史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得   作:秋の自由研究

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第四回・裏:ハゲ医者、中華街へ行く

「つつ……んで、槍月は中華街の……この組織にいるんだな」

「あぁ、すまない。黙っているように頼まれてな」

「別にいい。んで、こっちに来るつもりはあるのか」

「いやないだろう」

「クソッたれ!!!」

 

 ……目の前の谷本君は、少し苛立ち交じり……というかヤケクソ気味だな。コレは。兎も角、荒れている。

 渡した湿布を太腿に叩きつけ、綺麗に張っているその姿を見ていると、少々申し訳ない気持ちにもなる。彼がどれだけ真剣に槍月から武術を学んでいるのかを、部外者ながら知っているつもりではあったから。

 

 とはいえ、槍月の言い分も分からないではないのだ。俺個人としては。

 

『ああいうのは付きっ切りで指導するよりも、一回放っておいた方が良く育つ……たった一人で鍛え上げてきた貴様と同タイプだよ。まるで似ていないがな』

 

 という事で、一旦放っておいて彼自身で鍛錬する為の時間を作り……その上で、指導をするという事らしく、私にも協力を求めて来た。

 槍月は、ああ見えてしっかりと指導するつもりがある。放浪癖が働いている部分もあるだろうが、それでも何も考え無しに彼を放り出した訳では決してないだろう。あくまで個人的な感想ではあるのだが。

 

「……少なくとも、君の指導を放り出したつもりはないだろう。それだけは、分かってくれないか。谷本君」

「はー……」

 

 ソファの上、両膝に腕を置いて、うなだれたまま深い深いため息を吐く。その姿には私自身申し訳なさしか感じないのだけれども……しかし、仕方ないのだ。こう見えても、友人との約束を破る程、俺も義理人情に欠けている訳ではないのだから。

 

「……別に、アンタにそんな顔させたい訳じゃねぇ。悪いな、八つ当たりして」

「いいや。君は俺の患者だ。八つ当たりの一つや二つ、受け止めるのも仕事の内だとも」

「こういう八つ当たりは含まれねぇだろ……」

「そうでもない」

 

 医者というのは時に患者に対して厳しい現実を突きつけねばならない……そうしない前提で医者としての使命に取り組んではいるが、もしそうなった場合、冷静に対処できる患者ばかりではない。

 やはり『今すぐに治療できないので、時間が欲しい』というのは患者にとっては相当に苦しいだろう。病気というのは一刻も早く完治して欲しいのが当たり前である。

 故に、そのようなこちらとしても心苦しい結論を言わなければならない場合、如何なる文句も何も受け止める覚悟はあるのだ。

 

「……アンタはどんな難病相手でも、直ぐに治せないってならそう言うし、何時治療するかもキッチリ言うんだよな」

「む? それはそうだ。準備が整っていない場合はそういうしかないだろうに」

「それは普通の医者が、普通に患者に対して言うセリフなんだよ。アンタみたいに即日即座に全力全開で完全治療するのが常識みたいなのはおかしいんだよ、分かれよ」

「いや、全然分からんが……」

 

 医者と言う物は一刻も早く患者を治療するのが至上命題であり基本中の基本だろう。患者もそれを望んて来ているのだから、それが出来なければ地面に頭を擦り付けるのも当たり前の事だろう。

 

 谷本君は何故かため息を吐いているが。何故なのか。

 

「ま、その精神だから俺もこうやって、痛い思いする時間が減るってもんなんだが……んで? この後も仕事だったか」

 

 とはいえ、こうして会話できている辺り元気そうではある。治療に何か不備があったかと一瞬疑ってしまったが、顔色からしてそれはない。

 何処か呆れを浮かべるような表情からは、僅かに余裕すら感じられる。

 これならこの後の仕事にも安心して行けるだろう……と思いながら、鞄の中に最後の器具を収め、中身を改めてチェック。それを終えて、首を縦に振った。

 

「あぁ。少し中華街で仕事だ。少し長期になるので、食事当番は暫く――」

「待て待て待て待て止まれ止まれ」

 

 だがその直後、一瞬でその余裕は消えてしまった。

 その代わりに、思わずして足を止めてしまう程の迫力をにじませて此方に迫り来る谷本君には、正にかの馬 槍月の弟子としての迫力が溢れている。立派に成長している。

 

「アンタ今から何処行くつった?」

「中華街」

「連れてけや!!! だったら!!! 今俺らは何の話をしてたんだよ!!!」

「……いや、君は患者だから安静にして貰うが」

「ぐうの音も出ねぇ!!!!!!!!!!」

 

 ソファに突っ伏してしまった。その通り、治療は終わっているとはいえ、安静必須のケガをしていたのだ。谷本君は。

とはいえ、もしケガをしていなくても連れて行くつもりはなかったのだが。友人からの頼みだ、ここは融通を利かせる場面ではないだろう。

 

「畜生……つい……つい楽しくなっちまったのが……こんなっ……!」

「まぁしっかりと自分で功夫を積んでいれば、何時か彼の方から次の段階の修行をつけてくれるだろうから、それまで待ちたまえ」

「ぐぅううう……っ!」

「それではお大事に」

 

 それに。彼を連れて行って、その職場で万が一にも重傷を負わせたりしようものなら、槍月に申し訳が立たない。

 とはいえ、谷本君であれば先ず、職場で起こる荒事に対しても、先ず対処できないという事は無いだろうが。問題はそちらではなく……向こうでちょっとした達人クラスのもめ事が起きるのは、ほぼ確実なので、その戦いに巻き込もうものなら弟子クラスの彼では苦しいという事だ。

