天の網は広く、その目は粗い様だが、悪人を漏らす事なく捕らえる。天道は厳正で、悪事を成した者は早晩必ず天罰を受ける。
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鬼舞辻との決戦が近付く中、それに備える為に始まった柱稽古ももう二ヶ月近くに及び、隊士の殆どが柱稽古の後半へと辿り着いた。
不死川の所で完膚無きまでに叩きのめされて、そこを何とか這いずって進んでも悲鳴嶼や冨岡の試練が待っている訳なのだが。
それでも、柱稽古を最後まで完遂出来る者はほんの僅かで多くは途中で脱落するやもしれないと予想していたそれに反して、冨岡の試練を突破出来た者はまだそう多くはないものの想定していたそれよりはずっと多い。
悲鳴嶼の試練にしろ不死川の試練にしろ、途中で諦めて逃げ出したり脱落する者が大半かと思っていたが、今の所脱落者はほぼ居ないと言うのは良い意味での誤算であった。
俺が鬼殺隊に身を置く様になってから今までに類を見ない程に、鬼殺隊全体の士気が高まっている事がその要因であるのだろう。
上弦の鬼を下半分であるとは言え半数を隊士の犠牲無く討ち取れた事、討ち取る事こそ出来ていないものの上弦の壱から参とも相対してそれを叩きのめして撤退させている事、長年その足取りすらろくに掴む事の出来なかった鬼舞辻が鬼殺隊の前に姿を現そうとしている事。……そして何よりも、鳴上と言う規格外の存在が全面的に鬼殺隊に協力し、あらゆる支援を惜しみ無く行っている事。
それらが絡み合って、今の士気の高さに繋がっているのだろうとは分かる。
……士気が高まる事は悪い事ではない。
個々人がより一層の努力と研鑽を積めるのならば、それはより強い鬼と対峙しても生き残れる事に直結する。
質が良いとは言えない隊士だって、鬼殺隊に身を投じる事を選んでいる以上は、そこにある動機は決して軽いものでは無く。
だからこそ、復讐を果たせるかもしれない「機会」がもしや自分にもあるのでは無いかと思えば、それは己を追い込む為の支えにはなる。
ただ……柱稽古を完遂したからと言って、それで上弦の鬼や鬼舞辻と相対して生き残れる様になる訳では無い。
会敵して即座に殺される可能性は低くなったとしても、……そもそも単独で相対すれば柱だろうと命を引き換えにしてすら撤退させる事ですら難しい相手である。
木っ端の鬼どもを相手にする力は確実に付くだろうが……上弦の鬼と相対出来る力は、数ヶ月程度の鍛錬で身に付くものでは無い。
最終的に上弦の肆の頸を落としたのが柱ではない隊士たちであった事は、間違いなくそれ以外の隊士たちに「もしかして自分も」と思わせたのかもしれないが。ただ、現実はそう甘くはない。
認めるのは些か癪ではあるが、新人隊士ではあっても竈門たちの詰んできた経験は柱以外のどの隊士たちのそれよりも貴重なものであり、それ故にそこから得られた成長は上弦の鬼に相対した事の無い隊士たちのそれとは比較にならない程のものであるのだろう。
そして、その経験を積んで五体満足に生き残る事が出来たのには、当人たちの才覚も勿論関係しているが、何よりも彼らと極めて親しい鳴上の存在が一番大きい。
……だが、誰も彼もがその『幸運』に与れる訳では無い。
幾ら人智を超えた力を持っていても鳴上の身は一つであり、当然の事ながら何もかもに関わる事は出来ずその手が届く範囲は無限ではないからだ。
そこを履き違えると、その代償は己や周りの命で贖われる事になるのだろう。
鳴上悠。
鬼殺隊の前に何の前触れも無く現れた、規格外と言う言葉ですらその力を定義する事が出来ない程の……鬼という常識外の脅威をよく知る鬼殺隊の者たちにとってすら常軌を逸した存在である。
