『鳴上悠は鬼殺の夢を見る』   作:OKAMEPON

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『星灯を探して』

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 実弥さんと玄弥との話し合いは何とか無事に終わった。

 お互いに話し合ったからと言って直ぐ様すんなりと落とし所を見付けられた訳ではないけれど、そこは立会人として同席した自分やしのぶさんの出番であった。

 

 結論としては、玄弥は鬼殺隊を続ける事になった。

 とは言え一つ条件があって、それは実弥さんが定めた期限内に柱稽古を最後まで終える事である。

 自分自身の心と正しく向き合ったとは言え、それでも玄弥には鬼殺隊として戦う中で命を落として欲しくない実弥さんとしては、玄弥が鬼殺隊を去る事はどうしても譲りたくは無かったのだけれど。

 しかし、半年もしない内に仕掛けて来る事はほぼ確実である鬼舞辻無惨が一体何をしてくるのかは現段階では想定し切れないのだ。

 鬼殺隊から離れていたとしても、その所為で却って危険な目に遭う可能性だって十分以上に考えられる話で。

 鬼への対抗手段の一切を喪って市井に戻る事も、このまま鬼殺隊として戦う事を選ぶのとそう大差無い程には危険な事なのではないだろうか、と言うしのぶさんの意見も相俟って、即座に鬼殺隊を去る事を求め続ける実弥さんのその姿勢は少しばかり正された。

 しかし、「ならば」と提示されたのが先の条件である。

 もしこれを達成出来なかった場合は隊士として戦いの場に立つ事は諦めて欲しいと言うそれは、実弥さんとしては精一杯の譲歩であろう。

 まあ、隊士として戦う事は許さないだけで、隠部隊などに転向する事は認めようとしただけ、本当に随分と優しい態度になったものだ。

 

 玄弥としては実弥さんの本心を確りと聞けて、兄弟の繋がりを確かめる事が出来て、その心を縛っていたものの多くからは解放されたけれど。

 しかし、ならそこで実弥さんの想いを汲んであっさりと鬼殺隊を去ってしまうには、此処には玄弥にとっても喪い難いものが多く存在する様になっていた。

 それに、実弥さんの力になりたいというその願いはまだ叶えられてはいない。

 だからこそ玄弥は、実弥さんの本心を確りと受け止めた上で、「それでも」と望んだのだ。ならばきっと、与えられたチャンスを玄弥は逃さないだろう。

 

 お互いがお互いを心から想い合っているからと言って、それで分かり合える保証がある訳では無いのだけれど。

 それでも、元々実弥さんの想いも玄弥の想いも、同じベクトルの上に存在するもので。だからこそ、相手に向き合って己の心を言葉にする事を躊躇わなければ、ちゃんと通じ合う事が出来た。

 それを、「良かった」と。そう心から思うのだ。

 

 ……余りにも頑なになってしまっていた実弥さんの心を動かす為とはいえ、それで自分が実弥さんの心を斬り裂いた言葉の数々は、決して褒められたものでは無い。

 相手の心を解体するかの様に向き合わせるそれは、一歩間違えれば人の心を容易に壊してしまうものだ。

 ……八十稲羽での戦いの様に、直接的に『影』と対峙して突き付けられるよりはまだマシと言えるのかもしれないけれど。

 しかし、それで自分のその行いを正当化して良い訳では無い。

 もっと時間があれば、もっと何か良い方法が思い付いていたのかもしれないけれど。

 だが、時は決して待ってはくれなくて。

 そして、実弥さんの心はもう限界に近かった。

 矛盾に満ちている様な、あまりにも視野狭窄の状態に陥ってしまった実弥さんはあのままでは本当に取り返しが付かない所まで行ってしまっていただろうし、そして実弥さん自身がそれで壊れてしまっていたかもしれない。

 

 憎まれ役になっても構わないとすら想うそれは紛れも無く深い愛情が故であるけれど、だからこそそこまで大切に想う相手を壊してしまう事は耐え難い痛みだ。

 それに、『幸せ』というものは結局の所自分自身で見付けて感じるしかないもので、どれ程実弥さんが玄弥を想ってそれを与えようとしてもそれが玄弥自身が感じる『幸せ』であるのかどうかはまた別であるし、実際実弥さんがやろうとしていたそれは玄弥にとっては全く以て『幸せ』とは言い難いものであろう。

