『鳴上悠は鬼殺の夢を見る』   作:OKAMEPON

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『雷神演舞』

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 桑島さんの家に一晩泊めて貰ったその翌朝。

 朝食を終えて、善逸たちはまだ少し桑島さんのもとで過ごすそうだが自分はそろそろ蝶屋敷に帰ろうと支度していた丁度その時に。

 鎹鴉たち(鎹雀であるうこぎも含まれる)が、何やら報せを運んで来た。

 どうやら、昨日緊急の柱合会議が開かれていたらしい。

 恐らく、お館様が鬼舞辻無惨の事やそれに対抗する為の力などについて話したのであろうが、その会議の中で何か鬼殺隊全体に通達する様なものが決まったのだろう。

 どうやら、自分宛の手紙と、善逸や獪岳に宛て送られた報せは内容が異なっている様だ。

 うこぎから報せを受け取った善逸は、文面を一読するなり「嘘でしょ!?」と汚い高音で叫ぶ。

 一体何があったのか、と。衝撃のあまり善逸が取り落としたそれを拾って読むと。

 どうやら、全隊士を対象に合同強化訓練……通称「柱稽古」が執り行われる事になったらしい。

 来る鬼舞辻無惨との決戦に向けて、柱が直々に指導し訓練を施す事で、鬼殺隊全体の戦力増強を図るのが目的であるそうだ。

 柱の下を順に巡り、各々の柱が課す訓練をこなしていく、と言う様式であるらしい。

 最初は宇髄さんで、その後に煉獄さん、無一郎、甘露寺さん、伊黒さん、実弥さん、悲鳴嶼さんと続く様だ。

 ……柱全員がその特訓に参加するのかと思ったのだが、書面には冨岡さんとしのぶさんの名前が無い。何かあったのだろうか?

 まあ、しのぶさんは万が一の負傷者に対応する為に控えているのかもしれないけれど。

 全ての隊士が対象であり、参加は強制ではないものの、まあ基本的には参加する事を推奨している様である。

 色々と準備があるのだろうから、開催は数日後である様だが、まあそれまでに準備をしておく様に、との事であった。

 

 さて、では自分宛の手紙の内容は何なのかと言うと、どうやら『赫刀』や『透き通る世界』などについてやら、上弦の鬼たちとの戦いなどに関して、色々と話を直接聞きたい上に、可能ならば手合わせなども行いたい為、悲鳴嶼さんの修行場に来て欲しい、との事だった。

 柱稽古が始まるよりも前に済ませたいとの事で、可能な限り早く来て欲しいとも書いてあったので、元々桑島さんの家を発つ準備をしていた事もあって、少し早いけれどここで善逸たちと一度別れる事になった。

 間違いなく過酷な修行になるのだろう柱稽古に対して、「嘘でしょ!?」だとか「この地獄を考えた奴誰だよ!」とか騒いでいた善逸は、「馬鹿もん!!」と桑島さんに勢いよく頭を叩かれていた。……まあ、仲が良いと言う事なのだろう。

 桑島さんに一晩の宿の礼を述べて、それから鎹鴉に直ぐに向かう旨の手紙を託して、悲鳴嶼さんの所へと向けて少し急ぎ足で向かうのであった。

 

 

 

 途中で隠の人が運転する車に拾って貰ったりして、どうにか昼過ぎ頃には悲鳴嶼さんの修行場に辿り着いた。

 山奥の修行場であるのだが、そこには何と柱が全員揃っていたので少し驚いてしまう。柱稽古の準備で忙しいだろうに……。

 

「外出中の所を呼び立ててしまってすまないな、悠」

 

「いえ、そろそろ蝶屋敷に帰ろうとしていた所だったので、丁度良かったです」

 

 声を掛けて来た悲鳴嶼さんにそう答えて、改めて周囲を見渡す。

 山奥を切り拓いて作られた修行場は物凄く広いし、少し離れた所には滝行が出来る滝と川までもがあるらしい。

 手合わせもしたい、との事だったのでこの様に広い修行場に呼ばれたのだろうか?

 そして、そんな広い修行場に柱が全員揃っている光景と言うのも、中々に壮観である。

 無一郎が嬉しそうに手を振っているので軽く振り返して。

 早速、此処に呼び出された本題に入った。

 

 手紙にもあった様に、『赫刀』や『透き通る世界』の事も知りたいそうだが、先ずは上弦の鬼との戦い……より正確には黒死牟と猗窩座の事に関してより詳しく聞きたいとの事であったので、実際に共にその二体と戦った無一郎や煉獄さんと一緒に、その具体的な攻撃手段やらその動きの特徴を説明していく。

 

「黒死牟……上弦の壱の攻撃は大体此処から無一郎が立っている位置程度まで斬撃が届きます」

 

 戦っている中で目測で掴んでいた黒死牟の攻撃の射程範囲を、共に戦ってそれを目撃していた無一郎と煉獄さんが捉えていたそれと擦り合わせながら大体でこの位だろうと言うそれを、視覚的に分かり易くする為に自分と無一郎の距離で説明する。

 目が見えていない悲鳴嶼さんにも、声の位置などで大体のそれが分かって貰えるだろうと言う目論見もある。

 

「この範囲に攻撃が派手に届くなら、接近するのは至難の業だな」

 

 示したその距離に、唸る様に宇髄さんはそう零す。

 実際、この範囲攻撃を連発されてそれで接近するのは困難を極めるだろう。

 

「黒死牟は刀を自在に伸ばせるので、最悪の場合これよりも更に遠方にまで攻撃が届く可能性もあるでしょう。

 まああれ以上刀を伸ばすと鬼の膂力を以てしても取り回しが難しくなるので、そうそう無理に刀をあれ以上に伸ばす事は無いと思いますが……」

 

 ただ、出会い頭の奇襲目的だとか、瞬間的に広範囲を薙ぎ払う目的だとかで、一時的に常用に適さない程にまでその刀身を伸ばしてくる可能性は無きにしも非ずである。

 ……そして何よりも、黒死牟との戦いに於いて厄介なのは、その刀による馬鹿げた攻撃範囲と鬼の身体能力を駆使した常識外の連撃では無い。

 

