれどもごめんなさい違うんですホント許して……
じゃなくて!!
メナングさんだ。
梁山泊で暮らしている豪傑の一人。ティダードって所の出身の人で、シラット、って言う武術を扱う達人で、岬越寺師匠は『最優のシラット使い』と呼んでいたのを聞いたことがある。
それと……自分のお師匠さんのお願いで、ここに来ている、らしい。
どんな人なのかと言えば。最近の夕食時とか、師匠方に食い荒らされた僕の分の食事を見て『……私の分、食べるかい?』と聞いてくれるぐらいには聖人だと思う。というか、この梁山泊の中で、余りにも常識的な事を言う人なので、逆に目立っている気すらする。
とはいえ正式には梁山泊の豪傑、では無い、本人曰く『居候』との事らしい。
内弟子の君の方が立場的には上だ、修行をつけるなんてとてもとても、なんてニコニコ言いながら接してくれるその姿はまるで豪傑とは思えない穏やかな人でもある。
本当に武人なのか不思議なほど穏やかな人であることは間違いないのだが、しかし彼も間違いなくガチガチの豪傑ではある。
薬湯を飲ませてくれた時も、彼は天井の木組みの辺りを指で挟んで、そこを当たり前の様に歩いていたのを見たし……曰く、『足の指の鍛錬だよ』との事だったが、僕からして見ればこの人も『あぁ、師匠方と同類なんだな』と思える出来事だった。
『とはいえ、君の頑張りは本当に尊敬できる。私の特訓よりも……うん、大分厳しかったしね。ちょっと拷問の域に……いや、何でもない』
『なぁに、折角ケンちゃんが内弟子になる決心をしたのじゃ、儂等も真剣に稽古を付けているだけの事じゃよ』
『皆様の真剣は、普通の人の『極限』なのですよ』
……だけれども。
『あ、あの……メナングさん』
『うん?』
『こういう修行って、メナングさんはどうやって乗り越えたんですか?』
何処か、メナングさんは『豪傑』らしからぬ一面を見せる事がある。確かに普通の武術家なんてメじゃない位の鍛錬だってしてる。だけども、その価値観というか、言動というかの端々からは……なんというか、自分と近いモノを感じるのだ。ケンイチは。
師匠達に聞いても、多分絶対に参考にならない質問。だから今まで聞いてこなかった。いや聞いたかもしれないけど。でも多分とんでもない答えが返って来て意識が遠くなったんだと思う。
『……んー、乗り越えた、って意識はないなぁ』
『え?』
でも……そこから帰って来たのは、驚く程、意外な答えだった。
『私の場合、いっつも自分の意識が真っ白になるまで、必死こいてひーこら拳を振るっていたらいつの間にか……って感じ』
『そ、そうなんですか』
『うん。修行を一つ一つ乗り越える、なんて真面目なやり方ではなかった。というかそんな余裕すらなかったか、ハハハ……ハハ……』
意外だった。
この人は、本当に一つ一つ修行を積み重ねて強くなったんだと勝手に思ってたら……なんか気が付いたらいつの間にか、みたいな答えが返って来た。
でも……その物凄い、何というか達観とあきらめとが組み合わさった優しい笑いを見てると、決して『天才だから何とかなった』と言ったようには見えなくて。
『少なくとも、お勧めできるやり方ではないね。私のは』
『そ、そうなんですか』
『――だからこそ、君はとても恵まれている』
『へ?』
その一瞬の後、彼が瞳に浮かべたのは、とても真剣な輝きだった。
『私は、強くなるまでそんな事を考える暇すらなかった……けれど、君はソレを考えるだけの余裕がある。今こうして、私に質問してるしね』
『あ……そ、それは確かに?』
そう言われると、思う。僕なんかよりも全然、圧倒的に強い筈のメナングさんが強くなるのに『考える暇も無かった』と言っているのに。僕はこうしてメナングさんの話を聞いて、修行について考える事が出来ている
『それはきっと君の師匠方……梁山泊の皆様が、効率よくそしてそういう『余裕』を作れるくらいに、修行をちゃんと管理してくれているお陰だ。君は、彼らの弟子としてとても愛されているんだよ』
