滅竜魔導士とアーサー王伝説 作:ジャガイモ
でも、気にしないでください←
「やあああああ!!」
アルトリアの野太い掛け声と共に振り下ろされる斬撃。俺はそれを紙一重で躱し、一歩間合いを詰める。
俺の武器はただの拳なため、アルトリアの使う剣とはリーチの差がありすぎるせいだ。そのため、間合いを縮めて戦わなければ、一方的に攻撃を仕掛けられてしまう。攻撃は最大の防御、と誰かが言っていた気がするが、まさにこの行動こそ、それに当てはまるのだろう。
アルトリアの脇腹目がけ、拳を走らせる。
ボディブロで足を止めた隙に、絞め技をきめる算段だった。
しかし、アルトリアはそれを人間離れした直感だけで読み取った。瞬時に振り下ろしていた木刀を己の腹部分へと防御に回し、拳を防ぐ。
「そこまで!」
一進一退の攻防の末、エクターが取りやめるように声を張り上げた。
アルトリアも俺も、不完全燃焼ではあるが、エクターを敵に回してまで続けようとは思わない。渋々と言った表情は出しつつも、お互いに剣と拳を納める。
「双方ともに体の使い方が上手くなりましたな。特にアルトリア。出会った頃とは雲泥の差です」
「いえ。まだまだですよ、エクター。私はナツと比べ、半人前といったところです」
「はぁ!? 俺に勝ち越しておいて、それは無いだろ! もう一回勝負しろ、アルトリア! 次はなんでもありだ!」
「嫌です。ナツはすぐムキになると魔法を使ってくるの直してください」
アルトリアはつんと顎を逸らし、俺の申し出を一蹴した。
こうは言っているが、このアルトリアという女。ただ負けず嫌いなだけだ。今も俺は魔法なしで勝負をしており、その戦績は俺がエクターの家に厄介になってから3年。154戦中93勝56敗敗5引き分けである。魔法を使った場合は、俺が勝つことが多い。
何もなしだったら、絶対に負けないのに。
そんな負け惜しみなことを考えながら、俺は地団駄を踏む。
俺もアルトリアに負けず劣らず、かなりの負けず嫌いなんだ。
「まぁ、稽古はもうこのあたりでいいでしょう。今日は午後からケイの騎馬戦がある。二人はそれを見にいくといいでしょう」
エクターは俺たちの間を取り持ちながら(かと言って、ずっと真顔だが)、ある槍を手に携えた。
見るからに大きめの槍だ。
はて、俺とアルトリアは別に騎馬戦に出るとは聞いていないが、誰のだろう?
「じっちゃん。それは?」
俺はエクターのじっちゃんから、それが誰のものなのか直接聞くことにした。
「ああ、これはケイの忘れ物だ。アルトリア、今から追いかければ間に合う。街に出てこれを届けるように」
「うぅむ。我が兄ながら、騎士が槍を忘れるなどあり得るのでしょうか……違う槍を持っているのでは?」
「騎馬戦は廃れて久しいですからな」
エクターは少しだけ目尻に皺を刻んで、そう言った。
なんだか、いつものじっちゃんらしく無い。普段なら、こんなヘマをしでかしたケイに、文句の一つや二つ出てきていることだろう。じっちゃんもじっちゃんで、さすがはあの毒舌騎士の親父だけあり、かなりの舌を持っているのだ。
なんなら、俺が泣かされた回数はかなり多いと記憶している。フェアリーテイルの原作だと、マカロフのじっちゃんに暴行を加えられていたが。この世界の俺はエクターに暴言を加えられているのだ。
なんとも悲しい現実か。
まあ、俺が物を壊したりするのが悪いんだろうけど。
「分かりました。ケイ兄さんにこれを届ければいいんですね」
「届けるように。それで今日の、あなたの仕事は終わりです」
多分に何かを含んだ言い方をするエクターに、俺とアルトリアは二人で首を傾げた。
けれど、別に何かを読み取れるわけでもない。大人しく、ケイが騎馬戦のために待機しているであろう街に、赴くのである。
街に出たら、なんともお祭り騒ぎだった。
曰く、預言者マーリンが街に姿を現したのだとか。
聖剣を抜いたものが、王になる。
めちゃくちゃ、どこかで聞いたことのあるフレーズが街中で跋扈していた。途中、俺の顔を見た一部の店主らから、「次、物を壊したら何も売ってやらねーからな」という鋭い文句も聞こえてきた。それは聞かないことにしておく。
それよりも俺が気がかりなのは、さっきまで明るく笑顔だったアルトリアの顔が曇っていることだ。
「どうしたんだよ、アルトリウス。なんか顔暗いぞ」
