7年後ー暁を目指した者たちー   作:野生のムジナは語彙力がない

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お帰りなさい、指揮官さ……おっと

だいぶ時間がかかりましたが二つ目です。
(特に苦情とか来ていないので続けます)
本当はニコ動の鉄血・ブレットの更新に合わせたかったのですが、これ以上待っていると忘れられてしまうと思ったので投稿します。

それでは、続きをどうぞ……


7年後ーいまー

結局、制服に着替え終えて安心してしまったのか、オルガが目を離した一瞬のうちに、またしてもティナは寝落ちしてしまった。

 

 

 

「おいおい、今日は学校休むか?」

 

「いえ…………ちゃんと学校には行きます……くぅ」

 

「そっかぁ……全く、しょうがねぇな」

 

このまま普通に登校すれば学校に遅刻してしまうのは明らかで、何より道端で倒れてしまうようなことがあっては危ない……そう判断したオルガは、タクシーを呼んでティナを学校まで送り届けることにした。

 

ティナが通っているのは、2人が住む家から歩いて15分ほどのところにある女子校だった。そこには普通の女子生徒に加えて、かつて『呪われた子供たち』と呼ばれ、人々から蔑まれた過去を持つ女の子たちも多く在籍している。

 

「ほら、着いたぞ」

 

「うん……?」

 

タクシーの車内から徐々に近づきつつある白い学び舎を流し見て、オルガは隣のシートでウトウトとしているティナの肩を揺さぶった。

 

「おーい、ティナ起きろー」

 

「ふわぁ、すみません……お兄さん、学校の門のところまで連れて行って貰えませんか……?」

 

「ああ! 分かったよ! 連れてってやるよ!」

 

この後、自分も仕事に行かないといけない身であることから、オルガはタクシーの運転手に手早く代金を支払いつつ、すぐ戻るから待っているようにと念を押し、それからティナの手を引いてタクシーから降りた。

 

「全く、世話の焼けるやつ……」

 

「うぅ……ごめんなさい」

 

「いや、いいさ。誰かに頼られるってのは悪い気分じゃねぇしな」

 

「ありがとうございます……お兄さん」

 

ティナの歩調に合わせて、オルガは彼女を学校の門まで誘導する。ノロノロと歩く2人の横を、同じく登校中の女生徒たちが好奇な眼差しを浮かべて通り過ぎて行った。

 

「あ、ティナちゃんだー!」

 

「ティナちゃんおはよー」

 

2人が門の前に辿り着いた時だった。

ちょうど、反対側の道から歩いてくる女子2人組と鉢合わせになった。

 

「ティナ、知り合いか?」

 

「はい……お二人とも、私のクラスメイトです」

 

「そっかぁ、なら好都合だな」

 

手を振って挨拶をしてくる2人組に、オルガは眠たそうなティナを示して手招きした。すると、2人組はオルガの意図に気づいたようで、苦笑いを浮かべて走り寄ってきた。

 

「すまねぇ、ティナのこと頼めるか?」

 

「はーい、いいですよー」

 

「ティナちゃん、寝不足なんですか?」

 

「まーな、理由は教えてくれなかったが……」

 

オルガがティナの手を離すと、支えがなくなったことで寝ぼけ眼の彼女は体をフラフラとさせた。すかさず2人の女子がティナの両脇を支え、彼女が転倒してしまうのを未然に防いだ。

 

「それじゃあ、ティナちゃんのことは私たちに任せてね!」

 

「すまねぇ、恩にきる」

 

ティナの介護という面倒な仕事を押し付けてもなお、嫌な顔1つしない2人の女子に向かって、オルガは短く礼を告げた。

 

「いいのいいのー! ティナちゃんの安眠と純真無垢なこの寝顔は、クラスメイトの私たちみんなでちゃんと守ってあげるからさ!」

 

「いや、寝かせるんじゃねぇぞ……?」

 

「あはは、冗談冗談〜」

 

せっかく勉強をする為に学校に来たのに、周りがティナの居眠りを助長してどうする……女生徒たちの笑い声に、オルガは思わず頭を掻きむしった。

 

「ところで、あなたがティナちゃんのお兄さんですか?」

 

「兄貴? ああ、まあな。血は繋がってないが、ティナとはかれこれ長い付き合いになるからなー、今のオレにとってティナは大事な家族で、確かに妹みたいなものだな。で、それがどうした?」

