『鳴上悠は鬼殺の夢を見る』   作:OKAMEPON

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『心閉ざす霧の中』

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 予想外のタイミングで届いたお館様の手紙であったが、その内容は更に想像すらしていないものであった。

 曰く、「独りで後ろを向いてしまう冨岡さんが前を向ける様に、話をしてやって欲しい」との事なのだが……。

 ほぼ全く同じ内容の手紙を炭治郎も受け取っているのは、まあ良いだろう。

 炭治郎と冨岡さんは修行していた時期こそ異なれど同じ育手の下で修行を積んだ兄弟弟子であるのだし、そもそも育手の鱗滝さんを炭治郎に紹介したのも冨岡さんだ。

 鬼舞辻無惨に家を襲われて禰豆子以外を皆殺しにされ、そして禰豆子は鬼にされて、どうする事も出来ない絶望と無力感の中で途方に暮れていた炭治郎に出逢い、そして最初に道を示したのも冨岡さんである。……其処に関しては、あの無限列車での任務の中で不本意な事態ではあったものの炭治郎の記憶を覗いてしまった為、ある意味では自分の身に起きた出来事であったかの様に今でも鮮明に覚えているのだが……。

 まあ、話を戻して。炭治郎に冨岡さんの事を頼むのは分かるのだ。

 実際に一緒に任務に行ったりなどと言った形で関わる事自体はほぼ無いものの、それでも禰豆子の為に師匠である鱗滝さんと共にその命を懸けてくれていたり、那多蜘蛛山での任務の際には救援に駆け付けたしのぶさんたちに鬼として殺されかけていた禰豆子を庇ってくれたりなど。

 炭治郎にとっては大いに恩義の有る相手であり、縁深い相手である事も間違いなく事実である。

 実際、「大恩人である冨岡さんの為になるのなら!」とばかりに炭治郎はお館様からのお願いにやる気満々になっている。

 それは良いだろう。人と話すのが好きな炭治郎にとっては、「話をする」と言うそのお願いは何の負担でも無い。

 ただ……。

 

「俺……まだ冨岡さんとちゃんと話をした事が殆ど無いんだけど……」

 

 何せ、顔を合わせた事すらまだ二回しか無くて。

 しかも、最初に顔を合わせた緊急の柱合会議の時には挨拶らしい言葉すら交わした覚えが無い。

 物凄く静かに隅っこの方で黙っていたな……と思い返してもそんな事位しか思い出せない程だ。

 今日二度目に顔を合わせた時も、手合わせの際に「頼む」と一言言われた程度で。正直、柱の人たちの中でもぶっちぎりで会話をした覚えが無い相手である。

 まあ、冨岡さんと顔を合わせる時は、何時も他にやる事があったりして中々話せる機会が無かったからだと言えばそうなのだけど。

 まあそんな訳で、どうして自分に白羽の矢が立ったのかは非常に謎であった。

 

 勿論、冨岡さんと話をするのが嫌だと言う訳では無い。

 何か力になれる事があるのなら、自分に出来る限りの事をしてあげたいと思う。

 ……そうは思うのだが……。

 

 もう一度お館様からの手紙を読んで、少し溜め息を吐いてしまう。

 恐らくこのお館様からの「お願い」は、冨岡さんが柱稽古に参加していない事と何かしらの関係があるのだろう。

 参加していないと言えば、しのぶさんも参加していないのだけれど……それに関しては何やら柱稽古よりも優先して為さねばならぬ事があるからの様だ。

 冨岡さんにもそう言った事情があるのかもしれないけれど……しかし多分この文面的には冨岡さんの事情はしのぶさんのそれとは違うものなのだろう。

 

 それにしても、「独りで後ろを向いてしまう」……か。

 ……鬼殺隊に身を置く者の殆どが、家族や恋人などといった大切な者を鬼に奪われたか或いは鬼にされるなどと言った過去を背負っている。

 誰もが苦しみを背負っているし、……命懸けの戦いだと分かっていても鬼を殺す以外にその苦しみや悲しみ……憎悪を晴らす事が出来なかった人が多い。

 まあ中には、甘露寺さんの様に全く別の理由で鬼殺に身を投じている人も居るし、煉獄さんの場合は先祖代々鬼殺の剣士の家系であったからと言う理由が大きいそうなので、一概に誰も彼もが悲惨な過去を背負って鬼殺の道を選んだ訳では無いけれど……。

