『鳴上悠は鬼殺の夢を見る』   作:OKAMEPON

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『想いを繋ぐ』

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「『自分が代わりに死ねば良かった』、と。

 冨岡さんはそう言いたいのですか?」

 

 

 義勇さんの目を真っ直ぐに見詰めながらそう訊ねる悠さんは、とても哀しそうで……そしてそれ以上に何処か怒ってもいた。

 

 俺は、義勇さんの気持ちもとても分かる。

 自分よりも大切に想う人が自分より先に死んでしまう事は身を斬り裂かれる様に辛い。

 俺だって、何度も考えた。あの日死んだのが自分だったなら、と。

 死にたい訳じゃない、その死が自分の責任だったと思って償いたい訳じゃない。

 でも、自分の命と引き換えでも良いから……あの日無惨に殺されてしまっていた皆が生きていたら、と、そう思ってしまう事はある。

 もうどうにもならない事でも、本当に大切なものを前にしたら、自分が何を捧げてでも生きていて欲しかったと思うものなのだ。

 ……そして、そんなにも大切な人が、自分を守って死んでしまったのなら。それはどれ程心が抉られる様に辛い事だろう。

 俺だったら、息をする事も難しくなる位に苦しくて堪らなくなると思う。

 立ち止まって蹲って、ただただ哀しみの中に沈んでしまいたくなるかもしれない。

 でも、時間は決して、蹲り哀しみに沈む人たちの為に立ち止まって寄り添ってはくれなくて。死んでしまいそうな心のまま、きっと生きていかなくてはならないのだろう。

 

 錆兎。狭霧山で俺に稽古を付けてくれた少年。

 死んでしまった筈の錆兎たちに稽古を付けて貰ったなんて、本当に不思議な体験で。他の人に話しても中々信じて貰えない様な事だったけれど、悠さんはそれを信じてくれた。

 ……人が死んだら何処に行くのか、それは生きている人には本当の意味では分からない事なのかもしれないけれど。

 狭霧山で鱗滝さんを見守っている錆兎や子供たちの様に、自分にとっての大切な人を見守っていたり自分にとって縁深い場所に帰ったりするのではないだろうかと、少しだけ思う。

 死んでしまった人たちと今を生きている人たちの道が交わる事は、基本的に無い。

 逢いたくても逢いたくても、死んでしまった人には会う事は出来ない。

 死者の言葉を聞く事は、誰にも出来ない。……本当なら。

 でも俺は、狭霧山で錆兎に出逢って、そして言葉も交わした、何度も剣を交えた。

 だからこそ、分かる事もある。

 

 錆兎は本当に強かった。もし、あの鬼に殺される事が無ければ、きっと凄い剣士になっていただろう。義勇さんが言う様に、錆兎が水柱になっていた未来だって、可能性の何処かにはあったのかもしれない。

 でも、もうその未来は「有り得ない」のだ。

 どんなに「もしも」と考えても。

 死者に対して生者が出来る事も、そして死者が生者に対して出来る事も、どちらも殆ど無いと言っても過言では無い。

 どんなに願っても祈っても、死者は生き返らない。

 最終選別のその日に喪われてしまった錆兎の命が戻って来る事は、錆兎の死が「過去の事実」になってしまったこの世界では有り得ない事なのだ。

 

 辛くても苦しくても虚しくても、何も出来なかった自分の無力が何よりも赦せなくても、惨めでも、それでも。

 生きて行くしかない、生きて行く事しか出来ない。

 それは、義勇さんも分かっているのだろう。

 だから、心が壊れる寸前になる程に哀しみに沈んでいても、生きて鬼を殺し続ける道を選んだ。

 錆兎が出来なかった分まで……錆兎が生きていたらきっと果たしていたのだろうそれを少しでも叶える為に。

 だけど、俺はどうしても考えてしまう。

 