 

「いやー? 聞いていた通りの人だなって」

 

「ん、何だって?」

 

その言葉にオルガが首を傾げていると、2人の女子は彼の目の前で同意を示すかのようにうんうんと頷き合った。

 

「実は、ティナちゃんのお兄さんは凄くかっこよくていい人だって、ウチではちょっと話題になっているんです。確かにー、お兄さんすっごくかっこいいし、こうしてティナちゃんのこと連れてきてるところを見ると、すっごく面倒見が良さそうだし」

 

「ちょっと強面な感じだけど、話してみると案外気さくでいい人っぽい! それに、いざという時に守ってくれそうでいい感じだし、頼れる男の人って素敵だよね。なるほど、ティナちゃんが自慢するだけのことはあるかも!」

 

「……っ!?」

 

突然の褒め言葉に、オルガは動揺した。

オルガは入学式の際にティナと同伴して以来、学校の敷地内に足を踏み入れたことはない。しかし、どういうわけか初対面である筈の女子2人組のオルガに対する評価は何故か異様に高く、それがオルガの心をくすぐった。

 

「い……いや、オレは別にそんな大したもんじゃ……」

 

「あれ? ティナちゃんのお兄さん、ちょっと照れてます?」

 

「意外に可愛いところもあるんですね!」

 

「お、お前ら……」

 

異性から褒められることに慣れていないオルガが目を逸らして少しだけ顔を赤くしていると、そんな彼の様子を見た2人の女子はくすくすと小さく笑った。

 

「それで、なんでそういう話に?」

 

「実は、街でティナちゃんとお兄さんが一緒にいるところを、偶然通りかかったクラスの子が見つけちゃって……それで、ティナちゃんの隣にいたのは誰かっていう話になって」

 

「どう見ても兄妹には見えなかったから、まさかあのティナちゃんに彼氏が!? って、クラスで一時期話題になってたんです。もしくはパパ活のお相手さんか、はたまたティナちゃんの体目当てなゲス野郎か!? って」

 

「そんなわけねーだろ。いやまあ、初見じゃそう思われても仕方ないか……」

 

女子の言葉に、オルガはため息を吐いた。

兄妹で通しているとはいえ、ただでさえ似てない上に、オルガの方は高身長に色黒な肌、そして銀髪と外見的に少し怖い印象を受け、そして彼自身も何気なくそれを自覚していた。

 

「ティナちゃんからお兄さんだって聞いた時にはびっくりしたけど……でも、聞いていた通り優しそうな人で良かったなって! なによりカッコいいし、素敵な人だなって!」

 

「さっきの照れた顔も可愛かったからねー!」

 

「だから……からかうんじゃねぇよ……」

 

オルガが戸惑っていると、その時、女子2人の間でティナがピクリと反応した。ゆっくりと顔を上げ、目の前のオルガを見つめる。

 

「ふわぁ…………はい、そうなんです。お兄さんはかっこいいだけのお兄さんではないんです。いつも私のことちゃんと考えてくれていて、色んなことをしてくれるんです」

 

「ティナ……お前まで」

 

話を聞いていたのか、ウトウトとしながらもティナが必死に目を開けて言葉を続けた。

 

「お兄さんは朝が苦手な私の為に、毎日美味しい朝ごはんを作ってくれるんです。それに今日は寝癖を直してくれただけでなく、眠気に耐えられない私の代わりにパジャマを脱がして、お着替えを手伝ってくれて……」

 

「ちょ……ティナおまっ、何言って……!?」

 

突然、兄に着替えを手伝って貰ったということをカミングアウトし出したティナに、オルガは女子2人組が変な誤解をしてしまうのではないかと焦りを覚えた。

 

「え? 着替えもしてあげてるの?」

 

「ま、待て……それはだな……」

 

「へー! ティナちゃん、いいなー!」

 

「……え?」

 

女子たちの意外な反応に、オルガは思わず首を傾げた。てっきり引かれるとばかり思われていたものの、しかし、その予想に反して女子たちの口から飛び出したのは好意的なものだった。

 

「ティナちゃんいいなー、私も身の回りのお世話を何でもやってくれる、お兄さんみたいな人が欲しいなー」

 

「そ、そうか……」

 

女子たちは着替え手伝うということを、何でもやってくれるということだと解釈したのだろう。

 