「しかし、何よりも厄介な攻撃は、その手に持った刀による何らかの呼吸による攻撃ではありません。

 その血鬼術によって発生する斬撃その物です。

 極端な話をすれば、黒死牟は刀を振る必要性も無く、その刀から無数に斬撃を放てます。

 ……そして、その刀自体は、黒死牟自身の骨肉から作られているが故に、その身体から幾らでも無数に生やす事が出来ます」

 

 流石に何も無い状態から斬撃を生み出す様な事はしていなかったと思うのだが、しかしその全身から生やした刀身や或いは触腕の様なものからその斬撃は文字通り無尽に発生する。

 刀を振ると言う予備動作すら不要なそれを、完全に見切る事は難しく、そしてその斬撃の軌道は黒死牟の思うがままである。

 そしてその状態になってしまえば、接近して頸を落とすどころでは無くなるだろう。距離を取る事も、或いは詰める事も、どちらも困難極まりない。

 何せ、掠るだけでも人間の身体が障子紙よりも容易く裂かれてしまう様な斬撃だ。

 幾ら肉体を限界まで鍛え上げていたとしても、柱であってもまともに喰らえばその時点で即死するか戦闘不能になりかねない。

 刀を破壊してどうにか抑え込もうにも、鬼の肉体その物とも言える刀を単純に破壊したとしても直ぐに再生されてしまうだろう。

 ……『赫刀』で斬れば多少はその脅威を押さえ込む事も可能かもしれないが、しかし新たに別の場所から生やされてしまえばそれも難しい。

 

「ふむ……ならば刀を生やす母地になる肉体ごと、その『赫刀』とやらの状態で大きく抉れば少しは対処出来るのだろうか」

 

「それは試していないので分かりませんが……単純に斬るよりは効果があるかもしれませんね。

 ただ、黒死牟は此方の攻撃を見切って回避する力も尋常なものではないので、中々それ程までに身体自体を削る事も難しいと思います」

 

 鬼の身体能力を活かして、人間では無理な動きでも回避してくるのだ。

 そこも念頭に置いた上で対峙しなければ、相手を完全に捉えたと思った攻撃で思わぬカウンターを喰らって死にかねない。

 そもそも、黒死牟は数百年前に縁壱さんの剣技を誰よりも近くで見続けて来た可能性がある剣士だ。

 その時の記憶がどれ程今の黒死牟に残っているのかは自分には分からないが、しかし「神業」と誰もが讃える他に無い程の剣技を「知っている」黒死牟に対し、剣技でその見切りを上回る事は困難を極めるだろう。

 そして、その尋常ならざる攻撃や、その能力だけが問題になるのではない。

 

「……何よりも厄介な事は、その頸が非常に硬い事です。

『赫刀』の状態でも、単独でその頸を斬る事はほぼ不可能であるのかもしれません」

 

 ほぼ完璧な状態で頸に向けて放たれた無一郎の一撃でも、その頸に僅かに食い込むだけに留まってしまった。

 そして、上弦の参である猗窩座に対しても、『赫刀』の状態に至った煉獄さんと無一郎が二人がかりで挑んでも、後少しの所で斬り損ねた事を考えると。

 激しい戦いの中の僅かな隙を突いて頸を確実に落とすには、『赫刀』の状態の柱が三人は必要だと考えた方が良いのかもしれない。

 そして、『赫刀』を抜きにした場合……自分がその場に居合わせる事が叶わなかった場合は、確実に殺す為にはもっと大勢の力が必要になる可能性もある。

 そこに関してはどうなるのかは分からないが……。

 

 猗窩座の頸に関する報告書は既に読んでいるのか、あの戦いの場に居なかった柱も全員難しい顔をした。

 最終決戦の場で、どの様な状況下で上弦の鬼や鬼舞辻無惨と戦う事になるのかは未知数であるが故に、様々な状況を想定する必要はあるのだが。

 何であれ、上弦の頸を斬らなければならない事だけは確かなのだ。

 それがどれ程難しい事であるのかを改めて具体的に示されて、その打開策をどうにか見付け出そうとしている様であった。

 

「だが、上弦の肆に関しては、最終的にその『本体』とやらの頸を落としたのは、柱でもねぇ隊士だった筈だ。

 これに関してはどう説明する?」

 

 実弥さんからの質問に、その場に居合わせた訳では無い為炭治郎たちから聞いた話から類推した考えを話す。

 

「後から炭治郎たちに話を聞いた所によると、あの時の炭治郎の日輪刀はその妹である禰豆子の血鬼術によって『赫刀』に近い状態に変化していたそうです。

 そして、その場に居合わせた仲間の隊士二名が全力で炭治郎の日輪刀を更に奥へと押し込む形で力を合わせて……そして最後の一押しとして、その二名の隊士の日輪刀に対して鬼喰いの力のある隊士が禰豆子の血鬼術と同系統の血鬼術を発動させる事で、爆発的な推進力を加算した為押し切る事が出来たそうです。

 最終的に上弦の肆の頸を斬り落とした際に炭治郎の日輪刀にかかっていた力は、恐らく柱二人分以上の膂力に相当するのではないかと思います」

 

 逆に言うと、それ程までの力が無ければ上弦の肆の頸を落とす事は出来なかったと言う話でもある。

 基本的に、下位の鬼よりも上位の鬼の頸の方が硬い。

 恐らくは、妓夫太郎の頸よりも玉壺の頸の方が、玉壺の頸よりも半天狗の頸の方が、そして半天狗の頸よりも猗窩座の頸の方が硬い。

 それ程までに、上弦の鬼の……それも上位の鬼の頸を斬る事は困難なのである。

 鬼の頂点に在る鬼舞辻無惨がどうなのかは想像する事も難しいが……そもそも「切断する」事自体が難しいのかもしれない。まあ、頸を落とした所で鬼舞辻無惨のそれに関してはあまり意味がないのだが。

 

