――白い空間。
ミラルーツ『また会えましたね』
ミレイ(……昨日会ったばかりだろ)
ミラルーツ『ふふ、そうでしたね。どうですか、この世界は満喫していますか?』
ミレイ(満喫してるように見えるか?)
ミラルーツ『違うの?』
ミレイ(なんか思ってたのと違ったからな。それに村といってもアイルーだけだし、まともな人間にも会ってない)
ミラルーツ『まともな人間、ね……』
彼女は言葉を選ぶように口を閉じた。そして次の瞬間、少し張り詰めた声で語り始めた。
ミラルーツ『ミレイ、私の頼みを聞いてほしいの。ちなみに、あなたはこれを聞いたら断ることができないかもしれない。いえ、むしろ真っ先に向かうことになるでしょう。これは、アクセル君とあなたに関係することかしら』
ミレイ(……? どういうことだ。何でアクセルの名前が出る?)
その疑問を抱いた瞬間、ミラルーツの口から信じがたい情報が語られた。
ミラルーツ『あなた達を攫った複数の人間とハンターが、今も同じ罪を繰り返しているの。アクセル君を売った元の主人も、そこにいるわ』
ミレイ(……!?)
衝撃。脳裏に真っ赤な怒りと困惑が広がっていく。
ミレイ(なんで……)
ミラルーツ『私は干渉できないことになってるの、ごめんなさい』
ミレイ(違う、そこじゃない。……何で今その話をした?)
感情の起伏が荒れ始める。ミレイの声が徐々に怒気を帯びる。
ミレイ(いつからだ!?)
ミラルーツ『……』
ミレイ(聞いてるんだよ……! 一体いつからそれを知っていた!?)
ミラルーツ『はぁ……知っていたわ、最初から』
ミレイ(……やっぱりか!!どうして初めて会った時に教えてくれなかったんだ!?)
ミラルーツ『教えてどうするの? 戦って倒すとでも言うの?』
ミレイ(ああ、そんな奴は許せる訳ない!!)
ミラルーツ『無理に決まってるでしょ?』
ミレイ(……なに?)
ミラルーツ『マスターランクのハンターがいるのよ? たかがアイルーのあなたが、ちょっと特別な剣を持ってるだけで勝てると思ってるの? 自惚れないで!!』
その怒気を含んだ一喝に、ミレイは無意識に一歩引いた。
ミラルーツ『この世界には優しい者もいれば残酷な者もいる。善も悪も、思い通りにはいかない。それが現実よ』
ミレイ(……それでも)
ミレイ(それを知って、なおさら放っておけなくなっただけだ)
ミラルーツ『……そう。だから今、話したの』
ミレイ(……どういう意味だよ)
ミラルーツ『今のあなたには、ジンオウガとタマミツネがいる。孤独じゃない。仲間がいれば、少しずつでも変えていけるかもしれない。だからね――これを贈るわ』
ミレイ(贈り物?)
ミラルーツ『“古代の盾”。太古の剣と対になる存在。あなたの助けになるかもしれない』
空間が揺れ、薄暗くなっていく。
ミレイ(やるよ。……めんどいけど)
ミラルーツ『ちょっと!?』
ミレイ(冗談です)
その言葉とともに、白い世界は静かに消えた。
――アイルー村・宿屋。
ミレイ(次からはもっと良い夢を見たい……)
そう呟きながら体を起こすと、扉が静かに開いた。
ニル「こんばんはですニャ、ミレイさん」
ミレイ「ニルか、どうした?」
ニル「宴の準備ができましたので、ご案内しますニャ!」
ミレイ「宴? 村の復興はどうしたんだよ……って、もう始まってんのか」
服を整え、ふとベッドの脇に目をやると、そこには銀色に輝く小さな盾が置かれていた。
ミレイ「これが……古代の盾?」
裏面にメモが貼られていた。
『これは古代の盾。太古の剣と対の武器よ。使い方次第で助けになる。――追伸:次に会う時には覚悟しなさい。冗談でも“めんどい”は許さないから』
ミレイ「……うん、ミラルーツにはもう“めんどい”って言わないでおこう」
盾を持ち、ミレイは走るニルの背を追った。
村の中心では、豪勢な宴が開かれていた。
ミレイ「村の中心が完全に宴会場だな、これ」
アイルー(爺)「さあ英雄様、こちらへですニャ!」
ミレイ「英雄って呼ぶなって……」
アイルー(爺)「貴方様は私たちを救ってくれた英雄ですニャ。どうか遠慮なく!」
その先にいたのは、巨大な肉にかぶりつくトールだった。
トール『お、起きたか。先に食ってるぞ』
ミレイ「……食糧こんなにあったか?」
アクセル「トールがドスファンゴを狩ってくれたのニャ。お肉はいっぱいニャ!」
ミレイ「なるほど」
その時、トールがミレイの左手に持つ盾を見た。
トール『その盾……なんだ?』
