『鳴上悠は鬼殺の夢を見る』   作:OKAMEPON

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『彷徨う言葉』

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 悲鳴嶼さんと獪岳との話し合いはどうにか無事に終わった。

 もうかつての様な関係性には戻る事は叶わなくても、それでも向き合う事を選んだからこそ獪岳はまた少し前に進む事が出来たし、悲鳴嶼さんもその苦しみが無かった事になる訳では無くてもその痛みを和らげる事が出来た。……紗代も、届けられなかった言葉を正しく伝える事が出来て、十年もの間抱え続けていた苦しみから少しは解放されただろう。

 悲鳴嶼さんが酷く驚いていた様に度を越したお節介な事だったとは思うが、それでも行動しようと決めて本当に良かったと思う。

 

 獪岳はこの後伊黒さんの所で柱稽古を再開するそうで、このまま順調に行けばもう少ししたら悲鳴嶼さんの所をまた訪れる事になる。

 そんな獪岳に、悲鳴嶼さんは「待っている」と、そう静かに伝えていた。

 ……かつての関係には戻れなくても、それでもまた新たに違う関係性になる事は出来るのだろう。

 鬼を殺す為に同じ道を選んだ者同士であるからこそ、そこには目に見えない繋がりと信用にも似た何かがあった。

 自分も、少し遅くなってしまったが実弥さんの下へ行かなくては。紗代の事などで少し時間を取っていたので、あまり待たせてしまうのも悪い。

 それに、そろそろかなり早いペースで柱稽古を着実に突破しているらしい炭治郎たちに追い付かれそうだ。

 まあ、炭治郎たちなどとかち合ったとしても、そう数が居る訳では無いので、実弥さんの迷惑になる訳では無いだろうけれど……。

 ああでも……実弥さんの訓練内容は確か無限打ち込み稽古だったから、流石に体力的に厳しくなってしまうのだろうか? まあ、それならその時はその時で、一旦手合わせは中断した後に、また何処かで改めて手合わせをする為に訪れても良いのだろうが。

 

 獪岳と共に岩屋敷を発つ際に、悲鳴嶼さんに少しだけ呼び止められて、今回の一件に関しての感謝を伝えられて。それと同時に、「あまり無理はするな」と心配されてしまった。

 何か無理をしている様に見えたのだろうか? ……だとしたら心配させてしまって少し申し訳無かった。

 その気遣いに礼を言って、自分は大丈夫だと返す。

 そして見送ってくれた悲鳴嶼さんに手を振って、実弥さんの下へと急いだ。

 

 

 鎹鴉たちに案内されて、実弥さんが待つ風屋敷に辿り着く。

 山奥にある岩屋敷と違い、風屋敷があるのは町中だ。

 まあ、町中に在っても立派な鍛錬場を備えている風屋敷はとても広いが。

 玄関先で訪問を告げる挨拶をすると、待っていてくれたのか実弥さんは直ぐにやって来てくれる。

 ちょっと強面だけど、他人を気遣ってくれる優しい人なのだろう。まあ、語調が少し荒れている事や至る所に走る傷を隠そうともしない事もあって、そちらの印象に引き摺られてその気遣いに気付くのはちょっと難しくもあるが。

 玄弥が言っていた通り、とても優しい「兄ちゃん」なのだろう。……肝心の玄弥に向ける優しさが、物凄く分かり難い上に玄弥をこの上無く傷付けているからこそ、ちょっとどうにもならなくなっているのだけど。

 

 早速手合わせを、と言う事になり勿論その為に此処に来たのでそれに否は無い。

 そして、それはもう激しい手合わせが始まった。

 呼吸によってその技の激しさや得意不得意は結構違うのだと毎度実感するが、実弥さんの風の呼吸は物凄く荒々しい暴風の様に激しいものだ。

 まるで烈風が周囲を削ぎとっていくかの様な苛烈なその攻撃は、力強さと速さが両立して凄まじい。

 棘付きの巨大な鉄球と斧を自在に操る悲鳴嶼さんとの手合わせも物凄い迫力と言うか威圧感を感じるものだけれど。それとはまた違う方向性で実弥さんとの手合わせも物凄い威圧感を向けられている気がする。

 手合わせと言っても実戦を想定したものなのだから、本気の殺意に限りなくよく似たものを向けるのも間違いではないのだろうけど……。

 

