7年後ー暁を目指した者たちー 作:野生のムジナは語彙力がない
本格的な戦闘パートなので編集など色々大変だとは思いますが、是非とも止まらずに完成させて欲しいところです。できればアニメ化された第三次関東会戦のところまで……!
とまるんじゃねーぞー!!!
それでは、続きをどうぞ……
7年前……
『東京エリア奪還作戦』
(オペレーション:『アイアン・ブラッド』)
作戦開始から48時間後
その日、かつて東京エリアと呼ばれていた彼の地は紅色に包まれていた。
荒れ果てた道路、工業排水で汚染された東京湾、破壊され尽くし閑散とした居住区、傾斜しガストレアの巣窟と化した高層ビル群、そして雲1つない澄んだ大空に至る、ありとあらゆるものがガストレアの眼球が放つ光と同様の紅に染まり、それはさながら、黄昏時のような様相を呈していた。
外周区にそびえ立ち、ガストレアの脅威から唯一身を守ることのできる存在であり、東京エリアをぐるりと囲むように並列していた人類最後の希望、十数基のモノリスは1つ残らずこの世から消滅していた。数ヶ月前まで当たり前のように存在していたのが嘘だったかのように、かつてそれらが佇んでいた場所には僅か数メートルほどの基礎ブロックが残されている程度で、荒廃した東京エリア一帯の景観を邪魔するものはなくなり、中央からでも紅く染まった地平線を一望することができた。
人類は敗北した。
11年に渡る血生臭いニッチの奪い合いの結果、地球はガストレアの色に染まり、もはや人類がかつて生を謳歌していた美しい青い地球はどこにも存在していなかった。
支配シフトシナリオによって、ガストレアは新たに地球の支配種として君臨した。生存権を追われた人類は、最早彼らにとって鬱陶しい害虫に過ぎないのだろう。
この結末が覆る確率は万が一にも等しい、だが人類は最後の一瞬までこの苛烈な運命に抗うことを決めた。どこからともなく散発的に響き渡る銃声や爆音は、未だこの状況に抗う戦士たちの存在を示していた。しかし、それももう間も無く終わることだろう……
突如として勃発した『第二次ガストレア戦争』
全世界で同時多発的に行われたガストレアの侵攻により、世界の総人口が1億を下回ってから2週間。最後の希望を託してこの戦いに挑んだ人類軍は、既に全戦力の9割を喪失……
最早、人類の命運は風前の灯だった。
そして、ここにも今まさに最後の時を迎えようとしている2人の姿があった。銀髪の青年はガストレアの追跡から逃れようと廃墟の影に身を隠しており、その腕の中にはプラチナブロンドの少女がぐったりとした様子で意識を失っていた。
「クソッ……血が止まらねぇ!」
腕に抱いた少女の傷を止血帯越しに手で塞ぎながら、銀髪の青年は思わず毒づいた。彼女の腹部からは、ぬるま湯のような温かさを含んだ粘液が絶えず溢れ出ており、紅色の景色の中では認識し辛いものの、流れ出た液体が青年の服を色濃く染め上げ、2人の周囲に大きな血だまりを作った。
体内にガストレア因子を宿し、常人とは比べ物にならないほどの高い再生能力を持つイニシエーターであるはずの少女。しかし、この時ばかりはその再生能力が全くといっていいほど機能していなかった。
いや、封じられているといった方が正しいのだろう
「……アイツの影響か」
青年は天を仰ぎ見た。
そして、廃墟の天井に開いた大穴から『それ』を見ることができた。全世界がガストレアの紅色に覆い尽くされてもなお、東京エリアの上空で『それ』は禍々しい紅色の輝きを放って、太陽の如くこの世の全てを照らし出していた。
「おに、い……さん……?」
「……ティナ!?」
その時、頭上から差し込む紅い光から逃れようと、青年が体を強張らせたことで意識を取り戻したのだろう。掠れた声に青年が視線を向けると、少女の紅い瞳が弱々しく彼の姿を映し出していた。
「ティナ! 気がついたのか!」
「お兄さん……? 私は…………ぐっ、かはっ!?」
ティナは激しく咳き込んだ。
口から大量の血反吐が飛び出し、彼女は苦しそうな表情を浮かべる。しばらく経ってティナの呼吸が落ち着いてくると、オルガは顎を伝って流れ落ちる血を優しく拭ってあげた。
「そっか……私は、もう……」