 ただ、やはりその切っ掛けが悲劇から始まっている事の方が多いのは事実であろう。

 そして、鬼殺の道を選んでからも、悲劇は基本的に降り積もる様にやって来る。

 鬼殺隊の活動の多くは、鬼の被害が報告されてからになってしまう関係上、基本的には何らかの悲劇は既に起きた後だ。

 間に合わなかった光景には数多く遭遇せざるを得ないし、そして鬼を殺したからと言って必ずしも感謝される訳では無い。

 寧ろ、「どうして間に合わなかった」などと言った心無い言葉を向けられる事だってあるだろうし、間に合ったとしても、犠牲者の心の傷は深い。

 更には、鬼にされた者の身内から憎悪を向けられる事だってあるだろう。

 ……そう言った物事の諸々が積み重なって心が折れて鬼殺の道を諦める人も、多くは無いが少なくも無いらしい。

 冨岡さんが、お館様から見ても「独り」でかつ「後ろを向いてしまっている」と判断せざるを得ない程に色々と事情を抱えてしまっているのは、そう言った物事が沢山積み重なってしまったからなのだろうか?

 

 自分は、冨岡さんの事を殆ど何も知らない。

 鬼殺隊の水柱で、炭治郎の大恩人で、炭治郎の兄弟子で……。

 まあ、冨岡さんに関して知っているのはそれ位なものだ。

 そんな自分に何が出来るのかは分からないけれど。

「前を向ける様に、話をしてやって欲しい」と言うその「お願い」を叶える為には、もっと冨岡さんについて知らなければならないだろう。

 

 炭治郎は早速明日から冨岡さんの所に行ってとにかく根気よく話し掛けまくるつもりである様だが……。それだと、途中で根負けして冨岡さんの方が折れる可能性もあるが、寧ろより一層頑なになってしまう可能性もあるだろう。

 冨岡さんがどう言う性格なのかもあまり良く分からないのだが、単純に言葉にしたり話すのが苦手なタイプだった場合、ひたすら押されるのはかなりのストレスになってしまうかもしれないし、どうかしたら兄弟弟子関係が拗れてしまいかねない。

 なので、先ずは情報収集から始めてみてはどうだろうかと炭治郎に提案してみた。

 

 なら、先ずは自分の育手であり冨岡さんの育手である鱗滝さんに冨岡さんの事を訊ねてみようと言う事になって、炭治郎は早速鱗滝さんに向けて手紙を送った。

 自分はと言うと、冨岡さんと親しい人というものに心当たりは無いのだが、柱として多少の交流はあるのだろう宇髄さんと煉獄さん、甘露寺さんと悲鳴嶼さん、そして記憶にはあまり残っていないのかもしれないが無一郎にも、冨岡さんの事を訊ねる手紙を出す。手紙を沢山運ばねばならない鎹鴉たちは大変そうで、ちょっと申し訳無かったが……。

 そして、しのぶさんには直接訊ねてみる事にした。

 

 

「冨岡さんの事を、ですか……」

 

 早速しのぶさんに訊ねてみると、しのぶさんは「うーん」と小さく呟く様に、どう説明しようか迷っている様であった。

 

「そうですねぇ……冨岡さんは口下手と言うべきか、言葉足らずと言うべきか……。

 他人との意思疎通に難ありな人ですね」

 

 割とバッサリと斬られてしまって、どう反応して良いのか分からず思わず炭治郎と共に黙ってしまう。

 いやまあ……多分人と話すのが大好きな質では無いのだろうとは想像していたけれど。もうちょっとオブラートに包む様な……或いは最大限オブラートに包んだ言い方をしてもそうとしか表現出来ないのかもしれないが。

 

 しのぶさんが言うには、冨岡さんは柱としてはそこそこ長期間在籍しているらしく、現在在籍している柱の中で最も古くから居る悲鳴嶼さん、次いで長く柱を務めている宇髄さんに続いて長く柱を務めているそうだ。

 恐らくは花柱であったカナエさんを通して、柱ではなかった頃からしのぶさんは冨岡さんの事を知っている様だが、……まあその当時から非常に言葉数が少なく、口を開いたとしても口下手な様で相当不味い言い方ばかりしてしまう人であったそうだ。

 しかも不器用なのか、誤解される事もしょっちゅうで。任務の際に任務先の人々に不審者扱いされてお縄につきかける事もしょっちゅうであるらしく……。

 何と言うのか、色々と難ありな人ではあるのだろう。

 