『……僕が』
『厳しい修行ではあるけど、それは君の事を真剣に考えた末の修行である事は、頭の隅に入れておいても、きっと間違いではないと思うよ』
そう言われ、ちら、と長老を見る。
何時でも遠くから修行を見ている長老。飄々としてつかみどころのない、仙人のような人だと思ったけれど。
その時、ふと僕に向けてくれた優しい笑顔は……とても、人懐っこいものに見えた。
『……君は強い。師匠方に愛されて、その修行を必死に乗り越えて来たんだから。君なら私からのアドバイスなんか必要ない、きっと乗り越えていける。ですよね、風林寺殿』
『うむ。梁山泊の一番弟子として、君は確実に前に進んでいる。亀の歩みと言えど、それは素晴らしい事じゃ』
『亀の歩みではあるんですね……』
『それでも、取り敢えず今まで、足を決して止めはしていない。それだけは誰にも誇ってよい事じゃよ、ケンちゃん!』
――そう言われて。
『……取り敢えず』
『取り敢えず、なんだい?』
『次の逆鬼師匠との修行、頑張ってみようと思います』
初めて……『修行をキチンと最後まで、後悔しない様に終わらせよう』という思いで立ち上がれた気がした。
今までは、必死にこなそうとしか思えなかったけど。
けれど、僕の為に用意してくれている修行を、もっと、今まで以上に真剣にこなそうと思えた。それで、どれくらい大きく成長できるか、なんてどうでもよかった。
『あはは、それが良い……そうだな、では私からも一つ、教えを授けようかな?』
『えっ!? 良いんですか!?』
『君の質問に答えられなかったお詫びに……なるかは分からないけど、君よりも人生経験だけはあるからね。そこからの教えだ』
『ぜ、是非!』
「――はぁっ!」
「つ、つっ……!」
正直、苦しい。
防ぐので、精一杯だ。
振り下ろす、叩きつける、振り抜く……拳も、蹴りも、今の僕では捌いて返すなんて出来ない程にとても練り上げられたものだってのは、分かる。
でも、負けられない。
師匠方に教えられたモノを認められた。彼らが、頑張って僕に仕込んでくれたものを。そしてそれを仕込まれた僕も、強くなったと言ってくれた。
正直、ちょっと嬉しかった。僕だけじゃない、才能の無い僕を強くしてくれた師匠方の事も讃えてくれたのが。だから……猶更。
相手が連打を終えて一歩引くタイミング、いい加減少しは見えてくる。その一瞬に合わせて、今度は僕から一歩を踏み込んで……相手の足を狙って、アパチャイさんから教わったあの技を!
「『テッ・ラーン』っ!」
「――づぁっ!? ムエタイのローキックだぁ!?」
「どの武術だって……足を、良く使う!」
「足を潰そうってか! はっ、味な真似を……!」
狙った通りに当てられた事に、少しうれしくなる。アパチャイさんとの練習をちゃんとやってたからか、今まで以上の手応えを感じる。
「――だが、それまでに勝ち切れるか?」
「舐めるなよ、僕の体は師匠方謹製で、無駄に頑丈なんだ!」
「それは嫌って程味わってる……が、削り切れねぇわけじゃねぇだろ!」
「いーや、無理だね……それまでに、僕が勝って見せる!」
岬越寺師匠、逆鬼師匠、馬師父、アパチャイさん、しぐれさん。
長老、メナングさん。
僕、僕……今までで一番……今、楽しく武術をやってる気がします。そして、師匠方の教えを活かせてる気がします。
ありがとうございます。そして。必ずこの『試合』、勝って見せます。
見ててください!
「……逆鬼どん、何泣いてるね」
「泣いてねぇ! 泣いてるわけあるか! あんな活き活き俺たちから習った事を活かしてる弟子なんて見ても泣く程嬉しくなんてねぇわ!」
「おいちゃんはちょっと泣いてるね。本当に楽しそうね、ケンちゃん」
「……ぐずっ、畜生! ズルいぞ剣星!」
赤ちゃんが初めて歩いた時にご両親って泣くでしょう?
お二人が泣いてるのはその心持に近いです。近いだけでそれそのものではないですけれども。