史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得   作:秋の自由研究

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断章:梁山泊に如何様にしてシラットの達人は馴染んだか

「……うーむ……ここで」

「ほう。随分と渋い手を。やはりご経験が?」

「先生と世界を回っていますとね。治療を受けに来て下さった患者さんを退屈させない様に諸々な事を覚える必要も出て来まして……」

 

 ぱちり、ぱちりと秋雨とメナングが互いに一手を打つ音を耳に聞き流しながら、逆鬼至緒は考える。この男の最優と呼ばれる所以は、一体何処にあるのだろうと。

 

 武術的にこう、細やかだったり、変に器用なのは当然だと思う。

 ジャングルで戦う想定をされて練られたシラット……を、彼は独自に弄り回して不安定な足場(超広義)で『常通り』戦えるように調整してある、らしい。

 具体的に彼が言っていたのを思い出せば。高密度のコンクリートジャングルだとか、天に聳え立つ高い巌だとか、底なしの沼地だとか、嵐の最中の船の上だとか。

 

『いやー……慣れるしかなかったですよ、否応なく。えぇ本当に……』

 

 そう言って遠くを見る姿が若干、修行中の兼一の姿にダブって、ちょっと修行を、辛くするだけではなくちゃんと飴もやった方が良いんじゃないかと思わず秋雨に相談してしまったのは、まぁ、それはそれとして。

 まぁ兎も角、色々なのだ。多分、彼の師匠……というか、『先生』と共に世界各地を飛び回り続けた結果、そうなった。

 

 しかし、これは簡単に言っているが、とんでもない事だ。

 普通、武術というのは『平場』を想定して戦う。不利な足場で戦う事は、基本何方も想定していない。達人の中でも、自分や秋雨、アパチャイ、剣星、しぐれのような、ある一定以上上の奴らは、そう言った事態に関してもある程度は想定をする……するが。

 

 それでも尚、普段通りのパフォーマンスが発揮できるか、と言えば少しばかり首を捻らざるを得ない。出来得る限りの対策やなにやらはやっているが、それでも完全無欠とは行かないのが武術の妙だ。

 

 その中で、メナングは如何なる足場でも『パフォーマンスが落ちない』。それがどれだけ恐ろしい事か、という話だ。

 99.9%の実力が出せたところで、達人同士の戦いではそのほんの僅かな『普段との差』で大きく戦況が左右される……たとえ相手が格上だとしても、そこを突いて勝利するのは決して不可能ではないだろう。

 

 あのメナングという達人を相手取る場合、普段とは違う場所、足場、環境、というのが何時も以上に重くのしかかってくる、という訳だ。

 何処でも『いつも通りに戦える』というのは、正に『最優』の名を冠するに相応しいだけの実力だと思う。本人曰く、『おかげで平場では並の達人よりそれなりに上くらいに留まってしまいますが……』らしいが、それでも自分達と張り合うのに最低限必要な力は持っている、と立ち振る舞いや、普段の修行の様子からは想像も出来る。

 

 『強さ』と『巧さ』を上手に融合させた彼の戦い方を想像すると、至緒とて『こりゃあどっちが大怪我しても不思議じゃない』と思えてくる。梁山泊は私闘禁止だが、それでも若干疼く時は有った。

 

 ――とまぁ、ここまでは彼が表向き『最優』と呼ばれている理由だ。

 

「……いやはや、全く手ごわい」

「ははは、まだまだ本気を出されてもいないではないですか、岬越寺殿は」

「そちらこそ、まだまだ様子見の段階では?」

「いえいえそのような。必死になって食らいつくのがせいぜいです」

 

 例えば、目の前の一局。

秋雨は、基本囲碁から将棋、オセロにチェス、何でもできる万能超人だ。長老はいっつも秋雨にしてやられてるし、至緒などいっぺん楽しそうだからとやってみたら、ぼろくそになるまでやられた。

 

それが……あの秋雨と、ある程度互角に渡り合っているのだ。この男。先程から、若干秋雨が有利ではあるものの、決して決めきれない……らしい。やっている本人らが言うには。自分にはさっぱりわからない。

 

「んだよ秋雨、まだかかんのか」

「そう言わないでくれ逆鬼。彼は結構いやらしい攻め方をしてくれてるからねぇ……崩すのに時間がかかる」

「……はっ!? おい、さっきまでお前が攻めてたんだよな!?」

「いやはや、何時の間にか主導権を握られていた。上手いものだよ」

「一瞬の隙を突けましたからね。ですが、コレでようやく五分にもっていけるだけとは」

 

 ……繰り返すようだが、さっぱり分からない。

 とまぁ、あの秋雨と渡り合えるくらいに化け物染みてる、というのだけは分かった。

 

 だが、恐ろしいのはこれからだ。

 