 果たして、錆兎は今の義勇さんを見て喜べるのだろうか、と。

 錆兎の事を思う余りに「冨岡義勇」と言う一人の人間の心を殺す寸前まで蔑ろにするかの様に追い詰めて、ただただ鬼殺の為だけに生きているかの様なその姿を見て。錆兎がそれを良しとするとは俺には思えなかった。

「男なら」と口癖の様に俺にも自分自身にも厳しく在った錆兎が今の義勇さんを見たら……寧ろ怒るのではないかと思う。そして、怒った後に物凄く哀しむ気がする。

 俺は錆兎じゃないし錆兎にはなれないから、もし錆兎が生きていたら……錆兎が目の前に居たらどうしていたのかなんて、本当の所は分からなくても。

 狭霧山で過ごした時間の中で知った錆兎なら、きっとそうするだろうと思うのだ。

 

 義勇さんの事を、俺も悠さんも詳しく知っている訳では無い。

 今に至るまでにどんなに苦しい思いをしながら、折れそうになる心を更に追い詰める程に自分を叱咤してその身を鍛え上げて来たのか……。そしてそこまでしても尚、自分を認める事が出来ず苦しみ続けているのか。それを詳しく知っている訳では無い、「分かります」だなんて軽々しく言えない。

 人の心にある地獄や絶望を、その人以外が正しく理解し共感する事はとても難しい。

 これ以上自分自身を苦しめ続けないで欲しいとは願っても、それですら俺たちがとやかく言える事では無い事も分かっている。

 でも……それでも。

「このままで良い」だなんて、やっぱり思えないのだ。

 

 

「……俺は……。

 ……お前には、関係の無い事だ」

 

 悠さんの言葉に長い沈黙と共に固まっていた義勇さんは、自分を見詰めてくる悠さんのその視線から逃げるかの様にその目を反らして答える。

 だが、それは悠さんの言葉への答えにはなっていない。

 

「いいえ、関係無くなんて無い。もう、関係無いなんて事は無いです。

 少なくとも、俺にとっては。冨岡さんの事は、もう『他人事』じゃ無い。

 俺は、別に『神様』でも何でも無いし、何処かに居る知らない誰かの為だけに何かをする様な人間でも無い。

 でも、目の前に傷付き悲しむ人が居るのなら、それを見過ごす事は出来ない。

 それが自分にとって、関係無い『誰か』ではないのなら、尚更に」

 

 それは、ある意味では「親切の押し売り」だと言う人も居るかもしれない。

「偽善」だと、「自己満足」だと、そんな風に言う人も居るのかもしれない。

 だけど、人が人を助けたいと思う気持ちに、その始まりに。「こうじゃなきゃいけない」なんて決まりは無い。

 誰も、絶対平等の無謬の『神様』にはなれないから。人は、その手を伸ばしたい誰かを選んでその手を差し伸べる。

 それは人によって基準がバラバラで時に気紛れで、とても恣意的なものなのかもしれない。だけど例えそれが偽善でも、手を伸ばしたそれ自体は間違いでも何でもないと、そう思うのだ。

 

 義勇さんの心は、もうずっと何年も自分を苛み続けていて。

 誰かから手を差し伸べられても、それを掴む事自体を考えられなくなってしまったのだとしても。

 でも、じゃあ義勇さんが差し伸べた手を掴んでくれないからと言ってそこで諦めてしまっては、義勇さんはずっと辛いままだ。

 人は皆、誰も彼もが他人に優しく出来る心の余裕がある訳じゃ無くて、そして優しい人でも何時までも根気よく優しくし続ける事が出来ない事も多いけど。

 でも、俺も、そして悠さんも。義勇さんを諦める気は欠片も無かった。

 お節介だと拒否されても、人の事情に立ち入るなと罵られても。

 

 悠さんの言葉に、義勇さんの眼差しが更に揺れる。

 それでも、自分を許す事の出来ない義勇さんは、その手を掴まない。

 ……しかし、確実にその言葉は義勇さんの心の奥を揺らしている。

 

「俺は……──」

 