「一応言っとくけどな、いつもティナの着替えを手伝ってやってる訳じゃねぇぞ? 今日はこいつがこんな調子だから、仕方なくやってあげただけで……」

 

「でもお兄さん、ティナちゃんの裸を見れて役得だったんじゃないですか? 女子高生の合法生着替えだーって、頼まれたのをいいことにはぁはぁ息を荒くして」

 

「そ、そんなことあるわけないだろ……家族だぞ?」

 

そう否定しつつも、一糸纏わぬティナの後ろ姿に見惚れてしまっていたことから、オルガは内心ギクリとしていた。

 

「あ、でも、着替えを手伝ってあげているからって、それをいいことに過度なお触りはダメですよ? いくらお兄さんであっても、ティナちゃんの穢れを知らない体を汚そうとするのは……」

 

「だから、そんなことしねぇって……ったく、オレたちは家族なんだから、家族同士でそんなこと……なぁティナ?」

 

「zzz……」

 

「なんだよ……また眠りやがって……」

 

女子2人に肩を支えられながら、その間で再び寝息を立てるティナを見て、オルガはため息を吐いた。

 

「まあいいか。ほら、お前さん方……授業に遅刻しちまうぞ。こんなところで無駄口叩いてないで、早く教室に行きな」

 

「はいはーい、それじゃあティナのお兄さん」

 

「バイバイですー! またお話しようねー!」

 

2人組はティナを連れて校舎の方へと向かって行った。

「……おお、忘れてた」

しかし、3人が校門を通ったところで、オルガは右手に持っていた袋のことを思い出し、慌てて彼女たちの姿を追いかけた。

 

「おーい、ティナ!」

 

「……うぅん? なんですかぁ……?」

 

「忘れもの、ほら……」

 

そう言ってオルガは、手製の弁当が入った手提げ袋をティナへと差し出した。

 

「あ……そうでした」

 

「いらないってんなら無理しなくてもいいぞ?」

 

「いえ、欲しいです……ありがとうございます」

 

寝起き特有のふわふわとした笑みを浮かべ、ティナは弁当を受け取った。視線を弁当に落とし、彼女はまだ温かさのある弁当を愛おしげに胸に抱く。

 

「すまねぇな。いつも同じようなものしか作ってやれなくて……年頃の女の子だったら、もっとおシャレなものが食べたいとは思うが……オレにはそーいうの難しくてな」

 

「……いえ、お兄さんが作ってくれるものは何でも美味しくて、私好きです」

 

「そっかぁ。まあ、冷凍食品とかの手抜きも結構混ざってるけどな」

 

「でも、お弁当のこの温もりは……お兄さんが私のためを想って作ってくれたことの証です。だから、この温かさがあるというだけでも、私はすごく嬉しいんです」

 

女子から両肩を支えられながらも、ティナはそう言って幸せそうな表情を浮かべた。そんな彼女を見ていると、オルガも自然と表情を緩ませるのだった。

 

「おー! いつもの愛妻弁当だ!」

 

「うーん、ティナちゃん羨ましー!」

 

オルガとティナのそんな一部始終を見ていた女子2人も、つられて笑顔を浮かべた。

 

「愛妻って……まあいいや、じゃあな」

 

「……あ、お兄さん!」

 

「ん……ティナ、どうした?」

 

「その……今日の晩御飯は私が作ります。お兄さんの為に、とびっきり美味しいものをご用意するので、出来れば……その……」

 

「分かったよ。仕事が終わったら真っ直ぐ家に帰るさ、それで……今日はどんなピザなんだ?」

 

「それは、ナイショ……です」

 

「そっかぁ、期待してる。勉強がんばれよ」

 

「はい……! お兄さんも、お仕事頑張って!」

 

どこかいたずらっぽい笑みを浮かべるティナと、最後にそんなやり取りをして、オルガは校舎の中に消えていく彼女たちの姿を見送った。

 

「さて、オレもそろそろ行かねーとな……」

 

そう呟き、学校の外に待たせていたタクシーのところに戻ろうとしたオルガだったが、つい先ほどまで道端に停まっていた筈のタクシーは、いつのまにか姿を消していた。

せっかちな運転手は、オルガたちの長話に付き合いきれなかったのだろう。

 

「いや、そこは停まっとけよ……」

 