俺は男性名である「アルトリウス」を使いながら、そう問いかけた。
こいつは家庭の事情とやらで、外面はなぜか男のフリをしているのだ。男装をして闊歩する姿は、まさしく白馬の王子様が似合う美男子である。
「? そうですか。いつも通りだと思いますが」
「ふーん、ならいいけどよ」
俺は言及することをそこでやめた。
アルトリアが何も無いって言うなら、何も無いんだろう。家族の言葉を信じられないほど、俺も馬鹿じゃないさ。
「っと、ケイ兄さん。ここにいたのですね」
どうやらアルトリアがケイを発見したらしい。
ケイもこちらに気がついたのか、アルトリアを見て、次に俺を見てから、嫌味を孕んだ視線を投げる。
「見ろ、あれが選定の剣だとよ。誰にも抜けない剣なんてあるだけ迷惑な置物だ。王は騎士たちのリーグで決める。もう話は決まった」
「ああ? いいのかよ、それで」
「馬鹿なお前には分からんだろうが、これがいい落とし所だろうさ」
ケイはそう言って鼻で笑った。
俺はふとそこで思いつく。
あの剣を抜けば王だとか、勇者だとかになれる剣。主人公補正が入っているであろう、俺ナツ・ドラグニルであれば抜けるのでは無いだろうか?
別に、ただの興味本意だった。
ただなんとなくそんなことを思いついただけである。
しかし、ちょっとした私利私欲も脳裏に過ぎたとは言っておこう。
俺が王様になれば、国全体をあげてイグニールの捜索ができるかもしれないのだ。エクターやケイ曰く、ドラゴンはこの国にしかいないらしいので、ちょうどいいかもしれない。
「なあ、俺があれを抜けたら王様になれるのか?」
俺が特に深く考えず問えば、ケイは辟易した態度で返す。
「馬鹿は馬鹿でも、底抜けか、貴様は。お前なんぞに抜けるわけがない」
「否定しないんだな!」
「……もしもお前が抜いたら、俺がその場でお前を殺してやる」
ほとんど肯定しているようなものだ、と思った。
どうやら俺が抜いても、俺は王様になれるらしい。別になりたいとは思わないが、イグニールの捜索に役立つなら是非とも使いたい国家権力だ。
「よーし」
と、俺は肩を回しながら、騎士たちの列に並ぶ。
騎馬戦が始まるまで、まだもう少し時間もあるし試しに抜いてみるくらいしてもいいだろう。
「あの、ナツ」
俺が参列すると、後ろからたったとアルトリアが小走りで近づいてきた。
「なんだよ、お前も抜いてみたいのか?」
「え、いやそういう訳ではないのですが……ナツはいいのですか?」
「何がだよ」
「王になっっても」
彼女の言葉がそこで区切られる。
「あー……別に俺は王になりたいわけじゃ無いんだ。悪いけど、これもイグニールを探すため。俺のためにやる!」
「だとしてもです。恐ろしくは無いのですが、今の生活を捨てることになるのに変わりはないでしょ」
「んー」
俺はそこで悩んだ。
正直に言って、なんでここまでアルトリアが気にしているのか分からん。また、生真面目に変なことを考えているのかもしれない。こいつはそういう悪い癖があるように見受けられる。
「別に俺が王になっても、アルトリアやケイ、それにじっちゃんと家族なのは変わらないだろ? 俺はそれだけで十分だ」
とりあえず、俺が考えていることだけを吐き出しておいた。
高尚なことなんて、俺には言えん。ナツと前世の俺が混じってからというもの、思考が一般人と多少ズレる時があるのだ。仕方ない。肉体と精神は常にひっぱりあっているようなものなのだろう。もしかしたら、イグニールとの7年間の生活が、俺を変えたのかもしれない。そう思えば悪いことじゃないな。
「そう、ですか」
アルトリアはどこか納得したように頷く。
「だったら、ナツ。私ともずっと変わらずいてくれますか」
「あ? そんなの当たり前だろ?」
「……その言葉だけで十分です」
アルトリアはそれだけを言うと、その場から去っていってしまう。
俺は不思議そうにあいつの後ろ姿を眺めながら、今か今かと自分の番を待ち望むことにした。
追記
言うまでもないが、俺が選定の剣を抜けるわけもなかった。
なぜ、アルトリウスと言う名の男と偽って暮らしているのか。
なぜ、物心ついた時から剣を習い、国を学び、人としての地震の望みを打ち消してきたのか。
決まっている。それは全てこの日のために。王の剣を抜くために、私は生を受けたのだ。