 そして、その答えに実弥さんと悲鳴嶼さんが何か言いたそうな顔をする。

 だが、結局は何も言わずに、話の続きとして猗窩座に関する話題になった。

 

 黒死牟とはまた別に、猗窩座も極めて厄介な相手だ。上弦の鬼に厄介ではない相手など存在しないと言えばそれはそうなのかもしれないが。

 素手格闘であるが故に、そのリーチ自体は黒死牟のそれよりも狭いが。

 しかし、その範囲の内に於ける隙の無さに関しては、黒死牟よりも上であろう。

 何せ、狂乱状態に陥った黒死牟の斬撃の嵐を強引に突破して接近した後の猗窩座は、互いに削り削られながらであるとは言え、絶え間なく無限に斬撃を放つ黒死牟を相手にしてすらその攻撃を通し続ける事が出来ていたのだ。

 此方の動きを先読みしてくる様なその血鬼術の力も相俟って、非常に厄介極まりない相手である。

 

「猗窩座との戦いに於いてやはり一番問題になるのは、何らかの手段で此方の動きを先読みするかの様に動く事が出来る血鬼術です。

 恐らく、猗窩座自身が意識していない攻撃にすらそれは反応出来るのでしょう」

 

 一体「何」を感知して動きを先読みしているのかは自分にはあまり良く分からなかったが、同じく共に猗窩座と相対した伊之助は、「殺気」の様なものを感知しているのではないか? と言っていた。

 伊之助の言う「殺気」と、猗窩座がやたら口にしていた「闘気」とやらが同じものであるのかは分からないが。

 明確に何らかの「意図」を以て行動する際の、その「意識」と共に発生する何某かを感知しているのだろう。

 これに関しては、それを潜り抜ける方法は自分には分からない。

 ただ……。

 

「幾ら無意識的にでも反応出来るとは言え、一度に対処出来る数自体には限りがあります。

 それを越える量の攻撃が向けられた場合は、その脅威度などから優先順位を付けて対処する様です。

 まあ、猗窩座の隙を突くとすればそこになるのでしょうか……」

 

 伊之助の攻撃を捌き切れなかった様に、「人」の形を保っている猗窩座には腕は二本足も二本しかない。それらで一度に対応出来るものを越えた状況を処理する為にはどうしても隙が出来てしまう。まあ、相手は上弦の鬼であるので、その隙もほんの数瞬程度のものでしかないのだが。

 しかし、その隙を突くとすればその点しかないのだろう。

 上弦の鬼とは、本当に厄介な相手である。

 

 黒死牟と猗窩座の事を大体話し終えた所で、今度は『赫刀』と『透き通る世界』についての説明と実演になった。

 まあ説明と言っても、判明している事の殆どは既にお館様に話しているので、新たに付け加える事の出来るものは殆ど無いのだけれども。

 

「じゃあ、今から皆さんの力を引き上げるので、その状態になったら握力を意識して日輪刀を握ってみてください」

 

 刀鍛冶の里で実験した時と同様に、『猫将軍』を呼び出して『マハタルカジャ』をかける。

 なお、見た目がどう見ても「猫」な存在が急に現れたのを見て、しのぶさんがちょっと動揺して、猫の気配を察した悲鳴嶼が少し浮足立つ様な反応を見せて、実弥さんが「猫かァ」と呟く。

 ……確か、しのぶさんは毛の生えた生き物はあまり好きでは無いのだったか……。呼び出す前にちょっと声を掛けていた方が良かったのかもしれない。

 

 まあ、『猫将軍』に対する反応はさておき、『タルカジャ』の効果が発動した状態で全員が日輪刀を握る力を意識してみた所。

 先ず真っ先に悲鳴嶼さんの特徴的な日輪刀が、その鎖ごと鮮やかな赫に染まった。

 そして、既に『赫刀』に到達した事のある三人がそれに続いて。

 宇髄さん、実弥さん、冨岡さんが更に続いて。

 そして、それに少し遅れて伊黒さんも『赫刀』に達した。

 ただ……しのぶさんの日輪刀は変わっていない様に見える。

 元々、刺突に特化して刃先以外の部分の刃が限界まで削ぎ落された特殊な日輪刀なので、赫に染まっていても判別は難しいのだけれども……。

「握力」で『赫刀』に到達するのは、しのぶさんにとっては難しいのかもしれない。

 実戦の場では流石に「握力」だけに意識を向ける訳にはいかないのだし、他の方法で『赫刀』を扱えないか試す方が良いだろう。

 まあ、その特殊な形状から、煉獄さんと無一郎がやってみせた様な、己の日輪刀を打ち合わせる方法も難しいかも知れないが。

 

 半信半疑とまではいかなくても、『赫刀』と言う現象を今一つ想像しきれていなかった人たちは、驚いた様な声を上げる。

 

「成る程、確かに匂いや熱も灼ける様なものに変わっているな」

 

 目は見えていないので色の変化自体は知覚出来ていないのかもしれないけれど、しかし視覚以外の感覚が極めて鋭敏な悲鳴嶼さんには、色以外の変化も感じ取れたらしい。

「握力」から意識を外した後にどの程度『赫刀』の状態が維持されるのかは其々異なっていたが、少なくとも全員一分は持つ様だ。

 戦いの中で「握力」だけに意識を向け続ける訳にはいかないので、ある程度は『赫刀』の状態を維持出来るのは間違いなく朗報である。

 悲鳴嶼さんに試して貰った所、武器を打ち合わせて『赫刀』の状態にする事も出来る様だ。

 ただ、その方法では「握力」で到達した場合よりもやや『赫刀』の持続時間が短くなる様だが。しかし、『赫刀』の状態の日輪刀を更に打ち合わせた場合に、より一層強く『赫刀』が発現するらしいので、駄目押しの一撃だとか、そう言う際に更に攻撃力を上げるのには有効であるのかもしれない。

 

 他に『赫刀』らしき現象を引き起こしたのは、禰豆子がその血鬼術でやった様な、熱を加えてみる……と言うものだが。

 とは言え、下手に試しても最悪日輪刀を焼いてしまったり溶かしてしまう結果になるだろう。まあ少なくともこの場で試さなくてはならない事では無い。

 

