『鳴上悠は鬼殺の夢を見る』   作:OKAMEPON

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『無辜の「神様」』

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 待ちに待った柱稽古が始まって、俺たち鬼殺隊隊士は宇髄さんの下に集合した。

 鬼殺隊には二百数十名程が在籍しているのだが、普段は各地を任務で飛び回っている為、そんなに大勢が一所に集まる事の方が少なく、鬼殺隊に入ってまだ日が浅い事もあって顔馴染みよりも全く見知らぬ人の方が多い。

 中には蝶屋敷での療養中に見掛けた顔や、合同の任務の際に知り合った人たちも居るけれど。

 それにしても、一度にこの人数の隊士たちが集まっているのを見るのは中々に壮観である。

 一緒に蝶屋敷から出立した伊之助だけでなく玄弥も居るし、育手の下を一時的に訪れていた善逸と獪岳も当然の様に参加者の中に混じっている。

 数は少ないもののちゃんと存在する女性隊士は、同じ様な内容の訓練が課されるけれど実施する場所は男のそれとは分けられているので、カナヲは此処には居ない。

 それもあってか、周りが全員男だけで固まっている光景に善逸はむさ苦しくて嫌だとボヤいており、そしてそんな善逸を獪岳が締め上げていた。

 

 そんな感じで始まった柱稽古だが、内容はかなり過酷なものであった。

 基礎体力の向上と言う名目で稽古場となる山の走り込みをするのだが、とにかく速く走り抜く事を求められるし更には広大な山を十何周どころか何十周と走らされる。

 稽古場の山は広く険しい上にかなり起伏に富んでいて場所によっては足元にかなり注意が必要になる。

 どんな状況下でも正しく足場を見極めて駆け抜ける事を求められる鬼殺隊の剣士の足腰を鍛えるにはもってこいなのだろう。

 なお、ただ走り込むだけで終わる訳では無くて、ある程度見込みが出て来たものは重しを背負った上で走らされる。

 そこまで出来た上で、宇髄さんの目から見て「合格」が出なければならない。

 中々に厳しい訓練である。

 蝶屋敷で鍛錬していた時から山での走り込みはほぼ毎日の様にやっていたのだけれど、この稽古場の山の地形は山を走るのに慣れている俺でも流石に直ぐには慣れないもので。

 元々山育ちで荒れた足場も何のそのと言わんばかりの伊之助は寧ろ水を得た魚の様に駆け回っているが、多くの隊士たちは息も絶え絶えになりながら地面に転がる羽目になっている。中にはあまりの負荷に反吐を吐いている者も居る程だ。

 俺もやはりどうしても息は上がってしまっていた。

 

 

「無理……もう無理……。

 禰豆子ちゃんの……禰豆子ちゃんの顔を見たい……。

 蝶屋敷に帰りたい……」

 

 漸く与えられた休憩時間に、地面を舐める様に転がっている善逸が息も絶え絶えに呟く。三十周以上も山を走らされた善逸は体力の限界のその先を見たのか、その目は何処か虚ろだ。

 そんな善逸の周りに転がっていた先輩隊士たちが、その言葉に反応してわらわらと集まって来る。

 

「何だ? 妄想の彼女か?」

「分かるぜ……淋しいもんな」

「だよな、俺にも居るぜ。脳内にだけどな」

「マジ? お前の脳内彼女誰だよ?」

「顔はな~、胡蝶様で……」

「あ~分かる分かる。蝶屋敷で治療されてた時、天女の様に見えたわ」

「あの薬、信じられない位糞不味いけどな」

「それな~、良薬は口に苦しって言うけどさ、限度ってもんが……」

 

 善逸を余所に盛り上がる先輩隊士たちの話に、善逸は思わずガバリとその身を引き起こしてわあわあと反論する。

 

「いや、禰豆子ちゃんは妄想じゃ無いよ!? 実在してるよ!?

 蝶屋敷で俺の帰りを待っててくれてるんだから……!