鬼たちとの戦いに於いて鳴上が具体的にその力をどの様に揮ったのかは、柱及びお館様のみが閲覧する事の可能な報告書に纏められているが……。そのどれもが、現実味を何処かに置き忘れているかの様に俄には信じ難いものばかりだ。
大地震や大津波などの様な……人の身には抗い難い大災害にも匹敵する程にも鳴上の力は凄まじい。
しかも、それ程までに滅茶苦茶な事をやってのけていると言うのに、未だ「底が見えない」。
鳴上自身は何時も必死に戦っているが、鳴上が自らを戒める様々な枷を全て捨て去った時に何処まで出来るのか……やれてしまうのか。それが良いのか悪いのかは分からないが、それを知る日は恐らくはこの先も訪れないだろうと思う。
鳴上のその力は余りにも常軌を逸しているし、ある意味では鬼舞辻ですら比較にもならぬ程に人の世にとっては脅威なのだろう。……或いは何処までも人の欲望を煽り立てる結果にしかならない。
鳴上が何故その様な力を持つのかは、鳴上自身がそれに関して何も語らない以上は分かりようがない。
だが……少なくとも、様々な意味でただの人間が持ち得て良い力では無いだろうとは思う。
ここまで常軌を逸して様々な事が出来てしまうと、負う必要も無い責任も勝手に背負ってしまうし、或いは背負わされる事にもなる。
……現に鳴上は既にそうなっているのだろう。
他人の事情や心情に過剰な程に気を遣い、それをどうにかしようと懸命に働きかける。
一方的に押し付けて終わらせる事はせず、愚直とすら言ってもいい程に真っ直ぐに相手に向き合おうとし続ける。
それがちょっとやそっとの親切なら、単にお人好しなだけと言えるかもしれないが。鳴上は常に全力だ、何時だって自分以上に相手を思い遣り続けている。そういう性格なのだと言われてしまえばそれ以上は何も言えないものの……。
譲らないものこそあれど我儘らしい我儘すら言わず、相手の言い分や主張は全て受け止めて、その上でどうしたら良いのかを考え続ける。
凄惨な過去を背負う者ばかりであるが、その傷を癒す事すら儘ならないままに鬼殺の道を選んでしまった者たちの……互いに触れない事を暗黙の了解とするかの様な、本人にすらどうにもならない汚濁の様な感情にも、自分のものですらないのに向き合う。
行き場の無い感情にすらその目を向けて、時に受け止めて。
……それがどうしようもなく大切な一人や二人に対してそうならばまだ分かるが。
だが鳴上のそれは、そんな生易しいものでは無い。
親しい友人であるのだと言う竈門たちなら分かる。日頃世話になって共に過ごす時間も一番長い胡蝶たちも分かる。
だが……そもそも接点などほぼ無いと言っても良かった冨岡はどうだ? 不死川だって、不死川自身とは別段親しかった訳では無いだろう。刀鍛冶の里で出逢ったばかりだった頃の時透だって、その時点では親しさの欠片も無かった筈だ。
「大切だ」と感じられる様な接点など何も無かっただろう相手にすら、何処までも真摯に向き合い……自分に出来る精一杯の事をしようとし続ける。
鳴上が善人である事は……俺とは比べ物にならない程に「綺麗な」存在である事は確かであるだろうが。
しかし、単に「善人」というだけで片付けられる範囲を超えているのではないだろうか。
俺の様に背負う「業」が深過ぎて、己の身や命を誰かの為に使う様にしか生きる事が出来ない……という様には見えない。少なくとも表層的には。
宇髄や俺の様に後暗く思う生い立ちを抱えた者特有の……隠し切れない翳りにも似た「匂い」は鳴上からは感じられないのだ。
どちらかと言うと、真っ当に生きて来た者の側の方だろうとは思う。
鬼に何かを奪われて
ただ、本当に何一つ鳴上に「翳り」が無いという訳では無いのだろう。
鳴上は自分自身の事については
語りたくないのではなく、「語れない」と言う。
