滅竜魔導士とアーサー王伝説 作:ジャガイモ
ナツ・ドラグニルと名乗る小僧がうちに来たのは数週間前のことだ。
魔導士だの、滅竜魔法だの、意味の分からないことばかり曰う小僧だった。
最初はあいつが連れてきたと言うだけで面倒な臭いがした。だから、面倒ごとを追い払うように嫌味もそれとなく言ってやった。
けれどなんの間違いか、親父はあの小僧を家族の一員として受け入れると判断した。
全く親父の判断には呆れ返る。
百歩譲って、五歳くらいのあいつを引き取ったのは認めよう。その約束事にウーサー王を匂わせられたら、ガキだった頃の俺は文句が言えなくなる。
しかし、あの小僧はなんの関係もない孤児だ。それも竜に育てられたなんぞ嘯くクソガキにも見える。ヤツの吊り目を見ただけで、腹の底からマグマが吹き出しそうだ。いつの日か、ヤツを引き取ったことを後悔するに違いない。俺は内心そう確信していた。
アルトリアはそんな小僧が来てからと言うもの、よく笑うようになった気がする。
気がする、というのも俺があいつの笑った回数なんて逐一数えているはずもないため、確証が持てないからだ。ただなんとなく、俺があいつの表情を見た時、自然と笑っていることが多くなったような気がした。いつもは気難しそうな顔をしているか、何かに追われるような表情をしていることが多いあいつが、だ。
ある日、俺はたまらずそんなあいつに問いかけた。
——何がそんなに楽しい、と。
それに対してあいつがなんて答えたと思う?
——別に何も変わっていませんよ、だとさ。
自分が変わっていることにさえ、あいつは気がついてなかったんだ。
馬鹿馬鹿しい話だろ。
王になるべくして生まれ育てられているあいつが、一人の意味不明な小僧によって人間性を持ち始めた。前まで人の輪に飛び込むことなんてしなかったあいつが、あの小僧の喧嘩を仲裁するために割って入ったり、街の人間と交流するようになったんだ。
正直に言うが気味が悪い。
親父ですらあいつの生真面目な部分を矯正することはできなかったと言うのに、あの小僧はいるだけでアルトリアという少女の根底を覆してみせた。
多分、年齢が近いせいもあるんだろう。あいつの周りには今まで俺や親父と言った年上の男どもしかいなかった。そのため、面倒を見られることはあっても、人間の面倒をみることはなかったんだ。馬や鶏なんかとは違うからな。
ナツ・ドラグニルという小僧は、結果的に見ればプラスなことを引き寄せた人間かもしれない。俺はヤツと反りが合わないため、まともに会話なんてできないが、親父やアルトリアはやつを可愛がっている。村の人間もあの小僧の為人がわかり始めたのか、一部を除いては円満な関係を築いているそうだ。何人かのガキどもがヤツと一緒に遊んでいる光景を見たことがある。その中にアルトリアが混じっていたのは驚きだったが……。
そうそう一部を除いては、と言う話だが、これには訳がある。最初の方にも少しだけ話したと思うが、ヤツは自分のことを「ドラゴンに育てられた」と言っている。普通の人間が聞けば一笑に付すレベルの稚拙な発言だ。アイツや親父は普通じゃなかったから馬鹿にはしないが、大抵の人間はナツのその発言を小馬鹿にしている。
そもそも神秘がまだ残っているここ——ブリテン島にもドラゴンなどほぼいない。いるとされているのは白き竜の化身と、赤い竜の因子を体に持つアイツくらいだ。それをドラゴンと言っていいのかは分からないがな。
とにかく、そんな現状だからこそ、ヤツの発言は周りに幼稚に聞こえた。嘘をついていることなんて第三者が見ても明らかだ。それなのに、ドラゴンの手がかりを手に入れたとはしゃいでは、ヤツは方々を巡る。
全く迷惑な話だと思わないか?