 ……何が正しいのか、どうすれば「最善」になるのかなんて自分にも分からないけれど。ただ、あのままでは二人ともどうにもならなくなっていただろう事は分かるのだ。

 

 どうにか玄弥との話がついてからの実弥さんは、少し変わった。

 玄弥の事で常に感じていた「焦り」が随分と減ったからなのか、或いは玄弥とちゃんと兄弟として接する事が出来る事による安らぎによるものなのか。

 刺々しい言動に隠されがちだった優しさを感じやすくなっていた。

 これには炭治郎たちも驚いていて、音で元々その優しさは分かっていただろう善逸は「本当に同一人物?」などと言って獪岳から拳骨を落とされていた程だ。

 兄弟として接する事が出来る様になったからと言って、柱稽古を付けている最中の実弥さんが玄弥に甘くなった訳では無く……寧ろかなり厳しく稽古を付けているのだが。休憩時間の際に玄弥の好物であるスイカを出したりと、離れていた間のそれを少しずつ埋めるかの様に時間を過ごしていた。

 そして、益々以てやる気に満ち溢れた実弥さんは手合わせの中で更に実力を仕上げて来て、更には日に日に炭治郎たちとの連携も強化されて。

 終には三回連続で、炭治郎たちと連携した実弥さんに一本取られる様にまでなった。

 実弥さんが目標を達成したという事で、次に待っている悲鳴嶼さんの所へと向かう事になったのだが。

 ほぼ同時に実弥さんの訓練で合格が出た炭治郎たちも一緒に向かう事になった。

 なお、玄弥は実弥さんがもっと徹底的にしごきたいからと、まだ合格は出なかったが……。まあ、そう遠くは無い内に合格が出るだろう。

 実弥さんだって、玄弥の類稀なる根性と呼吸が使えないからこそ「自分に出来る最善」を無駄なく瞬間的に判断して実行するその力を評価していない訳ではないのだから。

 

 見送ってくれた実弥さんと玄弥に手を振って別れて、ちょっとした大所帯で悲鳴嶼さんの所に向かったのだが……。

 まあ、其処での訓練は実に過酷なものだった。

 一時間の滝行と丸太担ぎ、そして大岩を押して動かすと言うそれは……鍛え上げられた足腰が無いと相当キツイと言うか無理だろう。

 それが悲鳴嶼さんの日々の鍛錬を軽いものにしたものなのだとは分かるのだけれど、それを達成出来るかどうかは中々難しいものがある。

 滝行の水のあまりの冷たさに、泣き言を喚く善逸のその声は随分と力の無いものになっていたし、それを拳骨を落として諫める獪岳もちょっと力尽きている様だった。普段は有り余る程に元気な伊之助も余りの水の冷たさに耐え切れなかったのか夏の日差しによって熱された岩にしがみついていて、炭治郎も水に奪われた熱を岩から取り戻さんとばかりに抱き着いている。

 これまでの柱稽古とは方向性が違うと言うか……今までそこまで意識していなかったものを鍛え上げる訓練であるだけにキツイのだろう。まあ、初めての滝行だという事もあるのだろうけれど。

 カナヲは男子たちの修行場とは別の場所で修行している様だが、そちらは大丈夫だろうか……?

 柱稽古は此処で途中離脱する事も可能であると悲鳴嶼さんは言っていた。

 炭治郎たちが此処でリタイアする事は無くても、此処で力尽きる隊士は少なくは無いのだろうなぁ……と思わず遠い目になってしまう。

 

 炭治郎たちがそんな過酷な修行をしているその傍らで、悲鳴嶼さんとひたすらに手合わせをする事になったのだが、まだ隊士が一人も来ていない冨岡さんもやって来て手合わせに参加したりして中々激しい手合わせになった。

 柱同士での柱稽古も順調に進んでいるらしく、柱同士での連携もかなりの練度になってきているそうだ。

 やはり上弦の鬼相手だと柱と言えども単独で相手を務めるのは難しく、手数を増やしたり攪乱したりする為にも柱同士及び隊士との連携は必須である事もあって、全員が真剣に自分の全力をぶつけているそうだ。

 考えを言葉にするのが大の苦手というか、考えている事と言葉にして発する事との間に随分と乖離がある冨岡さんも、他の柱との手合わせを一生懸命にやっているらしい。ポツポツと言葉少なにだがそう教えてくれたのでそうなのだろう。

 あまり仲が良くないらしい伊黒さんや実弥さんと上手くやれているのかは分からないが……。まあ、冨岡さんの方には「仲良くなりたい」という意識はある様なので、案外どうにかなるのかもしれない。