 もしかしなくても、自分は実弥さんにはあまり好かれていないのだろうか? 嫌われている訳では無いとは思うが……。

 それはちょっと寂しいとは思いつつも、まあ致し方無い事ではある。

 実弥さんにとって、自分は玄弥を危ない道へと引き摺りこんで命を危険に晒させている元凶の様に見えているのかもしれない。

 玄弥とはよく任務を共にしていたし、その時の戦果で玄弥は昇級もしている。

 階級が上がればより危険な任務を振り分けられやすくなるし、そしてそれが実力以上のものになってしまうと途端に命の危機に陥るだろう。

 玄弥がその実力に不相応な程の鬼でも狩れる様にと無理矢理に手助けをした事は無いが、まあ普通に協力する分には何の躊躇いもなくやっていたので、本来の玄弥だとちょっと単独だと厳しいだろう相手も倒している。それもあって、実弥さんとしては自分の存在はあまり歓迎出来ないのかもしれない。

 まあ現に、最も直近の話だと上弦の肆との戦いなんて本来は命が幾つあっても足りない様なもので、そこに呼吸が使えないと言う非常に重いハンデを背負う玄弥が居合わせて生き残れたのはかなり幸運だったと言えるのだろう。

 玄弥には確かに「鬼食い」と言う奥の手はあるが、玄弥が鬼を喰う度に『アムリタ』でその影響を取り除いているので普段の玄弥は鬼の様な再生能力など持たないし、何なら奇襲されたりすれば運が悪ければそこで死んでしまう。

 あの場に鬼である禰豆子も居合わせてなかったら危なかったかもしれない。まあ、玄弥の「鬼食い」の力が無ければ、炭治郎たちは半天狗を討つ事は出来なかったのだけど。

 何にせよ、強敵との戦いはそれだけ命の危機があるものなのだ。

 大事な弟にはそんな危険を冒して欲しくないと言うのは、まあ理解出来るのだ。

 ……そこで素直に玄弥にそう話せば良いのに。自分から嫌われにいく様な刺々しく冷たい言動をするから物凄く拗れているのだと思う。

 

 ……そう言えば、実弥さんは玄弥の「鬼食い」の力の事を知っているのだろうか……?

 ある意味では呼吸への才能以上に稀有な才能だと言えると思うのだが、何せ鬼を喰ってその力を一時的に手にする異才なのだ。

「鬼」と言う存在そのものへの強い嫌悪感と憎悪と怒りがある鬼殺隊の隊士たちにとっては受け入れ難いものである可能性が高く、玄弥がその力を有している事を知る者は少ない。

 玄弥と共に戦った炭治郎たちの他には、しのぶさんと悲鳴嶼さんと無一郎は確実に知っているけれど……。

 他の人がどうなのかはあまりよくは知らない。

 もし知らないのなら、それを知った時に余計に拗れそうだな……とふとそんな考えが頭を過ぎる。

 拗れに拗れて捻れに捻れて、もういっその事一周して何か良い感じに収まったりしないかなぁ……などと思わず思ってしまうが、まあそんな事は流石に無理であろう。

 

 一通りの手合わせを終えて休息を取りつつ、余りにも悩ましい不死川兄弟の事を考えていると。

 手合わせの際に僅かに負った軽い切り傷に薬を塗りつつずっと此方を静かに観察していた実弥さんが、ふと口を開いた。

 

 

「鳴上。お前は一体何者なんだァ?」

 

 

 下手な嘘や誤魔化しは許さない、と。そう威嚇する様なその目に射抜かれて。

 思わず、返す言葉を見失って息を飲んだ。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 ある日突然鬼殺隊の前に現れた『鳴上悠』と言う名の男は、ありとあらゆる常識を覆す様な、滅茶苦茶な存在だった。

 

 息さえあれば、腹に大穴が空いてようが、手足がバラバラに千切れ飛んでようが、どんな傷だって癒す力。

 上弦の鬼すら狂乱させて同士討ちさせる力。

 天変地異の如き暴風を操る力、天の怒りの如き雷霆を操る力、上弦の鬼の肉体を一瞬で骨以外を燃やし尽くす業火を操る力、里全体に蔓延っていた化け物を一度に全て氷漬けにする力、上弦の鬼だろうと文字通りに消し飛ばす力……。

