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柱稽古が始まって三日。
早いもので、恐らく今日明日には宇髄さんの試練を突破する人が出そうとの事だった。まあ、炭治郎たちの事なのだが。
宇髄さんの試練は、山中の走り込みに始まり、それはもう過酷な扱きであった様で、皆体力の限界を見たそうだ。
そんな中でも、元々日々の鍛錬に妥協しない炭治郎や獪岳、山育ちで身体能力には自信がある伊之助は勿論の事。
泣き言の多い善逸だって獪岳や炭治郎たちが頑張っている手前ちゃんと試練をこなしているらしいし、呼吸が使えないハンデを背負う玄弥もそれでも必死に食らい付いているそうだ。
やる気や覚悟と言う意味では、そんじょそこらの隊士では相手にならない程に玄弥は凄い。
なお、カナヲも問題無く通過出来そうとの事だった。
童磨と戦ってからと言うもの、あの時に手も足も出なかった事が相当に悔しかったのか、それとも今度こそあの頸を落とすと決意したのか、カナヲの日々の鍛錬はかなりのものになっていて。
それもあってか、例え柱稽古だろうと問題ないのだろう。
ちなみに、滝行なども予定しているらしい悲鳴嶼さんの試練は、女性隊士は別の内容にするらしい。成る程。
そして自分はと言うと。
無一郎がとうとう一本取る事に成功した事と、そろそろ無一郎も隊士たちがやって来た時の準備をしなければならないので、三日間お世話になった霞屋敷を後にする事になった。
順番的に言えばこの後は甘露寺さんの屋敷に行く事になるのだが……。
しかし、悲鳴嶼さんが何やら用事があるとの事で、先に岩屋敷に来て欲しいとの連絡があったのでそちらに向かう事にする。
まあ、甘露寺さんの所も試練を突破した隊士の人たちがやって来るまでにはまだ時間があるだろうし、それまでには多分悲鳴嶼さんの用事も片付くだろう。
「呼び出しに応えてくれて感謝する」
「いえいえ、大丈夫ですよ。
それで、どうかしたんですか?」
修行場に辿り着いた時には、悲鳴嶼さんは日々の鍛錬の真っ最中であった。
ただでさえ大きな悲鳴嶼さんよりも更に大きい巨岩を押して動かすと言うその鍛錬は見ているだけで凄まじい。
自分に出来るかどうかと言われれば、まあ無理である。
ペルソナの力を使っても良いのならまた話は別だが。
一通りの鍛錬を終えて川で汗を流した悲鳴嶼さんは、早速屋敷に通してくれる。
何時もなら玄弥も居るのだけれど、今は柱稽古に行ってるので此処には居ない。
ただ、沢山の猫たちが出迎えてくれるので寂しさは無いが。
じゃれ付いてきた猫を少し構ってやってから、悲鳴嶼さんに用件を訊ねる。
手合わせか何かだろうか……?
しかし、悲鳴嶼さんの頼みは想像すらしていなかった、意外なものだった。
「里での事を、詳しく聞かせて欲しい」
「里での事を……? それは、上弦の鬼たちの戦いの事とはまた別に、と言う事でしょうか?」
里での戦いに関しては、猗窩座と黒死牟の事はもとより、玉壺の事も報告出来る限りの分は既に詳しく報告済みだ。
半天狗の事に関してはそれは自分よりも炭治郎たちや甘露寺さんと宇髄さんに訊ねる方が詳しく分かると思うのだが……。
なら、訊ねたいのは里での滞在中の出来事だろうか?
しかし、悲鳴嶼さんの興味を引く様なものはあっただろうか。
日輪刀を打って貰っている傍ら、皆で鍛錬していただけなのだけど。
「そうだ、君と共に居た者たちの事に関して、詳しく教えて欲しい」
共に居た者……炭治郎たちの事か。そう言われて、成る程と思う。
弟子である玄弥の事はよく知っているから別として、直接的な関りがほぼ無い為あまりよくは知らない炭治郎たちの事が気になるのだろう。
何せ、炭治郎も善逸も伊之助も、無限列車の任務の際に猗窩座と遭遇した事から始まって、宇髄さんと共に妓夫太郎たちを討ち倒したり、更には炭治郎と善逸は玄弥と共に半天狗の頸を斬ったし、伊之助も上弦の鬼との連戦を生き残っている。
三人……禰豆子も入れれば四人共、事態が大きく動いた現場に常に居合わせている様なものだし、ジャイアントキリングも達成している。
少しでも戦力になるものを求めている鬼殺隊としては、実際の所の炭治郎たちの力がどれ程のものなのかは知りたいと思うものであろうし、為人の部分だって気になる所だろう。
「炭治郎たちの事ですか?