 以前と比べて随分と前向きになった冨岡さんは、他人との会話もちゃんとしようと頑張っている様だ。言葉が足りていないのは相変わらずだが、突然会話を断ち切る様な事は止めた様である。大きな進歩だ。

 柱としての冨岡さんの姿を昔から知っている悲鳴嶼さんは、冨岡さんのその変化を良いものだと捉えている様で、「南無南無」と静かに涙を零している程である。

 悲鳴嶼さんは、寺に居る猫が可愛いと言うだけで涙を零す程に滅茶苦茶涙脆いのだ。

 

 炭治郎たちの修行は他の柱の下での修行に比べれば少しその進行速度は鈍ったものの、二日後には滝行も達成し、更にその二日後には丸太担ぎも成功し、残すは岩を押して動かすだけになったのだが……。まあこれが随分と難儀している様だった。悲鳴嶼さんが普段押している岩に比べれば小さい岩ではあるが、だからと言って押して動かすには重過ぎる。瞬間的に動かすだけならまだしも、それを己の身一つで百メートル以上も動かすのは相当に難しい。道具なり何なりを使うならまだ良いが、それは修行の趣旨ではないし……。

 呼吸によって身体能力が非常に高くなっているとは言え、呼吸による身体能力の強化はどちらかと言うと瞬間的な力を爆発的に上げているものである為、それとはまた少し違った身体能力の強化が必要なのだろう。

 言うなれば、「火事場の馬鹿力」の様なものを出す為の特訓なのだろうか。

 とは言え、そう言った物事に関して自分は何か良いアドバイスが出せる訳ではないし、悲鳴嶼さんは人に何かの技術を教えるのはそんなに上手くは無いらしい。

 どうしたものかと考えていると、実弥さんの訓練を無事に合格した玄弥が合流して来た。

 実弥さんは合格を出すのを相当渋っていたと言うか、かなりキツく絞ったそうなのだが、それにも音を上げずに食らい付いて実弥さんの一瞬の隙を突いてどうにか一撃入れる事に成功したその努力と根性と観察力を認めない訳にはいかなかったらしく、本当に……それはもう本当に、見るからに渋々といった様子で合格を出したそうだ。なお、玄弥に対しての厳しさの巻き添えを食った隊士たちはまさに死屍累々と言った有様で風屋敷の庭に転がる羽目になったのだとか。

 どうやら、炭治郎たちや玄弥に合わせてなのか相当ハードルが上がっている様だ。それは何と言うか……うん、ご愁傷様とでも言うべきなのだろうか。

 そんな感じで無事に悲鳴嶼さんの柱稽古に参加する事になった玄弥だが、そもそも悲鳴嶼さんの弟子である玄弥にとっては割と日常的にやっている修行であるらしく、滝行も丸太担ぎもサックリとこなせるし、そして岩も一気に百メートル動かすのはまだちょっと難しくとも確かに動かせるのだそうで。

 それを聞いた炭治郎は驚きと共に玄弥にアドバイスを求めた。

 皆で同じ釜の飯を食いながらのそんな様子に、ちょっと離れた所からそれを見守っていた悲鳴嶼さんはまた「南無……」と静かに涙を零しているのであった。

 悲鳴嶼さんは弟子である玄弥の事を相当気に掛けていて。実弥さんとの関係の問題が無事に良い方向に解決出来た事は玄弥が手紙で既に知らせていたから悲鳴嶼さんも知っていたのだけれど、玄弥が鬼殺隊の皆と上手くやれているのか心配していたのだろう。

 積極的にそれを指摘したりあるいは気を回したりする訳では無いのだけれど、確かに玄弥の事を想っているのはよく分かる。

 そうやって玄弥を心配するその姿は何処か「お父さん」の様ですらある。

 また、玄弥だけではなく、獪岳の事も少し分かり辛くはあるが気に掛けている様で。獪岳が善逸たちと上手くやっている様子を見て、小さく「南無」と呟いていた。

 

 玄弥から「反復動作」と言う、謂わば「火事場の馬鹿力」を必要な時に引き出す為のコツを教えて貰った炭治郎たちは、早速それを試してみた様で。

 まだ「反復動作」を完全に習得するには時間が掛かる様だったが、それにかなりの手応えを感じたらしく先ずは「反復動作」を習得する事を目標にするらしい。

 そして、玄弥がやって来たのと入れ替わりの様な形で、自分は一足先に冨岡さんの下へと向かう事になったのだった。

 