 妄想とか言わないで! 悲しくなるから!」

 

「無理すんなよ」

「良いんだって、吾妻」

「現実は残酷だよな……」

「ほら元気出せよ、水でも飲むか?」

「金平糖持ってるぜ、ちょっと分けてやるよ」

 

 しかし、そんな善逸の言葉に、先輩隊士たちは生温かな視線を送る。

 同情心と言うか、同族を見る様なその視線に善逸はゴロゴロとその場を転がった。

「居るもん! 禰豆子ちゃん本当に居るもん!」と喚く善逸を見る目は皆とても優しい。

 しかし、そんな視線に益々わあわあ喚き出した善逸は、禰豆子には綺麗な着物を沢山買ってやって鰻やら寿司やらの旨いものをたらふく食べさせてやってと願望を垂れ流し、果ては禰豆子を娶るだの俺の妻だのと言い出し始めた。流石にそれは妄言だ。

 

「こら、善逸! 何でそう恥を晒すんだ。

 大体、禰豆子と善逸はまだそんな関係じゃないだろう。

 娶るだの妻だのと言うのは、禰豆子本人の気持ちを確かめてからにしてくれ」

 

 まあ、善逸はとても優しい奴だし、やる時はやるし、何より何時も禰豆子を気遣って守ろうとしてくれるけれど。それとこれとは話が別である。

 禰豆子本人の意思を確認出来ないのに、そう言った言動は良くない。

 勿論、禰豆子がちゃんと自分の意思で選んだのならそれに反対する様な事は無いけれど。

 俺がそう言うと、途端に周りの先輩隊士たちが騒めいた。

 

「えっ……実在するの?」

「ウッソだろ……」

「いやでもそんな関係じゃ無いって言ってるし、脳内彼女ではあるんじゃね?」

「あー、そっか、だよなぁ……」

「うんうん、綺麗な着物買ってやったりしたいよな」

「鰻旨いよね、分かる」

「ガンバ!」

「俺たち、何時でもお前の味方だぜ」

 

 そんな風に先輩隊士にもみくちゃにされながら励まされてる善逸の傍らで、また別の隊士の人たちが俺たちに話し掛けて来る。

 

「そう言えばお前らってあれだよな?

 上弦の陸を音柱と一緒に倒して、刀鍛冶の里では上弦の肆を倒したって言う『期待の新人たち』だよな」

「なあなあ、階級何処まで上がった? やっぱ上弦の鬼倒したんだから凄ェ事になってる?」

「てか、上弦の鬼と戦った時の話を聞かせてくれよ、すっげー気になる」

「上弦の鬼と戦ったって事はあれだよな。

 あの噂の『神様』の事も知ってるんだよな?」

「あー、そっか。あの例の……。

 やっぱ何か俺たちとは全然違う凄い感じの人? 一緒に戦ったんだし直接会った事あるんだろ?」

 

 一斉に話し掛けられてちょっと戸惑う。

『神様』……それは悠さんの事だろうか?

 

「えっと、今の階級は『甲』で、上弦の鬼との戦いの事は多分休憩時間の間には終わらないからまた後で。

 それと……その『神様』って?」

 

 取り敢えず訊かれた事には答えつつ、その『神様』とやらの事を訊ねる。悠さんの事だろうかとは予想しつつも、一応は確かめなくては。

 

「ほら、あの『鳴上悠』って名前の……」

「何かさ、最近蝶屋敷に新しくやって来た人が居るらしいじゃん。その人が『鳴上悠』って奴なんじゃないのかって結構前から噂になっててさ」

「そうそう。で、その『鳴上悠』ってのは『神様』なんじゃないかって話で」

 

 やっぱり悠さんの事だったんだと、驚きは無いものの少し息を飲んでしまう。

 悠さんは決して『神様』では無いのだと説明しようとしたその矢先に。

 

「……そうだ。あの人は、間違いなく『神様』だ」

 

 少し離れた所に居た先輩隊士が、ゆっくりと此方にやって来た。

 

「あの人が居なかったら……俺はとっくにもう死んでいた。

 腹に穴が空いてさ、血もいっぱい出て。

 鬼は倒せたけど、『ああもう死ぬんだな』ってのが分かって、……凄く怖くなった。

 寒くて怖くて、死にたくないなぁ……って思った時、救援に駆け付けてくれたあの人が俺の手を握ってくれてさ。

 その温かさと優しさに安心して気を失ったら、気付いたら俺は蝶屋敷に運び込まれてて、腹の傷はすっかり無くなっていたんだ。

 あの人が『鳴上悠』なのかは分からないけど、でも間違いなくあの人は『神様』だ。少なくとも、俺にとっては」

 