そうですね……俺の目から見た印象の話にはなりますが。
炭治郎も善逸も伊之助も獪岳も、実力はかなり高いと思います。
柱の皆さんに比べればまだまだ鍛え足りない部分はありますし、そもそもまだ身体が成長途上ですからどうしても後一歩が足りない部分はあるとは思いますが。
しかし、それを補う為に自分を鍛える事には妥協していないですし、鬼殺に対する意欲も十分かと。
そして、炭治郎も善逸も伊之助も、単純に評価する事が難しい程に卓越した感覚の持ち主なので、それが上手く噛み合った時の爆発力と言うか応用力は凄まじいですね。
特に、上弦の肆の様な特殊な戦法を使う鬼に対しては、炭治郎と善逸の鼻や耳の様に優れた感覚が無ければ、取り逃していた可能性もあったかもしれません。
上弦の鬼たちを相手に戦い抜けたのは偶然でも何でもありませんし、そしてその経験が何よりも成長の糧になっていると思います」
そもそも、炭治郎たちはまだ入隊して半年程度なのだ。
それを考えると、才能も努力も天運も全てが足りていると言って良いのでは無いだろうか。
炭治郎たちが一対一で黒死牟などに遭遇すれば命は無いだろうけれど、しかし他者と協力すれば勝機が無い訳では無いだろう。それ程までには実力があると言い切って良いと思う。
まあ、入隊して程無くして柱になった無一郎の様な、規格外と言っても良い人も居ない訳では無いけれど。
そう言った人たちと単純に比較するべきではないだろう。
「獪岳……」
悲鳴嶼さんの意識に引っ掛かったのは、獪岳の事の様だ。
まあ、獪岳に関してはあまり知られていなかったのかもしれない。
「獪岳は善逸の兄弟子に当たる人で、ちょっとした事から一緒に行動する様になったんです。
ちょっと素直じゃない部分はありますが、とても真面目な努力家です」
あの出来事を「ちょっと」と表現して良いのかは分からないが。まあ、過ぎた話であるし、それを詳しく言う訳にもいかない。
それに、恐らくはもう獪岳が道を誤る事は無いだろうし。
善逸と獪岳の姿を思い返していると、悲鳴嶼さんは一つ溜息を吐いた。
「……そう、か。
悠。君の目から見て、獪岳は認めるに値する人間か?」
突然そんな事を訊かれて、少し驚いてしまった。
認める……。それは決して、悲鳴嶼さんにとって軽い言葉ではないのだろう。
獪岳をどう思っているのかと改めて訊かれて、少し考える。
だが、もう答えは迷うまでも無く決まっている事だった。それはきっと、あの時絆が満たされた瞬間から。
「俺にとっては、獪岳は大切な人の一人ですよ。
獪岳は俺の事を心から信じてくれて、そして助けてくれた。
俺も、獪岳が何か困っているなら迷わず助けます。
俺も、獪岳も。人間だから何時も正しく在れるとは限らないし、この先も間違ってしまいそうになる事もあるだろうけれど。
俺が沢山の人に支えて貰ってどうにかやって来れた様に、獪岳にもそうやって支えてくれる人が居る。
それを『認める』と言って良いのかは分かりませんが、俺は獪岳の事を信じています」
そう答えると。悲鳴嶼さんは暫し沈黙する。
淹れたお茶がすっかり冷めた頃、悲鳴嶼さんはポツリと言う。
「……君は、本当に善良で真っ直ぐな者だ。
上弦の鬼たちとの戦いの中で、君は何時も自分以外の者の事を何よりも優先し続けた。
どんなに追い詰められても、決して誰も見捨てる事は無かった。
恐らく、君は……その場に居る者たちに構わなくても良いのなら、上弦の鬼だろうと確実に殺せたのではないか?