……その理由も、分からない。
だが、分からないからこそ。傍目から見て「無茶」としか言えない鳴上のそれが、本人が言うそれとは逆で本当は全く「大丈夫ではない」のではないかと考えてしまうのだ。
そして、鳴上に関して問題はそれだけでは無い。
鬼殺隊の中に鳴上に対して、まるで『神』であるかの様な……そう言った視線を向ける者が居る。それも、少数とはとても言えない程の規模で。
そこにある感情自体は様々であるけれど、結局の所は鳴上を
……人智を越えたものを前にして、
ただそれでも……鳴上自身はそんな感情や視線を向けられる事を欠片も望んではいないのだし、何よりも。
そう言った風に自分に都合の良い「何か」を『神』として奉り崇めた先に待つものが、性根から腐り果て生きながらにして畜生以下にまで堕ち切ったあの一族の様な未来では無いと言い切る事は出来ない。
鳴上はあの蛇の様な鬼とは全く違う。罷り間違っても人を襲ったり或いは生贄を要求したりなどしないし、己を信奉する者たちに強奪した金品を恵む様な事などしない。……だが。
鳴上自身はそうでは無くても、『神』をそこに見てそれを信じて崇める者たちはどうなのか。
鬼と伊黒一族との関係の始まりがどんなものであったのかなど、もう今となっては知る術など無い。ただ、離島と言う地理的条件も活かしてあの鬼は巧妙に姿を隠し続けた狡猾さがあった。
一代や二代などでは足りない程の時間が恐らく流れていたのだろう。
初代は、それを選ばざるを得ない様な……そんな状況に追い込まれたからこその恭順であったのかもしれないが。
代を経てそれが「当たり前」になってしまえば、人を殺して奪った金品でする必要も無い贅に溺れ享楽と怠惰に耽り命を奪う事にも腹を痛めて生んだ筈の我が子を生贄を捧げる事にも何の疑問を持たない……そんな畜生にも劣る穢れた者たちへと堕ちてしまう。
鬼殺隊の者たちがそうなると断言したい訳では無いが、そうならない保証など無い。
人の欲望に限りなど無い。様々な要因で「現実的には叶わない」からこそ、足る事を知るだけだ。
だが……鳴上の力は、何もかもでは無くても「現実的には叶わない事」を引っくり返して実現してしまう事だって出来てしまう。
本来なら看取る事しか出来ない様な瀕死の者ですら救ってしまえるその力は……天変地異の如き現象をその身一つで起こしてしまえる力は、何処までも欲望を煽る結果になるだろう。
その結果がロクな事になる未来など、少なくとも俺には全く見えない。
鳴上自身は己の力を無暗にひけらかそうとはしないだけの思慮分別があり、寧ろどちらかと言うとそれを厭う気配すらある事もある。更には鳴上の力に関しては俺たち柱やお館様も可能な限り隠蔽しようとしている為、鬼殺隊の中でもその力の全貌を知る者は極僅かではあり殆どの者たちは断片的なものしか知らないが……それですら鳴上を『神』に押し上げてしまうには十分に過ぎた。
隊士たちが知る事が出来る範囲の中ですら、上弦の鬼と次々に戦っても五体満足で生き延びるどころか夜明けすら待たずにそれを撃退するのだ。しかも共に戦った者を深手すら負わせずに全員生還させた上で。
柱では無い隊士が下弦の鬼を相手にしても五体満足で生き延びる事は難しい事を考えると、それがどれ程に常軌を逸した戦果であるのかなど容易に想像が付く。
……だからこそ、その為人など知りもしないのに憶測と想像が作り出した『鳴上悠』という「都合の良い『神様』」が、人々の中で独り歩きしているかの様に輪郭を持ってしまっている。
……決して、悪い感情を向けてる訳では無いし、何もかもを『鳴上悠』頼みにしたいと言う風潮がある訳でもない。
ただそれでも、『鳴上悠』は余りにも「特別」であった……「特別」に過ぎた。