「基本的に協調性もありませんね。そこに絶望的な口下手も加わるので、他の方と衝突する事もよくあります。

 特に、不死川さんや伊黒さん、時々宇髄さんや悲鳴嶼さんとも尽く衝突しますし……孤立しがちな人である事は確かですね。

 以前、お館様が気を回してどうにかしようと冨岡さん以外の柱全員に『お願い』した事があったのですが……まあ結果は大失敗としか言えないものでして。

 恐らく、お館様が悠くんと炭治郎君に任せようと思ったのもそれが大きいのかと思います」

 

 成る程……と思わずしのぶさんの言葉に炭治郎と共に頷いてしまった。

 まあ……冨岡さんがそこまで口下手と言うか……絶望的に言葉が足りないのであれば、その心に近付くのは相当難しいだろう。

 そう言う相手なのだと理解した上で、根気強くその言葉を待ってみたり、或いは言葉に出来ていない部分の意図を読み解いたりと。

 そういう事に慣れていないと相当難しい事である。

 今の柱の人たちの事を思い返してみて……まあ、しのぶさんの言う「前回」のそれが失敗してしまった理由は何と無く想像が付いた。

 何はともあれ、冨岡さんが様々な意味で相当難しい人である事だけは確かなのだろう。 

 

「うーん……でも冨岡さんはとても優しい人だと思うんですけど……」

 

 炭治郎は少し困った様にそう言う。

 実際、冨岡さんのお陰で炭治郎は禰豆子と共に居る事が出来ている訳なのだし……。あの場に居合わせていた冨岡さんがどんな事情や心境であったのかは分からないが、鬼である禰豆子を結果的に「庇う」にも等しいその行動は、柱としては気紛れや気の迷いで出来る様な事では無い事は確かだ。

 禰豆子の為に命を懸けてくれていた事と言い、決して悪い人では無いのだろう。

 ……まあ、悪い人では無い事と、絶望的なまでに口下手である事は両立してしまうのが難点であるのだが。

 

「まあ……悪い人では無いのは確かなのだろうけれど、冨岡さんにも色々とあるのかもしれないからな……」

 

 本人の元々の気質の問題だと言い切られてしまえば、それを無理に変えたりするのは難しいし……。

 とは言え、柱同士隊士同士で連携しなければ上弦の鬼や鬼舞辻無惨との決戦を乗り越える事は難しい為、口下手で協調性が無いからと言ってそれで終わっては駄目な訳で……。

 一体どうしたものか、と二人で考えていると。

 どうしてだか、しのぶさんが面白いものを見ているかの様に小さく笑った。

 

「お館様が二人に任せてみようとした理由がよく分かりますね」

 

 そうなのか? と、炭治郎と二人して首を傾げてしまう。

 

「……鬼殺隊には、自分以外の誰かの心を慮れる程に心に余裕がある人はそう多くはありませんからね。まあ単純に忙しいと言う問題もあるのですが。

 二人の様に冨岡さんの事を真剣に考えて、しかもそれをどうにかしようとしてくれる人は、鬼殺隊ではとても貴重なんですよ。

 ……二人なら、冨岡さんの心を少しだけでも前向きに変える事が出来るかもしれませんね」

 

 そう言って、しのぶさんは柔らかく微笑むのであった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 お館様からの手紙を受け取った翌朝。

 鎹鴉たちが本当に頑張ってくれた上に、手紙を送った先の誰もが、きっと柱稽古の準備で忙しいだろうにそれでもちゃんと返事を書いて送り返してくれていた。

 とは言え、冨岡さんは本当に他の柱の人たちとの交流が殆ど無い様で、その為人の部分に関してはあまり詳しい事は殆ど分からなかった。

 特に、無一郎の返答は「置き物みたいな人」と言う簡潔過ぎる上に、言わんとしている事は物凄く分かるのだけどどう反応するべきか迷ってしまうもので。

 ただ、長く柱を務めている悲鳴嶼さんと宇髄さんからの手紙で分かった事はある。

 

「柱になった時点で、今の状態だったのか……」

 

 冨岡さんが鬼殺隊に入った具体的な時期は分からないが、少なくとも五年以上は昔の事の様だ。

 そして少なくとも悲鳴嶼さんたちが冨岡さんの存在を認識した時点で、冨岡さんを知る人たちが口をそろえて「口下手」「無口」「寡黙」「言葉足らず」と言い切るそれは今と全く変わらない様だ。