上弦の壱だろうと、君にとっては恐らく敵では無いのだろう。
手合わせをして、よく分かった。
私でも、君の本当の実力を知る事は出来ないのだ、と」
「そんな事は……」
ある意味では事実だが、しかしそんな簡単な話では無い。
だが、倒そうと思えば倒せる筈の敵を倒せていないのは事実である。
それは人によっては、「舐めている」だとか「遊び半分なのか」だとか「馬鹿にしているのか」だとか。幾らでも不信や不満を感じる部分であるのかもしれない。
ただ、少し焦った此方の気持ちなど、悲鳴嶼さんにはお見通しであったのか。
悲鳴嶼さんは安心させるかの様にゆるりとその首を横に振った。
「君を責めたりしたい訳では無い、寧ろ逆だ。
……『守る事』は難しい。敵を殺す事よりも遥かに。
君は何時だって、敵を討ち滅ぼす事よりも、『守る事』を優先し続けた。
それは誰もが出来る事では無い。そして、それを成し遂げる事も。
……君が何者であるのかは私には分からない。
そして、どうして君にその様な力があるのかも。
だが、君がその力を決して他者を害する為には使わず、守る為助ける為だけに我が身を顧みず使い続けている事を知っている」
そして悲鳴嶼さんは、何か辛い事を思い出そうとしているかの様に、深く溜息を吐く。
「……私は昔、寺で身寄りのない子供たちを育てていた──」
そう言って悲鳴嶼さんが語ったそれは、余りにも理不尽で凄惨な過去の話であった。
血の繋がりこそ無くとも仲睦まじく寄り添い「家族」の様に支え合って、豊かでは無いながらも満ち足りた日々を送っていた。
ずっとそうやって生きていくのだと、悲鳴嶼さんはそう思っていた。
……しかし、そんな日々も永遠には続かず。
ある日の事、門限を破って夜に外に出ていた子供が鬼に遭遇し、そして自分の命惜しさに、その鬼に寺に居た悲鳴嶼さんと自分以外の八人の子供たちの命を捧げた。
悲鳴嶼さんの住んでいた地域では「鬼」の伝承が色濃く残っていた為、悲鳴嶼さんは毎晩鬼避けとして藤の香を焚いていたのだが……その子供は香炉を消して鬼を寺に招き入れたのだと言う。
そこから先の話は、正に酸鼻極まるとでも表現すべきものであった。
先ず、何も事態を把握出来ないまま、子供たちの内四人が瞬間的に殺された。
一体何が現れたのか分からずとも自分達が襲われている事に気付いた悲鳴嶼さんは、何とか最初の一撃からは逃れた四人の子供たちを守ろうとしたのだが……。
しかし、四人の内三人は悲鳴嶼さんの制止を聞かずに逃げ出す様に闇の中に飛び出して……そしてそこで殺された。
残ったのは、悲鳴嶼さんに言われた通りに悲鳴嶼さんの後ろにしゃがみ込んだまだ四歳の女の子……紗代だけであった。
ほんの僅かな内に「家族」の様に共に過ごしてきた子供たちを喪い、更には自分を頼っては貰えなかったのだと言う事実を突きつけられ……極め付けには、寺の子供が自分達の命を鬼に売り渡したのだと、獲物を甚振ろうとした鬼から聞かされて。
余りにも多くのものを一瞬で喪い、更には絶望や憎悪や嚇怒やら様々な感情が一気に押し寄せる中で、……悲鳴嶼さんは何としてでも自分を信じて残ってくれた紗代だけでも助けなければと必死に戦った。
それまで喧嘩をした様な事も無かった悲鳴嶼さんだが、その肉体は生まれつき余りにも強かった。
怒りなどの激しい感情から箍が外れていた事もあっただろうが、悲鳴嶼さんは夜が明けて鬼が燃え尽きるまで、一晩中鬼の頭を殴り潰し続けたのだ。
その余りにも気色の悪い感触を、恐らく一生忘れる事は無いだろうと、そう悲鳴嶼さんは呟いた。
そして、事態はそれだけでは終わらなかった。
夜が明けて程無くして、麓の村から人が駆け付けて来た。
そして、余りにも凄惨な場面を見て言葉を喪ったその人々に対して、まだ幼い紗代はこう言った。
『あの人は化け物』『みんなあの人が』『みんな殺した』、と。
……大人であった悲鳴嶼さんにとっても余りにも凄惨で衝撃的な出来事であったのだ。
まだ四歳の紗代がそれを目撃して混乱するなと言う方が無理があり、そしてそう言った衝撃的な出来事の記憶は滅茶苦茶なものになり易い。
だから、紗代を責める事は出来ないのだろう。