そして、それがこの先の戦いでどの様な影響を与えるのか……想定し切る事は難しい。
悪意など欠片も無くても、思慮深い善良さを持っていても。
それでも、鳴上自身が思っている以上に……望んでいる以上に、鬼殺隊に……それ以外の全てにとってすら、その存在は大き過ぎる。
鳴上の力に頼り切りになってはならないが、しかしその力をどうしたって当てにしてしまう。その匙加減は極めて難しく、目隠しをしたまま細い綱の上を歩いているかの様なものだ。
何かの選択を間違えると取り返しが付かない事になる様な気がするのに、しかし一体何を選んではいけないのかの境を見極める事は大変困難である。まあ、それは鳴上に対しての事だけでなく、この世の大半の物事がそうなのだろうが。
……本来は、鳴上の事よりも今は鬼舞辻の事を考えるべきであるのだろう。
鳴上自身はどう転んでもどんな力があろうとも、誰かを積極的に傷付けたり踏み躙ったりなどはしないのだし、寧ろ人を助ける事にばかり尽力する様なやつだ。
人を害しその尊厳を何の呵責もなく踏み躙る鬼舞辻とは、そもそもの根本が決して相容れないだろう程に違う。
この期を逃せば次に何時討つ機会が訪れるのかすら不明な……恐らくは俺たちが生きている間は無理であるのだろう鬼舞辻を、確実にこの世から消し去る手段を講じる事。そしてその為の力を限られた時間の中で少しでも付ける事。目下の最優先事項はそれである。
千年もの間紡がれ継がれ続けてきた鬼舞辻を滅する為の刃をその命に届かせなければならない。
鬼舞辻を滅ぼす為に、使えるものは全て使うべきだ。
それこそが、自らの命をそこに賭す覚悟の者ばかりが集う鬼殺隊の総意であるのだろう。
そう、手段を選んではいられないのだ。
しかし……。
本当に、手段を選ばずにより確実に鬼舞辻を滅ぼそうとするのであれば。恐らくは、その方法は既に俺たちの手に届く場所にあるのだろう。
……鳴上は、鳴上自身がそれを望みその様に行動する事は無いだろうが、しかし俺たちが……鬼殺隊の者たちが心から
本心では嫌だと感じていても、その願いを無下には出来ないお人好しだからだ。
そして、その力が在れば……鬼舞辻に相対する事さえ叶えば、奴をこの世から完全に消し去る事すら可能であろうとは確信を持って推測出来る。
鬼舞辻にとっては、俺たちの抵抗が蟷螂の斧の様なものであるのだとすれば、鳴上のそれは天変地異の如き脅威その物であるのだろう。……客観的な事実として、俺たちと鳴上にはそれ程の差が存在しているのだ。
ただ、鳴上に任せてしまった方が、被害の規模も或いはその確実性も、何もかもが「最善」となるのだとしても。
それでも、様々な呑み込む事など出来ぬ強過ぎる感情から……或いは何をしても振り払えない重く暗い過去から、鬼殺の道を選んだのは紛れも無く自分たち自身であるからこそ。
そうやって鳴上任せにする事は出来ないし、してはならない。
自分の戦いを、誰かに投げ出す訳にはいかないのだ。
例え、命懸けの戦いになるのだとしても、鬼舞辻の滅んだ先の未来に自分は生きる事が出来なくても。それを承知の上で、今も此処にいるのならば。そうするしかなかった者たちなのだから。
俺自身の命を懸ける覚悟などとうに決めている。
かつて……「生きたい」と願って、その結果が凄惨なものになる可能性を脳裏に過ぎらせながらも逃げ出して。
屑の一族に生まれ、自分の命の為に大勢を殺してしまった俺には、間違いなく人殺しの屑の血が流れている。
望んでそうであった訳では無いが、「生贄」として生かされる中で俺に与えられてきた物も全て、あの鬼が誰かを殺して奪ってきたもので賄われていた。血と怨嗟に塗れた財に生かされていた俺もまた、地獄に堕ちるべき罪人であるのだろう。