 その人の言葉を皮切りに、俺も僕もと色々な人が声を上げる。

 その人たちは皆、悠さんが蝶屋敷でその傷を癒したり、或いは救援に駆け付けて助け出した人たちだった。

 悠さんは、本当に沢山の人を助けている。

 この中の多くは、悠さんが居なければ命を落としていたか、或いは隊士として戦い続ける事は出来なくなっていた人たちなのだろう。

 そのとてつもない力を使って直接的に助けた訳ではなくても、蝶屋敷などで出逢った隊士の人たちに悠さんはとても親身になってその話に耳を傾けて寄り添ってくれたりしていて、それによって心を救われた人たちは決して少なくはなかった様で。

 悠さんを『鳴上悠』として認識していた訳ではなくても、蝶屋敷にいる『神様』の事は、俺たちが知らなかっただけで鬼殺隊全体にかなり噂になっていたらしい。

 悠さんに助けられた人たちは皆悠さんに対して深く感謝していて、だからこそ『神様』だって悠さんの事をその様に称する。

 そして、上弦の鬼との戦いの場には必ずその名を連ね、更にはその戦いで犠牲を出す事もなく勝利を収めている事は誰もが知る所ではあるからこそ、その尋常ではない戦果から畏怖する様に……或いはまるで祈りを捧げ信じるかの様に、悠さんの事を『神様』だと言う。

 そう言った声に、「やっぱり」だとか「『神様』って居るんだな」だとか、そんな声がどんどんと広がっていく。

 それは……そう思う事は致し方無い事なのかもしれない。

 俺だって、悠さんの事を全く知らなくて人伝に聞いただけなら、「凄い人も居るんだな」と他人事であったのだろうけど。

 でも、そうじゃない。

 そして、そう言った言葉や想いや視線が悠さんにとってはどう感じるものなのかも、俺は知っているから。

 だから──

 

 意を決して言おうとしたその時。

 

「うーん、鳴上は確かに凄い奴だけどさ。

 でも『神様』ってのは何か違うと思う」

 

 そう声を上げた人が居た。

 那田蜘蛛山での任務の時に出逢って、それからも何度か蝶屋敷で顔を合わせた事もある村田さんだ。

 最近だと、義勇さんの過去の事を悠さんに教えてくれた事もある人だ。

 文通する位に悠さんと仲が良いので、今のこの雰囲気には思う所があったのかもしれない。

 

「鳴上は『神様』だとかって言うよりは……何と言うのか、お人好しの世話焼きだな。

 手紙とかも、基本的にこっちの事を気遣う感じの内容だし、敢えて言うなら『オカン』?」

 

 村田さんの言葉に、別の所から「あー、確かに」と同意の声が上がった。どうやらその人も悠さんと文通する位親しい人の様だ。

 

「確かに凄い強い奴なんだけど、一番凄いのはあの包容力って言うか寛容さだよな。

 死んだ母ちゃんの事を思い出す位、鳴上は優しいんだよなぁ……。何があっても俺の事を見捨てないって感じでさ。

 その上、何時か悪い奴に騙されるんじゃないかって心配になる位、お人好しなんだよなー」

 

 ちょっとポヤっとしてる所もあるし、と。そう言ったその人に「だよね」とまた別の所から声が上がる。

 そして、悠さんの事を『神様』だと言う人たちと、凄い人だけど『神様』では無いと言う人たちに分かれて様々な意見が飛び交う。

 概ね、悠さんとある程度以上親しい人は「『神様』ってのはちょっと違うんじゃないか?」と言う意見であるらしい。

 そして、話は結局実際の所の悠さんがどうなのかと言う事になった。

 

「えっと、悠さんは本当に優しい人で凄い人で……」

 