「見るんじゃねぇ! イニシエーターの再生能力で傷はもうすぐ塞がる、動くともっと血が流れちまうから、今は動くんじゃねぇ……ッ! だからじっとしてろ」
「……は、はい」
ティナを安心させようとオルガはそう口走るも、蒼白に染まったその表情、虚ろげな瞳、そして床に広がる血の海は、過酷な現実を彼に突きつけていた。
彼女がもう、あまり長く生きられないことは誰の目にも明らかだった。
終わりの時は刻一刻と迫っていた。
このまま出血死してしまう方が先か、もしくは血の匂いを嗅ぎつけたガストレアに食い殺されてしまうのが先か、どちらにせよ彼女が助かる見込みはゼロに等しい。
「……ここ、どこですか?」
「さーな、どこだと思う?」
「て、天童……天童民間警備会社の中ですよね」
「……よく分かったな」
オルガは小さく頷いた。
重症を負ったティナを抱え、ガストレアの魔の手から逃れようと命からがら戦場を駆け抜け、その果てに偶然辿り着いたのがこの場所だった。
当初、オルガはこの場所が自分たちのよく知る天童民間警備会社であると信じることができなかった。なぜなら、天童民間警備会社のテナントが入った雑居ビルは1階と2階が押し潰されてしまっており、3階にあったはずの看板が1階に転がっていたからだ。窓を叩き割って内部へ踏み込むと、室内は押し寄せてきたガストレアによって荒らされてしまったのか、かつて自分たちが過ごした思い出の空間は見る影もなくなり、無残にもただの廃墟と化してしまっていた。
「例え……どんなに形が変わってしまったとしても、朽ち果てようとも……ここは私にとって……思い出の、場所ですから……」
オルガの腕の中で、ティナは弱々しくそう呟いた。
「それで……作戦は、どうなったんですか……?」
「……ッ」
ティナの発したその問いかけに、オルガは少しの間逡巡した後、自分の顔に無理矢理笑みを浮かべさせ、そして言葉を続けた。
「……勝った」
「本当ですか?」
「当たり前だろ。そうだ、俺たちは勝って奴らを東京エリアから追い出した。大勝利だ! じゃなきゃ、こんなところでのんびり傷の手当てなんて出来るはずもねぇからな」
「そうですね……よかった……」
それが嘘だというのは誰の目にも明らかだった。
天童民間警備会社の外からはガストレアの咆哮、遠くからは未だ銃声と砲声が轟き、空には無数の飛行型ガストレアが跋扈し、僅かに生き残ったガンシップドローンと熾烈なドッグファイトを繰り広げ……何よりも、全てのものが紅く染まったこの状況が何よりの証拠だった。
しかし、ティナはオルガの言葉を否定せずにホッとしたように頷くばかりだった。しかし、まるで心の底では全てを理解しているかのようなティナの瞳に、オルガは観念したかのように一瞬、ぎゅっと目を瞑った。
「お兄さん……」
その時、腹部の傷を抑えつけ血まみれになったオルガの手に、ティナの白い手がそっと重ねられた。
「……お兄さんは、どうしたいんですか?」
「え?」
「この戦争が終わって、私たちが『呪われた子供たち』もガストレアもない、平和な世界を取り戻した時には……お兄さんは、どうするつもりなんですか? どうしたい……ですか?」
「今、そんなこと話してる場合じゃ……」
会話することで余計に体力を消耗してしまうことを恐れたオルガだったが、しかし、それに対してティナは静かに首を横に振った。
「もう……いいんです。おにい、さん……」
オルガのことを安心させるかのように、ティナは明るい表情を浮かべた。諦めたように色を失い、虚ろとなった彼女の瞳が陽炎のように揺れる。
「自分の体のことくらい、自分でもよく分かっているつもりです……私はもう、長くは生きられないって……」
「そんなこと言うんじゃねぇ……ッ! ティナ! もうすぐ助けが来る! だからそれまで……」
そこまで言いかけて、オルガは思わず口を噤んだ。よろよろと伸びたティナのひとさし指が、カサカサに乾ききった彼の唇に触れたからだ。
「だから……せめて今だけでも、私がいなくなる最後の時まで……お兄さん……どうか、私のそばに……私と一緒にいてくれませんか? 私と……話をしてくれませんか……?」