 そのどれかだけでもこの世の理を逸脱した力だと言うのに、『鳴上悠』はその全てを手にして自在に操る事が出来る。

 無尽蔵にその力を揮える訳ではなく、過度に使えば消耗して力尽きる様ではあるが……それにしても自分の意思一つで「奇跡」の様な事を起こせるのだ。

 鬼殺隊に交戦記録が残っているどんな鬼よりも、どうかしたら鬼の始祖であり超常の存在と言っても良い程の力を持つ鬼舞辻無惨ですら勝負にもならない程の、……『化け物』や『神様』とでも呼んだ方が良い様な存在だろう。

 本人はそれを『神降ろしの真似事』だと言ってるが……それが正しいのかは誰にも確かめられない。

 報告書などを通して見聞きする分には、話を盛り過ぎているのか尾鰭を付け過ぎているのかのどっちかだと思わざるを得ない程に、その存在は常軌を逸している。

 創作話の英雄の方がもっと現実的だろと言いたくなる程に、その存在は滅茶苦茶だった。

 神も仏も居やしない残酷なこの世を嘆いた人々が想像して願った『神様』そのままの様な存在だと言っても良いかもしれない。

『鳴上悠』は、俺たち鬼殺隊にとっての「都合のいい『神様』」であるかの様だった。

 

『鳴上悠』に関して、ある程度関わりがある連中は、皆その階級に関係なく、誰もが「優しい」「お人好し」「世話焼き」「善良」などと口を揃えて言う。

 実際何度か顔を合わせた時の印象だと、争い事なんて縁遠いポヤっとした「普通の人」の様にも見えた位だ。

 だが、その「正体」に関しては誰もが「分からない」と口を噤むしか無く、その力は明らかに「普通」じゃ無い。

 

 そして、あまり鳴上と関わった事の無い隊士や隠たちの間でも、「鬼殺隊の『神様』」「蝶屋敷の菩薩様」などといった噂を通して認識されているらしかった。

 柱や極一部の隊士を除けば、鳴上が具体的にどんな力を持っていてどんな事をやっているのかは知らされてないが、それでもその断片は噂などの形で伝わっているらしい。

 それもあって、『鳴上悠』と言う存在は『神様』として鬼殺隊内で一人歩きを始めている様だった。

 神様なんて、祈ろうが崇めようが呪おうが、何も返さない。

 祈ってどうにかなるなら鬼舞辻無惨がこの世に存在し続けるなんて有り得ないだろうし、そして鬼殺隊なんかに流れ着く者は一人も居なかった。

 此処に居る者たちは皆、神様とやらの無力をよく知っている筈なのに。

 ……それでも、最後の最後に縋る先は、願う先は、祈る先は、『神様』なんだろう。だから皆、『神様』を求めてしまうのかもしれない。

 そんな中現れた『鳴上悠』は、余りにも「都合のいい『神様』」だった。

 

 鬼殺隊にやって来るまで一体何をしてたのかも分からない、何処の誰だかも分からない。

 ただ、帰る場所も無く、何処かへ行く宛も無い。

 鬼に大切な何かを奪われた訳でも無いのだが、鬼を生み出し世に悲しみを撒き散らし続ける鬼舞辻無惨への義憤と、そして偶然出会った竈門炭治郎の力になりたいと言う……まあ何ともお人好しな動機で鬼殺隊に力を貸している。

 どうかしなくても世界を思うがままに動かせてしまえる様な力があるのだし、『鳴上悠』の力を知ればそれを我がものにせんと様々な者たちがその手を伸ばして奪い合う事になるだろう程の存在で、なのに鬼殺隊に対して全くと言って良い程に何の見返りも求めない。

 流石に、その貢献具合を考えたら本人があまり望んでいないとは言っても何も報酬を与えない訳にはいかないので、一般的な隊士の給金程度は何とか受け取らせているが。

 それでも、鳴上が成し遂げている事を考えれば雀の涙にも満たない対価だろう。

 誰もが口を揃えて言う「お人好し」と言うそれも、ちょっとやそっとの話ではなくて「尋常では無い」と言わざるを得ない程のものらしく。

 あの冨岡を二日で何やら説き伏せたのか妙に積極性を持たせて柱稽古に参加させる事までやってのけている。

 他にも、蝶屋敷で療養中の隊士たちなどのその心の傷を話す事で和らげさせたりと、まあとにかく、どう生きてきたらそこまでお人好しになれるのかと疑問に思う程にお人好しである様だ。

 謎だらけどころか本当に分かってる部分があるのかどうかすら怪しい程に、『鳴上悠』は正体不明である。

 