 悠さんの事に興味津々な人たちに、悠さんがどんな人であるのかを話す。

 悠さんの力の事に関しては、あまり大っぴらに話して良い事では無いのだとしのぶさんや宇髄さんなどから言い含められている事もあって、そこは詳しくは話さなかったけれど。

 それでも、その力の事を話さなくても、悠さんの事に関して話せる事は沢山あって。

 どんな事が好きで、どんな風に笑い掛けてくれて、どんな風に人の心を思い遣ってくれる人で……と。

 そうやって俺の目から見た悠さんの事を話していく。

『神様』なんて何処か遠い存在じゃなくて。直ぐ傍に居てくれて、悩んだりしながらも一生懸命に頑張って共に戦おうとしてくれる人なのだ、と。

 そうやって話をしていると、先輩たちもちょっとだけ「そうなのかな」って顔をする。

 悠さんが『神様』ではなくて、ちゃんと血の通った自分たちと同じ『人』なんだって、そう分かってくれたのだろうか。

 だけど、それを確かめるよりも前に休憩時間が終わって。

 俺たちはまた過酷な走り込みを再開する事になるのであった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 初日の走り込みを終えて、俺たちや一部の先輩たちには、明日からの走り込みには重しを背負って行う様にとの許可が出た。……まあ、善逸はこの世の終わりだとでも言いた気な絶叫を上げて獪岳に締められていたが。

 限界まで身体を酷使して死屍累々の状態になりながらも、どうにか汗を流して夕飯を腹に収める程度の体力は残っていた。まあ、その部分だけは宇髄さんも加減してくれたのかもしれない。

 そして、何せ人数が多いものだから、俺たちは大広間などで雑魚寝する事になって。中には直ぐ様落ちる様に眠りに就いた者も居るが、体力にちょっとだけ余裕がある者たちは折角の機会だからと色々な話をする事になった。

 そこで話題の中心となったのは、やはり上弦の鬼たちとの戦いの事である。

 まあ、百年以上誰も敵う事は無く、戦闘になれば柱ですら生きて帰る事の出来なかった存在と直接交戦して生きている上に勝利を掴めた者の話はとても貴重なものなのだと言う事は分かるので、それを話す事に否は無いのだけれど。

 なお、悠さんの事に関しては、その力の部分に関してはあまり他の人に話して広めてはいけないと柱の人たちから色々言われているので、伊之助もそこは話さない。しのぶさんの言葉には、伊之助はとても素直に従うのだ。

 

「何てのか、お前ら本当によく生き延びれたな……」

「俺なら無理そう」

「帯が伸びるって何? しかもそれが刃物みたいに切断してくるって何?」

「てか掠っただけで即死するとか怖過ぎでしょ」

「それで即死してない音柱もマジでバケモンかって位ヤバいな」

「そりゃ吉原の一画が更地になる訳だよ……」

「つか、そんなのを相手にしても無事って時点で鳴上って奴がヤバ過ぎ」

「でも俺としちゃあ上弦の肆の方が嫌過ぎる、生きて帰れるかどうか以前に絶対に逢いたくねー……」

「分かるー……。話聞いてるだけでげんなりするもん」

「分裂って何? しかもその分裂したやつが更に血鬼術使いまくってくるって何? ってめっちゃ思うわ」

「しかも滅茶苦茶ちっさくて馬鹿みたいに頸が硬いのが本体だって……。鬼ってクソみたいなやつしか居ないけど、どんなクソな事考えてたらそんな血鬼術になるんだって思うわ」

「恋柱様強過ぎでしょ。血鬼術ごと斬るってどうやってんだろう」

「一回任務中に助けて貰った事があるんだけど、恋柱様本当に良い人なんだよね……。笑顔が本当に可愛いし、強いし」

「分かる……。俺実は脳内彼女の顔が恋柱様なんだ……」

「元気出るよね、明るい人って周りも明るくしてくれるんだな……って恋柱様見てると超思うもん」

「猪頭が戦った上弦の伍って奴も本当にヤベェわ、何考えてたらそんな姿になりたいって思うんだよ」

「てか、あの日から数日の間隠の方が忙しそうにしてたんだけど、それって上弦の伍の被害者の後処理もやってたのかもな」

「百年以上溜め込んでたのなら凄い数になってそうだよな……」

「てか、百鬼夜行みたいな血鬼術だよな。ほんと、良く生き延びれたな」

「いやほんと、お前らマジでよくやってるわ……」

「今年入ったばっかなのに、マジですげぇよ」

「俺ら頼り無いかもしれないけどさ、一応先輩なんだし何かあったら頼ってくれよな」

「そうそう、何か力になれる事とかあるかもしれねぇし」

 