ミレイ「ミラルーツからの贈り物。太古の剣と対になる“古代の盾”だって」
トール『ふ~ん……』
ミレイ「それだけかよ」
トール『また強くなっていくなーって思っただけだ』
ミレイ「いや、僕は強くなんてないよ。武器がなければ普通のアイルーと変わらない」
トール『急にどうした? ミラルーツ様に何か言われたのか?』
ミレイ「……ちょっとな。ところで、タマミツネはどこにいる?」
トール『あいつのところに行くのか?』
ミレイ「少し話すだけ。時間はかからないよ」
トール『……川沿いだ。村からそんなに離れてない』
ミレイ「ありがと。アクセル、魚料理もらっていい?」
アクセル「もちろんですニャ!」
魚料理を手にし、ミレイは川沿いへと向かった。
――川沿い。
月の光が水面を照らし、さざ波が星を揺らしていた。
ミレイ「こんなところで何してんだ」
タマミツネ『……そなたか。何用じゃ』
ミレイ「飯、一緒に食べよう」
タマミツネ『いらん。妾には不要じゃ』
ミレイ「じゃあ隣に座る」
無言のまま横に座るミレイ。しばし沈黙が流れる。
ミレイ「星が綺麗だな。空が高くて、届きそうで届かない。そんなの、どこか似てる気がしてさ」
タマミツネ『……』
ミレイ「少し話でもしようよ。“アクア”」
タマミツネ『…?』
ミレイ「君の名前。“アクア”。どう?」
タマミツネ――アクアは、ぽろぽろと涙を零した。
アクア『ば、ばかもの……妾を泣かせるとは、重罪じゃぞ……』
ミレイ「じゃあ、その罪、どうすればいい?」
アクア『えっ……』
ミレイ「何をすればいいんだ? アクア姫」
片手を腰に、もう一方を胸に当ててお辞儀する。
アクア『そ、そうじゃな……妾に魚を食わせよ!』
ミレイ「さっき要らないって」
アクア『今はいる! はよせい!』
ミレイ「仰せのままに、アクア姫」
料理を一口ずつ口元へ運ぶ。アクアはうっとりと目を細めて言った。
アクア『……うまい。にしても、その作法、どこで習った?』
ミレイ「テレビ」
アクア『てれび?』
ミレイ「こっちの話。さて、そろそろ戻るよ。トールを待たせてる」
アクア『……そうか』
少しだけ寂しそうな顔を見せたアクアに、ミレイは最後に告げる。
ミレイ「もし、トールの親父の件とかで本当に溝を埋めたいと思うなら、明日、村に来い。来たければ、な。じゃあな」
アクア『……』
尾を小さく振って返事をした。
そしてミレイが去った後――
アクア(妾は……)
夜空を見上げる彼女の瞳に、迷いと願いが重なっていた。
トール『遅い。』
イライラした様子で、トールは尻尾を地面にバシン、バシンと打ちつけていた。音が地を這うように響く。
トール『何が“少し話すだけ”だよ。全然少しじゃねえじゃんかよ……』
待ちくたびれたその時、ミレイが戻ってきた。
ミレイ「ただいまっと。」
トール『遅いぞ。お前の飯はそこに置いてある。冷める前に食え』
ミレイ「お、サンキュな。」
トールの隣に腰を下ろしたミレイは、皿の上の魚肉とキノコをつまみ始める。口に入れた瞬間、少しだけ目を見開いた。
ミレイ「うま……アクセル、あいつ料理センス高すぎるわ」
だが、トールの口調は鋭かった。
トール『……で、何を話してきたんだ。あのタマミツネと』
ミレイ「簡単な話。共に行動するか、しないか。それだけの話さ」
その一言に、トールは鋭く爪を地面に突き立てた。目つきが変わる。
トール『なんだと……正気か?』
ミレイ「アクア――あいつ自身の意思だ。僕はその選択を受け入れた。ただそれだけ」
トール『アクア? おい、まさか名前まで付けたのか!?』
ミレイ「昨日、あいつに名前を贈ったんだ。殴った詫び代わりさ」
トール『はぁ……』
深いため息をつき、トールは空を見上げるように顔を反らす。
トール『……分かったよ。俺はお前に着いて行くって決めたんだ。だったら文句言っても仕方ねえな』
少しの間を置いて、彼は静かに言い足した。
トール『ただし、あいつが何かしでかしたら、俺が代わりにぶっ飛ばす。いいな?』
ミレイ「もちろん、任せたよ」
そうして宴の夜は、アイルー達の笑い声と、静かに灯る火の揺らめきの中で、緩やかに更けていった。
――翌朝
ミレイ(……今日の夢は、なしか)
ゆっくりと身体を起こし、古代の盾を肩に担いで外へ出た。
外の空気は冷たく澄んでいて、夜露に濡れた草が朝日に輝いている。
だがその静寂を破るように、村の方角から誰かの声が響いた。
アクセル「ミレイの兄貴〜! 大変ですニャ!! タマミツネが村の外にいますニャ!」
ミレイ「分かった、今行く」