 

 水屋敷に向かう途中、そう言えば冨岡さんは柱稽古で一体何を教えるつもりなのだろう、とふと気に掛かった。

 当初は柱稽古への参加を(水柱としては不適な自分は稽古を付けるのには相応しくないからと)拒否していたので、最初に通達された柱稽古の知らせには、具体的に何をやるのかは一切書かれていなかった。その後で冨岡さんが柱稽古に参加する事を決めた時も、岩柱の稽古の後に水柱の稽古が最後に追加されたという旨しか知らされていない。

 ……今更になってと言うべきかもしれないが、物凄く口下手で言葉の足りない冨岡さんが柱稽古をちゃんと付けられるのかと心配になって来た。

 冨岡さんは間違いなく強いし実力者だしそこから学べる事はきっと沢山ある。だが、強い事と教え方が上手い事は全く別の問題だ。名選手が名監督や名コーチになれる訳ではない。

 下手をすると双方が大きくすれ違ったまま明後日の方向に向かって全力疾走してしまう可能性がある。

 匂いで相手の感情や意図を読み取れる炭治郎や、或いは音で把握する事が出来る善逸ならまだ良いだろう。二人がそこに居てくれるなら、冨岡さんの足りない言葉を何かしら補足してくれるかもしれない。……いや、説明するのが破滅的に苦手な炭治郎ではそう言った力になるのは難しいかも知れない。となると頼みの綱は善逸だけになってしまうのだが……。それにしたって、何時までも善逸に冨岡さんの所に居て貰う訳にはいかないのだし、善逸たちが合格して去った後が問題になってしまう。

 何かもう、予めカンペを作っておくなり、或いは説明書の様なものを書いてそれを見て訓練内容を理解して貰うしか無いのではないだろうか……。

 

 そしてその不安は見事に的中し、継子が居た事は無く他の柱との交流も少なくあまり他の隊士と合同で任務をこなす事も無かった冨岡さんは、「加減」という概念が何処かにすっ飛んでいる様で、更には「見て覚えろ」とばかりの滅茶苦茶な訓練内容になりかけていた。

 柱稽古の内容に口出しする気は全く無かったのだが、流石にこれは不味いと言うか……炭治郎たちなら時間は掛かってもどうにか達成出来るかもしれないが、正直それで他の隊士が潰されてしまいかねないものでもあって、もうちょっと「適度」という概念が必要なのでは……? と、悲鳴嶼さんたちにそれとなく手紙で尋ねてみた所、是非とも下方修正させる様にとの返事が返って来たので、冨岡さんと二人でちょっと訓練内容の見直しを行う事になった。

 最終的に、柱稽古の締めに相応しい高難易度ではあるが、此処まで柱稽古を乗り越えて来た隊士たちならばある程度以上の時間を掛ければ合格不可能では無い程度のものには落ち着いた。

 そしてその擦り合わせの中で、訓練内容の説明書の様なものも作ったので、冨岡さんが上手く説明出来なくても問題は無い……筈である。

 そんなこんなで、冨岡さんとの時間は過ぎて行った……。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 悲鳴嶼さんの試練を無事に合格した炭治郎たちがやって来て、水屋敷が随分と賑やかになって少し過ぎた頃。

 受け持っていた最後の隊士が何とか無事に柱稽古を突破したのだと宇髄さんから連絡があった。

 柱稽古が始まってからずっと忙しかった宇髄さんもこれで少しは肩の荷が下りたのだろうか? まあ、宇髄さんの手が空いたのなら、今度は自分が宇髄さんの所でお世話になるのだけれども。

 冨岡さんや炭治郎たちと別れて、今度は宇髄さんの下へと向かった。

 

 

「よォよォ! 元気そうで何よりだ!