 その後に続けようとした言葉を見失った様に、義勇さんはそれ以上は何も言わなかった。

 でも、今だ。悠さんの言葉で、そして錆兎の名前に心が揺れた今だからこそ、言わなければ。

 何を言えば良いのか、正解なんて分からない。そもそも正解だとか間違いだとかの問題じゃないのかもしれないけど、でも。

 俺も、錆兎と過ごした時間があるからこそ。

 言わなくては。伝えなくては、訊ねなくては。

 

「ぎ、義勇さん!」

 

 意を決して呼び掛けた俺の声に、義勇さんは僅かにその視線を俺に向けて反応する。

 

 

「義勇さんは……錆兎から何かを託されたんじゃないんですか? 

 それを、繋いでいかなくて良いんですか?」

 

 

 俺のその言葉に、義勇さんは大きく息を呑み、その目を見開いた。

 

 錆兎は、自分がそこで死ぬつもりで最終選別で義勇さんや他の人たちを助けた訳では無いだろう。だから、託されたと言うと少し違うのかもしれないけれど。

 でも、義勇さんが錆兎と過ごした時間の中に、きっと錆兎は沢山の想いをその心の中に残している。

 人は死んだらそこで終わりだ。それでも、その人が関わってきた人々の中にその想いはきっと残る、受け継がれる、繋がっていく。

 そして、そうやって受け取ったものをまた別の誰かに残していって、そうやって人の想いは繋がっていく。

 でも、ここで義勇さんが独り自分の心の牢屋の中に閉じ籠っていたら、錆兎が義勇さんに残していったものを他の誰かに繋いでいく事が難しくなる。

 それで、義勇さんは本当に良いのか、と。

 

 俺の言葉に驚いた様に目を見開いた義勇さんは、それからそっとその目を閉じて俯いてしまった。

 微動だにしないそれに、少しばかり焦りが募る。

 義勇さんから感じる匂いは、怒りとかではなくて、哀しみだとかそう言った感情の様だけど……。

 まさか、義勇さんに追い打ちをかけてしまったのだろうか、と少し慌てていると。

 悠さんは微動だにしない義勇さんの事を、焦る事無くジッと見守っていた。

 そして……。

 

 もしかしてずっとこのまま立ち尽くし続けてしまうのではないだろうかと心配になってきた頃に、やっと義勇さんはその顔を上げた。

 

 

「……『繋ぐ』、か。

 遅れてしまったが、俺も稽古に参加しよう。

 ……炭治郎、鳴上。世話をかけたな」

 

 

 その言葉の何がそんなに義勇さんの心を動かす事が出来たのかは分からないが、どうやら俺の言葉が最後の一押しになって、義勇さんの中の何かを変える事が出来たらしい。

 匂いで感情が分かっても、その心の動きの全てを知る事は出来ないけれど。

 自分を責め続けていた時に感じたその匂いとは別のものを感じる。

 きっと、前を向ける様にお手伝いが出来た、と思っても良いのだろう。

 

 悠さんは少しだけ何かが変わった義勇さんを、とても優しい目で見ていて。

 義勇さんの言葉にそっと頷く。

 

「いえ、良いんですよ。

 俺たちも、したい様にしただけですから」

 

「はい! 義勇さんが元気になれたなら、それが一番です!」

 

 

 それから、悠さんと二人で「良かった」と笑い合うのであった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 前向きになる事が出来た義勇さんは、それから自分も柱稽古に参加する旨を他の柱の人たちやお館様に連絡したらしい。

 義勇さんの鎹鴉は「寛三郎」と言う結構な歳のおじいちゃん鴉なので、沢山の人に一度に連絡するのは少し大変かもしれない。

 義勇さんの柱稽古は、順番的に一番最後……岩柱の悲鳴嶼さんの下での修行を終えた後のものになるそうだ。

 一体何をするのだろう? 今から少し楽しみである。

 

「それにしても、本当に良かったです。

 義勇さんが元気になれて」

 

