――かすかに差し込む朝の光が、洞窟の天井から微かに射していた。
アイルー「ん……もう朝か……」
まだ暗がりが残る中、僕はゆっくりと身を起こし、背中を丸めながら両腕をぐいっと伸ばす。毛の生えた腕がぴんと張り、肉球の間が気持ちよく伸びる。軽く背中を鳴らすと、ぱきっと小気味良い音が鳴った。
隣を見ると――
メラルー「にゃふ〜……にゃふ〜……」
寝相が悪く、四肢を大の字に広げて呑気に寝ている。口元にはよだれまで垂れていて、見ているこっちが恥ずかしくなるレベルだ。
アイルー(こんな所でよくもまあそんな安心して眠れるな……。僕なんか岩場のせいで背中痛いってのに)
起こそうと手を伸ばした瞬間――
「ぐるるる〜……」
低く、うなりの混じった寝息が洞窟内に響いた。
アイルー「!?」
即座に反応し、背中に掛けていた龍封剣を握りしめる。さっきまでこんな音はしていなかった。いや、寝ている間に……? 慎重に耳を澄ますと、その寝息は下――洞窟の床の影から聞こえていた。
アイルー(……まさか)
音を辿り、崖の端から身を乗り出す。そこには、雷光を宿した毛並みの大型モンスター――ジンオウガが、身体を横たえていた。
アイルー(ジンオウガ!? なんでここに……!?)
全身には深く抉れたような傷痕が走り、何度も戦いを重ねたことが窺える。その堂々たる姿の中に、どこか痛々しさを感じる。
その時――
メラルー「あ、おはようだニャ〜。」
アイルー「っ……!?」
反射的にアクセルの口を塞ぐ。だが、時すでに遅し。
ジンオウガ『……誰だ?上から声がするな』
――目覚めた。
ジンオウガはゆっくりと立ち上がり、鋭い眼光を崖上へと向ける。
ジンオウガ『誰だ?出て来い!今度こそ喉元を喰いちぎってやる。相手になってやるぞ、ハンター!!』
雷光を纏い始めるその姿に、メラルーは震え上がって立てなくなっていた。
アイルー(……完全にこちらの存在に気づいている。やるしかないか)
アイルー(お前はここにいろ)
メラルー(ニャニャ!?一人で行く気かニャ!?)
アイルー(当然勝てるわけない。でも、時間を稼ぐことならできる。奴の注意を引いてる間に逃げろ)
メラルー(……無茶ニャ……)
アイルー(いいから聞け。僕の合図で洞窟を出るんだ)
メラルー(……うニャ、分かったニャ……死なないでニャ)
一瞬だけ目を合わせ、頷く。
アイルー「今から下に降りる!そこで待ってろ!」
ジンオウガ『はっ!上等だ、来やがれ!』
崖を飛び降り、地面に足をつけた。そのまま、龍封剣を両手で構える。
アイルー「待たせたな。来い!」
ジンオウガの目がぎょろりと見開かれた。
ジンオウガ『な……アイルーだと!? ハンターじゃねえのか!?』
アイルー「匂いで分かるんじゃないの? 仮にもモンスターさんなアンタならさ」
ジンオウガ『……っ、んな事知ったこっちゃねえが……って、お前……俺の言葉が分かるのか!?』
アイルー「うるさい。最初からギャーギャー騒がしいんだよ」
ジンオウガ『竜の言葉がわかるアイルーなんて聞いたことがねえ……。……待てよ、お前、どっかで……見たことがあるな……』
アイルー(え、初対面だと思うけど……)
するとジンオウガがふと目を見開き、叫んだ。
ジンオウガ『思い出した!あれだ、小さい頃の俺を助けたアイルーだ!』
ジンオウガ『死にかけてた俺に近づいてきて、「酷いケガニャ、今治すニャ!」とか言ってきた! 嘘だと思って尻尾で吹っ飛ばしたのに、それでもまた来て、「信じて欲しいニャ」とか……。信じてみたら、マジで治しやがったんだ。……あの時は、本当に助かったぜ』
……どうやら、僕が憑依したこのアイルーは、相当なお人好しだったらしい。
ジンオウガ『にしてもお前、なんか喋り方変じゃねえか? それにその剣……ハンターの物だろ?』
アイルー「ああ。ニンゲンに捕まっててさ。逃げる時に拾って、使った」
ジンオウガ『……何!? ニンゲンに捕まってた!? 逃げて来たってことか!?』
アイルー「ああ、連れもいる」
そう言い、上にいるアクセルへ声をかけた。
アイルー「おーい、大丈夫だから降りて来ていいぞー!」
メラルー「だ、大丈夫ですかニャー!?」
ゆっくりと崖を降りてきて、僕の隣に立った。
メラルー「兄貴、モンスターを従えたなんてスゴいニャ!」
アイルー「従えてねぇよ。話して和解しただけだ」
メラルー「モンスターの言葉は、ちんぷんかんぷんニャ〜」
ミレイ「……え? 獣人なら普通分かるんじゃないのか?」
アクセル「アイルー・メラルーはニンゲン語は理解できるけど、モンスター語は無理ニャ!」
アイルー(じゃあ……僕だけがモンスターと会話できるのか?)
