史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
――とまぁ、覚悟完了したは良いものの。
「オラァっ!」
「うぁっ!? き、キビシィなぁっ……!」
「まだまだっ!」
「おわぁっ! うぐっ!?」
実際、谷本君との実力差は、割とちゃんとある。
僕の拳と彼の拳がぶつかった時は、僕の拳の方が若干押されるし、しかも打ち合ってギリギリ相打ちに持ち込んでも……即座に立て直して次の攻撃につないでくる。
何度も何度も繰り返して、基礎がしっかりできているから攻撃と攻撃を滑らかにつなぐことが出来るんだろう。僕なんかが割り込む隙なんて見つけられない。
相手の攻撃を何とか捌いてこっちから反撃したとしても、逆に此方の反撃を避けて、その僅かな一瞬で死角に回り込んで拳を打ち込んできたりする。
恐らく、実戦経験も僕なんかよりも格段に上だろう事は分かりやすい。
そんな相手だ……絶対に意識するのは、さっきみたいな首の後ろ――急所狙いの攻撃だけは絶対に防ぐこと。
「シッ! シッ! オラァッ!」
「うっ、ぐぅ……!」
連打の方はどうせ全部防げない。谷本君の方が僕よりも強いのは、今までの攻防で分かり切ってるんだ。というか、多分だけど圧倒的に谷本君の方が武術の才能に溢れてると思う。分かる。ボク、ソウイウノ、クワシイ……悲しいかな、持たざる者は、持てる者の力を見抜く目だけは優れてる……
相手の才能は僕より格段に上。その上で、凄い努力をしている、って言うのは分かり切っている。であるならば、『都合のいい考え』なんて捨てておかないといけない!
「ヌゥ、ぐぅっ! ――はっ、テメェ正気かよ……!」
「当たり前……だっ! 僕、だって……驚いてる、位だけど……さ!」
「……いや、やっぱり正気じゃねぇなぁ……! ハナっから『
『さて……私が今の君に教えられるとしたら『格上と当たった時の思考方法』かな』
『えっ!? いきなり格上と戦う事を!?』
『あっはっはっはっ。いやー、私は昔から戦場を選べず色んな所を連れ回されたからねホントに……その中で学んだのは、絶対に『殻に籠るだけ』で終わってはいけない、という事だ』
……メナングさん曰く。
自分が格が上の相手と戦わなければならなくなった時。意識しなければいけないのは『抵抗する意思』を失わない事らしかった。
『例えば……逃げるだけ、とか。守るだけ、とかは非常にまずい』
『マズいんですか』
『相手を勢いに乗せてしまうからねぇ。やはり』
反撃をして来ないと知ってしまえば、相手は守りに割いていた意識を、大きく攻撃に傾けて攻撃してくる。そうなるといくら防御していても、格上の攻撃をいつまでも凌ぎ切れる訳がない、との事。
格上、自分より強い相手だからこそ、『立ち向かって抗う意思』を強く持たないといけないのだという。
『相手に『守り』を意識させるだけでも『戦う時間』を稼いでその間に『勝機』を見出すことが出来る……一撃で終わらせる様なとんでもない怪物以外は』
『……えっと、一撃で終わらせてくるって言うのは』
『まぁ君の師匠方みたいな人達だね』
『やっぱり!?』
……兎も角、そういう例外も例外以外はまぁ、逃げず、寧ろ向かっていかないといけない、との事で。
『とはいえ、それを言葉で言うだけでは、分からない事も多いとは思う』
『……えっと、その言い方は、その……』
『まだまだ未熟な身故、私なりのやり方しかできない事を先に詫びておく……とはいえ大丈夫だ。梁山泊の豪傑の皆様よりは、温い指導だろう』
そう……その根性を身に着けるために、僕はメナングさんを相手に『自由組手』をする事になったんだ。
そして、その特訓がさて――本当に、メナングさんの言う通りに他の師匠方の特訓より温かったのか……という話になって来ますと……えーっと、それに関しては。僕が体験した特訓の内容を一部抜粋しますと……
『良いかい、コレが――限界まで追い込まれる感覚だっ!!!』
『折れるギリギリを攻めている! ここを乗り越えれば根性が付くよ!』
『何でもかんでも根性では解決できない! だがいざという時根性はとても大切だ!』
『折れない事! 怯えて竦まない事! 痛みを覚悟で踏み込む事!』
『そうだ! 押し負けるな! 先へ――!』
そうだ――あのメナングさんの特訓で傷ついてでも、絶対に『食らいついて離れず押し負けない事』を、嫌という程仕込まれた。
鋭さも、疾さも、重さも、相手は此方を上回って来ている。けれど、僕には師匠方に普段からシゴかれているからこその無駄な打たれ強さと、頑丈さがある。
そこを活かして『勝ちの目』を生む……メナングさんの特訓が生きてる!