 ならば、冨岡さんが生来物凄い口下手な気質であった訳ではないのならば、「何か」があったのは柱になるよりも前……隊士になった頃か、或いは入隊前の事なのだろう。

 ……まあ、大体の隊士たちが何らかの喪失を抱えて鬼殺の道を選んでしまう事を考えると、そう言った事情が冨岡さんにもある可能性が極めて高いのだけれども。

 冨岡さんが物凄く口下手な事を再確認する事になった訳だが、それ以外の事も知る事が出来た。

 例えば、十の型がある水の呼吸で、十一番目の型を編み出すなど、その剣の才は冴え渡っているのだそうだ。更には、煉獄さんの目から見ても、冨岡さんは寡黙な努力家であるらしい。

 ただ、それらの情報で冨岡さんの心をどうにか前向きに動かす事が出来るのか? と言われると……。

 結構な難題に、思わず頭を抱えてしまう。

 

「鱗滝さんからの手紙が返って来たら何か分かるのかもしれませんが……」

 

 狭霧山までは距離があるからなのか、或いは文面に認める事も少し難しい内容になってしまうからなのか。炭治郎が己の育手である鱗滝さんに送った手紙の返事はまだ届いていない。

 

「いや、昨日の今日なんだ、流石に直ぐに返事を書くのも無理があるだろう。

 だから気にしなくても良いさ。

 寧ろ、煉獄さんたちが直ぐに返事を送ってくれた事に驚いている位だ。

 ……取り敢えず、此処で考えあぐねていても埒が明かないし、一度冨岡さんの所に行ってみるか」

 

 幸い、蝶屋敷から、冨岡さんの住居である水屋敷はそれなりに近い距離にある。

 何だったら今日中に行って帰って来る事も出来る位だ。

 一度ちゃんと会ってみない事にはどうにもならないのだし、と。

 炭治郎と一緒に、水屋敷に向かうのであった。

 

 

 冨岡さんの住む水屋敷は、「千年竹林」と呼ばれる広大な竹林のその奥にあった。

 近くに他に民家は無い為か、その周囲は静謐と言うべきか……竹林を緩く吹き抜けていく風が笹を揺らす音位しかしない。

 鎹鴉に道案内されて辿り着いた屋敷は、門扉が閉められた状態であった。

 訪問する旨は一応予め鎹鴉を通して伝えていたのだけれども。

 

 

「ごめんくださーい、冨岡さーん。

 こんにちはー、すみませーん」

 

 

 炭治郎が、冨岡さんが屋敷の奥に居たとしても聞こえるだろう程によく通る大きな声で元気よく挨拶する。

 周囲に他に民家が無いから良いものの、近くに他に住んでいる人が居たら「うるせぇ!」と怒鳴りこまれる可能性もある程の大きな声である。

 

「煩くしてすみません、鳴上ですー!

 ごめんくださいー!」

 

 炭治郎程では無いが、自分もかなり大きめの声で呼びかける。

 が、返事は無い。偶々不在なのだろうか?

 なら、また後で出直した方が良いのだろうか……とそう思っていると。

 

 

「義勇さーん。

 俺ですー、竈門炭治郎ですー。

 こんにちはー、じゃあ入りますー」

 

 

 何の躊躇も無く炭治郎は門扉を開けて屋敷の敷地に入ってしまう。

 流石にそれには驚いて、「大丈夫か!?」と声を掛けてしまう。

 余りにも堂々とした不法侵入だ。

 しかし、炭治郎は大丈夫だと力強く頷く。

 

「義勇さんの匂いがするので、義勇さんは屋敷にいらっしゃいますよ!

 もしかしたら俺たちの声が聞こえていなかったのかもしれません。

 それに、門扉に鍵は掛かっていませんでしたし、入っても大丈夫かと!」

 

 本当に? 本当にそれは大丈夫なのか?