 

 そもそも。中華街のチャイニーズ・マフィアとの仕事など、何のコネも無ければ受けられない。というか、そもそも俺は売り込みというモノをした事もないため、向こうと縁がなければ依頼はこない。

 そして……槍月が所属する組織からその依頼が来た、という事は……要するにそういう事だ。

 

「――メナング。ホークだ。これからしばし横浜の方に滞在する。ハルティニは谷本君の家に残す……あぁ、鉄火場で仕事だ。うん。任せる」

 

 大方、暇つぶしで受けたチャイニーズ・マフィアの護衛任務が余りにも退屈過ぎて。と言ったところだろう。

 『仮宿の親玉が医者を探している。来い』という書状を思い出す。何時もの、硬いながら丁寧な文面ですらなく、『来い』という乱暴な言い方。余程暇らしい。

 

 とはいえ、患者がいるというのであれば、是非も無い。

 

 取り敢えず、靴に履き替えながらメナングに連絡を入れつつ、これからの予定について思いを馳せ……

 

「あぁ。うん。君は梁山泊への出向を続けてくれて問題ない」

 

……否、患者がいる、だけではない。間違いなく患者は『増える』事態になるであろうと思い直した。

 

 そもそも日本に槍月がいる、というのは珍しい。それに、これから向かう横浜中華街にはかの達人、『白眉』こと馬良殿がいる。

 彼は横浜中華街に於いて絶大な人望を誇り、顔も広い。人脈も深い所までつながっている。まさか彼が槍月が付近に来ている事を把握していない訳がないのだ。

 

 そして馬良殿に知られたという事は……剣星殿に伝わるのも時間の問題とも思われる。剣星殿がやって来て、無事に話し合いでお終い。とはならないだろう。

 寧ろ、ここ最近は大分調子の良さそうな槍月と、友と腕を競い研鑽を続けた剣星殿の二人が揃うのだ。『最低でも』チャイニーズ・マフィアの壊滅は視野に入れておかなくてはいけない……

 

「それでは……と言いたい所だが、どうしたメナング。大分声が憔悴しているぞ。精神的疲労はアレだけ軽視してはいけないと口を酸っぱくして言っているだろう。ケアならいつでも請け負うから声を……何? ハラキリの作法? 言う訳がないだろう馬鹿か君は」

 

 俺をなんだと思っている医者だぞハラキリなんぞと言う俺が最も唾棄すべき謝罪方法だと思っているモノを許すと思うてかこの野郎今すぐ梁山泊に出向いてケアしてやろうかああいいだろうやってやるそこを動くな治療方法検索開始――

 

「……大丈夫? 元気になった? 俺にごまかしが通じると思って――アレ、本当に元気になってる……? いや、なんだか違和感がある様な……ううむ?」

 

 ……くっ、電話ではどうにも正確な声の抑揚を確認しきれない。目で見て確認して、患者として強制的に治療するならばともかくとして、流石に証拠も何もない状況で、病人強制認定は患者の事を尊重しているとは言い難い。

 

「分かった。君の言い分を信じよう……一旦はな。では」

 

 仕方ない。ここは一旦落ち着くしかあるまいか……横浜に着いたら改めて梁山泊に行って具合を確かめなければ。少しでも調子が悪いように見えたら覚えておけよ本当に。即座に治療だ。

 

 ……さて。何処まで思考を回したか。

 あぁそうだ。『被害』についてか。

 

 『人間が起こす被害』想定ではどれだけ考えても足りない。基準は『戦車』とかその辺りからになって来る。

 全く以て油断は出来ないだろう。最も凄まじい場合、『中華街の一部崩壊』まで視野に入れねばならない。達人同士の戦いと言うのは、極まると災害クラスの被害を撒き散らす事とてそう少なくはないのは、裏の世界では常識である。

 

 故に――それ相応の装備も必要になって来るという訳だ。

 

「――アンプル、熱殺菌用器具一式……メスの替えは……うん。十分ストックもある。包帯とアルコールは……よし。それぞれバッグ一つ分あるな」

 

 当然、現地にも専用の器具はそろっているだろう。これらは『事が起こった』場合に使ういわば『追加分』である。足りなくなるよりは、過剰に持って行った方がいい。寧ろこれでは不安な部分も多々あるが……しかし俺も一人の人間だ。持ち運べる量には限度と言う物がある。

 

 取り敢えず、キャリーバッグを二つ、背中に大型の旅行鞄、白衣の中にも仕込ませられるだけの器具は仕込んで――額に巻いたバンダナにも、替えの刃を(もちろん刃の部分は保護してある)何本か。

 衛生状況に関しては甚だ無念な部分しかない。しかしそれは現地で改めて整備しなおすしかないだろう。今は、取り敢えず『量』を最優先する。量だけは、事前に用意しておかなければどうにもならない。

 

 『質』に関しては――内にある知識と、今までの経験があれば、磨き直せる。

 

 最後に靴の具合を確認し……立ち上がってから玄関を出て。

 周辺を見回して誰かいないかをチェック……殺気も何も無し。どうやら今日は私に会いに来る『ラグナレク』とかいう学生諸君はいないらしい。ここ最近は何時も来ていたのだが、

 ううむ。彼らの治療状況が気になるので、また会いに来て欲しいのだが――仕方ないか。であれば。

 

「――行くか」

 




メナング君は『あ、やっべ』という雰囲気を察して心の殻を被りました。多分人類で一番緩い心の殻を被る理由かもしれません。
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