私は本当の両親の顔を知らない。
理想の王という目的があり、そのために計画され、生まれたのが自分だという。
実際、私は亡き父の無念とか、願いとか、そう言ったものに特別な感情を持つことはなかった。また、魔術師の教えにも特段関心を抱くこともなかった。
私はただ、街に暮らす人たちの賑わいの声とか、エクターやケイと暮らす日々が美しいと思っただけである。
そんな私に変化が訪れたのは、一人の少年が新たな家族となってからだった。
ナツ・ドラグニル。
私と同じ竜にまつわる人間でありながら、対照的に、私とは全く違った人間であった。
彼は喧嘩早く、常に義兄ケイとは何かしらの言い合いをしていた。
また、自分を育ててくれたイグニールという竜を探すため、方々を駆け回っては、その度に落胆の表情を見せる、少年らしい面を持ち合わせてもいた。
彼がいるところには、なぜか騒ぎがある。火種はどこから生まれているのか分からないが、そういう面にかなり長けているのは事実だった。
騒ぎが起きれば、私がそれを納めるために方々へ出向いた。
時には拳で解決するようなこともあった。
気がつけば、私はいつの間にかナツに巻き込まれる形ではあるものの、街の一員になっていた。喧騒の中に混じり、他者と感情を共有することも日に日に多くなっていた。
ある日、ケイ兄さんから「変わったな」と言われたことがある。
私はそれに「何も変わっていないですよ」と言ったが、自身ではその変化に気がついていた。
何もかもを取りこぼしてしまうと、冷静に蓋をしていた自分がいなくなっていたのである。ナツと一緒にいると、私は自然と笑えていたし、気がつけばいつの間にか、街の人とナツの喧嘩を止めるようなことをしていた。
大変であり、だが、とても充実していたのを覚えている。
だから、私が抱いている感情は間違いなのだと知っていた。ウーサー王に望まれた自分とは、かけ離れていることを自覚していた。
それでも私は、ナツと関わることをやめようとは思わなかった。
イグニールらしき噂を聞けば積極的にナツへ教え、ともに遠出をすることも多かった。
理想の王にあるまじき姿である。
ただ私は己が思うままに行動する、謂わば一人の人間のように振る舞っていたのだ。
だから、恐ろしくなった。
王の剣を抜き、今の私が私でなることを恐れた。
それだけ今の生活は私にとってかけがえのないものになっていた。エクターもそれを分かっていながら、私の行動には一切の口出しをしてこなかった。きっと、彼は私に選択権を委ねるつもりなのであろう。私が王にならずとも、それでいいと、思ってくれているのかもしれない。
しかし、私がその選択をしては、誰も王にはなれないということも知っていた。この国を蛮族から救うことも出来ないと、感じ取っていた。
竜として望まれた理想の王。
私個人として育まれた人間としての営み。
どちらかを選ぶことなど私には出来ない、そう悩んでいた。
でも、
「別に俺が王になっても、アルトリアやケイ、それにじっちゃんと家族なのは変わらないだろ? 俺はそれだけで十分だ」
本当になんでもない言葉ではある。
けれど、私にとってはそれが何よりの一助であった。
誰もいなくなった場所。そこで私は選定の剣を見下ろす。
今は騎馬戦をしているためか、誰もここには近づいていない。ナツも抜けなかったため興味を無くし、今はケイの応援に行っている。
「ありがとう、ナツ」
私は剣を握る。
もはや、迷いなどなかった。
「悪いことは言わないからやめたほうがいい。それを手にしたら最後、君は人間ではなくなるよ。それだけじゃない。手にすればあらゆる者に恨まれ、惨たらしい最後を迎えるだろう」
背後でそんな言葉が聞こえた。
視線を合わせなくても、誰かは分かる。
預言者マーリン。彼は私に最後の忠告をしに、ここまで足を運んだのであろう。
私は強く「いいえ」と返した。
すると彼は「いいのかい?」と優しく返事をする。
私の心に今は曇りなど無いのだから。
「私が人間ではなくなっても、彼は家族でいてくれると言ってくれました。私にはそれだけで十分です」
そうして、その日。選定の剣は抜かれた。
一人の王の誕生である。
ただ、正史と違うところがあるとすれば、彼女はただ一人の少年の言葉によって、その剣をとり、王になることを決断したのであった。