 と言うか、今の声が聞こえていないって事はあるのだろうか……。

 自分の声はともかく、炭治郎の声は物凄く大きいしよく通る声だったのだが。

 

 何と無く、所謂「居留守」を使われたんじゃないのかな……と思いつつも。炭治郎が恐れずズンズンと奥に進んでしまうので、「ままよ」とそれに続く。

 まあ、良く考えれば鬼殺の任務の中で私有地に無断で入る事は珍しくないので、炭治郎はそう言う感覚がちょっと独特なものになっているのかもしれない……。

 それとも大正時代だとこれが普通なのだろうか……? そんな事は無いと思うのだが……。

 

 冨岡さんの匂いを辿る様に何処かを目指した炭治郎は、屋敷の一画にあった道場の様な場所に辿り着いた。

 そして、開いていた戸からひょっこりと顔を覗かせると、瞑想か何かをしていたのか道場で静かに正座していた冨岡さんが、それはもう驚いた様な顔をして此方を見ているのであった。

 どう考えても、まさか入ってくるとは思っていなかったと言わんばかりの顔である。

 流石にちょっと申し訳ない……。

 

「勝手に入ってしまってすみません……。

 一応、此方に訪問する旨は前もって連絡していたかと思うのですが……」

 

 そう言うと、冨岡さんは溜息を吐いて「入れ」と短く口にする。

 無断で入り込んでしまった訳なのだが、一応迎え入れてくれるつもりはある様だ。

 

 

「──と言う訳で、お館様から義勇さんの事を頼まれたんです!」

 

 炭治郎は、ここに来た理由を全部一から冨岡さんに説明した。

 話してはいけない訳では無いが、逆に冨岡さんが頑なになってしまいかねない事ではあるが……。

 まあ、炭治郎は嘘が吐けないし隠し事も苦手なので、こうして素直に全部言ってしまう方がスッキリするのかもしれない。

 

「冨岡さんは柱稽古に参加するつもりが無いとの事でしたが、何故なのでしょうか?

 他の柱の方々との手合わせにも不参加を表明しているとの事ですが……」

 

 まあ人には向き不向きがあって他人に指導するのは苦手な人も少なくはないだろう。例えば炭治郎が指導係になったとしても、恐らく何も分からないまま終わる。

 冨岡さんは、隊士たちに何かしらの稽古を付ける事に自分は不向きだと思っているのかもしれないし、そうであるなら強制的にやらねばならないと言う事でもないのは確かだが。

 柱同士で連携したり或いは切磋琢磨する事自体にも消極的であると言うのは、些か腑に落ちない事ではあった。

 自分の様にそもそも人を相手に戦って傷付ける事は嫌だと言うものはあるのかもしれないけれど……。

 だが、冨岡さんがそうなのか? と言われるとちょっと違う気がする。

 

「稽古は付けない。参加もしない」

 

 淡々と冨岡さんはそう言う。

 その声音には感情の揺らぎを殆ど感じない。

 その言葉は余りにも端的に断固拒否している様に聞こえるが……。

 しかし、しのぶさんたちからの「絶望的な言葉足らず」と言うその評価を考えれば、この言葉にも何かしら足りてない部分や、全く語れていない何かがあるのかもしれない。

 

「どうしてですか?

 それに何だかじんわり怒っている匂いもするんですけど、何に怒っているんですか?」

 

 それは強制的に押し掛けてきたからなのでは? と一瞬思ったが、恐らく炭治郎の言い方的にはそうではないのだろう。

 炭治郎の鼻は、最早一種の異能にも近しい程にその感情の動きを把握する。もしそれで怒っているなら最初の時点でそう言及しただろう。

 

 炭治郎に訊ねられた冨岡さんは、やはり淡々と答えた。

 

「お前が水の呼吸を極めなかった事を怒ってる。

 お前は水柱にならなければならなかった」

 

 その言葉に、炭治郎は何か思う所があったのか「うっ……」と少し呻いた。

 

 正直、呼吸がどうだとか流派がどうだとか一門がどうだとかと言うそれに、自分は全く以て疎い。

 そもそもそんなものもあるのだろうか……? 程度の認識である。

 まあ、学閥だとかそう言うものもある様に、人はある種の共通項で集まろうとしがちであるので、鬼殺隊に於いてもそう言った何某かが存在していても不思議では無いのだが。

 周りの人たちに話を聞いている限りでは、冨岡さんがそう言ったものに拘る様な感じには思えない。

 まあ、炭治郎が弟弟子だからこそそんな風な事を言うのかもしれないが。

 ならば。

 

「お言葉ですが、そう思うのならば炭治郎を冨岡さんの継子にすれば良かったのでは……?