――説明の必要があると思い、僕はふたりに今までの経緯を話した。
人間だったこと。目覚めたらアイルーになっていたこと。そして、アイルーの体の持ち主はニンゲンに殺されていたこと。
話を終えると、ジンオウガは帯電しながら怒りを滾らせていた。
ジンオウガ『ふざけやがって……俺の恩人を殺したニンゲン共がああああ!』
メラルー「兄貴、違う世界から来たニンゲンさんだったのニャ!? 二足で走るのも納得ニャ!」
アイルー「……あと、なんで兄貴呼び?」
メラルー「兄貴は兄貴ニャ!」
(修正する気ゼロだな……)
ジンオウガ『それにしてもお前、よくニンゲンを殺せたな。元同族なんだろ?』
アイルー「あんな奴ら、同族なんて認めない。クソ野郎だったし、殺して当然だろ」
その一言に、ジンオウガは大声で笑い出した。
ジンオウガ『ハッハッハ!!ムカついたから殺したか!いい度胸してやがる!』
ジンオウガ『気に入った!今日からお前と俺は兄弟だ!』
アイルー「は!? なんでそうなる!?」
ジンオウガ『拒否権はねえ!ついてくからな!』
アイルー「迷惑」
ジンオウガ『ついてく』
アイルー「デカくて目立つ」
ジンオウガ『問題ねえ』
アイルー「村に入れない」
ジンオウガ『隠れる』
――▼おめでとう!新たにジンオウガが仲間になったよ。
アイルー(頭の中でRPGのテキストが流れてきそう、何だよ……ほんとに拒否権ねえのかよ……)
アイルー「……ほんとについてくの?」
ジンオウガ『当然だ!行こうぜ、兄弟!』
咆哮をあげるジンオウガ、隣ではメラルーが嬉しそうに跳ね回っている。
メラルー「ジンオウガ兄貴がいれば、もう怖いもの無しニャ!さすが兄貴の兄貴ニャ!」
アイルー(……やれやれ)
アイルー「悪いけど名前を決めるぞ。」
そうして、それぞれに名を与えた。
ミレイ(アイルー)「僕はミレイ。お前はアクセル。足が速いって言ってたからな。で、お前はトール。雷神って意味だ」
トール(ジンオウガ)『トール!いい名前だな!』
アクセル(メラルー)「僕、アクセル!ミレイ兄貴、ありがとうニャ!」
ミレイ「わかったから、落ち着けって……」
それぞれの名を手に入れた三匹の旅が、ここから始まった。
ミレイ「行くぞ、二匹とも!」
アクセル「はいニャー!」
トール『ニンゲン共を血祭りにしてやるぜ!!』
ミレイ(すいませーん、ここに危ない竜がいまーす……)
そう思いながらも、ミレイは確かに感じていた。
――不思議な高揚感と、これからの物語の始まりを。
こうして、アイルーに憑依した元人間・ミレイと、その仲間アクセル、そしてトールは、洞窟をあとにして新たな旅へと踏み出していった――。