 悠さんの部屋で禰豆子の相手をしながらそう言うと、悠さんはそれに静かに頷く。

 

「ああ、本当に良かった。……炭治郎のお陰だな。

 俺じゃ、きっと炭治郎がかけた最後の一押しの言葉はきっと言えなかったと思うし。もしその言葉を言っていたとしても、俺は錆兎さんの事を知らないから、きっと炭治郎の言葉程には冨岡さんの心には響かなかっただろう」

 

 炭治郎のお陰だ、と。そうもう一度呟いた悠さんに、そんな事はと首を横に振る。

 

「いえいえそんな……! 悠さんが義勇さんの事を知ろうとした上で、義勇さんの事を真剣に想ったから俺の言葉が偶然届いただけですよ」

 

 義勇さんは本当に頑なになってしまっていたから、きっと俺の言葉だけでも、そして悠さんの言葉だけでも足りなかったと思う。

 そう思うと、義勇さんの事を俺と悠さんの二人に任せたお館様の「先見の明」が凄まじい限りだ。

 

「ぎ、ぎゆ、さん。げんき?」

 

 この数日の間、義勇さんの事で頭を悩ませていたのを心配していた禰豆子は、辿々しい言葉でそれを訊ねてくる。

 

「ああ、義勇さん、元気になってくれたよ。

 禰豆子も、また今度会いに行こうな」

 

 禰豆子はあまり良く覚えていないし分かっていないかもしれないが、何しろ禰豆子にとっては最大の恩人と言っても過言では無い人だ。

 ……改めて、少しでもその心の苦しみを軽くする手伝いが出来て本当に良かったと、そう心から想う。

 そして……。

 

「錆兎と真菰にも、また会えたら良いんだけどな……」

 

 俺が最後の試練として課されたあの大岩を斬って以降、錆兎と真菰に会う事は無かった。

 きっと、狭霧山の何処かで今も他の子供たちと一緒に鱗滝さんを見守っているのだけれど……。

 半年間二人に稽古を付けて貰えたあの時間は、そうそう起こらない奇跡の様な時間だったのだろう。

 最終選別から帰ってから、沢山二人にはお礼を言いたかったのだけれど、終ぞその姿を見る事は叶わなかった。

 ……二人がもうこの世には居ない者である事を知ってしまったからなのだろうか。

 それに……。

 

「俺が会えたんだから、義勇さんや鱗滝さんも錆兎たちに会えれば良いのに……」

 

 例え夢枕に立つだけでも、それだけでも一目会う事が叶うなら、二人がどんなに喜ぶか……。

 

「……二人とも、錆兎さんと余りにも縁が深いからこそ、会う事が叶わないのかもしれないな」

 

 俺の言葉に、悠さんがふとそんな言葉を零す。

 そして、少し悲しそうな目で続けた。

 

「喪ってしまった大切な人にまた会いたいと想ってしまうのは当然の事だけど……。

 だが、その人が大切であれば大切である程、それに囚われてしまう。

 死んだ人は生き返らない、もう二度と逢えない。そうやってどうにか前を向こうとしているその時に、生きている時と寸分違わない姿の大切な人が現れたら……。

 ……それでも自分の時間を生きようと出来る人は、居ない訳じゃないだろうけど、誰も彼もがそうで在れる訳では無い。

 そして……確かに其処に居ても、まるで生きている時と同じ様であっても。

 死んでしまった人は、生きている者と同じ時間を生きる事は出来ない」

 

 それはどちらにとっても残酷な事だ、と。そう悠さんは呟く。

 ……確かに、そうなのかもしれないけれど。

 でも、せめて一言二言言葉を交わすだけでも、と俺は思ってしまう。

 

「そうだな……夢の中だとしても、もう一度逢えるなら……。

 冨岡さんも、そして錆兎さんも、少しは救われる部分があるのかもしれないな……」

 