「ぐっ――」
「――はぁっ!」
「うぉぉっ……!? ふみ、こんで、来やがる……!」
一歩、一歩。相手の猛攻をダメージ覚悟で耐えて、こうして押し進んできたのは……そこに、勝ちの目が見えたから。
流石に何十回と殴られてたら分かる。谷本君の武術は、腕をまるで鞭の様に『広く』使って戦う武術だ。間合いを取られてたら多分、重い一撃を貰い続けて本当にサンドバッグになって終わる! だから、彼に勝つにはただ一つ。
どれだけ叩かれても、殴られても、この嵐のような打撃の内に。台風の目の内側に入り込む事。そうじゃないと、今の僕じゃ勝負にもならない。
……辛くない訳がない。体中、殴られて割と痛い。それでも。
『受け身は柔道の基本中の基本、技を教えるにしても、受け身をまず鍛えなければね』
『相手の攻撃を逸らす『化勁』という技術があるね。打ち込んで体験してみるね』
『三戦立ちは股間を守り体を引き締めて相手の攻撃に耐える姿勢だ! 』
『アパチャイ、ケンイチには長生きして欲しいよ! ガードはしっかり教えるよ!』
『――基本、は。無駄に、受けない、こと』
師匠達によって鍛えられた体が、無数の打撃にも耐えてくれている。想像してたよりは全然辛くない。
『取り敢えず、相手の攻勢に負けない事から始めていこう。頑張れ、若人よ!』
そう、負けない事。流れに打ち勝つ事じゃない。一歩一歩、勝利へ泥臭く進む事。無理に勝ちに行ったら負ける。兎も角、足を止めるな。凌いで、一歩詰めて、下がられてもさらに一歩を詰めろ! 離されるな!
そうすれば、何時か……!
「――へへっ」
「……はっ、良くやるぜ本当に……」
「入り込めた、もんね~……!」
辿り着けるんだから。台風の目の中に。
「……確かに、ここまで接近されちまうと、俺の威力も半減だなっ!」
「そうだ、だから――ここで、勝負を決める!」
「だがそれは……お前も同じだろうが!!」
辿り着いた、安全地帯。相手の不利な距離。それでも尚、谷本君は攻撃をやめない。そりゃあそうだろう。アレだけ鍛え上げた彼が、こんな懐に入られたくらいで、攻撃をやめる訳がない。
……でも、この至近距離のまま、それでも殴ってくるとは思わなかった。僕から距離を取ると思ってた。その一瞬に、攻勢に転じようと思ってた。でも向こうも――弱気になって守勢に回ってしまう事が危険だと、分かってるんだろう。
故に――僕の顎狙いの掌底と、谷本君の手刀は、同時に互いの体に突き刺さった。
「ぐっ」
「うっ」
「……まぁ、こうなるか……どうする、こっから殴り合いか!?」
「――いいや、これで、決める!」
だけど、彼と僕には一つ、大きな違いがここにある。
谷本君の手刀はもうここで打ち止め……でも、僕の掌底には『先』がある。馬師父から教わった、掌底からの追撃!