「…………ッ」
血は繋がらずとも、家族同然とまで呼べるほど昨日まで身近に感じていた大切な人の命が、今まさに、目の前で失われようとしている。過去、幾度となくそのような場面に立ち会ってきたオルガだったが、だからといって慣れているということはなく、寧ろ、それが返って「また守れなかった」という想いから来る自分の情けなさ、そして無力さを酷く痛感することとなった。
「そんな顔を……しないで、下さい……」
オルガの唇を塞いでいたティナの指先が横に移動し、今度は彼の頬に触れる形となる。大量出血によって極度に体温が低下した彼女の指先はゾッとするほど冷たく、こうして会話ができているのが信じられないほどだった。
「お兄さん、あたたかい……」
オルガの放つ熱を慈しむように、彼の頬を撫でる。
「お兄さんは……悲しそうにしている顔よりも、もっと自信たっぷりな表情の方が……に、似合っていますよ。だから、笑ってください……お兄さんの笑顔は、私にとっての太陽…………その暖かな笑顔が、凍り付いていた私の心を溶かして……満たしてくれるんです」
そう言って、ティナは優しく微笑みかけた。
「お兄さんと過ごしたこの1年は……私にとって、とても有意義なものでした……いえ、意義とかそういうの関係なしに、わ……私は、まず間違いなく、幸福を……感じていました」
ティナの言葉に、オルガの中でひと昔前の記憶がフラッシュバックする。
敵として出会い、この場所で彼女と一戦交えた時のこと……その後、仲間であり家族として天童民間警備会社に迎え入れた時のこと……
ソファで眠るティナの体が冷えてしまわないよう、自分のジャケットをかけてあげた時のこと……木更の作った蒸かし芋を半分こし、一緒に食べて微妙な顔をし合った時のこと……身の上話や世間話など、沢山のことを夜遅くまで語り合った時のこと……
ティナと過ごした……いや、それだけではない。蓮太郎、延珠、木更、そして三日月。この場所で、家族と過ごした貧しくも充実した日々が……まるで走馬灯のように流れていく
幸せだったあの日には、もう戻れない
「ランド教授の元で、機械化兵士として……ただ消費されていくだけの存在だった頃には決して得ることのできなかった、幸福を……私にくれて、お兄さんには感謝しても仕切れないくらいです……」
「いや……感謝するのはこっちの方だ。あの時…………ミカがいなくなっちまったあの時、何もできなくなっちまったオレのことを元気付けてくれて、ありがとな。お前が……ティナがいなかったら、オレは多分……立ち直れなかったと思う」
「そうですか……ふふっ、やっぱり少し強めに叱っておいて正解でした。か……悲しそうにしているお兄さんの顔なんて……見たくないですから」
指先が触れるだけだったティナの手が、オルガの頬を包み込むように伸びる。彼女の体から流れ落ちた血が顔についてしまうことも構わず、オルガはティナのことを見つめ続けた。
「できることなら、私は……お兄さんと一緒にいたいです。これから、もっと、ずっと……お兄さんと色んなことを経験して、たくさんの思い出を作っていきたいです」
「なら、これから作っていけばいいじゃねぇか。人生はまだまだ長ぇんだ……オレにできることだったら、ティナの為なら何だってやってやるからよ……!」
「じゃあ……1つだけ、いいですか?」
「おう、何でも言ってみろ?」
「…………お兄さん」
ややあって、ティナは意を決したように続けた。
「この戦いが終わったら、私と結婚して下さい」
「……ッ!?」
彼女の口から飛び出した意外な言葉に、オルガは思わず言葉を失った。
「すみません……こんな時にする話じゃないというのは……り、理解しています。だけど……こういう時じゃないと、お兄さんは……私のこの気持ちを……お兄さんのことが好きだっていう気持ちを、ちゃんと聞いてくれないと…………思ったので」
それを聞いて、オルガは激しく後悔した。
自分のことを好いているという、彼女の気持ちに気がつかなかったというわけではない。ひと回り以上も歳の差が離れていることで、どうしてもその気になれなかったというのもあったが、それは恋愛感情というより、親から愛情を貰えなかった反動からくる身近な大人に対する甘えのようなものだと思ってしまい、今まで本気で相手をしてこなかった。