 そうであったら良いのに、と悠さんは少し目を伏せる様に呟く。

 ……義勇さんと錆兎の事は、悠さんとしても色々と思う所が沢山あったのだろう。

 もう今となってはどうする事も出来ない事であるからこそ、ただただ遣る瀬無さが募っている様だった。

 

「もしかしたら、狭霧山に行けば義勇さんも錆兎に夢の中でも会えるかもしれませんけどね」

 

「全てが終わって、『鬼の居ない明日』が来て、本当の意味で錆兎さんたちが解放されたら、……叶うかもしれないな。

 ……それにしても、『狭霧』か……」

 

「狭霧山がどうかしましたか?」

 

 狭霧山の何かが引っ掛かったのか、少し考える様に小さく呟いた悠さんに訊ねてみると。

 大した事では無いのだけど、と悠さんは前置きして話してくれた。

 

「いや、以前……炭治郎たちと出逢う前に、『国之狭霧』と『天之狭霧』と戦ったな……と」

 

 正確にはその名を名乗る存在だし、狭霧山とは関係がある訳じゃ無いけれど、と。

 そう言いながら、悠さんはほんの少しだけ昔の事を思い出す様な顔をする。

 悠さんにとっては、それはとても大切な思い出なのだろう。 

 

「それって、前にも話してくれた『影』っていうものとはまた違う物なんですか?」

 

 人の心の抑圧された部分だと言うその『影』とやらと戦っていたのだと言う悠さんのかつての戦いは、その『影』とやらを直接的には見た事の無い俺にとっては随分と不思議なものであった。

 それでも、悠さんが自分が辿って来た道程を話してくれる事や、そしてそうやって悠さんの事をもっと知る事が出来る事が嬉しくて。

 俺は悠さんのその戦いの思い出を、まるで何処か遠い英雄譚の様に聞いていた。

 

「そうだな……多分、『影』とは違う存在だったんだろう。

 どちらの『サギリ』もとても強かった。

 前に話したのは……確か『直斗の影』との戦いまでだったか……。

 興味があるなら、『サギリ』たちとの戦いの話もしようか?」

 

 話してくれるなら聞きたいのだと頷くと、悠さんは小さく頷き返して話し始めた。

 

 悠さんが仲間たちと共に事件を追っていく内に、悠さんの一番大切な「家族」が狙われて……そして危険な世界に連れ込まれてしまった事。

 その「家族」を救い出そうとしていた悠さんたちの前に立ちはだかったのが、『クニノサギリ』と言う「神」の名を名乗る存在であった事。

 そして……。

 

 ふとそこで記憶をなぞる様に話していた悠さんの言葉が止まった。

 それと同時に、とても哀しい……傷付いた人のそれの様な匂いを悠さんから感じる。

 そして、悠さんにとって「一番大切な人」と言うその言葉を何処かで聞いた覚えがある様な気がして。

 もしかして、と。その記憶を掘り起こす様に思い出した。

 

「あの、悠さん。もしかしてその『クニノサギリ』って相手は、悠さんの仲間を操ったっていう敵なんですか?」

 

 以前、刀鍛冶の隠れ里で悠さんと二人で『秘密の武器』を探しているその時に。

 悠さんが少しだけ話してくれた事があった。

 悠さんは俺の言葉に、小さく頷く。

 

「ああ、そうだ。

 俺は、菜々子を……『家族』を助ける為に、操られていた皆と戦った。

 皆を……大切な仲間を、この手で傷付けて、叩きのめして」

 

 今でもその心に深く刻まれているのだろうその後悔と哀しみと絶望に、その瞳に翳りを静かに浮かべながら。悠さんはそう言った。

 それは……それは悠さんの所為では無いのだと、そう思うけれど。

 悠さん自身それは分かっているし、その上でそれを「善し」とは出来なかったのだろう。

 悠さんは俺の顔を見て、困った様に微笑みながら小さく「ごめんな」と呟いた。

 