 手合わせとかはあるが、まあ堅苦しくならずに寛いでくれや」

 

 音屋敷に着くなり何だか活力が漲っている宇髄さんが出迎えてくれて、宇髄さんの声で此方の到着を知ったのか、奥さんたちもわらわらと玄関先にやって来る。

 

「お久し振りです、あの節は本当にお世話になりました」

 

「いえいえ、そんな……此方こそ。皆さんがご無事で何よりでした」

 

 宇髄さんの奥さんたちの中で直接の面識があるのは雛鶴さんだけだが、まきをさんも須磨さんも此方の事は知っているらしくとても友好的に迎え入れてくれた。

 面識がある雛鶴さんにしたって上弦の陸との戦いの直前であまり長く話す時間は無かったし、何より毒に長く身体を蝕まれていた影響で衰弱していた事もあってあまり無理をさせない為にも喋ったのは本当に最小限の用件だったので、こうして顔を合わせて穏やかに言葉を交わせるのは初めてと言っても良いかもしれない。

 

 雛鶴さんは随分と衰弱していたあの時とは見違える程に元気になっていて、毒に蝕まれていた影響は見た目で判断する限りは無さそうだった。

 妹鬼の分身の帯に囚われていた所を炭治郎たちが宇髄さんと共に助け出したらしい須磨さんとまきをさんも、大事無く五体満足の状態である様だった。

 妹鬼は自分のお眼鏡に適った相手しか食べないある種の偏食家であり、それ故にお眼鏡に適った相手は帯の中に捕らえて保存しておいたそうで。実際に捕食する時までは生かしておかねぱならないので、きっとあの帯の中は時間の経過の影響などがある程度は抑えられていたのだろう。

 そうでなければ、数日程度ならまだしも何週間も飲まず食わずで帯に囚われていた人たちが無事で済む筈も無い。

 こうして三人共が無事であったのは、本当に幸運な事であるのだろう。……幾らくノ一として荒事自体には慣れているのだとしても、鬼の中でも最上位に近い存在と相対して生き延びる事が出来る保証は無いのだから。

 

 落ち着いて一番しっかり者の雰囲気がある雛鶴さん、一番勢いがあって姉御肌的な印象を受けるまきをさん、ちょっとそそっかしくともそれが不思議と程好い愛嬌の様に見える須磨さん。

 宇髄さんの奥さんたちは皆とても個性的で、とても優しい良い人たちであった。

 三人が全員宇髄さんの事を心から愛していて、そして宇髄さんが三人を何よりも大切にしているのを、ちょっとした仕草や言葉の端々から感じる事が出来る。

 宇髄さんたちにとっての『幸せ』は、間違いなく「此処」に在るのだろうと、そう直接言葉にせずとも分かる。

 ……本当に、宇髄さんから奥さんたちを喪わせる事も、そして奥さんたちから宇髄さんを喪わせる事も無く済んで、本当に幸運であったし、皆で懸命に戦った甲斐があったと言うものだ。

 

 手合わせをして、温泉で汗を流して、奥さんたちが作ってくれた料理を食べて。

 何とも充実した一日を過ごさせて貰った。

 ちなみに、温泉は柱稽古の時に善逸たちが掘ったらしい。

 獪岳が監督していても直ぐに泣き言を言ってちょっと手を抜く善逸を焚き付けて、追加訓練としてやらせたのだそうだ。

 伊之助と炭治郎を巻き込んだばかりか、ちょっと呆れ気味の玄弥と物凄く嫌そうな顔をした獪岳も巻き込んでの温泉掘りになったのだとか。賑やかしい光景が目に浮かぶ様だ……。

 

 奥さんたちが賑やかに明日の準備をしているそこから少し離れた縁側で夜風に当たっていると。

 

「よォ、ちょっと横良いか?」

 

 そう声を掛けながら宇髄さんが横に腰掛けてきた。

 当然否は無くて、そして二人してそのまま少しの間静かに夜風に当たっていると。

 

「……なあ、悠。改めて礼を言わせてくれ。

 女房を……雛鶴を助けてくれて、本当に有難う。心から感謝している」

 

「当然の事をしたまでですが……俺も雛鶴さんを無事に助け出せて本当に良かったと心から思っています」

 

 まきをさんと須磨さんを助け出したのは宇髄さん自身なのだけれども。宇髄さんとしては、全員を何よりも大切にしているからこそ、その大事を救った事への感謝の念は一際強いのかもしれない。

 宇髄さんは夜空にかかる月を静かに見上げ、また少しの沈黙の後、ポツリと呟いた。

 

「……俺は、上弦の鬼を討ったら柱は引退するつもりだったんだ」

 

 その言葉には少し驚いたが、何も言わずにその先の言葉を待つ。すると、宇髄さんはその反応に少し微笑みを浮かべて、ポツポツと続ける。

 

 宇髄さんは、忍の長の家系に生まれ()()()()()()()()()()()()に囲まれて育ってきた。

 忍という存在自体が時代の波の中に消えつつあったからなのか、忍を残そうと……長である宇髄さんの父親は我が子たちに余りにも過酷な訓練を宇髄さんたちに課していたらしい。