しかし、ここに来て彼女の瞳は本気だった。
完全に意を決したような、強い覚悟を秘めたその瞳でまっすぐに見つめられ……こんなことになるならば、もっと早く彼女の気持ちに振り向いてあげるべきだった、思わずそう考えずにはいられなくなり、オルガは心の奥底に焦燥感のようなものが湧いてくるのを感じた。
「最後に、伝えておきたくて……」
「最後なんて言うんじゃねぇッ!! ああ! 結婚でも何でもしてやるよ! オレがお前のこと一生幸せにしてやる! だから、生きろッ……ティナ!」
オルガの叫びに、ティナは驚いたような表情を浮かべた。
「……い、いいんですか?」
「ああ……ティナのこと、ずっと大切にする」
「……お兄さん。私……生まれてからずっと乾いたような日々を送ってきたので……私と一緒になったら……結構……求めちゃいますよ? それでも、いいんですか?」
「ああ、お前の頼みなら何だって聞いてやるし、行きたいところがあるって言うなら、どこへでも連れて行ってやるよ……だからッ!」
オルガの言葉を聞き、ティナの顔に温かなものが広がった。僅かに肩を震わせ、瞳の淵にうっすらと涙を浮かび上がらせながら……彼女は、最後の望みを口にした。
「じゃあ、お兄さんとの結婚式は……海が見えるチャペルがいいです。……とっても綺麗な純白のドレスを着て……天童社長、延珠さん、蓮太郎さん……そして、三日月さんに見守られながら、ヴァージンロードを渡ってお兄さんの元に向かうんです。そうじゃないと……許しません」
「ああ……そうだな」
2人はまっすぐに見つめ合い、そして笑い合った。
「帰ろう、オレたちの家に」
「…………はい…………もう、帰りましょう」
そこで、オルガはティナの体から徐々に力が抜けていくような気配を感じた。それはまるで……彼女の命が、この小さな身体の中から消えていくような……
「……お兄さんは…………後から来て下さいね?」
「……ティナ?」
「最後に……伝えられて…………よかったです」
「……お、おい!」
「お兄さん…………だいすき………………」
それが彼女の発した最後の言葉だった。
オルガの頬を包み込んでいたティナの掌が離れ、腕が力なく地面に落ちる。完全に光を失った瞳の淵から、一筋の雫が彼女の頬を伝って流れた。
「ティナ……ッッッ! おい!返事をしろッ!」
オルガは慌てた様子でティナの体を揺さぶった。
まるで、そうすることで彼女の命が戻ってくると本気で思っているかのように……長い時間そうした後、やがてオルガはティナの体を強く抱きしめ、そして絶叫した。
「ティナァァァァァ!!!」
その時、ガストレアとの空戦で被弾し制御を失ったドローンが、錐揉みの状態で墜落を始めた。不運なことに、その落下先はオルガたちがいる天童民間警備会社の建物で、しかも、故障により初期の段階で発射出来なかったのか、右側の主翼には対ガストレア用のヘルファイアミサイルが懸架されたままだった。
風を切る甲高い音と共に、炎上したドローンが飛来する。しかし、冷たくなり動かなくなったティナを抱えたオルガはそれに気づかない。
爆炎が、2人のいる建物を包み込んだ。
『鉄血・ブレット』外伝
7年後ーあしたー
「……ハッ!?」
暗い部屋の中で、オルガは目を覚ました。
「なんだよ……夢か」
夢とはいえ、絶望的な状態から脱し、平穏な現実へと舞い戻ることが出来たことにオルガは息を吐いた。それと同時に、どうして今更7年前のことを夢に見てしまうのかを不思議に思った。
「というか、ここどこだよ……」
自分のものではないベッドの上で、仰向けの状態になったオルガは、見知らぬ天井を見上げてそう呟いた。状況を確認するべく起き上がろうにも、しかし、悪夢から目覚めた直後で脱力してしまったのか、なかなか体に力が入らない……
かろうじて首を動かすことは出来た為、周りを見回すと……やがてオルガは、自分が今、ティナの部屋の中にいることに気づいた。いつのまにか彼女のベッドに寝かされ、しかも丁寧に毛布がかけられている。
(ティナは……?)