のんびりと返すミレイに、アクセルはやきもきした様子で言葉を重ねる。
アクセル「そんなにゆっくりしてる場合じゃないニャ〜! はやく急ぐニャ!」
ミレイ「……大丈夫だ。あいつは何もしない。安心しろ」
アクセル「ニャ? どうしてそう思うニャ?」
ミレイ「根拠はない。でも、信じてるからさ。――だから、お前も来い」
小走りでミレイの後を追うアクセル。軽快な足音が朝の村に響いた。
――アイルー村・出入口
村の外れ、朝靄の中でタマミツネ――アクアは静かに座っていた。彼女の長い尾が風に揺れている。
ミレイ「ここに来たってことは……決めたんだな?」
アクア『無論じゃ。決めたことに揺るぎはない。妾の力、この身この尾、この命……そなたらのために振る舞おうぞ』
ミレイ「お前がそう決めたなら、俺は何も言わないよ。ただ、その前に……やるべきことがあるよな?」
アクア『……そうじゃったな』
アクアはゆっくりとアイルー達の方へと歩みを進めた。
彼女の姿を目にしたアイルー達は、小さく身を震わせながら後ずさる。昨日の恐怖がまだ尾を引いているのだ。
だが、アクアは一言も発せず、静かに近づいていき、アイルー達の目の前で――深く頭を垂れた。
アクア『昨日は……すまなかった。妾は多くの過ちを犯した。それは許されるべきではないものと自覚しておる。許しを得ようとは思わぬ。ただ……謝罪の機会だけは、どうか与えてはもらえぬか』
その誠実な言葉と仕草に、場にいた者達は言葉を失った。
その時、一人のアイルー――ニルが前へ出た。
ニル「……今言ったこと、ホントかニャ?」
アクア『断言しよう。二度と同じ過ちは繰り返さん』
ニル「なら、条件があるニャ」
アクア『ほう?』
ニル「英雄様を、助けて欲しいのニャ。必ず、必ずミレイ様を守って欲しいニャ!」
アクア『……ふふ、無論じゃ』
アクアは顔を上げ、堂々と胸を張る。
アクア『そなたらの英雄、妾の主ミレイ。妾はこの命を彼に預けた。何があろうと、必ず守ってみせようぞ』
その宣言に、村中のアイルーが静かに頷いた。和解の風が、ゆっくりと流れ出した。
ミレイのもとに戻ったアクアを見て、トールが小さく笑った。
トール『ククッ……“主”とか言っちゃって。似合わねえわ』
アクア『主よ、妾は為すべきことを果たしたぞ。さあ、旅の続きをしようぞ』
トール『おい!俺のこと無視すんじゃねえ!!』
アクア『お主は煩い。主の邪魔になるだけじゃ』
トール『うがああああ!!後で表出ろ!!』
アクア『ここが既に表じゃ。阿呆め』
トール『ぐぬぬぬ……ッ!』
そんなやり取りに、ミレイは乾いた笑いを漏らしながら手を挙げた。
ミレイ「はいはい、そこまで。喧嘩するなら帰ってこなくていいぞー」
アクセル「僕は準備万端ですニャ!」
アクア『妾も、いつでも出発できるぞ』
トール『俺もだ……ちっ、文句は後で言う』
ミレイは全員を見渡し、大きく頷いた。
ミレイ「よし、次の目的地へ向かうぞ!」
朝の光の中、四つの影が伸びていく。
こうして、ミレイ・トール・アクセル・アクアはアイルー村を後にし、次なる目的へと歩みを進めた――
〈主な登場人物紹介〉
◆ ミレイ(個体名:アイルー)
かつて人間だったが、アイルーに憑依した主人公。
太古の剣と古代の盾を携え、冒険の最前線に立つ。
外見は黒色のマントを纏い、静かな冷静さと内に秘めた激情を併せ持つ。
誰よりも仲間を大切にし、己の信念に従い行動する。
◆ アクセル(個体名:メラルー)
元奴隷という過去を持つ、陽気で料理上手なメラルー。
調理器具と食材を常に携え、仲間の食事と心を支える料理猫。
スカーフをトレードマークにしており、ミレイを「兄貴」と慕う忠実な相棒。
軽口を叩きつつも、誰よりも仲間想いな性格。
◆ トール(個体名:ジンオウガ)
雷を纏う上位ランクの獣竜種モンスター。
誇り高く、仲間想いで熱血漢。戦闘力は非常に高く、ミレイに「兄弟」と呼ぶ絆を持つ。
亡き父(ジンオウガ)をタマミツネに殺された過去を抱えつつも、今はミレイと共に戦い続けている。
口は悪いが、義理堅い。
◆ アクア(個体名:タマミツネ)
かつてはアイルー村を襲い、アイルー達を奴隷として使役していたマスターランクの水獣。
ミレイとの戦いを経て敗北し、心を入れ替え「アクア」という名を与えられた。
優雅な口調の中に高い知性と威厳を秘めており、今はミレイを“主”と呼び、忠誠を誓う。
冷静かつしなやかな戦いを得意とし、仲間として新たな道を歩み始める。