『赫刀』に関しては大体理解して貰えたので、今度は『透き通る世界』の方を試す事になった。

 予め、急に感覚が研ぎ澄まされ過ぎて混乱するかもしれない事は伝えた上で、『猫将軍』から『シキオウジ』に切り替えて、『心眼覚醒』を使う。

 周りを見ていると、どうやら全員何かしら見えているのか感じている様だ。

 事前に警告していたからなのか、炭治郎たちに使った時よりは混乱は少ない。

 それでも、既に『透き通る世界』を何度か見ている無一郎以外は、未知の感覚に困惑している様だった。

 

「ええっと……大丈夫ですか……?」

 

「まるではっきりと像を結んでいるかの様に、脈動まで知覚出来る……。

 これが、その『透き通る世界』とやらなのか……」

 

 驚いた様にそう零す悲鳴嶼さんの目には一体何が見えているのだろうか?

 相変わらず自分にはよく分からない感覚ではあるのだが、恐らく『透き通る世界』を見ているのだろうとは思う。

 無一郎曰く、一度体感出来たのなら自力でそれに辿り着くのは不可能では無いそうなので、恐らくこれで自分が『透き通る世界』に関して出来る事は全てしてあげられたのだろうけれど。

 取り敢えず、全員の様子が落ち着くまでを待って、あの感覚を感じてみてどうだったのかを訊ねてみる。

 

 宇髄さんは音の様に感じたらしく、悲鳴嶼さんは様々な感覚が一体となってまるで視覚の様に像を結んで感じたらしい。それ以外の人は基本的に視覚優位の感覚だった様だ。

 とは言え、その視覚で感じた部分も人其々だったのかもしれないが。

 あの感覚をまた掴める事は出来そうなのかと訊ねてみると、暫く集中していた悲鳴嶼さんはまた再び『透き通る世界』に入った様で。それを数度繰り返している内に完全に感覚を掴んだらしく、どうやら自由に入れる様になったそうだ。

 とは言え、やはり凄い集中力が必要なので、四六時中とはいかない様だが。

 それでも、必要な時に自在にその領域に踏み入る事が出来る様になったのは物凄い事である。

 流石は、悲鳴嶼さんだ。

 

『透き通る世界』に関しては、可能な限り必要なタイミングで素早く入れる様にしたうえで可能な限りそれを持続させられる様に其々鍛錬する事、と悲鳴嶼さんが決議して。

 今度は手合わせを、と言う話になった。

 もしかしたらこれが本題だったのかもしれない。

 どうやら、上弦の鬼たちの攻撃をある程度再現出来ると言う話を無一郎から聞かされたらしく、まあ当然の事ながら模擬戦闘を要望された。

 

「無理強いをする事は出来無いが、出来れば頼みたい」

 

 そう言って悲鳴嶼さんに軽く頭を下げられては、嫌とは言えない。

 気が進まないのは確かだが、しかしそうやって備える事がどれ程重要なのかはもう嫌と言う程分かっているのだ。

 準備の為に費やせる時間は限られているのなら、少しでもその為により効率のいい鍛錬を行わなければならないのだろう。

 

「いえ……良いんですよ。俺としても、皆さんの為に出来る限りの事は応えたいので」

 

 流石に致命傷一歩手前前提で戦ってくれと言うのは難しいけれども。と、そう答えると。それで構わない、と頷かれる。

 なら、四の五の言う前に実際にやるべきだろう。

 

「じゃあ、先ずは黒死牟からで良いですか?

 斬撃に纏わり付く小さな斬撃までは再現出来ないので、少し大きめに避ける事を意識して貰えると良いかと思います」

 

 最初に相手をする事になったのは悲鳴嶼さんである。

 凶悪な棘だらけの鉄球と斧が鎖で繋がれた独特の日輪刀(刀とは……?)を手にしているその姿は、物凄く頼もしくもあり相対する者としては威圧感を感じるものである。

 ゴウンゴウンと音を立てながら振り回されているので、尚更威圧的だ。

 ルールは前回と同様、勝利条件は五分間回避するか或いは此方の頸または頭部にその日輪刀をぶつけるかである。

 武器が木刀ならそこまで気を遣わなくても良いのだが、悲鳴嶼さんのその武器は木刀とは違い過ぎるので、木刀での演習よりは本来の日輪刀で戦った方が良いだろうと言う判断だ。

 流石に、今回は物理無効か吸収のペルソナで戦い続ける必要があるだろう。

 尚、此方の攻撃が直撃した場合は、その時点で手合わせは終了だ。

 最初の一分が経過した時点で攻撃範囲をあの大太刀サイズの刀の範囲に変更し、そして三分が経過したら刀を振る予備動作無しの全方位攻撃に移行する様になっている。

 今回のタイムキーパー担当は無一郎だ。

 

 

 無一郎の開始の合図で先に動いたのは、悲鳴嶼さんであった。

 まあ、時間が経てば経つ程攻撃を当て辛くなるので速攻をかけるのは最適解である。

 飛んで来た鉄球を回避して、回避した先を先読みするかの様に飛んで来た斧も軽く回避する。が、回避したと思ったその鉄球は、悲鳴嶼さんが鎖部分を巧みに操る事で再度襲い掛かって来る。

 それを再び回避すると、今度は鎖が頸の辺りを狙って迫って来た。が、これは身を深く沈めて回避する。

 

 ── ツインラッシュ

 

 こちらが軽く放った一撃を、悲鳴嶼さんもやはり軽く回避して。

 

 ── 岩の呼吸 壱ノ型 蛇紋岩・双極!