オルガは咄嗟にティナの姿を探した。
しかし、部屋のどこにも彼女の姿はなく、部屋は暗闇と静寂に包まれていた。その静けさに、つい先ほどの悪夢も相まって、オルガは少しだけ怖くなった。
そう思いかけたところで、自分の体がやけに重くなっていることに気づき、オルガは下の方に目を向けた。そして、足を上げているわけでもないのに、自分の体を覆っている毛布に不自然な盛り上がりが出来ていることに気づいた。
「……?」
オルガがそれを不思議そうな目で見ていると、それは彼の意思に反してもぞもぞと動き、ゆっくりと彼のお腹から胸の方へと重心を移動させ、やがて自ら毛布をめくり上げて目の前へと姿を現した。
「ティナ……?」
毛布から顔を出した彼女と、少しの間だけ至近距離で見つめ合い、彼女の存在を感じて、オルガは静かに安堵した。
「おはようございます、オルガさん」
ティナは神妙な面持ちでそう告げた。
オルガの上に寝そべるような形となった彼女は、顎を彼の胸板に当て、生気に満ちた瞳でオルガのことをジッと見つめていた。
「オレは……どうして?」
「覚えていないんですか?」
「……ああ、なんでオレ……ティナの部屋に?」
「ディナーの後、2人で月を眺めていた時、オルガさんが急に倒れちゃったんです。でも、私1人の力では下の階にあるオルガさんの部屋まで運べなかったので、ここに寝かせてあげたんです」
「そっか、迷惑かけたな……」
オルガは改めてティナのことを見つめた。
俄かに上気した肌、美しいプラチナブロンドが僅かに水気を帯びており、さらに洋服越しに感じられる体温もやけ高く感じられることから、彼女がお風呂から上がってまだ間もないことが分かった。
「いいんです……全部、私のせいですから」
「え……?」
「いえ、何でもありません……ふふっ♪」
そう言って、ティナはいたずらっぽい笑みを浮かべた。その言葉と表情に、オルガは意識を失う直前に彼女が薬がどうとか言っていたことを思い出し、疑問符を浮かべた。
「なあティナ、一体何を……?」
「そんなことよりも、嫌な夢を見ていたんですね」
「なんでそれを……」
ティナの意図を尋ねようとしたオルガだったが、それよりも早く悪夢を見たことを言い当てられ、思わず体を強張らせた。
「先程から、寝言でしきりに私のことを呼んでいました。顔色も、あんまりよくないです……」
そう言って、ティナはオルガの頬に触れた。
指先でくすぐるように動く彼女の指先は、夢で感じたような冷たさはなく、それだけで温かくて優しげな彼女の心が伝わってくるようだった。
指先から伝わる彼女の熱は、凍り付いてしまったオルガの心を溶かすには十分だった。
そこでオルガは、7年前のことを夢で見ていたと、ティナに包み隠さず告白した。ティナはそれを全て聞き終えると、何を思ったのかオルガの頬を両手で包み込み、さらに身を乗り出して、お互いの鼻先がくっついてしまうほど顔を近づけた。
「大丈夫ですよ。オルガさん……私は、ここにいます」
「ティナ…………ッ!?」
オルガが反応するよりも早く、ティナは両目を閉じてさらに顔を近づけた。自分の唇に柔らかいものが押し当てられるのを感じて、オルガは思わず体を強張らせた。
静寂の中に、リップ音が響き渡る。
当初、触れるだけのものだったそれは、いつしか激しさを増し、ティナはついばむように相手の唇を求めた。
オルガは抵抗しなかった。
いや、そうしようにも出来なかった。
「キス、しちゃいましたね……えへへ」
唇を離し、ティナは幸せそうにはにかんだ。
眩しい笑顔を浮かべる彼女に、オルガは恥ずかしさのあまり、思わずその場を離れようと体に力を込めるも、しかし、その体が動くことはなかった。
「な、なあ……ティナ?」
「動けないですか?」
ティナはオルガの様子を見て、言葉を続けた。
「実は、こう見えて私は魔法が使えるんです。今……キスを通してお兄さんに魅了の魔法をかけました。こうなってくると、お兄さんはもう自分の意思で動くことができません」