 宇髄さんは本来沢山の姉弟に囲まれた長男であったらしいのだが……過酷な訓練の中でまた一人また一人と欠けていき、そして遂には長を決める為の戦いとして相手を伏せさせたまま兄弟で互いに殺し合いをさせられた。

 宇髄さんが父親の思惑に気付いたのは、弟たちを二人その手に掛けてからの事で……。

『強い子どもだけを残す』という常軌を逸した父親の考えを受け入れられなかった宇髄さんは、父親とその思想に染まっていた弟と訣別して奥さんたちを連れて里を抜けた。

 それから暫し四人で流離っていた所を、お館様に拾われる事になったのだという。

 ……幸いと言っていいものなのかは分からないが、忍として人を殺す為に身に付けた技術は鬼殺にも応用が利いて。

 だからこそ、宇髄さんは人を殺す為の戦いではなく、今度は人を助ける為の戦いを始めた。

 ただそれは、幼少期から「忍」として刷り込まれてきた価値観などと真っ向から相反する様な戦いで。

 かつての自分自身を否定し、そして自分の行いを否定し、自分が奪ってきた命たちへの贖罪の様なものであった。

 ……宇髄さんたちは、やろうと思えば一切の戦いから逃げ出す事だって出来たのだろう。忍のそれとは方向性は違うとは言え、鬼殺隊は血腥く表立っては活動出来ない組織だ。……鬼への深い憎悪や怒りも無しに好き好んで所属するのは相当に珍しい場所であると言える。

 ……まあ自分がそうである様に、表立っては活動出来ない組織だからこそ好都合だったというものはあるのかもしれないけれど。

 何であれ、宇髄さんは戦い続ける事を選んだ。それが決して安楽な道ではない事は分かっていても……。それでも、そうでもしなければ宇髄さん自身が「納得」出来なかったのだろう。

 何に対する「納得」であるのかは、自分には分からない。

 姉弟を助けられずそうとは知らなかったとは言え己の手に掛けてしまった事に対してのものなのか、或いは一般的な善悪の価値基準とは掛け離れた環境下で自らが行って来た事に関してのものなのか、はたまた……もっと根本的な何かに対するものなのか。

 ……その「納得」を得る為に、自分自身にケジメを付ける為に、宇髄さんが目標としたものが上弦の鬼の討伐であった。

 鬼殺隊の誰も成し得なかったそれを、自分たちの手で。そうすればきっと、自分の中の「何か」に区切りを付けられると思ったのだろう。

 それは、宇髄さんだけでなく、三人の奥さんも同様に。

 宇髄さんが背負うそれを、奥さんたちも一緒に背負っているから……だからこそ三人共命の危機を押してでも遊郭への潜入を行ったのだろう。

 そうやって上弦の鬼を討ってケジメを付けたのなら、柱を引退して「普通の人」として生きていこうと……そう宇髄さんは奥さんたちと約束したらしい。

 例え、その時に誰が欠けていたのだとしても、恨まずに生きていこう、と。

 

 そして、宇髄さんは見事上弦の陸を討伐した、奥さんたちも誰も欠けたりせず無事に戦いを終わらせる事が出来た。

 それは、当初のその目標から考えると「大団円」と言っても良いもので。そして鬼殺隊への貢献と言う面でも十分過ぎる程のものであった。

 鬼殺隊の第一線を退いたとしても、誰もそれを咎めたりは出来無いだろう程のものだ。

 ……宇髄さんは無事に生き延びる事が出来た奥さんたちを幸せにして守っていかなければならないのだし、それを優先しようとする事は自分としてはとても良い事だと思う。

 様々な形で大切なものを奪われてきたか喪った者が多く集まって来てしまう鬼殺隊から離れてでも、別の道を胸を張って生きていこうとする事もまた尊い事だ。

 

 だけれども、宇髄さんは引退する事を選ばなかった。

 奥さんたちとの約束を違える形になってまで今も柱を務めているし、そして鬼舞辻無惨との決戦にも当然の如く臨むつもりであるのだろう。

 ……だが、もう宇髄さんは己が定めたそれを達成している。それに、何かしらの「納得」を得る事は出来たのだろう。

 だからこそ、不思議であった。

 