 俺たちが上弦の陸と肆と戦った時の話や、伊之助が上弦の伍と戦った時の話をすると、その内容に非常に盛り上がって。先輩たちはワイワイと賑やかに口々に話す。

 皆親切であるしとても気が良い。

 遊郭への潜入捜査で女装した事を話した時には、潜入捜査で苦労した事がある先輩たちが「分かる~」やら「あれほんと大変だよな」などと反応したり。

 刀鍛冶の里で時透くんと一緒に鍛錬していた事を話すと、「それほぼ柱稽古じゃん!」などと盛り上がったり。

 疲れているのだけど、眠気がちょっと吹き飛びそうな位の勢いである。

 そして、上弦の鬼の話が出た事で、再び悠さんの事に関しての話題が持ち上がる。

 

「噂で聞いたんだけど、鳴上って上弦の壱を相手に負傷した奴らを連れて無傷で撤退したらしいんだけど、それ本当?」

 

「えっと、まあ……」

 

 その事についてはそこまで大々的に鬼殺隊内に知らされた訳では無いのだけど、実際にその隊士たちが蝶屋敷に運び込まれた所を見た人は居るし、何より人の噂に戸口を立てる事は出来ない。

 具体的にどう上弦の壱を相手に撤退したのか俺は知らないし、それを知っている善逸と獪岳はそれを言うつもりは無い様だ。

 まあ、事実は事実なのでそれを否定は出来ないのだけど……。

 俺が頷くと、先輩たちは騒めく様に互いに囁き合う。

 

「やっぱあの噂も本当なのかな」

「どうだろ、そんな事有り得るか?」

「でも、実際に蝶屋敷に行って大怪我が有り得ない速さで治ってる奴が居るし」

「聞いた話じゃ、手足が千切れ飛んでた筈なのに……って」

 

 そんな事を囁き合っていた先輩たちは、少し緊張した様に俺に訊ねて来る。

 

「鳴上って、本当に『人間』なのか?

 いや、別に鬼だとかって疑ってる訳じゃないんだけどさ。

 噂では、鳴上は無惨を殺す為に現れた本物の『神様』なんじゃないかって言われてて……」

 

 俺が言い出した訳じゃ無いんだけど、と先輩はそう言いつつも、その答えを聞きたがっている様だった。

 

「悠さんは……そんなのじゃ無い。

『神様』でも無いし、『化け物』でも無い。

 悠さんは、本当に心が強いだけの優しい人なんだと思う。

 確かに物凄く強いけど、でも別にそれは『神様』だからじゃなくて……」

 

 しかしそれを上手く説明する事が俺には出来ない。

『神様』じゃなくて、でもそう思っても仕方が無い位に凄い力があって。

 悠さんのその力の根源は悠さん自身の心の強さなんだけど、でもそれを説明出来ないのだ。

 そして結局、悠さんが優しくて良い人だという事しか言えなくなる。

 

『神様』では無いけれど、『神様』だと思ってしまっても仕方が無い様な事が出来て。悠さんはそれを大っぴらにしている訳では無いけど、目の前の人たちを助ける為なら惜しみなくそれを使う。……悠さんは優しいから。

 まるで『神様』が起こす「奇跡」の様なその力で助けられた人たちは、「奇跡」で助けられた人たちが居る事を知っている人たちは、悠さんの事を『神様』だと……そう感じてしまうのだと思う。それを責める事は出来無いし、きっと咎める事も出来ないのだろう。

 決して『神様』なんかでは無いのだけれど、悠さんの力は余りにも人の目を眩ませてしまう。

『鳴上悠』という一人の『人間』の事をあまりよくは知らない人たちには、その力しか目に入らなくなってしまう。

 その結果『神様』が独り歩きするかの様に、皆の認識の中の悠さんを塗り潰してしまうのだろう。

 