彼女の言う通り、今まで感じたことのないほどの酷い脱力感に苛まれ、オルガは殆ど体を動かすことが出来なくなってしまっていた。まるで、本当に魔法にかかってしまったかのようである。
「嘘だろ……?」
「はい、嘘です」
そう言ってティナは悪びれる様子もなく笑みを浮かべ、そしてどこからどもなく薬品の入った小さな瓶を取り出した。開封された形跡のある瓶の中には、透明な液体が半分ほど残っていた。
「トリヒュドラヒジン……人間に用いた場合、強力な催眠状態を誘発する、いわゆるレイプドラッグです。室戸教授が気まぐれで保管していた……この世界に現存する最後のひとつです」
そう説明して、ティナは薬品の入った液体を興味なさげに放り投げた。そのまま瓶はゴトンという音を立てて、部屋の隅にあったゴミ箱の中に入った。
「ふふっ……薬入りのご飯は美味しかったですか?」
「ま、まさか……」
「ごめんなさい、お兄さん……いえ、オルガさん」
「なんで……ッ、こんなことを……?」
「人間って、不思議な生き物なんです」
ティナはクスクスと冷笑して、オルガを見下ろした。
「人間って、戦争とか危険な状態になるほど人口が増えやすくなるそうです。そして、私たちはガストレア戦争を通じて1000万弱くらいまで人口が減りました。そこから7年をかけて、人々の生活水準が戦前まで回復した今、巷ではちょっとしたベビーブームになっているんです」
どうしていいかわからず、戸惑ったような表情を浮かべるオルガに、ティナは説明を続けた。
「私の通っている学校でも、初めてを経験したっていう人をチラホラ見かけるようになりまして……オルガさんだって、最近……女の人に言い寄られたりしてるでしょう? 私には分かるんです。だってオルガさんの着ているスーツやシャツから、汗の匂いに混じってたまに香水のような、甘ったるい匂いがしてくることがあるんです」
ティナの言葉に、オルガはギクリとなった。
思わず謝ろうとするも、ティナはそんなオルガの唇を、以前した時のようにひとさし指で塞いだ。
「私は、他の人にオルガさんを取られたくないです。こうするしか、なかったんです。オルガさんは優しいから……私のことを大切に思ってくれているから……だからこそ私には絶対に手を出さない。手を出してくれない。だから、私の方から積極的に行くしかないって……」
そう言って、ティナは身を起こした。
今まで布団を被っていたせいで見えなかったが、彼女は上半身にパジャマを羽織っているだけで下着やズボンなどといったものは他に何も身につけておらず、ほとんど生まれたままの姿で、オルガの上に馬乗りの状態になった。
サイズの合わない薄い生地のパジャマであるため、彼女が少し身じろぎしただけで、女性の大切なところが丸見えになってしまう。オルガは思わず顔を背けようとするも、ティナに顔を引き戻され、無理矢理正面を向かされた。
窓から僅かに差し込む月明かりが、薄暗い中で、ティナのきめ細かい柔肌と長いプラチナブロンドの髪を青白く光らせた。オルガの前にティナの人形のように整った顔立ちと、芸術品のような精巧さがありながらも男の情欲を誘う魅力的な体つきが露わになり……月の光に照らされた彼女の姿は、この世のものとは思えないほど神秘的かつ幻想的だった。
「オルガさんは何も悪くないです。これは私の我が儘で、貴方には何の責任もありません。だからオルガさんは、何も気にする事なく私に身を委ねて下さい……精一杯、オルガさんのことを気持ちよくさせてあげますから」
「駄目だッ……ティナ! オレたちはもう兄妹みたいなもんで、家族同士でそういう事をするのは……よくないッ」
「お兄さん。7年前のこと……覚えていますか?」
ティナの問いかけに、オルガは静かに頷いた。
「ああ……よく覚えてるぞ」
「私のプロポーズに、OKしたことも?」