料金の支払いを後でまとめてすれば良かったか? そんなことを考えつつ、オルガは辺りを見回した。しかし、入り組んだ住宅街の中である為、車の交通量は少なく、その分タクシーが通りがかってくれそうな雰囲気もなかった。

 

「仕方ねぇ、少し歩くか……」

 

携帯で呼び出すことも出来たが、それすらも億劫に感じたオルガは、職場までしばらく歩いて行くことにした。時間的にあまり余裕はないが、その時は大通りに出て、適当にタクシーでも見つければいいだろ……そう考え、オルガは職場に向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『鉄血・ブレット』外伝

非公式三次創作:7年後ーいまー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

約12時間後……

 

 

 

「お帰りなさい、お兄さん」

 

「おう、ただいま」

 

すっかり日も沈み、夜闇が世界を包み込んだ頃。

一通りの仕事を終えて、帰宅したオルガが玄関の扉を開けると、スリッパをパタパタとさせながら、先に学校から帰宅していたティナが出迎えてくれた。

 

その瞳は、朝とは打って変わって溌剌としていた。

彼女は料理をしている真っ最中だったのだろう。服の上から、今朝オルガも使っていた花柄のエプロンを身につけている。

 

「なんだ? まだ制服つけてんのか?」

 

靴を脱ぎながら、ティナがエプロンの下に学生服を着ていることに気づき、オルガは何気なくそう呟いた。学校から帰ってしばらく時間が経っている筈だというのに、ティナは何故か制服姿のままだった。

 

「はい。学校が終わってからというもの、お兄さんの帰宅に間に合わせるために食材の買い出しに行ったりと色々と忙しくて、着替える暇がなかったんです」

 

「そういえば晩飯作るって言ってたっけか……飯の支度がまだ終わってないんなら、よければ何か手伝おうか?」

 

「いえ、あと少しで終わるので大丈夫です。出来上がったら呼ぶので、お兄さんは先にお風呂入ってて下さい」

 

「ん、了解だ」

 

ティナに勧められ、オルガはお風呂場に向かった。

シャワーに身を晒して汗と汚れを洗い流し、身も心もさっぱりとしたところで部屋着に着替えてお風呂場を出ると、リビングの方からいい匂いが漂ってくる事に気づいた。

 

「おお……!?」

 

匂いに誘われるようにしてリビングに足を踏み入れると……次の瞬間、目の前に広がる壮観な光景に、オルガは思わず感嘆の声をあげた。何故なら、テーブルの上には豪勢な料理の数々が所狭しと並べられていたからだ。

 

美味しそうな肉汁を滴らせる肉厚のハンバーグ、バジルのフレッシュな香りを纏ったチキンステーキ、鮮度抜群なマグロの切り身がこれでもかと乗った鉄火丼、スパイスの効いた香ばしいカレースープ、綺麗に盛り付けられたサラダ、隅の方には自家製のトマトジュースなども用意されていたりする。

 

「あ、お兄さん!」

 

「ティナ……これは一体……?」

 

「はい、見ての通り晩御飯です♪」

 

ティナはそう言って満面の笑みを浮かべた。手にしたフライ返しの先端が、まるで彼女の心の盛り上がりを表しているかのようにクルクルと回る。

 

「これ、全部ティナが作ったのか……?」

 

「はい。お兄さんに食べて欲しくて、何日も前からこっそり準備してたんです! 作り方を調べたり、食材を調達していたり、色々と……ですね」

 

「マジか、全然気がつかなかった」

 

「だってお兄さんに気づかれないよう、私も細心の注意を払っていましたから。寝不足だったのは、お兄さんが眠った後に食材の仕込みをしていたからで、食材は冷蔵庫の奥に隠していたんです」

 

「なるほどな」

 

テーブルを埋め尽くす程の数をたった1人で作り上げてしまったティナの実力に驚きつつ、オルガはテーブルに近寄った。出来立ての料理からは熱々の湯気が立ち、食欲をそそる良い香りが部屋中を満たしている。

 

「それにしても、一体どうしたんだ? 今日は一段と豪華じゃねぇか……今日は何かの記念日だったか…………ああ、そういやそうだったな」

 

オルガはそこで、今日がどういう日かを思い出した。

 