 どんな時でも仲間の命やその身の安全を最優先にして、自分が力尽きる限界までその常軌を逸する力を仲間の為に揮って。

 何とも「献身的」と言える程に、鳴上はその身を削る程の勢いで鬼殺隊に貢献している。

 今更その献身や本心を疑ったりはしない。

 本当に「善良」であるのだろう。

 ……それでも、『鳴上悠』は己が何者であるのかを語らない。

 与える事を何も躊躇わず、他人の為に尽くす事も厭わず。しかし、己の過去を語る事は無く、己の心の内を明かす事は無い。

 

 それの何が悪いのかと言われると、「悪い」訳では無いのだろう。別に、他人に自分の過去の何もかもを明かさねばならない訳では無いのだし、心の内だってそこに他人が無理に踏み入ろうとするべきではない。

 ただ、鳴上の性根が「善良」であるからと割り切って捨てる事が出来ない程に、鳴上のその力は余りにも異常なのだ。

 もし鳴上が何かの心変わりをすれば、或いは血鬼術か何かでその心を操られるなどすれば。……最悪、鬼にされた場合。

 その時点で、鬼殺隊にそれに対抗する術は無い。

 鬼たちの様に超常の回復力を持って攻撃を無効化している訳ですらなく、一切の攻撃が効かないのだ。

 鬼殺隊最強である悲鳴嶼さんの渾身の一撃でも、掠り傷一つ負わせる事は出来ない。『透き通る世界』とやらの状態になっていても、だ。

 以前手合わせした時も、その底を知る事すら出来なかった。

 そもそも、上弦の壱と参を同時に相手取って無傷で切り抜けている。

 そして、その攻撃を此方が凌ぎ切る事はまず不可能だ。

 例え鬼殺隊が総力を挙げて挑んだとしても、傷一つ付けられないまま全滅するだけだろう。

 味方であるならば頼もしい存在であっても、敵となった瞬間に理不尽を煮詰めた災厄の化身の様な存在になる。

 それが、『鳴上悠』と言う存在であった。

 

 ……そんな鳴上は、玄弥ととても親しいらしい。

 直接その姿を見掛けた事は無いが、共に任務に行く事も多いらしく、そこで挙げた成果で玄弥は呼吸が使えない身でありながら階級を少し上げていた程だ。

 玄弥にとって、鳴上は良き友であるのだろう。

 話に伝え聞いたり、或いは僅かな交流の中でも感じるその人柄を考えると、鳴上は玄弥の事を心から想ってくれるのであろうし、玄弥を裏切ったり私利私欲の為に利用したりする様な事はするまい。

 ……しかし、本当に玄弥が鳴上の傍に居ても良いのだろうか? と、そう考えてしまうのだ。

『鳴上悠』は、まるでその存在自体が大きな嵐を引き起こしているかの様に、大きな戦いのその場にほぼ確実と言っても良い程に居合わせる。

 そもそも、鳴上自身が無惨に狙われていたらしいし、それは更にあいつがその身を囮にして無惨を釣り出そうとしているのだから益々その傾向は加速するだろう。

 遠からず訪れる無惨との最終決戦の折には、恐らく『鳴上悠』が居るその場所が、最も過酷な戦いの場になる。

鳴上の傍に居ると言う事は、危険に最も近付く事にも等しい。

 ……俺が気にしている筈もない言葉を何時まで経っても気に病んでこんな場所まで追い掛けて来てしまう程にバカで、躊躇わずに仲間を庇おうとする程に優しい。

 そんな玄弥を、命が幾つあっても足りない様な危険な場所に、最悪の場合文字通り全てを消し飛ばす可能性すらある危険な存在に、近付けさせる訳にはいかない。

 だからこそ早く鬼殺隊から叩き出さなければならないのだし、その為なら幾らでも玄弥に恨まれたって構わない。

 だが、そう考える度に。

『覚悟を決めてしまった人の心を変えられるのは、それに対して「本気」で向き合った人の言葉と行動だけです』、と。

 そんな鳴上の言葉が脳裏を過ぎる。

 お前に何が分かるんだ、と。脳裏を過ぎるその言葉に言い返したくはなるが。しかし、同時に鳴上の静かに此方を見詰める目を……本心を見通しているかの様な真っ直ぐな目を思い出してしまい、その言葉は何処にも行けないままだった。

 

 手合わせの為にやって来た鳴上は、相変わらずお人好しそうな「普通」の奴で。しかし、鬼と対峙している時の様に半ば本気で殺す気で挑んでも、ほぼ全てを見切られて避けられるか防がれる。