 

 鉄球と斧で挟み潰すかの様な一撃を放ってくる。

 それを回避しても、それを先読みしていたのか今度は鎖が迫る。

 恐らく、今の悲鳴嶼さんは『透き通る世界』とやらに入っているのだろう。

 その反応速度と、先を読む力が尋常では無い。

 

 迫って来た鎖を跳ねる様にして避けた。

 そして追撃の様に追って来る鉄球を、空中に居るので少し避け辛かった為にちょっと加減して押し返す感じで十握剣の剣の腹で押して避ける。

 そして、更に背後から頸を狙って落ちて来た斧はその腹の部分を横から蹴り飛ばす様にして防ぐ。

 

 そして、無一郎から一分が経過した合図が出された。

 

 ── 利剣乱舞

 ── アローシャワー

 ── アサルトショット

 

 基本的に回避に専念していた先程までとは打って変わって積極的に攻撃を仕掛けて来る様になったそれを、今度は悲鳴嶼さんが回避と防御に専念する。

 様々な方向や威力で絶え間なく迫り来る攻撃を、正確に見極めて防いだり回避したりと、その瞬間的な判断能力の高さは流石は鬼殺隊最強と言うべきなのだろうか。

 悲鳴嶼さんが攻撃を回避する合間にも、鉄球と斧は飛んで来るしその攻防一体となった攻撃は非常に強力だ。

 

 ── ヘビーレイン

 ── ヒートウェイブ

 ── ヘビーショット

 

 技の影響で砕けた岩の破片などでの細かい掠り傷程度はあっても、今の時点で悲鳴嶼さんは一度も攻撃を直接的に受けていない。

 驚く程に身軽だからと言う事もあるのだろう。

 しかし、回避の事を優先せざるを得なくなっている為に、あまり強力な攻撃を仕掛ける余裕は無い様だ。

 そして……。

 

 三分経過の合図が出された為、更に攻撃を切り替える。

 

 ── 空間殺法

 

 一気に空間全てを斬り裂く攻撃への対応が間に合わず、そこで初めて悲鳴嶼さんに攻撃が直撃した。が、それは保険としてかけていた『テトラカーン』によって跳ね返って来たので悲鳴嶼さんに傷は無い。

 保険としてかけた『テトラカーン』以外にも、『タルンダ』と『ラクカジャ』だけでなく念の為に此方に『スクンダ』も掛けているが、やはり普通に直撃したらただではすまない。

『テトラカーン』が切れたので、そこで手合わせ終了と言う事になった。

 

 

「どうでしたか? 何か掴めそうですか?」

 

 手合わせが一旦終わったので、一息吐きながらそう訊ねてみると。

 悲鳴嶼さんは「ああ」と頷いた。

 

「やはり、急に攻撃が変わった時の回避が難しいな。

 それを意識していても、やはり虚を突かれてしまう。

 恐らく、実際の戦いの中ではあの攻撃の際に負傷していただろう……」

 

「あの範囲と規模の攻撃を無数にかつ絶え間なく放ってくる様になりますからね……。

 出来るなら、その状態になる前に早く頸を落とすべきなのでしょうけれど……」

 

 しかし、それが簡単に出来る様な相手では無いのだから、本当に厄介なのだ。

『透き通る世界』に達した悲鳴嶼さんでも、何処まで有効な攻撃を当てる事が出来るのかと言う問題にもなってしまう。

 

「やはり、一対一で戦う事は困難を極める相手である様だ。

 柱同士で連携する必要がある」

 

「そうですね。もし、悲鳴嶼さん以外とも同時に先程の手合わせで戦っていたら、何度か頸を狙える機会はあったと思います。

 とは言え、それをするにはやはり息の合った連携が重要になるので、一朝一夕に出来る事では無いのでしょうけれど……」

 

 共に戦う相手が多ければ多い程良いと言う問題では無いのも、また難しい問題になる。

 相手が物凄く大きな図体であるなら大勢で袋叩きにするのが一番なのかもしれないが、相手はあくまでも成人男性一人分程度の大きさなので、仲間の邪魔にならない程度に同時に戦える数と言うのもそれなりに限られて来てしまうだろう。

 更には、仲間の攻撃や行動パターンなどを熟知していなくては、却って足を引っ張る結果にもなりかねない。

 

「それを補う為の柱稽古でもあるからな」

 

 そう頷いた悲鳴嶼さんが説明してくれたところ、柱は柱同士で手合わせを行う事で柱稽古をするのだそうだ。

 幾ら柱稽古とは言え、四六時中柱が隊士の面倒を見ている訳では無く、また特に序盤の方を担当する宇髄さんや煉獄さんは柱稽古が順調に進めば比較的早い段階でしごかねばならない隊士がいなくなるので、自分の受け持ちが全て先に進んだ柱や比較的手の空いている柱は、柱同士での積極的な手合わせを行う事で互いに高め合ったり連携能力を高めるのだそうだ。

 今までもそれが出来ていたら良かったのだが……。まあ、そんな事も難しい程に、柱の業務が多忙を極めていたと言う事なのだろう。

 しかし、柱同士の手合わせか……。

 炭治郎などは、それを見学したがるだろうなぁ……。いい経験になるとか言って。まあ実際、見取り稽古には自信がある炭治郎にとって、柱程の実力者同士の全力の手合わせは、見て学べるものが物凄く多いだろうけれど。

 全員がそれを見学するのは難しいだろうけれど、柱稽古を全て達成した者たちには特別に見学させてあげたりするのも良いのでは無いだろうか。

 そう試しに言ってみると、考えておこうと悲鳴嶼さんは頷いてくれた。

 

 そんな風な休憩が終わったら、今度は自分がとばかりに実弥さんが次の手合わせ相手として立候補して来た。

 流石に、今日だけで柱全員と手合わせするのは、ペルソナの力を酷使する関係上少し難しいかもしれない事を伝えると、煉獄さんと宇髄さん、無一郎としのぶさんはまた後日で構わないと返してくれたのでそこは厚意に甘える事にする。

 甘露寺さんも、「無理はしなくて良いからね!」と言ってくれる。

 まあ、折角こうして多忙な中で集まって来てくれているのだから、可能な限り頑張りたいのだが、こればかりは少しどうにもならない事なので、すみませんと謝っておいた。

 

 

「実弥さんも黒死牟との模擬戦闘で大丈夫ですか?」

 

 そう確認すると。実弥さんは「その前に聞きたい事が」と少し待ったを掛けた。

 