「食らえ! 馬師父直伝の隠し玉っ――!!」
「っ!?」
顎への思わぬ衝撃で吹っ飛ぶ谷本君。曲げた腕の、肘をもう片方の手で突いて、追撃を行うこの技術……馬師父に不意打ち用と言われて教わったけど、正にこのタイミング。超至近距離で出す切り札としては最適だ。
だが……これで終わっては、多少のダメージを与えて距離を離させてしまうだけ。
だからもう一発、顎が浮いて、ガラ空きになった胴体に――
――僕はメナングさんから、特訓の最中、一つの技を教わった。
技、というか、使い方というか……
『えっ? 修行の息抜きにシラットを教えて欲しい? 教えられる程の腕ではないんだけど……分かった分かった! そんな縋りつかないで!』
『おほん……では取り敢えずシラットの基本的な『肘』の使い方から教えようかな』
『シラットでは肘をよく使う。攻撃でも、防御でもそうだ』
『拳から肘に繋げる動きもあるが……まぁとりあえずは基本的な肘の動かし方から』
『……肘の一撃は、基本的に重い。拳よりもだ。それは分かっているかな?』
『故に、その一撃で状況をひっくり返せるだけの『肘』の使い方と共に、この言葉を贈ろうと思う』
『『ピンチこそチャンス』……相手のチャンスをひっくり返し、自分に大きな成長の機会を齎す。無為に狙えとは言わない。頭の片隅に置いておくだけでもいい。どんな時でも諦めず、戦う意思を絶えさせないだけの、原動力になる』
『シラット使いはまぁゲリラ戦を得意とした武術だから。そういう長期間の戦いでの心構えも必要なんだよ……怖い? うん、怖いよな、すまない』
『……でもまぁ、ピンチを耐えて、食らいついた僅かなチャンスに一撃を叩き込む。この特訓で教えるならちょうどいいのかもしれないね。うん』
――この、肘を、叩き込む!
「そしてこれが、メナングさん仕込みの、シラットの肘鉄だぁ……っ!!」
伸ばした腕を内側に巻き込むように曲げて、そのままの勢いで肘を斧の様に振り回す。これはメナングさんにみっちり仕込まれたんだ……! スムーズに動かせるようになるまで! だから――コレは。
「な、にぃっ――ごはぁっ!?」
絶対に、相手の正中線に、直撃する!
めり込む感触。後ろに吹き飛んで、風になびく黒フード。そして……ドサリ、と倒れ込む音を聞いて……大きく、息を吐いた。
「ようやく……一発……!」
肘に感じた手応えと、くの字に折れ曲がって、地面に転がる谷本君を見て、間違いなくクリーンヒットした事を確信する。けれど……コレで倒せたかは、分からない。
アレだけ強い人が、一撃で倒れる、なんて思えないし。現に、目の前でもう谷本君は地面に手をついて……
「――やる、じゃねぇか」
「へへっ……そういう割には余裕、そうじゃない」
「そうでもねぇ。効いたぜ……」
膝立ちとはいえ、立ち上がる仕草を見せている。凄い人だ。今までで一番の手ごたえを感じていたというのに、その自信がへし折れそうな位に……まだ、谷本君は闘志に満ち溢れている。目がギラギラしてる。本当に、驚くくらい、強い人だ。
「だが、この一発で終わらせるには、もったいないからな……根性で、立ち上がってる」
「あはは、僕としては、その言葉が絶望的だけど、ね」
「お前こそ、絶望的な割には、笑ってるじゃねぇか」
……なら、僕も。
まだ負けない。まだ倒れない。まだ――勝ちに行く。
拳を握る。膝を浅く曲げる。呼吸を整えて、もう一度あの嵐に立ち向かうだけの覚悟を決める。明日は修行できないかもしれないなぁ~、なんて考えながら。それでも。
ここで止まろうって気には、なれなかったんだ――
「――やろう、谷本君!」
「――上等だ、白浜ぁ!」
「――双方、それまで!」
「……です」
その時、互いに次の一歩を踏み出そうとした一瞬……僕らの間に立ち塞がったのは、二つの影。
ハッとその声に視線を向けると、金色の髪を靡かせた美しい――天使じゃなくて、僕の姉弟子、のような憧れの人。美羽さんがそこに、軽く構えて立っていた。
「美羽さん、どうして……!」
「事情は後ですわ、それよりも今は、お互いに一旦引いてくださいな」
そして……もう一人。
「――何のつもりだ、ハルティニ! まだ決着はついてねぇ!」
ハルティニ、と呼ばれた黒い肌の少女。
小学生くらいだろうか? 普通の服、ではなく何処かの民族衣装と言えば良いのか……そんなモノを身に纏って、片膝を突いて谷本君に頭を下げている。こっちもびっくりするくらいに可愛い子だ。
そしてもう一つ……彼女の動きが、一瞬目で追えなかった。恐らく、武術を学んでいる。
「無粋は承知しています。しかし……貴方の所属のグループが、この決闘を嗅ぎつけました。直にあなたの意思を無視して、雪崩れ込んできますよ」
「……なんだと?」
「この決闘をそのような輩に邪魔される方が、貴方としては本意ではないと思います」
ラグナレクが!?