『――えーと、これとこれとこれは……こうすれば経費の削減も出来るかと』

『美羽殿! お米炊きあがりました! 生姜焼きもあと少しで上がりです!』

『あ、ノミと鋸の手入れはやっておきました。いやー流石梁山泊、道具も良いものがそろっていますなぁ』

『アルバイト行ってきました! 此方、今月分の生活費です、お納めください』

 

 ……以上、メナングが梁山泊に入ってからやった事を、軽く羅列したものである。

 控えめに言って可笑しい。経理から料理、そして道具の手入れ……ここまではまあいいのだが、此方も知らない間に、何処かで働いて金まで稼いできてると来た。

お陰で梁山泊の経済情勢は最近、ギリギリだった所から『ちょっと危ない』くらいまで回復してきている。

 

 秋雨レベルの完璧超人……かと言えばちょっと違う。しかし、『器用さ』という一点において、この男、もしや秋雨も凌ぐのではないかという程にくるくるとまぁよく働く。

 

『いやぁ、先生と一緒に居ると毎日が激務激務で……私など、先生に比べれば器用貧乏なだけですよ、ははは』

 

 とはいうものの、絶対そんな事はない、と思う。あの人は確かにすごいが、ここまで器用かと言われると、そうは見えない。寧ろ不器用な方だと思う。しかしながら、いつも彼は自分より働いているのだと、メナングは言う。恐ろしい。

 

 それでいて、目の前で今、秋雨と一局指しているように、自由時間もきっちりとってると来た。更に言えば、最近は兼一の修行にも多少付き合っている、らしい。

 まぁ弟子がいろいろ学ぶのは師匠としても意欲的で嬉しいのだが。それよりも、一体どうやってそんな時間を捻出しているのかが不思議なほど。

 

『どうした兼一君! この程度の打撃の群れ、イタリアンマフィア共がぶっ放してくるトンプソン機関銃の雨霰に比べれば断然温いぞ!』

『どうした兼一君!! この程度の蹴り、密林に潜むゲリラ共が仕掛ける巧妙に隠された竹やりの罠に比べれば断然温いぞ!』

『どうした兼一君!!! この程度の防御であれば、私の先生に比べれば紙屑同然としか言えない! 教えた肘なら十分突破可能だ!』

 

 ……まぁ修行の基準に関して言えば、自分達がやってる修行に比べるとちょっとえげつない事になってるとは、思うのだが。

 美羽に組手を任せるのは申し訳ないと、メナングは自分からしっかり弟子と組み手をしている。そして手加減の具合が完璧すぎて、まぁ兼一を何時も限界まで追いつめている。

 

『えっ? 皆様の修行の厳しさに比べれば、そんなに大変ではありませんよ。ただ凌ぎ守りを突破するだけですから、はっはっはっ』

 

 そう顔色一つ変えずに言い切った彼を見て、とんでもない胆力をしているとは思った。まぁここまで精神力的に鍛え上げられたのも……あの先生のお陰だとは思うが。

 

「……? どうしたんですか逆鬼殿。此方を見て」

「ああいや、なんでもねぇよ」

 

 案外。

 その精神力こそが、この男が最優と呼ばれる所以なのではないか、と。逆鬼はひそかに思う訳なのである。

 

「っと……すみません岬越寺殿。少し席を外します」

「あぁ、構わないよ。電話かね?」

「はい。えっと……おや、私に直接? 珍しいな、谷本君、なんの話かな……」

 

 

 

 

 

 

『えっ? 何時の間に弟子を取ったんだって? 俺にも教えろって? ああ兼一君の事かい? 彼は弟子というか技をいくつか仕込んだ程度で、彼は梁山泊のお弟子さんで……そうそう。というかなんで知って……』

『……は? えっ? 殴り合った? 兼一君と? お互いボロボロになるまで?』

『……えっ?』

 

 

 

 

 

 

 

「……岬越寺殿」

「うん?」

「自分が教えた事が、巡り巡って患者の家族を打ち据えた場合……ハラキリで宜しいのでしょうか……」

「えっ」

「おいどうした、話くらいは聞くぞ」

 




くぅ疲。

最後は、メナング君の諸々の様子を書いて終了。先生の出番が殆どないんですが、もう最近はメナングくんがもう一人の主人公的な事になっているので、それはそれでいいかな、と。
後、メナング君は、兼一君が帰って来た後は丁度留守だったので諸々の事を知りませんでした。何処に行っていたかは……まぁ次を書くことがあれば。

という事で、今回の更新はここまでとなります。
また書き溜めて投稿するか、さもなければ失踪するか……作者の明日はどっちだ!



最後になりますが。

吉野幾望様、交錯くん様、典善様、ヴァイト様、Agateram replica様、幻燈河貴様、rx様、Othuyeg様、楓流様、闇影 黒夜様、塩三様、hadsukiyo様、
Skazka Priskazka様、メロンぱん様、昼寝の奴隷様、D.D.D様

誤字報告、本当にありがとナス!!!

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