「それは…………ああ、覚えてる」
「今思えば、あれって相当な死亡フラグですよね。普通、映画とかゲームでは、ああいう発言をした人は片っ端から死んでいくのがセオリーです」
ティナはオルガの頬から手を離し、自分の腹部を軽く撫でた。つられてオルガも彼女の腹部に目を向けるも、そこに7年前の傷跡はなかった。
「でも、私は死にませんでした。それは多分……あの時のオルガさんの表情がとっても必死な様子だったからだと思います。死ぬ間際に、私はこんなにも貴方から求められているんだって思えて……オルガさんを悲しませたくないから、もう少し生きようと思えた。生きて、オルガさんの隣を歩きたいって思えた。だから、私は今ここにいるんだと思います」
「ティナ……」
「あの時……オルガさんが私を受け入れてくれたから、私は今生きているんです。だから私をこの世界に引き止める原因を作った、あの時の言葉の責任を取ってください…………兄妹じゃ、駄目なんです」
ティナはゆっくりとした動作で、オルガの服のボタンをひとつひとつ外していく……止めようにも、薬の影響で動けなくなってしまっているオルガにはどうしようもなかった。
「ティナ、焦る必要なんてないんだぞ?」
「はい……私も最初はそのつもりでした。オルガさんに迷惑をかけたくなくて、この想いを伝えるのは、せめて学校を卒業してからにしようと思っていたんです。でもお洗濯をしている時に、オルガさんの服から別の女の人の匂いがした時から、いつ取られちゃうか分からなくて……心配になって」
体から服を脱がし終えると、ティナはオルガの胸元に顔を埋め、自身の表情を見られないように顔を隠した。
「その事を学校のお友達に相談したら、胃袋を掴んで親密度を上げて、そのまま勢いで押し倒しちゃえとアドバイスを頂きました。なのでアドバイス通り、先に既成事実を作ることにしたんです」
「なあ、ティナ……友達作りはいいけどよ、ちゃんと人を選べよ?」
「安心してください。皆さん、私とオルガさんの関係を真摯に応援してくれて……本当にいい人たちばかりなんですよ?」
そこでティナは顔を上げた。
2人の顔が再び至近距離に迫り、お互いに見つめ合う。熱を帯びた彼女の表情は色っぽく、揺れる瞳で真っ直ぐに見つめられ、オルガは心臓の高鳴りを感じた。
「ところで、何か気づきませんか?」
「ん? 何がだ?」
「実は、オルガさんに盛ったあの薬には催淫効果もあるんです。ん……そうですね。例えば、体が疼いてどうしようもなくなったり、熱っぽくなってドキドキしたり……いつもと違うところがあると思います」
「そういえば……そうだな」
オルガが心臓の高鳴りと奇妙な体の火照りを報告すると、ティナは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「実は、私も少しだけ薬を飲んだんです。オルガさんとは違って、身動きに影響が出ない程度にですが……それでも身体が熱くなって、奥底が疼いて、多分……どうにかして発散しないと止まらないと思います」
そうして、2人は再び唇を重ねた。
1回目よりも長い触れ合いの末、官能的な吐息を漏らしてお互いに見つめ合った時、2人はそれぞれ心臓の高鳴りと身体の疼きが伝染してしまったかのような感覚に陥った。
「……こういったことに経験があるわけではないですが、精一杯……頑張ります」
優しく……しますね?
耳元で響き渡る、ティナの甘美な囁きに
オルガはついに、考えることを放棄した。
こうして世界が歴史上、何度目かの争いのない日を終えた時……7年という時を経て、2人の関係は大きく進展することとなった。
しかし、夜空に輝く星々、そして月とその周囲を回る紅い華だけは、7年前と変わらぬ光を放ってそこに在り続けるのだった。
誤字脱字などありましたらコメントまでお願いします!
あと神崎紫電復活しろー!
まあまあまあ
それでは、また……