それでも、紗代の為に死力を尽くして戦い既にボロボロであった悲鳴嶼さんの心を砕くのには、十分過ぎた。
しかし、それでも落ち着く為の時間さえあれば、何かはもっと変わっていたかもしれない。
……ただ、余りにも間が悪かった。
何せ、全ての惨劇を作り出した鬼は陽の光によって燃え尽きてしまって跡形も無く。
そして周囲には無惨な姿になった子供たちの亡骸が七人分も転がっていて。
……悲鳴嶼さんは、家族同然に暮らしていた筈の子供たちを惨殺した殺人鬼として、拘束され……そして処刑されそうになった。
それが鬼の仕業であると看破して事態を把握したお館様が寸での所で救出してくれなければ、悲鳴嶼さんはとっくの昔に命を落としていたのだろう。
「それから私は本当に疑り深くなった。
君の事も勿論疑っていた。
……君は、余りにも常軌を逸した力を持っている。
それを悪用しようと思えば、鬼が人を襲うそれよりももっと恐ろしい事を幾らでも引き起こせるだろうし、人を意のままに操る事だって出来るだろう。
何処の誰であるのかも分からない、どうして鬼殺隊の前に現れたのかも分からない、その目的も意図も分からない。……そもそも『人間』であるのかどうかすらも分からない。
こうして話をしたりその行動を知って君自身の心根の善良さを知っても、それでも私は君を疑っていた」
疑っていたのだと言うその言葉に、少しだけ胸は痛んだが。しかし、それは余りにも至極当然の事で、それに対して文句など言える部分は無い。
疑われるのは余りにも当然だ。
寧ろ、鬼だとか或いは鬼以上の脅威だとか言われて殺されそうになる事は無かった事に感謝すべきかもしれない。
此方に悪意など何も無くても、それを信じる事が出来るかどうかはまた別の話である。
そして、悪意が無いからと言ってその存在が人にとって善良であるとは限らない。
この世界の在り方すらもおかしくさせてしまいそうな程に理を逸脱した力を、自分の意思一つで使える存在の事を、どう信じれば良いのかと言う話でもある。
せめて何か信じる為の根拠を得ようとして過去を調べようとしても、「何も分からない」という事しか分からない。
それを、「信じてくれ」なんて言葉だけで押し通すのは無理がある話である。
「……それは、当然の事ですよ。
俺は、自分で言うのもどうなのかと思いますが、理解出来ない怪しい部分しかない様な存在なんです、疑うべきです。
特に、悲鳴嶼さんは柱の中でも誰よりも長く鬼殺隊を支えて来た……文字通りの鬼殺隊にとっての大黒柱の様な人なんですから。
それに……俺自身、本当に此処に居ても良いのかも分からないんです。
でも、此処で出逢った人たちは皆とても良い人たちで、こんな怪しさしかないどこの誰かも分からない様な俺の事を信じてくれて……。
だから、少しでも何かを返したいですし、皆の助けになりたいんです」
自分で選んで此処に居るのは確かで、そして自分が選んだ事もあるからこそ今の状況がある。
選んだ事には最後まで責任を負わねばならないのだから、もし此処に居る事自体が間違いであってはならない事なのだと「何か」に言われたとしても、せめてやり切るまでは自分の選択の責任を果たしたいのだけれど。
それですら、本当にそれを選ぶ事が「正しい」のかどうかも分からない。
取り返しの付かない事をしているのかもしれないし、或いは自分が把握出来ていない何処かでもうどうにもならなくなっているのかもしれない。
不安が無いと言えば嘘になる。でも、選び続けなくては。
例えこれは自分にとっては何時醒めるのかが分からない『夢』であるのだとしても、自分は今此処に居る。此処で生きている。
そして、『生きる事』とは選択する事なのだから。
「……そうやって自分自身を正しく見詰めているからこそ、君は信頼に値する……認めるに足る存在だと私は思う。
君は何時も誰に対しても誠実で、目を反らす事も偽りを述べる事も無かった。
どんな状況でもそうであるからこそ、君は多くの者から信頼されているのだ。
大勢の人々を心の目で見てきた私が言うのだから、これは絶対だ」
そう言って悲鳴嶼さんは、そっと微笑んだ。