「まあ、雛鶴たちにはちょっとばかしまだ気を揉ませる事になるかもしれねぇが。

 まだもうちょっとやれる事はあるんじゃねぇかって、思ってな。

 上弦の陸を倒して満足するのも悪くは無いんだろうが……無惨が消えた夜明けってのも見てみたくなった。

 まあ、そんな所だな」

 

 他にも気になる事は幾つか残っているからなぁ……と、そう宇髄さんは言う。

 悲鳴嶼さんの次に長く柱を務め上げているからこそ、色々と気に掛かるものが多いのかもしれない。

 それを切り捨てて行こうとはしないのは、宇髄さんの優しさ故であるのだろうか。

 

「俺は……何時かきっと地獄に落ちる。どれ程鬼を殺したって……例え上弦の鬼を殺したとしても、それで自分の罪に釣り合うには足りない。ずっとそう思っていた。

 ……おっと、今ここで言った事はあいつらには言うなよ。あいつらに聞かれたら泣かれたり怒られたり噛み付かれたりするからな」

 

 そう軽く付け加えたが、しかしその内容はとても重い。

 ……恐らくそれは自分が何か言ったりしてどうにかなったりするものでは無いし、宇髄さん自身がそれを抱えていく事を選んで来たものだ。

 そして、宇髄さんはそれに正しく向き合って「答え」を出している。

「納得」したからこそ、今もこうして此処に居るのだろうから。

 ただ、胸に抱えた重い物を、誰かに対して少し打ち明けてちょっとでも軽く出来るのならそれに越したことはない。

 

「里を抜けて、鬼殺隊に入って、柱になって。

 色々とあったが、あいつらが居たから俺はやって来れた。

 俺は……俺の手で宇髄一族を終わらせるべきだと考えた事もあった。

 里を抜ける時も、そしてこうして里の外に出て鬼殺隊に入ってからも。

 狂った考えに取り憑かれた父と弟を……血を分けた家族だからこそ止めるべきなんじゃねぇか……って。

 だがまあ……出来なかった」

 

 溜め息を吐く様に宇髄さんはそう言って暫し黙り込む。

 ……家族としての情が少なからず存在しているからなのか、お互いに知らなかったとは言え弟たちをその手に掛けた事へのトラウマなのか、或いは……忍との殺し合いの中で奥さんたちを喪う事を恐れたのか。その理由は自分には分からないし、そもそも分かる必要性もない事だ。

 

「当事者ではない俺が言うのも何ですが、俺は……それで良いと思いますよ。

 宇髄さんに一族へ引導を渡す様な責務がある訳では無いですし、それを背負う必要も無い。

 生まれや育ちを変える事は出来ないし、そこで受けた影響や感じた事を完全に消し去る事は出来ないのかもしれませんけれど。

 でも俺は……宇髄さんの様に自らの意思でそこから飛び出した人を、心から尊敬します」

 

 自分の居る場所から……己を形作る価値観から飛び出すのはとても勇気がいる事だ。

 飛び出した先が更なる地獄かもしれないと考えると、足が竦んでしまう人はとても多い。踏み出す勇気が無く、何時しか踏み出す事を忘れ、何か都合のいい事が起きて都合のいい様に変わる事を待つだけの怠惰な逃避に耽ってしまいがちだ。

 踏み出す事は……自分を変える事は、とても難しい。

 例えそれがまた別の何かから逃げる為なのだとしても、そもそも逃げる事もまた一つの勇気だ。

 

 宇髄さんは、何処か少し伊黒さんと似ているのかもしれない。

「生まれ」という自分ではどうする事も出来ないものに縛られて、そしてそこから飛び出した。

 生贄としての死を定められていた伊黒さんは「生きる為」に、弟との殺し合いを拒否した宇髄さんは「逃げる為」に。

 ……伊黒さんの心は、今も「納得」を得られずに彷徨い続けているのかもしれないけれど。

 何にせよ、自分ではどうにも出来なかった事から目を背けるでは無く、自罰意識に雁字搦めになってしまうでも無く。

 それに向き合って、折り合いを付ける事が出来た宇髄さんは本当に強い人だ。

 異常な環境にあってすら一般の人たちに共感出来るだけの感性と思考力を育て、弟たちの死を「仕方が無かった」とは割り切れない繊細な部分はあるだろうが、それ以上に靱やかな強さがその根底にはある。