朝のニュースでも報じられていた通り、今日は世界からガストレアウィルスの脅威が去り、この世界を生きる人々が、本来あるべき平穏を勝ち取った記念日だった。

世界中の人々が今日という日を盛大に祝う中……しかし、オルガ・イツカの顔色だけは優れなかった。

 

「お兄さん……」

 

重苦しいその表情から彼の複雑な心境を察し、ティナは力なく落ちたオルガの手をぎゅっと握りしめ、掌に指を絡ませてきた。

 

「それもあるにはあるんですが……今日、沢山の料理を作った理由は別にあるんです」

 

「……え?」

 

その言葉に、オルガはティナを見つめた。

 

「実は、お兄さんに日頃の感謝の気持ちを伝えたかったんです。ほら……感謝を伝えるのに、特別な日なんて関係ないって言うじゃないですか」

 

ティナはオルガの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。

 

「かつて、私は戦うためだけに作り出された存在でした。そして、ガストレアの脅威が去ったこの世界では、私のような存在は無用の長物なんです」

 

少しだけ悲しげな表情を浮かべ、彼女は続ける。

 

「ガストレアの呪縛と人の狂気が合わさった、負の遺産と呼ぶべきハイブリット。戦いこそが私の存在する意義。ですが、この世界からガストレアは消え去り、争いの種がなくなったことで、私は存在意義を失いました。そして、私という存在はあの混沌に満ちた時代の忌むべき象徴でもあります。本来であれば、7年前のあの日……私はいなくなるべきだったんです」

 

「……ッ!」

 

 

 

ティナの言葉に、オルガの中で7年前の記憶がフラッシュバックした。

 

血まみれになったティナ・スプラウト

氷のように冷たくなった小さな体

止まらない失血が、容赦なく体力を奪っていく

オルガの腕の中で、ティナは弱々しく腕を伸ばす

血濡れた指先が頬に触れる

力なく紡がれる、その言葉

笑顔を浮かべる彼女の、虚ろげな瞳

 

頬に触れていた指が、ゆっくりと崩れ落ちる

 

 

 

「お兄さん、痛いです」

 

気づいた時には、オルガはティナのことを抱きしめていた。力のこもった抱擁に、彼女は小さく呻き声を漏らすも、しかし、嫌がっている素ぶりは見られない。

 

「そんなこと、言うなよ……」

 

大切な家族を失いかけた時の衝撃が蘇り、どうしようもない喪失感に苛まれたオルガは、ティナの存在を確かめるように、その体を強く抱きしめる。

 

「ティナ、お前はガストレアなんかでも兵器なんかでもねぇ。オレらと同じ、あったかい血の通ったひとりの人間だ……だから人間らしく、普通の生き方をしろ! もう、戦い続ける必要なんてないんだ……」

 

オルガがティナを学校に通わせているのは、ただ単に学力やキャリアを作る為だけではない。学校生活を通して勉学に励み、友だちを作り、協調性を知り、進路に悩んで、恋をして……そういった、イニシエーターと呼ばれていた頃には出来なかった、人として当たり前のことを経験させる為でもあった。

 

そして、戦いしか知らなかった彼女に、生きがいを与える……それが、生き残った者の役目であり使命であると自覚し、オルガはティナと共に暮らすことを決めたのだった。

 

率先して料理や家事をするようになったのも、そういう意図からくるものだった。愛情、そして信頼。かつて自分たちが恵まれることがなかったそれらを与え、保護者として、義理の兄として、そして家族として、ティナの成長を見守り続けようとしていた。

 

「それに、オレたちは家族だ。例え世界がお前のことを敵だと言っても、どれだけ酷い仕打ちをしたとしても、家族であるオレだけはお前のことを絶対に見捨てることはねぇし、何が何でも守ってみせる! だから……」

 

「ふふっ……」

 

悲痛な表情でそう訴えかけるオルガに対し、

その一方で、ティナは微かに笑った。

 

「な、なんだよ……!?」

 

「いえ。相変わらず……お兄さんは温かいなって、そう思っただけです」

 

ティナはそう呟き、間近に迫ったオルガの体温と心臓の鼓動をより強く感じられるよう、そっと目を閉じた。

 

「安心してください、お兄さん」

 

オルガの胸の中で、ティナは穏やかな微笑みを浮かべた。それからオルガの背後に手を回すと、まるで子どもをあやすかのような優しい手つきで彼の広い背中を撫でた。

 