 その異常な力を抜きにしても鳴上は、鬼たちが『化け物』と罵っているのだと言うそれに納得してしまう程の存在であった。

 鳴上が鬼ではないのは分かりきってはいるが、念の為確かめたくて。わざと切り傷を作りそこから血を流してみても、鳴上は少し悲しそうな顔をするだけで、鬼たちの様に稀血に酔ったかの様な反応を見せる事は無かった。

 

 ……鬼ではなく、かと言って『人』と言い切るには余りにもその力は異常で。しかし『化け物』と言ってしまうには間違いなく「善良」で、『神様』と呼ぶには少し違う気がする。

『鳴上悠』という存在が一体「何」であるのか、それは未だに誰にも分かっていない。

 鳴上と親しくなった者の多くは、それを探り突き止めようとする事を放棄して、「鳴上悠は善良な存在だから」とそれだけで満足した様に鳴上を受け入れている。

 だが、本当にそれで良いのだろうか?

 ……善良だからと言って、それは敵に回らない保証にはならない。

 小さい身体で理不尽な暴力に耐え続けて俺たち兄弟を育ててくれていたお袋は、間違いなく「善良」な存在であった。

 それでも、無惨に鬼にされて……家族に手を掛けて、そして俺に殺されてしまった。

 鳴上は良い奴だ、間違いなく善良で、誠実で、お人好しが過ぎる位に献身的で……。でも、ある日突然鳴上が今までとは全く違う『何か』に変わってしまう可能性はあるのではないだろうか?

 その可能性を否定しようにも、俺たちは余りにも『鳴上悠』を知らな過ぎる。

 だから……。

 

 

「鳴上。お前は一体何者なんだァ?」

 

 手合わせの合間の休息時間に、何事かを考えていた鳴上にそう直接的に尋ねた。

 そう問われた鳴上は、息を飲み……そして視線を逸らす。

 何かを言おうとして、それを寸前で飲み込んで。そんな事を何度か繰り返して、漸く鳴上は言葉を返した。

 

「……俺にも、分からないんです。

 俺は……一体『何』なのでしょう……」

 

「あァ? 巫山戯てんのか、てめェ」

 

 その表情に此方をからかっている様なものは無かったが、しかしその返答は余りにも曖昧で、答えになっていないものだった。

 思わず、何かはぐらかされているのかと、そう詰問しかけたが。

 鳴上はゆっくりとその首を横に振った。

 

「本当に分からないんです。

 俺は……。……『人間』だと、自分をそう思っているのですが。たまに、分からなくなるんです。

 自分が此処に居ても本当に良いのか。誰かを助ける為だとしても、この世界の在り方を全部引っくり返してしまう様な力を使ってしまっても本当に良いのか……。

 ……俺が良かれと思ってしてきた事は本当は全部間違っていて、その所為で何もかもが悪い方向に進んでしまっているのかもしれない。その報いが俺だけじゃなくて周りの人たちも巻き込んで、破滅への道を突き進む事になるのかもしれない」

 

 そう語る鳴上の表情は、何時もの穏やかなお人好しの顔ではなくて。帰り道も行き場も分からなくなってしまった迷子の様にすら見える程に、隠し切れない不安に揺れていた。

 

「破滅ってのは穏やかじゃねェ話だなア」

 

 まさかそんな言葉が出てくるとは思っていなかった為、驚き半分警戒半分といった気持ちでそう言った。

 そしてどうしてそんな可能性を考えているのかも気になってしまう。普通、自分の存在や行いの所為で「破滅する」だなんて考えないだろうに。

 

「俺は……この世界に居てはならない……居るべきではない存在なんです。そもそも、最初から。

 ……それでも。俺はただ、大切な人たちを助けたくて、生きていて欲しくて、皆の力になりたくて。……ただ、それだけだったんです。

 ……俺は『化け物』じゃない、『神様』でもない。

 でも、本当に……? 本当にそうなのか?

 ……『神様』である事を望まれて、鬼たちから自分たちよりも『化け物』だと思われて。

 それでも、俺は本当に『人間』なのでしょうか」

 

 鳴上の言葉は、何処か支離滅裂と言うか……普段の言動とは明らかに違っていた。

 これが鳴上の本心なのだろうか?

 誰も確かめる事が出来なかった、鳴上の心の奥にあったものなのだろうか。

 自分の事を「この世界に居てはならない、居るべきではない存在」だと、ずっと心の中では思い詰めて過ごしてきたのだろうか。

 穏やかに微笑みながら周りの連中と過ごしている時も、上弦の鬼たちと戦っている時も。

 何でまた、そんな事をずっと思い詰める事になったのだろうか?