 そして、そんな宇髄さんを様々な面で支えているのが三人の奥さんなのだ。

 過去を共有出来る大切な誰かが居るという事は、とても大事な事だ。辛い時にお互いがお互いを支え合えるのは本当に素敵な事だ。

 叩き込まれて来た価値観も何もかもを否定して壊して里で得ていたものの多くを失っても、それでも宇髄さんには奥さんたちが居てくれた。

 そして、宇髄さんは奥さんたちを守る為にとてつもない力を発揮出来る人なのだろう。宇髄さんは奥さんたちを守っているが、同時に守られても居る。

 その関係性は、とても眩しく自分の目には映った。

 

「そうか……」

 

 そう呟いた宇髄さんの表情は、何処か寂しくも柔らかなもので。

 普段のド派手が口癖の不敵な表情とは違うそれもまた、「宇髄天元」と言う名の人間が持ち合わせている側面なのだろう。

 

 ……何時か、宇髄さんが己の行先として「地獄」を思い浮かべる事はなくなるのだろうか? それは分からないけれど。

「地獄」を想うよりも、奥さんたちと過ごす「明日」をより鮮明に考えられるのなら、きっと大丈夫だと思う。

 

 奥さんたちに呼ばれるまで、その後も二人で縁側に座りながら色々と話をするのであった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆




【鳴上悠】
宇髄さんと奥さんたちには幸せになって欲しいと心から願っている。
なお、宇髄さんから悲鳴嶼さんはああ見えて他人の色恋沙汰をこっそり見守るのが好きらしいと聞いて驚く事に。
色恋沙汰の機微に関して、他人に向けられているそれには中々の観察力があるが、自分に向けられるそれは気付く事も多いが全く気付かない事もある。


【宇髄天元】
妓夫太郎を倒した後に柱を引退しなかったのは、五体満足で切り抜けられたという事も大いにあるし、無惨を倒して完全勝利した光景を見たいと言うのもあるが。柱など鬼殺隊の面々の事も気に掛かっていたからという理由も大きい。
特に、何処か弟の様に気にかけていた実弥と、過去に若干のシンパシーを感じつつも真面目過ぎて何時か潰れやしないかと思っていた伊黒と、真面目過ぎて抱え込んで消えてしまいそうなしのぶの事が心配だった。
悠の事もとても気に掛けている。
色恋沙汰の機微にはかなり敏感。


【雛鶴・まきを・須磨】
宇髄さんの考えは理解しているので、無惨を倒して完全にケリを付けるまでを一緒に見届けたい。
悠には物凄く感謝している。
雛鶴を助け出して貰っただけでなく、宇髄さんを五体満足に生還させた事が非常に大きい。
なので、今回の悠の訪問は大歓迎された。


【不死川実弥】
玄弥のこれまでの話をちゃんと聞いて、それをちゃんと理解した。それはそれとして、鬼殺隊は辞めて欲しいけども。
玄弥を扱き倒したが、どんなにキツい内容でも絶対に諦めない玄弥の熱意に最終的には妥協した。
色恋沙汰の機微には超鈍感。


【不死川玄弥】
絶対に諦めないド根性持ち。
悲鳴嶼さんが「南無南無」しながら自分たちを見守っていた事は知らない。
色恋沙汰の機微以前に思春期真っ盛り。


【竈門炭治郎】
乱闘騒ぎで実弥との接近禁止命令は出ていないので、ちゃんと訓練を正規の手順で突破した。
玄弥からのアドバイスで無事に悲鳴嶼さんの訓練も突破してウッキウキで義勇さんの所に行くと、義勇さんの訓練内容を悠が頑張って修正している真っ最中だった。
匂いで相手の感情は分かるが思考が読める訳では無いので、時にアンジャッシュ状態になる事もある。
色恋沙汰の機微には鋭い部分もありつつ基本的には鈍感。


【悲鳴嶼行冥】
玄弥が仲間と上手く打ち解けている様で安心して「南無南無」している。獪岳の様子も、特には問題無さそうでちょっと安心。
色恋沙汰の機微に対しては物凄く敏感。
カナヲが炭治郎の事を気にしている気配を察知して「南無南無」した。


【冨岡義勇】
「加減」の概念を辞書を引いて確かめるべきだと悠に思われた。心外!
悠と炭治郎たちが来てくれて、とても嬉しかった。
炭治郎から実弥の好物を聞いて、今度おはぎを差し入れに行こうと決める。
色恋沙汰の機微には超鈍感。

『生きる』とはどんな事ですか?

  • 幸せになる事
  • 選び続ける事
  • 問い続ける事
  • 息をしている事
  • 生かされる事
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