「お前は俺を名前で呼ぶが、何でだァ?」

 

 そう言われてみれば、確かに。

 直接言葉を交わす機会は殆ど無かったから多分気にされていなかったが、実弥さんの事をずっと名前で呼んでいたし、考える時も名字では無く名前の方で考えていた事に気付いた。

 

「あ、すみません。玄弥と話している時のクセで、つい……。

 もし気になるのでしたら『不死川さん』に直しますが……」

 

 玄弥と実弥さんについて話す時に、「実弥さん」と呼んでいるから、それがついつい定着してしまったのだろう。

 思えば、まだそれ程親しい訳でも無いのだし、更に言えば柱の階級に在る人をいきなり名前で呼ぶのはあまり良い態度とは言えないだろう。

 とは言え、もうそれで慣れてしまったので、咄嗟に「実弥」さんと呼んでしまいそうだが……。

 しかしよく考えれば、実弥さんと玄弥の兄弟仲は拗れている……と言うか現状かなり複雑な事になっている。

 実弥さんの真意は自分には分からないのだが……。

 

「いや、良い。

 ……鳴上は、アイツの事を知っているのか?」

 

「はい、玄弥は俺の友人ですから。

 玄弥には何時も助けて貰っていますよ」

 

 真っ直ぐに自分を「友だち」だと見てくれる玄弥の、その偽りの無い言葉と視線には何時も支えて貰っている。

 玄弥は、大切な……何をしてでも力になりたい「友だち」の一人である。

 だからこそ、その兄弟仲を取り持つ事が出来るのなら取り持ってやりたいし、玄弥の納得がいく様な状態にしてやりたいのだが……。

 

「そうかぃ。

 だが、アイツは何の才覚もねェ。

 鬼殺隊の剣士としては、何も出来ねぇだろうが」

 

 玄弥が弟である事を言葉の上で直接的に肯定したり、或いは認めるに近い言葉を口にする事は無かったが。

 しかし、どうやら玄弥が鬼殺隊の隊士である事に対して思う事がある様で。

 実弥さんは、玄弥の才能に関して言及した。

 呼吸の才能が無い事を悩む玄弥の姿を何度も見ているからこそ、その言葉が事実ではあってもその全てに頷く事は出来なかった。

 

「……確かに、玄弥には他の隊士の人たちの様に呼吸を使って戦う事は出来ませんが。

 しかし、自分に出来る事を必死に探して戦っている凄い人ですよ、玄弥は」

 

「鬼殺隊は才覚がねぇ奴がやっていける様な場所じゃねェ。

 才覚がねぇ奴の『自分に出来る事』なんざ、たかが知れてんだよォ」

 

 実弥さんの中では、何か確固たる考えと想いが在るのだろう。

 こっちの言葉に、何一つ揺らぐ事なく淡々とそう言う。

 その言葉の真意は、恐らくその表層上のものだけではないだろう。

 そもそも、本気でどうでも良いなら一々そんな事を言及する事も無い。

 それがどの程度の好意的なものであるのかはともかく、実弥さんの心の中に玄弥の居場所が存在している事は確かなのだろう。

 しかしその真意が何であれ、頑なに玄弥の行いを否定する様なその言葉にはやはり頷けない。

 

 「……そうでは無いと、俺は思いますよ。

 それに、呼吸の才能があれば鬼殺隊で生き残れる訳でも無い。それが重要な事は確かですが。

 でも、呼吸の才能には恵まれなくても。少なくとも玄弥は、自分の努力で周りの人たちを助けて、そしてその人たちを動かす事が出来る力があります。

 それは、呼吸の才能にも匹敵する程の、大切な力なのではないでしょうか?」

 

 確かに、玄弥は「持たざる者」の側に在る者なのだろう。

 才能があったとしても明日の命の保証の無い鬼殺隊に於いて、「持たざる者」に待ち受ける苦難の道はどれ程険しいのかなど、考えるまでもない。

 玄弥は恐らく誰よりも誠実に、『自分に出来る事』に向き合って、その壁を乗り越える為にもがき苦しんでいる。

 そもそも鬼殺隊に居る事を諦めれば、そんなに苦しまなくても済むのは確かだ。

 鬼殺の……呼吸の才能が欠けているだけで、玄弥自身に何も無い訳では無いのだから。もっと向いている環境や場所なんて、探せばきっとある筈だ。

 それでも、玄弥は此処に居る事を選んだ、此処で戦う事を選んだ。

 誰に強制された訳では無く、寧ろ諦めろと誰からも言葉にするしないに関わらず示された上で、自分自身の意志で選んだのだ。そして、その選択の責任を自分自身で背負っている。

 玄弥自身が、己が「納得」出来る未来はこの先にしか無いと決めてしまったのなら。それを阻む権利がある者など、この世に存在しない。

 不器用な生き方なのかもしれない、もっと賢い生き方が幾らでも在ったのかもしれない。それを理解した上で、「それでも」と選んでしまったのだ。

 なら、そんな玄弥に対して自分がしてやれるのは、玄弥が少しでも「納得」出来る様に……そしてその志半ばにして命を落とす事が無い様に、少しでも手助けする事でしかない。

 

「周りを動かす才能ってのがあった所で、独りでは何も出来ねぇって事ならそれに何の意味がある。

 結局周りを頼るしかねぇなら、鬼殺隊なんざさっさと辞めるべきだろォ?」

 

 どうやら、実弥さんは本当に玄弥に鬼殺隊を辞めさせたいらしい。

 その真意が、果たして『鬼殺隊をやる才能が無い』からなのかは分からないが。

 しかしそもそもの話、鬼殺隊でやっていく為の才能……言及されている呼吸への才覚の有無なんて言い出してしまえば、普通に呼吸を習得している隊士たちだってかなりその才覚の高さにバラツキがあるだろう。

 玄弥程才覚に恵まれていないのに鬼殺隊の剣士として居続けているのは珍しくても。

 極端な話をしてしまえば、最終選別に通ってまだ半年も経っていない様な炭治郎が頸を斬れる鬼に勝てない隊士がどれ程居るのかと思ってしまう。そう言った隊士が強い鬼の頸を斬れない事を責めたい訳では無く、才覚の有る無しを問題にすれば、それこそ『鬼殺隊に居るべきでは無い』隊士なんて探せばかなり居るだろう。

 そんな人たちを見掛けた際に、実弥さんはその一人一人に「鬼殺隊を辞めろ」と言うのだろうか?