……物凄く傷付いて、そして今もきっとその哀しみの中に居るのだろうに。
それでも、こうして信じてくれる様な優しい人なのだ。
信じる事はきっと、悲鳴嶼さんにとっては痛みを伴うものであるのだろう。
それでもこうして信じてくれたその優しさに、応えたかった。
「ありがとう、ございます。
……あの、俺が悲鳴嶼さんに何を出来るのかは分かりませんが。
でも、もし何か力になれるかもしれない事があるなら。
何時でも言って下さい。出来る限り頑張りますから」
そう言うと、悲鳴嶼さんは「そう気を遣わなくても良い」と微笑んで、その大きな手でワシワシと頭を撫でてくれる。
その手はとても優しくて、それが一層胸を締め付けるのであった。
◆◆◆◆◆
悲鳴嶼さんの用事は、どうやら話を聞く事で全部であった様だった。
とは言え、折角此処まで来たのだからと軽く手合わせをしてから甘露寺さんの所へと向かう。
見送ってくれた悲鳴嶼さんに手を振って下山しながら、悲鳴嶼さんが語ってくれた過去の事について考えた。
……悲鳴嶼さんの過去は、理不尽で凄惨で。
今でもその心を深く傷付けているのだろう。
その一件以来疑り深くなったと悲鳴嶼さんは言っていたが、完全に人間不信になってないだけ悲鳴嶼さんはやはりとても優しい人だと思う。
ただ、悲鳴嶼さんのその話はあくまでも悲鳴嶼さんの視点での話で。
鬼の襲撃の後の出来事……子供たちが悲鳴嶼さんを信じなかった事や、或いは助けた紗代に半ば裏切られたかの様な証言をされた事などは、どんな意図があってその様な事を子供たちがしたのかは分からないままだ。
……まあ、命を落とした子供たちに話を聞く事は叶わないだろうが……。
ただ、悲鳴嶼さんが守る事の出来た子供……紗代ならば、今も存命であるならば何か話を聞く事は出来るのでは無いだろうかと思う。
……それが悲鳴嶼さんにとって何か救いになる様な事なのかは分からないけれど。
でも、どうしても気になってしまう。
そこにあった『真実』は、本当に悲鳴嶼さんが思った様な事であったのだろうか、と。
別に、悲鳴嶼さんはそれを知りたいと望んだ訳では無い。もう、悲鳴嶼さんの中では今も痛む傷痕ではあれど「終わった事」なのだから。
しかし、悲鳴嶼さんにとっての「家族」が、幾らあまりの惨劇に混乱していたとは言え本当に悲鳴嶼さんの事を裏切る様な意図でそんな事を言ったのだろうかと……そう思ってしまう。
大した事情を知らないただの部外者の、都合の良い想像なのかもしれない。
『真実』はもっと残酷なものであるのかもしれない。
それでも、確かめなければ何も分からないし変わらない。
……もしそれが悲鳴嶼さんの心をより傷付ける様なものであった場合は、黙っていれば良い事だ。
でも、もしそこにあった『真実』が、悲鳴嶼さんが感じたそれとは全く別のものであったのなら。悲鳴嶼さんはそれを知る権利があるとは思う。
それが本当にただのお節介……それもかなり度を越えたものである事は分かっていても、知ってしまった以上は何もしない訳にはいかず。
とは言え、この時代に詳しくも無くそして鬼殺隊以外に縁の無い自分に頼れる伝手は限られていて。
鬼舞辻無惨への対策を立てるのに忙しい中で手を煩わせるのは少し申し訳無くもあったが、お館様へとお願いの手紙を書いた。
お館様がその伝手を駆使すれば、きっと紗代が今何処で何をしているのかは分かるだろうから。
紗代の事に関して取り敢えず自分に今出来る事はそれだけなので、ならば何か進展があるまでは、今は目の前の事に集中しよう、と。甘露寺さんの屋敷を目指す。
まあ、その道中で何か手土産の様なものを買っておくべきだろう。
女性の所にお邪魔させて頂くのだし、そう言った気遣いや礼儀は特に大事である。
「甘露寺さんは確か桜餅が好きだって言ってたな……」
甘露寺さんの屋敷に行くまでに大きな街を幾つか通るので、そこで良い感じの和菓子屋を見付けたらそれを買おうと決める。
個数はどれ位用意した方が良いのだろう。
甘露寺さんはよく食べる人だし、二十個位が丁度良いだろうか。
そんな事を考えながら歩いていると、道行く人たちの中に何やら奇妙な事を話しながら歩いている人がチラホラ居る事に気付いた。