「もうこの世界に私は必要とされていない、自分なんていなくなればいい……かつての私なら、まず間違いなくそう言っていたと思います」

 

「え?」

 

「お兄さんの想い、ちゃんと伝わっていますよ」

 

不思議そうな顔を浮かべて見下ろすオルガを、ティナは優しげな笑みを浮かべて見上げた。

 

「なので、お兄さん……ありがとうございます。こんな私を認めてくれて、戦い以外の道を教えてくれて、そして生きることの幸せを教えてくれて……お兄さんには、感謝してもしきれないくらいなんです」

 

「い、いや……オレは別に、そこまで大したことは」

 

「お兄さんの存在があったからこそ、私は変わることができたんです。お兄さんが、今の私を生み出してくれた……だからもう、私の全てはお兄さんのものなんです」

 

「……っ!」

 

ティナは抱き合ったまま至近距離で見つめてくる。その姿は、オルガの中でとある人物の姿と重なって見えた。

 

「お兄さんが私にくれる愛情に応えるためにも、私は兄さんと一緒に生きていたいです。……ガストレアとの戦いで失われた多くの人たち、生きたくても生きることができなかった人たちの分まで、だから……私はもう、自分のことを存在する価値がないなんて言ったりしません」

 

そうして、ティナは満面の笑みを浮かべた。

 

「ただでさえお仕事で忙しいのに、私に構ってもっと忙しくしている。お兄さん、いつも私の側にいてくれて、ありがとうございます。よければ、これからもずっとお側にいさせてください」

 

「ティナ……」

 

込み上げてくるティナに対する愛しげな気持ちに、オルガは思わず彼女の頭を撫でてあげたい欲求に駆られた。ティナもまたそれを望んでいたようで、オルガの大きな手がサラサラのプラチナブロンドに差し込まれると、彼女は気持ち良さそうに目を細めた。

 

「……ぐっ!?」

 

しかし、その時だった。

なんの前触れもなく、体の奥底から込み上げてきたもう一つの欲求を、オルガは抑えることができなかった。

 

「え……?」

 

オルガの身に起きた異変に気づき、ティナは驚いたように目を見開いた。

 

「お、お兄さん……?」

 

「ち、違うぞ……! これはその……」

 

こちらを見上げてくるティナに、オルガは慌てた様子を見せた。彼のその表情は、正直に反応してしまった自分の体に対する羞恥心からか、少しだけ赤く染まっている。

 

「言うな……言うなよ?」

 

「あの、もしかして……」

 

「言うんじゃねえって!」

 

「……お腹、鳴っちゃいました?」

 

「…………」

 

沈黙が答えだった。

オルガは唇を噛み、ティナから視線を逸らした。

 

「ああ、クソっ……しまらねぇ……」

 

「お兄さん」

 

「なんだよ……」

 

「すごく、可愛いかったです」

 

「うるせぇ! ああもうっ……! なんでオレはこんな時に、情けねぇ……」

 

オルガは空気の読めない自分の腹の虫を恨めしく思いつつも、実はティナの作る晩御飯が楽しみで、この時のために昼飯を抜いていたと言い訳がましく告白した。

 

「ふふっ……お腹鳴らしちゃうほど心待ちにしていてくれていたんですね……なんだか嬉しいです」

 

「くっ、何回も言うんじゃねぇぞ……流石のオレでも恥ずかしすぎるぞ、これは」

 

「ふふっ……そうですね。それじゃあ晩御飯にしましょう! 早くしないと、せっかくのお料理が冷めてしまいます」

 

「ああ、そうだな」

 

ティナの言葉に、オルガは気を取り直して晩御飯にありつくことにした。2人揃って椅子に座り、いただきますの挨拶と共に食事を始めた。

 

「お兄さん、お味はいかがでしょう?」

 

「美味い……どれもこれも、美味すぎる!」

 

「そ、そうですか……なら良かったです!」

 

夢中で箸を進めるオルガを見て、ティナはホッと胸を撫で下ろした。

 

「すげぇよ、ティナは……それにしても、いつの間にこれだけのものが作れるようになったんだ? オレの知る限りでは、確かピザしか作れなかったはずだが……」

 

「その逆ですよ。ピザ作りに特化していたからこそ、これだけのものが作れたんです」

 

「ん、どういうことなんだ?」

 