 ……恐らくは、違うだろうと。そう思う。

 恐らくは、それが玄弥だから、実弥さんはそんな風に言っているのだ。

 それを直接確かめた訳では無いので確証は持てないが。

 恐らく、実弥さんの言葉の真意は……。

 

「人が独りで出来る事なんて、本当に限られていますよ。

 何時だって自分では無い誰かに助けられている。……そして同じ位に自分では無い誰かを助けている」

 

「それをお前が言うのかァ?」

 

「俺だからこそ言うんですよ。

 俺は、何時だって自分では無い誰かに支えられている、助けて貰っていますから。

 ……玄弥に鬼殺隊を辞めて欲しいと本気で思っているなら、どうしてそう思うのかをちゃんと実弥さんの考えと共に心からの言葉で言うべきですよ。

 きっと、どう言った所で玄弥は止められませんが。

 しかし、今の実弥さんの言葉で鬼殺隊を辞める可能性だけは無いと思います。

 覚悟を決めてしまった人の心を変えられるのは、それに対して『本気』で向き合った人の言葉と行動だけです」

 

 この先、待っているのは鬼舞辻無惨との決戦だ。

 上弦の鬼たちや鬼舞辻無惨と否応無しに戦わねばならなくなる。

 言うまでも無く、これまでに無い程に命の危険が存在する戦いになるだろう。

 ……どれ程備えても、どんなに力を尽くしても。

 恐らく、何の犠牲も無しに乗り越えられる可能性は限り無く低い戦いになる。

 そんな戦いの場に()()()()()()()()と、()()()()()()()()()()と、そう本気で思うのならば。

 なら、その心に在る想いを全て素直に伝えなくてはならない、本当の意味で向き合わなければならない。

 玄弥は、実弥さんの事を真っ直ぐに見詰めているのだからこそ。

 どんな想いが在るにしろ、表層だけ冷たく取り繕った言葉や行動だけで相手を動かせるとは思ってはいけないのだ。

 

 それに、一度口にしてしまった言葉を取り消す事は出来ない。

 過去を変える事は出来無いし、その言葉に何時でも取り返しが付く訳では無い。

 世界は理不尽で残酷で、鬼の存在に関わらず、どうしようもない事も沢山起こる。

 その時に後悔してもどうしようもない。

 自分が憎まれ役を買って出たらその期待通りに相手も反応してくれるだなんて、思うべきでは無いのだ。

 玄弥は、何があっても大好きな「兄ちゃん」を嫌いになったりは出来ないのだから。その程度の反応で諦める位なら、そもそも鬼殺隊に残り続けたりしない。

 

 結局その言葉に実弥さんは何も返さなかった。

 自分も譲れない様に、実弥さんにだって譲れないものがあるのだから、それは仕方無いのかもしれない。

 そして、その鬱憤を晴らすかの様に、手合わせの際の実弥さんの攻撃は苛烈極まりないものになった。

 悲鳴嶼さんと手合わせした際のそれとはまた違う、何処か鬼気迫るものがあるのは、どうにもならない憤りや悲しみなどをそこにぶつけているからなのだろうか。

 

 とは言え、実弥さんとの手合わせもやはり『テトラカーン』が発動した事によって途中で強制終了となって。

 その後で相手をする事になった伊黒さんや冨岡さん、そして甘露寺さんに関してもやはり中々最後まで回避し切れずに途中で『テトラカーン』が発動する。

 それだけ、単独で相対した場合に上弦の鬼の攻撃を回避し続けるのは難しく、更にはその攻撃を避けながら頸を狙うのは難しいのだろう。

 余力があったので後日でも構わないと言ってくれていた四人とも手合わせをするが、結果は概ね同じであった。

 ……尚、しのぶさんは黒死牟ではなく童磨との模擬戦闘を望んだのだが、何と言うのか……その刺突攻撃が物凄く鬼気迫るもので、正直悲鳴嶼さん以上の威圧感を感じた程で。手合わせの最中にしのぶさんは実際に童磨と戦った時の事を思い出したのか、その笑顔がちょっと怖かった程だ……。

 しのぶさんとの童磨を模倣した手合わせは物凄く良い所までいったのだが、頸を狙った全速力の刺突へのカウンター気味に繰り出した『ブフーラ』が直撃して『マカラカーン』が発動した事で強制終了となってしまった。

 実際の戦いだと、あの勢いの刺突なら氷の血鬼術が当たっても威力や速度自体は減衰しなかったと思うので恐らくは童磨の頸を貫通する事は出来ていたのだろう。

 ……その際の命の保証は出来ないので、やっぱりそれを有効打とはカウント出来ないのだが。

 

 そんなこんなで一通りの手合わせが終わった後で、やはりこの手合わせがとても有用だと言う話になって。

 柱稽古の期間中、柱稽古に参加する必要自体は無いものの、順番に柱の所を回ってまた手合わせをしてくれないだろうか、と悲鳴嶼さんたちに頼まれる事になった。

 まあ鬼が殆ど出没しなくなった今、蝶屋敷で負傷した隊士たちを治療する事も殆ど無いし、少しでもそれで力になれるなら自分としても有難いので、その頼みを快諾する。

 それから程無くしてその場は解散となり、受け持つ事になる柱稽古の準備の為に其々が帰っていく。

 そして、しのぶさんと一緒に蝶屋敷に帰って来た丁度そのタイミングで、自分と炭治郎の下に鎹鴉が手紙を運んで来た。

 

 任務ではない様だけれど、一体何なのだろう? と、その手紙を確かめると。

 差出人は、予想外な事にお館様であった。

 何かあったのだろうか、と少し慌ててその内容を確かめると。

 