「別に、炭治郎にそんな顔をさせたかった訳じゃ無いんだ。

 ……もう過ぎた事だし、それに……皆を死なせてしまった訳でもないからな。

 もしまた同じ様な状況になったら、今度こそ大切な人たちを傷付けない様に何か出来たらとは思うけど……幸いそんな機会は無かったし。

 そう気にしないでくれ」

 

 悠さんが謝る様な事じゃないと思うのに……。

 そして、と悠さんは更にその先を続けた。

「家族」を助け出したが、しかし悠さんにとって一番大切なその子は危険な場所に長い間居た影響で悠さんたちが何も出来ないまま衰弱していって……そして悠さんの目の前で死んだ。

 悠さんたちは怒りを抱えたまま、その子を危険な世界に連れ込んだ人を、今までの事件の犯人だと弾劾しようとして……。

 

「でも、あの人は『犯人』では無かった。

 ……確かに、皆を危険な目に遭わせて、そして菜々子の命を奪う切っ掛けになったのだとしても……。

 あの人は、本当はただ、助けたかっただけだった。

 殺されてしまうと思った人たちを、救いたかっただけで。

 ただ……あの人はとても孤独で、そして絶望していて。

 ……だからこそ、その手段が間違っている事には気付けなかった」

 

 その事に気付いた悠さんは、それ以上はその人の事を責める事は出来なくて。

 一連の事件の発端となった本当の『犯人』を捜そうという事になった。

 すると、まるで「正しい『答え』」を選べた褒美であるかの様に、息を引き取った筈の悠さんの「家族」が再び息を吹き返したのだと言う。

 

「でも、俺は何も出来なかった。……菜々子を助けられなかった。

 あの時【真実】を求める事を諦めなかったからこそ、菜々子が息を吹き返したのだとしても。……それでも、やっぱり俺は菜々子を守れなかったんだ。

 俺は菜々子のお兄ちゃんなんだから、菜々子を守らないといけなかったのに。

 ……叔父さんにも菜々子の事を頼まれていたのに……」

 

 結果として助かっただけで、自分は守る事すら出来ずに喪ったのだと、そう悠さんは静かに言った。

 悠さんの哀しみに触れて、何か言わなきゃと思ったのに。俺が何かを言う前に、悠さんがその先を続けたので、言おうとした言葉を見失ってしまう。

 

 全ての発端となった『犯人』は、程無くして見付かった。

 その人の事について悠さんはあまり詳しく語る事は無かったが……その『犯人』をどうにかして叩きのめしたかと思うと現れたのが、『アメノサギリ』であったらしい。

 己を「人を望みの前途へと導くもの」と称した『アメノサギリ』は、一連の出来事を通して「人々の望み」を見定めようとしていて。そして、人は今の世界を望んでいないと判断し、世界を霧で覆い尽くして全てを『影』に変えてしまおうとしたのだ。

 

「え、どういう事ですか? だってそんな事をしたら……。

 それが『人の望み』だなんて、そんな事ある筈無いでしょう?」

 

「……いや、そうでも無いさ。

 例えば炭治郎だって、物凄く辛い目に遭った時、『これは夢だ』だとか、『こんなの現実じゃない』って思った事は、本当に一瞬たりとも無いって言えるか?」

 

 そう言われて、『物凄く辛い事』を……俺が全てを喪ったあの日の事を思い出す。

 確かに、これが夢だったらと何度思った事だろう。

 それでも、俺には禰豆子が居たから、現実から逃げる訳にはいかなくて。

 だから……。

 

「……そうだな、炭治郎は強い。自分でそこから立ち上がって歩き出す事が出来た……現実に向き合おうと覚悟して生きていく事が出来た。

 禰豆子ちゃんを守らなければと言う思いがあったからこそかもしれないけど。

 ……でも、誰もが皆そう強い訳では無いし、そしてそんなにも強い炭治郎ですら一瞬はそう思ってしまう事なんだ。 

 ……そんな人々の無数の『願い』が……『人々の総意』が、『アメノサギリ』にそんな世界を創らせようとしていた」

 