 それに、本人の素質に合った呼吸を極める事が重要なのではないでしょうか」

 

 炭治郎に水柱になって欲しいと思うのなら、継子にして鍛え上げるのが最も近道だと思うのだ。

 継子にする事自体には階級は関係無いらしいし、何なら入隊して早々に炭治郎を拾っても良かっただろう。

 炭治郎自身には水の呼吸よりもヒノカミ神楽の方が合っているのだとしても、入隊直後にはそんな事は分からないのだし……。

 何とも、その辺りの行動がその言葉にはそぐわない気がするのだ。

 しかし、その言葉に対する返答は余りにも簡潔なものだった。

 

「俺は継子を取らない」

 

 それはもう、あまりにもキッパリと言い切られて。

 その言葉に何が欠けているのかを探ろうにも、そもそも殆ど冨岡さんの事を知らないと言う事もあって、手詰まりである。

 

「あの、その事については申し訳無かったです。

 でも、鱗滝さんとも話し合ってみたんですが、使っている呼吸を変えたり派生させたりする事は珍しい事では無いそうなので。

 特に、水の呼吸は技が基礎に沿ったものが多いので、そこから新たな呼吸が派生する事も多いそうで……」

 

 まあ、最初に出会った育手の使う呼吸を学んで最終選別に挑む事が殆どなので、後から最初に学んだ呼吸よりも別の呼吸の方が身体には合っていただとかが判明する事も往々にしてあるのだろう。

 最初から才能に合った呼吸を学べるのならそれが一番なのだが……。中々、修行中に他の呼吸への適正がある事を見抜ける育手はそう多くなく。更には、では一体何の呼吸に適正があるのかを正確に指導出来る者はもっと少ない。

 最終選別を突破して自分の日輪刀を握った時に、その適正を初めて把握する事も珍しい事では無いそうなのだ。

 そう思えば、雷の呼吸への高い適正と才能を見抜いて獪岳と善逸を弟子にした桑島さんの見る目は物凄いのだろう。雷の呼吸の使い手はそう多くない事を考えると更に凄い。

 

 だが、そんな炭治郎の言葉にも冨岡さんは頑なだった。

 

「そんな事を言ってるんじゃない。

 ()()()()()()()、一刻も早く誰かが水柱にならなければならない」

 

 その言葉に、炭治郎と共に首を傾げた。

 どう言う事だ? 何を言っているんだ……?

 炭治郎から「何言ってるか分かります?」と目で訴えられたが、「分からない……」とそっと首を横に振るしかなかった。

 何だろう、何と言うのか。冨岡さんとの間に、物凄い「認識の不一致」が起きている気がする。

 前提からして間違ってしまった様な、と言うべきか。

 

「あの、水柱が不在? どう言う事です?

 義勇さんが居るじゃないですか」

 

 流石に混乱した様に炭治郎が言う。

 それは当然だろう。

 じゃあ目の前に居るこの人は何なのだ、と言う話になる。

 実は幻で……なんて訳では当然ないだろうし。

 不在も何も、目の前にいるとしか言えない事だった。

 だが。

 

 

「俺は水柱じゃない」

 

 

 冨岡さんの答えは余りにも静かで、そしてそれ以上の質問は受け付けないとばかりに、「帰れ」と静かに告げつつその場を立ち去ってしまう。

 何か触れて欲しくない事にでも触れてしまったのだろうか……。

 冨岡さんの事について、分からない事ばかりであった。

 

 

 とは言え、「帰れ」と拒絶する様に言われてそれでも付き纏い続けるのは流石にどうなのかと言う話で。

 冨岡さんが何か話してくれるまで話し掛け続けます! と意気込んで泊まり掛けようとした炭治郎のその行動は流石に止めた。

 いや、それで好転する可能性もゼロでは無いが……。逆に追い詰める結果にもなってしまいかねない。

 特に、冨岡さんは「独りで後ろ向きになってしまう」とすらお館様に言われているのだ。

 いきなり高負荷にストレスを掛け続けると、却って悪化しかねない。

 飢餓状態の人にいきなり高カロリーな物を与えてはいけないように、根気よく話し掛けるにしてもやはりやり方があるだろう。

 まあ、その良いやり方が思い浮かばないのが問題なのだが。

 

 

「でも、どうして義勇さんはあんな事を言ったんでしょう……。『俺は水柱じゃない』って……」

 

 蝶屋敷に帰って炭治郎と話し合うと、やはりそこが問題になった。

 まあ、それはそうだ。

 流石にあれには自分も物凄く驚いた。

 

「俺にも正直分からないけど。

 柱になる時に何かあったのかもしれないな……」

 

 悲鳴嶼さんや宇髄さんからの手紙の中で、何かそう言った事は特には触れていなかったけれど……。

 それこそ、お館様に訊ねてみるべきなのだろうか?