谷本君に視線を向ける。彼も、苦々しいような、驚いたような顔をしている辺り……その事を把握していないらしい。
一つ、大きく舌打ちをしたのが聞こえた。
「……こうならねぇように、密に果たし状を送ったってのによ。台無しじゃねぇか」
「た、谷本君……」
「――白浜兼一! 勝負は預ける……次は、決着をつけるぞ」
ゆっくりと立ち上がりながら、此方を睨む視線と目があう。
真剣な目だった。でも、そんなの僕だって、同じだ。構えを解いて――体から力が抜けて、尻もちをついてしまう。一瞬、場が空気が固まった気がして。思わず、喉の奥から気の抜けた笑い声が漏れてしまった。
「あ、あはは……うん、またやろう、谷本君!」
「……はっ、それまでに腕を磨いておけよ」
そう言い残し、彼は此方に背を向けると、少しふら付きながら歩きだそう……としたら脇をハルティニちゃんに支えられて。
なんだかちょっと拗ねたような表情になりながら、改めて、立ちさって行った。
「……」
「――っ、兼一さん! 大丈夫ですか!?」
ふと言われ、傍らの美羽さんと目が合う。少しグレーがかった蒼い瞳は、少し潤んでいる様な気がした。
「あ、えっと、はい……」
「もう! あんな無茶な戦い方して! 見ているこっちの肝が冷えましたわ!」
「み、見てたんですか!? すみません、あの……」
「……私も、兼一さんが楽しんで組み手をしているのは分かってましたから見ていましたけれど、それにしたって自分の体をあまりにも考えない様な……!」
どうやらめちゃくちゃ心配させてしまったらしい。大変申し訳ない。でもまぁ、見た目ほどはダメージないんですよ、と腕を回して見せたりして見せ、取り敢えず安心して貰えれば、と思い……ふと、思う。
「……美羽さん」
「はい?」
「これから、修行の合間に組手をお願いしたら……受けてくれますか?」
「え? え、えぇそれは是非……どうしたんですか?」
「いいえ。その……」
もっと強くなりたい、と。突拍子もなく、なんだか……いや、突拍子もない、という事はないか。理由は、ちゃんとあるんだ。
僕みたいなやつが、初めて抱いた、この熱い……胸を焦がす様な。
「……あぁ、成程」
「え?」
「兼一さんも、やっぱり男の子ですのね。ふふっ。あの方との決着、ちゃんとつけたいんでしょう?」
「あっ、えっ!? どうして!?」
「ふふっ、分かりやす過ぎです」
そうクスクスと笑われてしまって、少し恥ずかしいというか……まぁでも。
取り敢えず、美羽さんの憂い顔が晴れたので、良かったとは思った。
「――うんうんケンちゃん、良い青春してるね……」
「……って師父!? えっ!? 何処から!?」
「ったく、動きに無駄が多すぎるんだお前はよぉ~……ま、だが悪くねぇ顔でケンカしたじゃねぇか。ちったぁ男前になったぞ、兼一」
「逆鬼師匠まで!? 見てたんですか!? 何時から!?」
「「最初っから」」
「……はぁ、お二人とも。兼一さんを運ぶの手伝ってくださいまし。恐らく、ご自身が思っているよりもダメージが溜まっているでしょうから」
楽しくなって書いてたら軽く過去最長の長さに……もうちょっとコンパクトに納められた気がするゾ……でも楽しかったゾ……