 ……『神様』に縋りたくなる気持ちは、俺にも分かる。

 誰だって、本当に救ってくれるのなら『神様』に救って欲しかっただろう。

 鬼に大切なものを奪われて鬼殺の道を選んで、厳しい最終選別を乗り越えて、それでも鬼の前に人間は無力でしかない事も多い。

 鬼が容易く踏み躙り奪っていこうとするものを、どうにか守る事すら難しく。

 昨日笑い合っていた筈の仲間たちが物言わぬ骸となって転がる事だって当たり前の様に起こる。

 そんな、あまりにも無慈悲に理不尽な戦いの中で、明日の命も知れぬ日々の中で。

 まるで慈悲深い『神様』の様に、自分たちを人智を超えた力で助けてくれる存在が現れたのなら。

 喪われる筈だった命を救いあげ、強大な鬼に立ち向かってそれを討ってくれる。皆を助けてくれる、救ってくれる、その『願い』を叶えてくれる。

 ……そんな、余りにも「都合の良い『神様』」の様な存在が現れたのなら。それは……。

 

 ……でも、そうじゃない事を俺は知っている。

 

 本当は戦う事もそんなには好きではなくて。

 手合わせなどで痛い思いをさせる事すら厭う程に仲間を傷付けるのが嫌で。

 鬼の事だって、鬼舞辻無惨に弄ばれて壊れてしまった上で、重ねる必要の無い罪を重ねるしかない、かつては人であった哀しい存在だと感じていて。

 どんなに沢山の命を救っていても、助けられなかった命の事を決して忘れずに心から悼んで。

 無惨を倒す為であろうと、俺たちが寿命を差し出そうとする様な事だけは絶対に阻止しようとして。

 物凄く色んな事が出来てしまうから色んなものを抱えてしまって、それでもそれを取り零さない様に必死で。

 ちょっと不器用な位に割り切りは下手で。

 無理をし過ぎている位に頑張っていて。

 義勇さんの心の苦しみを和らげようとした時の様に、何時だって「心」に真っ直ぐ向き合ってそれを大切にしようとして。

 まるで霧を切り裂く様な眼差しで、真摯な言葉を伝えて。

 様々な形で抱え切れない程の優しさを向けてくれて。

 何時も優しい目で俺たちの事を見てくれていて。

 料理が上手くて、手先が器用で色々作れて、物凄く色んな事を知っていて、俺や禰豆子たちに色んな「物語」を語り聞かせてくれて、遊びにはちょっと負けず嫌いで。

『特別』は『寂しい』と、自分は『神様』や『化け物』なんかじゃなくてただの『人間』なのだ、と……そう感じているし傷付いている。

『鳴上悠』は、そんな……ちゃんと確かに此処で生きている『人間』なのだ。

 

 何処かの誰かが適当に考えた作り話の様な、或いは誰かが願って作り出された偶像の様な。

 そんな血肉の通ってない人間味の無い存在なんかじゃない。

 

 でも、その全てを説明する事も、悠さんをあまり知らない人たちに納得して貰うのも難しくて。それがとてももどかしくて遣る瀬無い。

 

 昼間は助け舟を出してくれていた村田さんたちは別の部屋で寝ている。

 この大部屋に居るのは、俺たちを除けば多分悠さんの事にはそこまで詳しくない人たちばかりなのだろう。

 それもあってか、中々上手い事悠さんの事に関して説明出来なかった。

 すると、悠さんの事で何やら悩んでいる事を察したのか、伊之助が首を傾げる。

 

「あ? カミナリがどうかしたのか?

『カミサマ』だか何だかは知らねーが、アイツはカミナリだぜ。

 カミサマじゃねーよ。名前も覚えらんねぇのか?」

 

 そもそもカミナリも悠さんの名前ではないのだけど、伊之助は自信満々にそう言って鼻を鳴らす。

 流石にそれには先輩たちからの訂正が入ったのだが、すると伊之助は「ムキーッ!」とでも言いたげな顔になった。

 

「うっせー! カミナリはこの伊之助様の子分だぜ。

 親分である俺が子分の事を間違える訳がねぇ!」

 

 フスンフスンと鼻息を荒くする伊之助に、先輩たちは何じゃそりゃと言わんばかりの顔をする。

 まあ、確かにちょっと良く分からない話だ。

 悠さんは、伊之助から子分扱いされてもそれを否定も訂正もせずニコニコと笑っているだけなので、伊之助としては「子分である事を認めている!」と言う認識であるらしい。

 一度、悠さんに訂正しなくても良いのかと聞いた事はあるが、別に構わないのだとか。心が広いのか、或いは純粋に楽しんでいるのか、そのどちらなのかは分からないのだが。

 

 伊之助の言葉を皮切りに、善逸と獪岳と玄弥も悠さんの事について言及する。

 その話題が盛り上がりそうになったその時。

 

 

「お前ら何時まで騒いでんだ!

