ただなんとなく、私が普段からこういった形式で思考をしているというだけなのだ
特に深い意味はない、
例え誰かに私がこのような気取った形式で思考しているのだと知られたら、私はそいつのことを殺しに行くだろう
人の生首が、帰り道に落ちていた。
ぽつぽつと、切れかけた電球が点滅すれば、こちらを覗くその瞳が浮かんでは消えて。
まるで死んでいるのに、血みどろの顔で瞬きしているよう。
錆びついた、あるいは生臭い、嘔吐を誘う血の香りが漂う路地で、私と死体は暫くの間そうして見つめ合っていた。
視線を傍の壁に向けたところ、泣き別れになった胴体がコンクリートの塀に縫い付けられたようになって、その脇腹からは既に薄く腐臭を漂わせ始めた臓器が零れ出ている。
既に血は流れていない、凝固し始めて赤黒くなった血潮が既に生命が途絶えていることを教えてくれる。
「死体だ」
スマートフォンをつける、初期設定のロック画面に映りだされる現在の時刻は午後10時32分。
そろそろ健全な女子高生ならばベッドでスマホを弄っているころに、イベント遭遇。
電話機能を探り出してから親指が軽く宙を彷徨う。
まずこういった時にするべきことは、救急車か、警察か。
「警察かな」
首が取れてなお生きている奴がいるとしたら、そいつに必要なのは救急車ではなく特殊部隊だろう。
ピピピと番号を押す、その前に一瞬だけ「この死体を見なかったことにしてこのまま帰宅するのはどうだろう」と悪魔が囁いた。
あくまで通報は善意、バレやしない、どうせ頼まずとも誰かがそうやるのだから私はここで一切合切見なかったことにするのも問題ではないと言われると少しばかりぐらつくのも事実である。
こういった時に私の天使はどう言うのか、反対側を見てみると「良いんじゃない?」との声が返ってくる、もう少し対抗意識を持ってほしい。
「まあ、もし今の姿見られてたら後々重要参考人扱いだけど」
「「あー……」」
悪魔は退散した、今も昔も人を動かすのは正論ではなく適度に理論的な言葉だ。
このように、別に私が人道的価値観を有しているからではなく、単に刹那的な快楽を取った時のメリットとここで放置した時に私に降りかかるデメリットを計った結果に過ぎないが。
結果的に私が一般的通行人並みの善良さを持っていると見られれば悪いことではないはずだ、そう思いたい。
「はい、こちら警察」
軽い発信音の後に男の声が耳に届く、こいつ絶対爽やか系イケメンだわと分かる声。
普通の人間ならば憔悴した状況の中で気分を落ち着かせるための心強い命綱になるだろうが、あいにく私は全人類を恨む暗黒系女子高生である。
顔が良いというだけで良い思いをしたに違いない、そう思うだけでじっとりとタールのような感情が湧き上がってくる。
まあ、今の私の心理状況は2割が疲労で残り8割はこんな時間に面倒くさい自体に陥らせやがってという苛立ちが8割、このような状況では目に見えるもの全て、耳に入るもの全てに当たり散らしたくなるからなのだが。
「人が死んでるんですよ」
「それはそれは、場所を教えてください」
「はい」
あっさりと通話が終わり、路地に再びの静寂が訪れる。
結局私はこの場所で待たなければいけないらしい。
女子高生が、秋の寒空の元、一人で、しかも夜中に、果たしてこれは何らかの問題にならないのだろうか、なってしかるべきだろう。
空を見ても、黒い空に雲の影が通り過ぎるのみ。
ただぽつりと、誰もいない路地で立ち竦めば風が通り過ぎて。
暇である
なので自撮りをすることにした、私が女子高生ならば自撮りして然るべき。
決して最近ちょっとやってみたかったけどネタがないから諦めていたとかではない。
丁度よくネタになりそうな背景があるので、転がる生首、血と臓腑撒き散らす胴体を背景にパシャリ。
あまりパッとするものは取れなかったが光源の問題だろう、おそらく、たぶん。
自撮りなんてものをしたのはこれが初めてであるので様式やらなんやらは分からないが、自分で撮ればいいので作法もクソもあるまい。