「ほら、よく言うじゃないですか。一芸に秀でる者は多芸に通じるって……長年にわたるピザ作りの末に、ピザ作りを極めた今の私にとって、それ以外の料理を作ることなんて造作もないことなんです」

 

「へぇ、そういうもんなのか……?」

 

「そうです! いつまでも『ピザマシーン』とは呼ばせません。まあ……本当のことを言うと、この日の為に結構練習していたんですよ? 朝に会ったお2人も、事情を話したら快く協力してくれて……」

 

「そっかぁ、ははっ……いい友達を持ったな」

 

「はい! お2人とも、とってもいい人たちなんです。あ、そうそう! お兄さんがピザをご所望しているかと思いまして、実はデザートにフルーツを乗せたピザを用意してるんです。よければどうぞ」

 

「おぉ! 流石ティナ、気が効くじゃねーか! ティナのピザはただでさえ絶品だからな、ちょうど一品欲しいと思っていたところだから、食べるのが楽しみだ……!」

 

美味しい料理に舌鼓を打ちながら、2人は楽しそうに会話を繰り広げる。ティナの手料理には人を幸せにする作用があるかのようで、食事を続ける2人の顔に、つい先ほどまでの寂しそうな色はなかった。

 

「でもまあ……あれだな。1人でこれだけ美味い飯を作れるってんなら、オレの地味な料理はもう必要ないな。これからは洗濯以外にも色々と任せていいか?」

 

「任せてください……と、言いたいところですが、ピザ以外のものを毎日作るとなると慣れてないのできついです。あと、お兄さんの料理は地味じゃないですし、作ってくれるお味噌汁はとても美味しいので、できれば当番制にしてくれると嬉しいです」

 

「ははっ、分かった分かった。これに関しては、これから時間をかけて決めていくとして……ん、それにしても美味いな。これだったら将来、いい嫁さんになれるんじゃねーの?」

 

「……」

 

オルガの言葉に、ティナの箸がピタリと止まる。

美味しいティナの料理に対して、彼は彼なりの最大級の褒め言葉で賞賛したつもりだったのだが、この状況では違う意味になってしまっていた。

 

「ん? どうした?」

 

「他人事ですね」

 

「えっ?」

 

「もういいです。お兄さんなんて知りません」

 

「ティナ!? ま、待ってくれ……」

 

明らかに怒った様子を見せるティナに、オルガは困惑した。訳も分からないまま彼女に謝罪し、それから怒っている理由を尋ねようとしたのだが、ティナはそれに答えず小さく息を吐いた。

 

「はぁ……全く、お兄さんは女心というものが分かっていないです。今回はお兄さんのことをよく知ってる私だったから良かったですが、赤の他人相手だとトラブルの元になることもあるので、その辺りのことはちゃんと勉強しておいてください」

 

「お、おう。分かった……気をつける」

 

なんとか機嫌を取り戻してくれた様子のティナを見て、オルガはホッとしつつも、改めて女心の難しさを実感するのだった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

それから2時間後……

 

 

 

「お兄さん」

 

皿洗いやらなにやら一通りの家事を終え、オルガがテレビを見ながらリビングでくつろいでいる時だった。ソファの上でウトウトとしている彼の元に、パタパタと足音を立てながらティナがやってきた。

 

「今日はお月様がよく見えるそうですよ? 一緒に見にいきましょう!」

 

オルガの前に立つ彼女は、未だに制服姿のままだった。

そんな彼女の言葉にオルガは疑問符を浮かべるも、理由を尋ねるよりも早く腕を引かれ、おぼろげな思考のまま家の2階へと上がり、そのまま彼女の部屋へと連れ込まれてしまった。

 

「お兄さん! ほら、見てください」

 

「あ、ああ……」

 

部屋のベランダに出た2人は夜空を見上げた。

そこには、満天の星空。

ガストレア大戦の影響で世界各地が暗く静まり返り、大部分の地上の光が消滅したことで、人々は夜空に輝く星々の、本来あるべき美しい姿を取り戻していた。

それは復興がある程度完了した今でも変わらない。

 

まるで黒いカーテンの上に、銀色に輝く宝石を散りばめたかのような神秘的な光景。そして、その中に浮かび上がる一際大きな穏やかな光……円弧状の細い範囲が輝いていた。

 

「三日月……」

 