 

「「冨岡さんと話をしてやって欲しい……?」」

 

 

 思わず、炭治郎と共に首を傾げてしまう程に。

 その「お願い」は、実に不思議なものであった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆




【鳴上悠】
実弥の真意に何となく気付くが、まだ確信にまでは至れていない。
未だ言葉を交わした事が無い冨岡さんを説得する役目を託された事に驚く事に。
兄弟弟子である炭治郎はともかく、自分も?と戸惑いを隠せない模様。
柱稽古には(隊士では無い事もあって)参加はしないが、柱稽古の期間中は各柱の下を順に訪れる事になった。
なお、真面目に柱稽古に参加した際には、音柱の基礎体力向上訓練は問題無く通過出来るが、炎柱の全集中・常中習得訓練で脱落する事になる。(呼吸に適した身体にならないので……)


【宇髄天元】
柱稽古では、原作同様に第一の試練として『基礎体力向上訓練』として隊士たちを最初にしごく事になる。
悠とのシミュレーション代わりの手合わせは、『イザナギ』などを召喚して攻撃してこないだけ、悠の全力から考えると物凄く有情な難易度である事に気付いている。


【煉獄杏寿郎】
柱稽古では、第二の試練として『全集中・常中の習得、及び全集中の呼吸の精度などの向上』を受け持つ事に。
尚、炭治郎たちの様に既に全集中・常中を習得しその精度も高い状態を保てている隊士に対しては、手合わせを行い一定以上の水準に達していると判断した場合に合格の判定を出す模様。
手合わせはかなり良い所までいったのだが、やはり無差別「空間殺法」の攻略が難しかった。


【時透無一郎】
柱稽古では、第三の試練として『高速移動及びその速度を維持して戦い続ける為の訓練』を受け持つ事に。炭治郎たち以外には塩対応。
黒死牟と猗窩座の脅威を直接的に知っているので、シミュレーション代わりの手合わせへの熱意は物凄く高かった。


【甘露寺蜜璃】
柱稽古では、第四の試練として『柔軟性向上訓練』を受け持つ。なお、柔軟の為の解しは文字通りの力技である。
刀鍛冶の里に救援に向かった際は(気を喪って煉獄さんに運ばれていた)悠と話す機会が無かったが、物凄く丁寧なお礼の手紙を貰ったので、「律儀な良い子なのね」とキュンとされている。


【伊黒小芭内】
柱稽古では、第五の試練として『太刀筋の矯正』を受け持つ。なお、物覚えが悪い隊士は障害物として設置される運命にある。障害物にされた者は必死に動きを観察しようとする為、見取り稽古的な側面もある様だが……スパルタである。
悠が鏑丸に対しても敬意を以て接してくれるので悠自身への好感度は上がったが、蜜璃と親しくしているので下がったのでプラスマイナスの収支は微細にプラスになった程度。


【不死川実弥】
柱稽古では、第六の試練として『無限打ち込み稽古』を担当。
悠に対して、全力で打ちかかって行ったが勝てなかった。


【悲鳴嶼行冥】
柱稽古では、第七の試練として『筋力強化訓練』を担当。なお、火で炙る修行は不慣れな者には危険な為、熟慮の末見送る事に。
猫将軍を「南無ネコ可愛い……」と可愛がりたかったのだが、先に手合わせなどの用件を優先した。
手合わせの際、最初から最後まで『透き通る世界』に入っていたのだが、それでも攻撃を掠らせる事の出来なかった悠(黒死牟をシミュレーション中)の強さに、単独での上弦の鬼討伐が極めて困難である事を再確認する。
獪岳の事に関して悠から何か話を聞こうとするも、その機会を逃してしまっている。


【冨岡義勇】
手合わせの際の最低限のやり取り以外、全く悠と言葉を交わしていない。
柱稽古に参加しない意思を示すが、お館様からの依頼によって、炭治郎と悠の二人がかりでの説得が行われる事になる。


【胡蝶しのぶ】
当初は柱稽古に参加して、反応速度向上及び回避行動訓練を行う予定であったが、お館様から託された重要案件の為に柱稽古を行う事は出来なくなった。
童磨をシミュレーションした手合わせでは、ついつい童磨への殺気が……。


【竈門炭治郎】
柱稽古開催のお知らせに素直に滅茶苦茶喜んだ。
原作とは違って絶対安静の怪我をしていないので、最初から参加出来る。
しかし、柱稽古が開催されるまでの短い期間での冨岡さんの説得を、悠と共に任される事に……。


【我妻善逸】
柱稽古に関しては、どう考えても地獄の特訓になるので既に嫌過ぎる。
岩柱の名前を見て固まってしまった獪岳が心配。
なお、悠がチュン太郎の本名(うこぎ)を知っているとは知らない。


【獪岳】
柱稽古のお知らせを受け取った際に、初めて今代の岩柱が悲鳴嶼さんである事を知り大混乱。
まさかあの悲鳴嶼さん?そんなだってあの時、と。悲鳴嶼さんが生きていてくれた事が嬉しい反面、罪悪感などでどうして良いのか分からない。


【嘴平伊之助】
柱稽古のお知らせを聞いて炭治郎と一緒に大はしゃぎしてアオイに怒られた。
強い相手との手合わせなどが大好きなので、多くの隊士にとって地獄を味わう事になる風柱の柱稽古も大喜びで挑む事に。


【不死川玄弥】
悲鳴嶼さんから柱稽古の事を知らされて、「これをこなしていけば兄ちゃんにも会える!?」とドキドキする。


【竈門禰豆子】
炭治郎が柱稽古を受けている期間は蝶屋敷でお留守番する事になる。
蝶屋敷の皆が相手をしてくれるから寂しくは無いけど、お兄ちゃんが早く帰って来てくれると嬉しい。


【珠世】
鬼舞辻無惨を滅ぼす為に手段を選ばない事を決めた。
炭治郎と悠の説得もあって鬼殺隊と協力する事を了承したのだが、共同研究相手が一体誰なのかはまだ知らない。
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