 自分に都合の悪い事から逃げたいと願った心、現実が辛くてそれを忘れたいと願った心、自分の弱さや醜さを自覚したくないと思った心……。

 無数の人々の、無数の『辛い事に向き合いたくない』と思った様々な『願い』の結果だったのだ、と。悠さんはそう言う。

 ……それは別に、世界に滅んで欲しいだとか死にたいだとかを誰もが本気で心の底から願った結果では無い。

 ただ、その『人々の総意』が叶えられてしまった場合、「結果的に」世界が滅びてしまうだけで。

 それはまるで、「滅びに至る願い」とでも言うべきものだった。

 

「……もしかしたら、人はそうやって結果として世界が滅びてしまいかねない様な願いを沢山抱えているのかもしれないな。

 一つ一つは本当に些細な我儘の様なものでも、それが何千何万何億と積み重なれば……本当に世界を滅ぼしてしまいかねない様なものになってしまうのかもしれない」

 

 俺もそんな「願い」を懐いてしまった事はあるのだろうか? 

 それを自覚した事は無いけれど……でも、そうじゃないとも言い切れないものだった。意識すらしていない部分で、そう言うものを願ってしまった事はあったかもしれない。

 

「絶対にそんな事を考えた事は無いってのは無理だとは思うけど……。でもきっと炭治郎は大丈夫さ。

 だって炭治郎は自分の意思で歩いていく事の大切さを知っている、自分以外の誰かがこの世に居る事の大切さを知っている。

 なら、きっと大丈夫」

 

 少し難しい顔をしてしまった俺に、悠さんは気にするなとばかりに微笑んだ。

 そんな悠さんを見ていると、ふと気付いた事がある。

 

「悠さんはその『アメノサギリ』を倒したんですよね? 

 じゃあ、悠さんは世界を救ったって事なんですか?」

 

 結果的に人々を滅ぼそうとしていた存在を倒したのだ。

 なら、それは世界を救ったと言う事になるのだろうか。

 何だか、本当にお伽噺だとか英雄譚の様である。

 ただ、俺の言葉に悠さんは「うーん……」と少し考える様な顔をした。

 

「どうなんだろうな……。世界を救った……のか? 

 いや多分、そんな大層な事じゃ無いとは思うのだけど……。

 まあとにかく、そんな感じで俺たちは『クニノサギリ』と『アメノサギリ』と戦ったんだ」

 

 鬼とはまた違うけれど、悠さんが途轍もないものと戦っていたのだと言う事は分かった。

 ……そして、やっぱり悠さんは『神様』なんかじゃないと言う事も実感する。

 傷付いて、苦しんで、悲しんで、もがいて、時に自分の身体を擲って、時に泥臭く足掻いて。

 悠さんは仲間たちを誰も死なせずに戦い抜けただけで、その戦いは間違いなく命懸けのものだったのだろう事が、恐らくそこまで詳しくは説明していないのだろうその戦いの話だけでも分かる。

 そう言う悠さんの苦しみや努力の部分を知ると、悠さんの事を『神様』だとか言って「自分たちとは違う」と線引いて理解する事を投げてしまうそれは、全く以て良い事ではないと思うのだ。

 もし今度悠さんの事を『神様』だとか言ってる人が居たら、絶対に訂正して貰おうと、俺は心に決めた。

 そして、悠さんの話を聞いていて気になった事がある。

 

「『人々の願い』が『アメノサギリ』に世界を滅ぼさせようとしてしまったと言うのなら。

 じゃあまた『人々の願い』が『アメノサギリ』の様なものを生み出したりして世界が滅びてしまう可能性ってあるんですか?」

 

 割と深刻な話で、もしそんなものが出てきたら無惨を倒すどころではなくなってしまうかもしれない。

 まあそんなほいほいと気軽に現れる様な存在では無いと思いたいし、人々の心の中にそんなに「死に至る願い」が蔓延しているとも思いたくはないのだけど……。

 