なんだ、やってみると大したことはないものだった、やってみると「この程度か」となる、どうということはなかった。
僅かに失望と落胆を胸中に感じながらも、さてこの写真をどうするかと悩む。
SNS等に流せば、まるで私が猟奇殺人者であるかのように受け取られることは疑う余地もなく。
しかしこうしてスマホの中に死蔵すれば、それこそ撮った意味がない。
私にとって写真とは他人に見せるものではなく、思い出を後々見返す用途でしか撮ったことはなかったが
今撮ったのは回顧に浸るためではない、死体とのツーショットを見返してどうするというのだ。
このような気色の悪い写真は嫌がらせとして誰かに見せねばならぬ、そうだ見せねばならぬ。
そう思った瞬間私の指は、導入して以来開いたことのなかった個人通話用のアプリへと延びていた。
知り合い(友人ではない)数人の欄を選択して、衝動的に今しがたとった写真を送信、送信、送信――ヨシ。
何やら途方もなく大きなことをやり遂げたかの如く、私の心に達成感が満ちた矢先にスマホがバイブレーションする。
◇
連絡先:後輩K氏
(2ショット写真添付)<
>バイト中です
ごめん<
>気持い悪い画像送らないでください
ごめんなさい<
◆
すっと画面をスライドして見えなくした、心臓が痛い
◆
連絡先:令嬢M氏
(2ショット写真添付)<
>1,070円
なんて?<
>この画像の価値
>後で振り込んでおくわね
いや、別にいらないですけど<
◆
冗談ではなく、ぴったりその額が私の口座に振り込まれているのだろう、彼女はそういう人だ。
別に金が欲しいわけではなかった。
むしろ金が払われたことでなにか致命的な取引が成立してしまった気がしてじんわりと背中が冷たくなった。
◆
連絡先:クソ野郎
(2ショット写真添付)<
>通報しました
>おーい
>返事してー
◆
返事をしないぐらいで傷つく奴ではないので無視する
◆
連絡先:後輩Sちゃん
(2ショット写真添付)<
>もう寝る時間ですよ
はい<
>おやすみなさい
おやすみ<
◆
最後に可愛いクマのスタンプが送られてくる。
私の心がひどく痛んだが、その理由は分からなかった。
◆
連絡先:同学年のK
(2ショット写真添付)<
>死ね
おめーが死ね<
>明日覚えとけよ
◆
もう一言、二言、何か言ってやろうとしたが、車のエンジン音が近づいてきたのでポケットへとしまい込む。
数度バイブレーションしたものの、どうせろくな内容ではないだろう。
やってきた車は1台、パトカーではない。
目立たないワンボックスカーから降りてきた男が一人、私ぐらいの背丈をした男女が1組。
今しがた殺人事件が起こった場所にやってきたとは思えない面子であった。
「諸角です、モロヅミ」
「どうも」
そう言いながら警察手帳を出すので、おそらく彼らは警察の手のものなのだろう。
流石に法治国家日本において警察手帳を偽造する奴はそこまで多くないと信じたい。
それはそうと嫌になるぐらい爽やかな笑顔である、先ほど電話口で話したのはこの男で間違いあるまい。
本当に警察なのか、何かの営業ではないのかと一瞬でも思わせるような爽やかさ。
おおよそこの笑みさえ浮かべておけば間違いないと断言できる100%の好感しか持たれないような笑顔である。
私が猫を被っていなければ、思わず舌打ちしていたことは間違いないが、あまり角を立てたくはない。
衝動を抑えながらちらりと男を見るとそのまま微笑まれる、うざい。
笑顔を向けられるのは苦手だ、そもそも何かの感情を自分個人に向けられるのもやりづらいのにそれが好意的なものであれば受け取らざるを得なくなる。
故に、こちらに対して「自分を好いてください」と言わんばかりのこいつは嫌いだ、霧婀娜が自分が読んだ手前であり開いては国家権力である、チェンジはできない。