夜空の中央に浮かび上がる三日月を見て、オルガの口から思わずその言葉が漏れ出た。しかし、月が放つ白い輝きには紅い光が混じっており、それがただの三日月ではないことは誰の目にも明らかだった。

 

 

 

月周回軌道上に咲いた一輪の花。

それは、決して散らない『鉄の華』の色をしていた。

 

 

 

7年前と変わらぬ輝きを放つそれは、ちょうど三日月の中心部分に位置しており、それはプラチナリングにはめ込まれたルビーの宝石が、夜空に浮かび上がっているかのようだった。

 

「綺麗、ですね……」

 

「ああ……そうだな」

 

2人はベランダで横並びになって月を見上げた。

まるで月の輝きに魅了されてしまったかのようなその瞳には、ひとことでは言い表す事のできない様々な感情で溢れていた。

 

その内、どちらからともなく手が繋がれ、

月明かりを前に、2つの影が1つに重なった。

 

「……なあ、ティナ」

 

2人揃ってしばらく月を見つめていたところで、

オルガは唐突に彼女へと呼びかけた。

 

「こんなオレの隣にいてくれて……ありがとな」

 

「……え?」

 

「いや、何でもねぇ……」

 

そこで気恥ずかしくなったオルガはティナから視線を逸らし、再び夜空の月を見上げた。そんな彼の心境を察してか、ティナはくすくすと声を上げて笑う。

 

「ふふっ……お兄さん」

 

ティナは小さく息を吐き、オルガの大きな手をぎゅっと握りしめて……そして、こう続けた。

 

 

 

 

 

「月が綺麗ですね」

 

 

 

 

 

「……ん? ああ、そうだな」

 

その言葉に、オルガは小さく頷いて同意を示した。

それからティナの方へ顔を向けると、綺麗だと言いつつもティナの視線は夜空の月ではなく、何故か自分の方に向けられていることに気づき、彼は疑問符を浮かべた。

 

月明かりに照らされた彼女の表情は、

うっとりと、にわかに赤く染まっていた。

 

「ん、どうした?」

 

「いえ……ふふっ、なんでもないです♪」

 

「??」

 

意味ありげな笑みを浮かべて視線を逸らすティナを見て、オルガは小さく微笑みを返しつつ、首を傾げることしかできなかった。

 

「こういう時、この国ではお団子を用意するんですよね。満月ではないですが、今度作ってみましょうか? その、できればお兄さんと一緒に……」

 

「おお……そりゃいい…………な…………ふわぁ」

 

その時だった。

オルガは猛烈な眠気を感じ、空いている片方の手で欠伸の出る口を押さえた。

 

「お兄さん、眠たいんですか?」

 

「ああ、少しな」

 

「では、私の部屋で少し眠っていてください。後のことは私が全部やっておきますから」

 

そう言って自分のベッドへ行くことを促すティナに、オルガは彼女の寝る場所がなくなってしまうと考え、首を横に振った。

 

「いや、いい……自分の部屋で…………」

 

「おっとっと、危ないです」

 

しかし、あまりの眠気に耐えきれず、オルガの体が前のめりに倒れかけてしまった。最早、この状態では階段を下りるどころか普通に歩くことすら困難だった。

 

ティナはそんな彼の体を抱きしめるようにして支え、その背中を優しくさすった。

 

「ふぅ……ようやく薬が効いてきましたか」

 

「…………え?」

 

「いえ、何でもないです。そんなことより、安心してください。大丈夫、お兄さんの悪いようにはしませんから……」

 

耳元で優しく囁かれる彼女の声が、彼の眠気を誘う。

 

猛烈な眠気、そしてティナの言葉。

何かがおかしいことに薄々気がつきながらも、体が全く言うことを聞かない。居心地のいいティナの体に包み込まれながら、やがてオルガの意識は完全に闇に呑み込まれてしまった。

 

 

 

「ふふっ……おやすみなさい、オルガさん」

 

 

 

最後に、彼女がそう言ったような気がした。

 

 

 

 




次の話でひとまず終わりです。
2週間以内の日曜日には投稿しますので、宜しけれは……

それでは、また……

12.3追記
作者の語彙力不足により投稿できませんでした。
代わりにプロローグを作っておきましたので、代わりと言っては何ですが是非そちらの方を見ていただけると幸いです。(続きはまだかかりそうです)

鉄血・ブレットの最新話が出るまでには……!
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