 そんなに元気なら今から山の走り込みやるか!?

 それが嫌ならとっとと寝ろ!

 明日の朝も早くから叩き起してやるからな!」

 

 

 大部屋の襖がスパンッ! と勢い良く開いて、木刀を片手に担いだ宇髄さんが怒鳴り込んでくる。

 勿論、日中の走り込み地獄を思い出した部屋の全員が速やかに布団に潜り込み、寝息を立てる事になったのであった……。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆




【竈門炭治郎】
悠の事を『神様』扱いするのは本当に止めてあげて欲しいと思っている。でも、それが難しいのも分かっている。


【嘴平伊之助】
悠を『神様』云々に関しては何も分かっていない。
「カミナリはカミナリだし、俺の子分だぞ」と言うスタンス。
何があってもそれはブレない。親分だから。


【我妻善逸】
悠は『神様』扱いを望んでいない事を知っているからこそ、それは止めてあげて欲しいな……と思っている。
モテない隊士たちから同類扱いされて同情されて、「禰豆子ちゃん本当に居るもん!」と物凄く抵抗したのだが、禰豆子は実在していても善逸の彼女では無い。


【不死川玄弥】
悠が悲しむし嫌がるから『神様』扱いは止めてやれよな、と言う気持ち。
想像を絶する程に無茶苦茶な事も出来てしまう悠の力に関しては、自分も「鬼食い」とかが出来るし……と言う意識からあまり深くは感じていない。


【獪岳】
実際に悠のその本気の力を知っているが、『神様』とはあまり思わない。『化け物』でも無くなった。
『神様』と思うには悠は余りにもお人好し過ぎるし、どう考えても要らない苦労を背負おうとし過ぎてるから。
しかし、今は悲鳴嶼さんの事で頭が一杯。
流石にこの事を桑島さんや善逸に話す覚悟は無い。


【村田さん】
『人間』なのかどうなのかと言われるとちょっと怪しいかも……とは思っているが、それはそれとして『神様』じゃあ無いよなとは思っている。それは、悠と文通などで交流がある隊士は概ねその意見。『神様』と言うか『オカン』だよね。
また、村田さんに関しては、義勇さんが立ち直れた経緯も察しているので、筋金入りのお人好しなんだなぁ……と思っている。


【一般隊士の人たち】
かなりガチ目に悠の事を『神様』だと思っている人たちと、純粋な感謝の気持ちが高じた結果『神様』だと呼んでいる人たちと、何か良く分からないけど凄い存在が居て物凄く鬼殺隊を助けてくれてるらしいので『神様』って呼んでおこうと思っている人たちと、神様かどうかは知らないけど無惨を倒して鬼を滅して欲しいから『神様』って呼んでいる人たちなどが居る。
悠の力で直接助けられた人たちはガチ目勢になりやすい。
悠のコミュ力で心を救われた人たちは感謝の気持ちからの『神様』呼びになりやすい。
しかし、大半の隊士は悠に会った事は無いし、力の事も殆ど知らない。知らないけど、『神様』扱いをしている。


【鳴上悠】
ちゃんと交流がある人たちと、そうではない人たちとの間で物凄くその認識に差が生まれている模様。
客観的に見ると、余りにも「都合の良い『神様』」と言える。
何の見返りも求めず、決して無思慮や無軌道に振る舞う事はせず、ただ人々に尽くすかの様にその常軌を逸した力を人々を守る為だけに使い、鬼殺隊の悲願である「鬼舞辻無惨討伐」の為に尽力し、人の心を慮りその傷を癒す為に奔走する。それはまさに『人々の願い』を叶える為の最高の装置。
……その尋常では無い献身の根本にあるものが、「大切な人たちを助けたい」と言う余りにも人間的な善良さと心優しさである事を知る者は一握りである。

もし八十稲羽の人たちが今の悠の状態を見た場合、陽介を始めとする特捜隊の仲間たちは血相を変えて大慌てで悠を引き摺り戻そうとし、堂島さんの眉間に深い皺が刻まれ、足立さんですら斜に構えた表情や偽悪的な表情が消えて真顔になる。
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