更けていく良く夜に比例するように陰鬱な気分になりつつもそっと視線を逸らせば、その奥に年若い男女二人組がそわそわと落ち着かなさげにしている。
薄暗くてよく見え辛いが、男の方はまさに高校生といった顔立ちで帽子をかぶり茶色がかった髪を抑えている、女の方も同じぐらいの年齢でこちらは黒髪のおかっぱ、落ち着かない相方を諫めるように注意していた。
「あの」
視界に爽やかが乱入する。
その薄茶色の瞳は、夜の暗闇の中で薄く光って見えた。
彼らが到着してから既に15分、現場は既にブルーシートで適当に覆われている。
その下にある筈の生首や、撒き散らされた血飛沫、肉片、そういったものは体裁上見えなくなっていた。
不思議なことに、彼らが現場に対して行ったことと言えばその程度である。
ドラマで見たような指紋採集や現場検証、そういったものは一切やる様子がない。
それに、本来こういった場所で陣頭指揮を執るような、いわゆる”出来る男”感が漂う男は私の横から動かず、男女二人組だけが何やら言い合いながらもあちらこちらを見回っていた。
「お名前、
「はい、何かありましたか?」
「いえいえ、何でもありませんが。ええと、一般人と」
「はい、見ての通り通行人の女子高生です」
「女子高生」
「学生証見ますか?」
「いえ、結構」
余人が見れば何かがあったのだろうとしか判断できないその下には、凄惨な死が横たわっている。
仮にもそれを見たならば、取り乱しても良い筈なのですがと暗に含んだ言い方である。
「……疑われてます?」
「とんでもない、気を悪くしたならばすみません」
「いえ、まったく」
棘のある言い方は口に出してから己の喉を傷つけることに気が付くものだ。
相手は警察、そしてこの場は明らかに殺人現場であり、自分はその第一発見者。
要らぬ疑いを掛けられないかとヒヤリとしたが、諸角氏は「ふむ」と口を押えて軽く頭を下げるに留めた。
嫌な沈黙が場を支配する
猟奇殺人の死体遺棄現場とは思えない、妙な言い方だが極度に”緩い”雰囲気である。
これだけ事件性があるというのに、現場に来たのは3人、その内2名は明らかに子供。
おまけに先ほどまでソワソワしていた2人組は死体には目もくれずあたりをペタペタ触ったり身を屈めたりしている、事件現場保存なんて微塵も考えていないのではとばかりだ。
「
「こっちだ、けど……細いな、急ぐぞ
「ええ」
男子が司、女子が南海、他人の名前なんて心底どうでもいいので明日には忘れる名前だけど。
2人して何かを見つけたのか、暗闇に向けて走り出すのを私たちは見ていた。
ただ、その輪郭が闇の中に溶けて行ってしまうのを、ずっと見ていた。
「追い掛けなくていいんですか」
「大丈夫です、彼らはそこそこ強いので」
「そこそこ」
猟奇殺人犯が潜んでいるであろう暗闇に、今しがた未成年2人が飛び込んでいった。
その責任者であろう彼の声色は事態に比べて驚くほど軽い、あまりにも無責任すぎる態度である。
それを咎めるような雰囲気を出していたのだろうか、私は。
少なくとも彼がその後すぐに、「専門家ですからね」と付け足してきたのを見るに、この状況と私の態度に思うところがあったようだった。
「専門家」
「ご存じ、ないのですか」
「ありません」
「あ~……」
あちゃぁ、といった感じであった。
私としては爽やかでその本性が未成年者を危険に突っ込ませるような輩が自分の発言で困惑するのを見るのは「しめしめ」といった感じである、非常にに気分がいい、してやったりといった感じだ。
彼はその後もしばらく、暗闇を見つめながら言葉に迷っていたが。
「怪異」
「怪異」
「御存じですか。あるいは怪談、お化け、なんでもいいです」
「ええ、それは、まあ。詳しいというほどはありませんが」
私はホラーものが苦手である、まあ見られないと言うほどではないが無理してみることはない。
そういったのが好きな友人が一人か二人いれば付き合いで見させられたかもしれないが、あいにく私には友達が居ないのでそういった経験はなかった。