 それに、鳴上の「正体」が関わってくるのだろうか?

 

「此処に居るべきじゃねェって思うなら、元居た所に帰れば良いだけだろオ」

 

 まあ、無惨との決戦を控えた今、最重要戦力と言っても良い鳴上に消えられると困るなんてものではないのだが。

 しかし、ここまで思い詰める位ならば、鬼殺隊を去れば良いだけの話だったのだろう。そもそも、鬼殺隊に対しては善意で協力しているだけだったのだから、鳴上にそれを止めたいと言われればそれを俺たちが止める事は出来ないのだし。

 まあ、それも鳴上のお人好し具合を考えると出来ない事ではあったのだろうが。

 しかし、ここまでお人好し全開で生きてこれたのだから、別に鳴上には他にも帰る場所など幾らでもあるだろうし、生きていける場所など何処にでもある。そうせずに只管悩み思い詰めながら鬼殺隊に居続けるのは、最早自傷行為にも等しいものなのではないだろうか。

 自殺行為にも等しいのに鬼殺隊に居続ける玄弥とはまた別に、不器用と言うかバカと言うか……。

 しかし、鳴上は静かに首を横に振った。

 

「この世界に帰るべき場所なんて、俺にはありません。

 ……帰る方法も、分からない」

 

 家族や親戚縁者は居ないのかと尋ねても、鳴上は無言で再び首を横に振るだけであった。

 天涯孤独の身……と言う事なのだろうか?

 何となく違う気もするが、……まあ天涯孤独の身の上なんて鬼殺隊に居ればよく遭遇するもので、そこに不審な点は無い。

 

「……実弥さんには、『俺』はどう見えているんですか?」

 

 ポツリと、そう鳴上は俺には訊ねてくる。

 それは、『人間』か『化け物』か『神様』か、と言う意味なのか。それとももっと違う意味なのか。

 その質問の意図は正直分からないけれど。

 

「んな事知るかよ。

 第一、俺にお前がどう見えていようが、お前がお前である事には変わらねェだろうがよオ。

 それとも何か?

 俺が『化け物』だって言ったら『化け物』になって、『神様』だって言ったら『神様』になるのか?

 そんな訳無ェだろ、馬鹿馬鹿しい」

 

 まあ、鳴上も悩んでいるってのは分かったが。

 それはそれとして、よく分からない悩み方だった。

 自分が何者かなんて、自分で決める事だ。

 

 

「馬鹿馬鹿しい……。確かに、そうですね。

 馬鹿馬鹿しい悩みなんだと思います」

 

 

 そう言って、鳴上は静かに目を伏せるのであった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆




【鳴上悠】
柱稽古中の炭治郎たちとは頻繁に手紙でやり取りしていて、新たな柱の下を訪れた時や柱の課した訓練に合格して次の柱の下へ向かう時などには必ずと言って良い程手紙が届く。(主に滅茶苦茶筆まめな炭治郎から)
なお、伊之助はまだちゃんとした手紙を書ける程の文字は書けないのだが、時々炭治郎の手紙の末尾に一言二言書き加えている。(字が汚いので一発で分かる)
皆が近況を教えてくれるのが嬉しいしその内容も楽しい。
とてもお人好しではあるが、無制限無差別に優しさを向けている訳ではなくて、基本的には「大切な人」を物凄く大切にするタイプ。それに基本的な他人への思い遣りと優しさが合わさって、底無しにお人好しに見える事もある。
とはいえ、ミツオの様な相手などにはその優しさはあまり向けられない。鬼に思い遣りを向けるかはケースバイケース。


【不死川実弥】
悠の事を嫌っている訳では無いのだが、余りにも正体不明過ぎてて歩み寄りきれない。悠が玄弥の友だちである事も、その警戒心を強めている要因。
悠が物凄く「良い奴」なのは分かってるのだが、万が一にも悠がヤバい奴だった場合、何としてでも玄弥を守らねばと思っている。


【不死川玄弥】
身体能力的な部分でのハンデはかなりあるが、そこは根性と執念で補って食らい付いている。ほぼ最速で柱稽古を突破していく炭治郎たちからは僅かに遅れるが、概ね一日二日遅れで後を追っている模様。




≪今回のコミュの変化≫
【刑死者(不死川実弥)】:2/10→3/10
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