「……どうだろうな……。そうならないで欲しいけど……。

 でも、有り得てしまうかもしれないな。

『人々の願い』ってのは複雑で、どんな『願い』がそう言った厄介なモノを呼び起こしてしまうか分かったものじゃ無いから。

 でも、もしそんな存在を相手にしないといけなくなったとしても、炭治郎ならきっと大丈夫だ」

 

 俺の言葉に少し難しそうに考え込んだ悠さんだが、そっと優しい目で俺を見詰めた。

 信じている、と。その目は何よりも雄弁に俺にその信頼を示している。

 

「もしそんな『心の海』から現れた存在を前にした時に一番大切な事は、何か特別な力だとか卓越した身体能力とかじゃなくて、自分自身の心だから。

 そして、炭治郎はそう言った存在に立ち向かう為に必要なものを全部持っているよ。

 でも、もしも。たった一つどうしても大切な何かがあるとしたら、それは……」

 

 悠さんがどうしてそこまで俺の事を強く信じているのかは分からないけど。

 でも、その先に悠さんが続けた言葉は、不思議な位に俺の心に焼き付いた。

 

 

「──自分の選択の結果には、必ず責任を持つ事だ」

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆




【竈門炭治郎】
義勇さんの心を開かせる事に成功したので一安心。
何とか錆兎と義勇さんが会える方法は無いのかなぁ……と思う。
『アメノサギリ』までの戦いはふんわりと聞いた。
なお、この後に二人(マーガレットも入れれば三人)もの強大な敵と戦っていた事はまだ知らない。


【冨岡義勇】
『錆兎ではなく自分が死ねば良かった』と無意識は思っていても、かつての錆兎からそんな考えを咎められた事があったからこそ、「それは思ってはいけない」と戒めてもいた。だからこそより強く自罰意識に雁字搦めになってしまっていたのだが……。
もしこの世界に迷い込んだのが悠ではなくP5のジョーカーだった場合、「トミオカ・パレス」攻略になっていたかもしれない位に自分を追い詰め続けていた。このまま放置していると、最終決戦前後でその最後の糸が切れていたかもしれない。
炭治郎の言葉によって錆兎との大切な約束をハッキリと思い出した事により、超ネガティブはかなり解消された。が、天然コミュ障な部分は何一つとして改善されていない。ネガティブ拗らせるのを止めただけで十分ではあるかもしれないが。
今回の一件によって、炭治郎と悠に対する義勇からの心の距離は滅茶苦茶に縮まった。
二人とも物凄く話し掛けてくれるし優しくしてくれるし気遣ってくれるので、大好き。


【鳴上悠】
(最終的に皆を助ける事は出来たけど)自分よりも大切な仲間たち全員が自分を庇って「幾千の呪言」に引き摺り込まれて死んでいく光景を目の前で見続けたり、(最終的に息を吹き返したけど)絶対に何をしてでも助けると決めた菜々子を何も出来ないまま死なせてしまったり、(最終的には解決出来たけど)大切な友だちが自分達が守った平和を守る為に文字通りこの世からその存在の痕跡その物ごと消え去ろうとした事もあったりと。
辛い事自慢をしても何も良い事は無いから訊かれない限りは誰にも言わないけれど、別に最初から最後まで恵まれ切った、苦しみや絶望を知らない人間な訳ではない。
そして、「友だち」を助ける事が出来ず、それどころかその「友だち」の犠牲の上に成り立っている世界を守る為に戦っていた事を、悠自身の記憶には無いが無意識は知っている。

ちなみに、死体も残ってない様なガチな死者蘇生は無理だが、死にたてフレッシュかつ頭が潰されたりしてなければワンチャンいける可能性がある。
四肢をもがれた直後の真菰なら問題なく助けられるが、頭を潰された錆兎は無理。



【童磨】
絶賛推し活中。布教って楽しい!
最近、信者がかなり増えてきたので布教活動規模がちょっと大きくなった。




≪今回のコミュの変化≫
【皇帝(冨岡義勇)】:1/10→9/10
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