 

 独りで後ろ向きになる程にその考え方がネガティブな方向に偏っていると言うのなら、「水柱じゃない」だの「水柱が不在」だのと言ったそれは、『自分は水柱には相応しくない』だとかの考えからの言葉であるのかもしれないが。

 なら、それにしたって、何でそんな考えになってしまったのかという原因の部分をどうにかしなければならないだろう。

 冨岡さんが善逸の様に自分に自信を持てないタイプなのだとしても、その原因が何であるかによってどうすれば良いのかはまた変わってくるのだから。

 まあ、その原因が分からないのが問題なのだ。

 

 ……何と言うのか、霧に閉ざされつつあった八十稲羽で『真実』を探そうと足掻いたあの時の様な感覚になる。

 ある意味、冨岡さんの心を閉ざしているものを取り除く為の「鍵」を探している様なものなのだけど。

 

「誰か、冨岡さんの事をよく知っている人が居ればいいのだけど……。難しいなぁ……」

 

 現状は、鱗滝さんからの返事待ち……と言った状況であるのだろうか。

 誰か他にも、昔から鬼殺隊に在籍していて、柱になるまでの冨岡さんの事を知っている人が居れば良いのだけど……。

 しかし、冨岡さんはそこそこ昔から柱を務めている人なのだ。

 鬼殺隊の人員の入れ替わりの早さを思うと、ピンポイントに一般隊士時代の冨岡さんの事を知っている人は、今も鬼殺隊に居るのだろうかと思ってしまう。

 まだ隠の人たちを当たってみる方がマシだろうか。

 

 かなりの難題に、炭治郎と二人して頭を抱えるのであった……。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆




【鳴上悠】
メンタルケア実績(玄弥、無一郎、獪岳、善逸、他にも一般隊士など多数)を見込まれて炭治郎と共に義勇さんの説得及びメンタルケア係に抜擢。
義勇さんの事が本当に全然分からないので、一先ず周囲の人から情報収集して適切な対応を取ろうとしてみるのだが、しのぶさんを始めとした柱の人たちに訊ねてみても「絶望的な口下手」と言う事しか分からなかった。
悠自身のコミュニケーションの取り方が、基本的には喋り倒すのではなく相手の話に耳を傾ける事であるので、義勇さん程極端に絶望的な口下手で無口な人を相手にするのは割と初めて。
とは言え、根気が極まっている事もあって義勇さんが何かを言葉にしようとするまでを物凄く辛抱強く待つ事が出来るので、相性自体はそう悪くない。
ただ、まだ冨岡語翻訳技能は習得出来ていない模様。
尚、文通相手である村田さんに訊ねれば割と色々と分かるのだが、その事はまだ知らない。


【竈門炭治郎】
他人の感情を匂いで察知出来る嗅覚がある事もあって、一気に相手の懐に突撃する事を躊躇わない性格。それで上手くいく事もあるが、拗れる事も当然にある。(原作で義勇さんへの説得は成功しているが)
義勇さんはとても良い人なのに柱の人たちに誤解されているらしくて、少し悲しい。


【冨岡義勇】
心の扉を開く鍵を見付けない限り、基本的に歩み寄れない人。
なお、一度心の扉が開くとそれまでとは逆に距離感がバグったかの様に接近してくる。


【鱗滝左近次】
義勇さんに何があったのかを大体把握している唯一の人。
義勇さんについて尋ねてきた炭治郎の手紙にどう返すべきかと迷っている。


【胡蝶しのぶ】
聡いので色んな事には気付いていたが、そもそも柱に就任して以降は復讐心に駆り立てられ過ぎて心に何も余裕が無かったので義勇さんのメンタルケアなんかやってる余裕は無かった模様。余裕があってもやったかは不明だが。
鬼殺隊の在り方として基本的に心に余裕が無い人が多い上に他でも無い自分自身が憎悪で鬼殺を続けている為、悠や炭治郎の様に他人の心を真剣に思い遣ってどうにかしようとしている人がどれ程貴重なのかは、当人たちよりも分かっている。
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