ヤツに振り回されるこっちの気分にもなってくれ。近隣の住民からは白い目で見られることだってある。
それなのに、ヤツは一丁前に落ち込んだりする。ドラゴンなんていないに決まっているのに、探索から帰ってきたヤツの表情は葬儀に参列する遺族だ。一緒に飯を食っているだけで不味くなりそうな面構えを垂れ下げている。
だから俺はこの前言ってやったのさ。
「おい、ドラゴン探しはもうやめろ」
そしたらヤツの目が鋭くなったよ。普段から吊り目のくせに、余計に目尻を細めたんだ。山中を根城にしている蛮族もおっかなびっくりのど迫力だったさ。
だけど、そんなことにビビる俺じゃない。俺は蛮族だって、口先一つで殺せる自信があるからな。
結論から言おう。
俺の嫌味をきっかけに俺とヤツは拳で語り合うことになった。
何気に初めてのことだ。今まではお互いがお互いを嫌厭していたせいで、ろくに会話することもなかったのに、俺の何気ない言葉をきっかけにそうして殴り合いの喧嘩にまで発展した。
喧嘩の舞台は俺の家の庭だ。いつもアイツや親父が木刀で稽古に励んでいるところである。そんな神聖とも言える場所で、俺とヤツは我欲のためだけに拳を振るいあった。
いいものは持っていた、とだけ言っておこう。
俺は騎士になるため、幼少の頃から親父に血反吐を吐く思いで鍛え上げられた戦士だ。そんな俺があいつに喧嘩ごときで負けるはずもない。
確かに何発かはもらったよ。膝を地面につけたりもしたさ。あのガキ、思ったよりも攻撃が重くてな。気を抜いていれば俺だって負け……いや、なんでもない。
まぁ、なんにせよ喧嘩に勝ったのは俺だった。
「二度とドラゴンなんて探し回るんじゃねぇ……」
そういう趣旨で喧嘩をしていなかったが、俺は最後にそう捨て台詞を吐いた。
ヤツの顔?
見てないな。俺は負けた男の顔をジロジロと見つめる変態趣味はないんでね。
ただ、最後にヤツは微かな声でこう言っていたよ。
——次は負けねぇ、ってな。
おぞましいったらありゃしない。俺としてはあんな喧嘩二度とごめんだ。ヤツと殴り合っている時、まるで目の前に佇む小さな化け物を見ているようだった。あれが本気で俺を倒しに来たとしたら、考えるだけで寝覚めが悪くなる。
それから数日経って、本当にヤツは俺に挑んできた。拳だけを引っ提げてな。
俺はと言えば、次は木剣を手にすることにした。騎士としての訓練を受けてきた俺からしてみれば、拳の殴り合いよりも、剣技の方が数段上だ。
大人気ないなんてのは言わせない。本気の俺に勝たなきゃヤツも本望じゃないだろうさ。俺はヤツの気概を買ったまで……と言うのは少し語弊があるか。とにかく、俺はヤツを真正面から打ち砕くつもりで喧嘩に挑んだ。
勝敗に関しては聞くな。
ただ、今回の勝負を見届けていたアルトリアは満足そうに俺たちの側で腰掛けていた。親父に至っては、いつから見ていたのか丸太の上に腰掛けている。俺はそれがひどく気に食わないと思ったね。人を見世物にしやがって、とな。
次の日から、ヤツはまたドラゴンを探すようになった。
西で空飛ぶ怪物の噂を聞きつければ家を空け、東で火を吹く怪物の話を聞きつければ家を飛び出し、北でドラゴンの噂を聞きつければ何日も帰ってこないなんてことはざらにあった。半分かそれ以上はお目付役としてアルトリアがついて回っていたが、どれも法螺話だったらしく、めぼしい情報は一つも持ち帰っていない。それでもヤツは諦めまいと、日々邁進しているようだった。
「お前はナツが嫌いか?」
そんな折、親父がいつものトーンで俺にそう問いかけた。顔を覗いてみれば、そこにはいつもの厳粛とした表情が鎮座している。
俺は内心それを面倒に思いながらも、ヤツの顔を思い出しながら口を開いた。
「ああ。馬鹿はいつまで経っても好きになれん」
「お前の根は優しいからな。仕方ないことだ」
親父はそう言って俺の隣に腰を落とした。
「よいか、ケイ——時には喧嘩することも良い。
互いが自分に正直に生きていれば当然のこと。
だがそれは、魂をぶつけるべき相手に敬意を持って成す事だ。
憎しみや恨みは暴力に用いてはならん。それが家族だ」
その言葉に無償なほどむず痒さを感じた俺は、自然と自身の膝に爪を立てていた。
親父が言わんとすることは分かる。子供ながらにその言葉の重さが身に染みて理解できる。けれど、それと同様に俺はアイツらの行先を気持ち悪いと思わざるを得なかった。
「親父はいいのか?」
俺が問いかければ、親父はすっと目を細めた。
その仕草にどのような感情が隠されているのか、息子である俺にも推し量れない。
「…………今は信じることだ。アルトリアと、ドラゴンに育てられたというあの子のことを」
その言葉が持つ本当の意味とはなんなのか。
ブリテンの未来と、家族の未来。
理想の王として誕生させられた一人の少女と、それに呼応するかの如く現れたドラゴンに育てられた少年。
その二つが織りなす未来を親父はその厳格な目で見通しているのだろうか。
俺はどうも親父の語る未来に薄ら寒さを感じずにはいられなかった。
「強くなれ、ケイ。お前が家族を大事に思うのであれば、あの二人に負けないくらい」
「無理だね」
「無理ではない。お前の心の持ちようだ」
とん、と小突かれた胸に熱さを感じながら、俺はただただ沈みゆく太陽を静かに眺め続けた。
私のやる気向上のため、
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