そんなわけで私のホラー知識はほぼ皆無だし、怪談についてもネットで出た胡散臭い体験談ぐらいだ。
そう告げれば「なるほど、そういう感じですか」とよくわからない言葉で返される。
「まあ、今回はぶっちゃけその関係ですので、単なる殺人事件とは管轄が異なりましてね」
「いきなり話が飛びましたね」
「こういった説明は単刀直入にした方が受け入れられやすいので、経験として」
理論的ではない受け入れられ辛い話ほど単純明快に、なるほど。
それを信じないという選択をするにしてもしないにしても、長々とした前置きは意味をなさないというのならば、その通りだ。
人間というものは、たとえ100%の理論で説明されたとしても最終的に受け入れるかの選択は自分で決めるものなのだから。
「では、これは人外の存在が起こした事件であるからその専門家である部署が出張って来たと」
「話が早くて助かります、諸般の事情で怪異の存在については公には伏せられているのですが。実際はこうして事件は起こるので、そういった案件の時は我々が出てくるというわけですね」
今回は最初から案件だとわかっていたので我々だけが、と付け加えた彼は相変わらず爽やかな笑みを浮かべていたが。
それが本心からなのか、それとも一枚裏に何かを隠している表情なのかは私には分からない。
ただ少しだけ、場の空気が冷えたような気がした。
「出てきてどうするのですか?」
「そりゃもう、退治します。それができるのが我々というか彼らなので」
「退治」
「はい、滅殺です。当然でしょう、人が死んでるんですよ」
「捕まえたり、情報を抜き出したりとかは」
「しませんねぇ、見つけ次第やります」
ばぁん、と暗闇の中に指の銃を向けて打ち込むけれど、そこからは何も出てこない。
「えっと、そうしたらあの二人が今回の案件の担当と?」
「そうですね、男性の方がが
「へぇ、そうなんですか」
「ええ」
沈黙が場を支配した。
私の口は、「だから?」と一言放ちかけて、唇でかろうじて押しとどめる。
怪異という脅威があって、それを退治する者たちが居て、だから何だというのだろう。
私は今夜たまたまそれに遭遇しただけの可哀そうな一般ピーポーだというのに、見つけてしまったと不幸な偶然だけでこの寒空の下で拘束されているのだ。
「そう言えばその、公に伏せられていることを今しがた教えられてしまったわけですけど」
「はい、うっかりしてました」
「なにかこう、記憶を処理されるとか」
「そんなのできる訳ないじゃないですか」
「じゃあ、消されるとか」
「無いんじゃないですか? ふふふ」
ふふふじゃねえよ、何が面白いのか分かんねぇよ、と。
脛を全力で蹴りたい欲望を抑えた自分を褒めてほしい、全力で。
まあ褒めてくれるぐらい近しい関係はいないのだが。
……なぜだかとても悲しくなったし、私は此処にいる意味はもうなかった。
「そろそろ帰っていいですか?」
「帰るんですか?」
「帰っていいですよね?」
「分かりました、じゃあなにかあったら連絡しますので」
「結構です」
開放される、よほどでない限り電話は着拒しておこう。
最初からこうしておけばよかったという徒労感が体を満たす。
今日はもう疲れた、これ以上人間と話したくないという想いが私を帰途へと急がせる。
途中で私の横をさっきの二人組が通り過ぎた。
男子の方は右手が妙な爪のようになっていたし、女子の方は物騒な長刀を持っている。
彼らは私の方をちらりと見たが、それ以上に優先することがあるようでそのまま走り去っていった。
私はもう、彼らの名前を憶えていない。
私は人間が嫌いだ、必要以上に関わりたくない。
家に帰って、風呂もそこそこに布団へと寝転ぶ。
スマホを覗くと着信が数件掛かっていたものの、既に私の意識はあらゆる情報を遮断してしまっていた。
明日にしよう、なにもかも。
明日の自分が何とかしてくれる筈だ。
きっと
たぶん
そうだったらいいな