そんなに真剣に聞き耳を立てていた訳では無いので上手くは聞き取れなかったが、「■■カミサマ」と言う信仰が流行っているらしい。
とは言えその会話の内容は。曰く、悩みが解消しただの、不治の病が治っただの。
霊感商法か何かに引っ掛かった人だろうかと思ってしまうものだ。
確かこの時代あたりからスピリチュアルな部分を押し出した新興宗教も台頭していた筈だ。
まあ、何時の時代も、何かに縋ろうとする人は居るのだし、或いは超自然的なものを信じている人は居る。そして、そんな人たちに付け入る様に食い物にする者たちも。
そこまで本気で信じている訳では無くても、「テーブル・ターニング」やそれから派生した「こっくりさん」の様な降霊術紛いのものを面白半分でやる人は居るものだし……。
宗教と聞くとついあの童磨と万世極楽教の事を思い出してしまうが、別にこの時代に存在した新興宗教は万世極楽教だけでは無いのだし、そもそも童磨の存在で持っていた万世極楽教は、童磨が逃走した後は半ば自然消滅する様に解体されたと聞いている。
今あの鬼が何処で何をしているのかは分からないが……。既に暴かれたのだし、同じ様な手口で人を囲おうとはしないだろう。第一、僅かでも怪しい素振りが見られた宗教団体には鬼殺隊がかなり厳しく調査しているらしいし。
まあ、何を信じようが何に縋っていようが、それはその人の自由であろう。
全く関係無い赤の他人がとやかく言うものでも無いし、関わるべきものでも無い。
色んな人が居るものなのだなぁ……と。そんな事を頭の片隅で考えながら、その場を後にした。
なお、手土産にと買って行った桜餅は、甘露寺さんに大層喜んで貰えて。
そして、折角だからお茶請けにと出され、それらは瞬く間に消費された。
早食いと言う訳では無いのだが、一定のペースで澱む事無く甘露寺さんの口の中に消えて行く桜餅は、何と言うのか……生命の神秘を感じる光景であった。
しかし、甘露寺さんは本当に幸せそうに食べてくれるので、見ているだけで温かな気持ちになる。
ものを美味しそうに食べる人はそれだけで魅力的に見えるのだと、以前誰かが主張していた気がするが、それも成る程と頷ける光景であった。
なお、後程この事を伊黒さんから物凄くネチネチと言われる事になるのだが。
それはまだもう少し先の事であり、この時の自分は甘露寺さんと楽しいお茶の時間をのんびりと過ごしていたのであった。
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【鳴上悠】
鬼殺隊の人たちが余りにも自分の事を信じてくれるので、皆本当に優しいな……と思っている。なお、悠を信じている側からは、悠の方がお人好し過ぎる位に優し過ぎると思われている。
道すがら流し聞きした謎の宗教に関しては、まあこの時代の辺りから霊感商法紛いのものってあったらしいからなぁ……程度の認識。
【悲鳴嶼行冥】
悠が獪岳の事を本当に心から信じている事を察して何も言わなかった。
悠の事はしのぶさんを助けた辺りから好感度は高かったのだが、その後もそこそこの期間信じ切る事は出来なかった。だが、本当に誰かを助ける事にしか力を使わないし、どんなに窮地に陥っても仲間を絶対に見捨てない事もあって信頼に値すると判断。
まあ、悠が本当にその真意を疑わなければならない様な性根であった場合、そもそも鬼殺隊なんかに協力しないだろうと言う事も大いに関係する。
【甘露寺蜜璃】
大好物の桜餅をお土産に持ってきてくれて物凄く嬉しい。キュンとした。
自分の大食いを見ても、嫌がったりギョッとしたりせずに、寧ろそれをニコニコと嬉しそうに見守ってくれるので、悠への好感度は非常に高い。
【伊黒小芭内】
蜜璃との文通の中で、蜜璃が悠と仲が良い事を知ってちょっと悠への好感度が下がる。そしてネチネチする。
でも悠の事は嫌いでは無いし、寧ろ自分では絶対出来ない事もやってのける上に誰かを守る為に必死に戦っているその姿にはとても好感を持っている。鏑丸にも敬意を以て接してくれる事もポイントが高い。
でもネチネチする。