一族が俺と従姉妹を除き滅び、一族を飼っていた鬼も討たれた後では、やり場のない憎しみの矛先は「鬼」と言う存在そのものになった。それしか、出来なかった。
自分では無い誰かの為に命を懸けて戦って、漸く少しだけ、深過ぎる業を背負ったこの身も、この世で息をする事を許される……「いいもの」になれている様な気がした。
そう、自分の命は惜しくは無い。
ただ……。
「……甘露寺は」
ポツリと零れ落ちたその言葉の続きは、音にはならなかった。
甘露寺から届いた手紙を、大切に読んで。
返事を認めると、貰った手紙を大切に文箱にしまう。
甘露寺と文通を始めてそこそこの時間が過ぎて、文箱の中もかなり埋まっている。
その一つ一つから、温かさを感じるかの様だった。
……甘露寺と手紙をやり取りする時間は、甘露寺と共に食事処に出掛けたりする時間は、俺にとってはとても楽しかったし安らぎを覚える一時だった。
……甘露寺は、俺なんかとは全く違う……真っ当な家族に愛されて周囲に愛されて……そうやって健やかに育ってきたのだと、少し話すだけでも直ぐに分かる女の子であった。
虚栄心に満ち底無しの欲の中で人間性を喪った畜生の様だった一族の女たちとも、余りにも痛々しい過去に心を引き裂かれながら怨讐の道を歩むしか無かった様な鬼殺隊に籍を置く多くの女性隊士たちとも違う。
小さな幸せを見逃さず鈴を転がした様に笑い、柱になるまでには苦労や哀しみも在っただろうにそれを微塵も感じさせず。
明るく素直で優しくて……そんな、普通の女の子だったから。
その眩しさに、俺は救われていた。出会ったあの日から、俺は甘露寺の事が特別に好きだった。
甘露寺は柱だ。暗い過去がある訳ではなくても、自らの意思で鬼殺の道を選びそれに命を賭す覚悟を持つ者だ。
それは何よりもよく分かっている。そしてそれを否定などはしない。しかしそれでも、甘露寺には生きていて欲しいのだ。
鬼舞辻を討った後の世界を、甘露寺に生きて欲しかった。
そして、そこで幸せになって欲しかった。
柱だろうと何だろうと鬼に殺されて良い命なんて無いが、俺にとって甘露寺は特別にそうだった。
だが、甘露寺の事を特別に好いていても、俺にはその想いを打ち明けようとは思えない。
この身に流れる穢らわしい血を、全て捨て去らなければその隣に立つ事すら憚られる。
生まれ変わらなければ、俺は甘露寺に釣り合えない。
五十人を殺した俺には、人殺しの一族に生まれた俺には、幸せになる資格など無い。
その時ふと、鳴上の言葉が脳裏を過る。
『幸せになる資格』は誰にだってあるのだと、そう危うい程に純粋に信じるその眼差しと言葉は、俺の心の奥を確かに揺らした。
……鬼に大切なものを奪われた怨嗟から鬼殺の道を選ぶしかなかった者が、鬼を完全に滅ぼし切ったとしてもその怨嗟から解放されるのかと言うと……決してそうではないと俺は思っている。
鬼が消えようが、大切なものを喪った事実は消えないし無かった事にもならない。鬼が滅んで尚も残る心の痛みを別の何かに昇華出来る者も居るだろうが……そうは出来ない者も当然に居るだろう。
だが、鳴上は「何時かは誰もが」と、そう信じている様だった。
誰もが、どんなに小さな事にも細やかな「幸せ」を感じる事は出来るのだから、と。
俺は、鳴上とは違う。そんな風に考える事は出来なかった。
背負う業に潰されない様に……何に対するのかも分からない贖罪を続けるかの様にしか生きる事が出来ないのだ。
……俺に「幸せ」になる資格など無いが、しかし幸せを感じないなんて事は無い。
甘露寺と話をしている時に感じるそれは、間違いなく幸せなのだろう。
それでも、やはり俺は「幸せ」にはなれない。
瞬間的にそれを感じる事はあっても、自分が『幸せな未来』とやらに生きる想像は全く出来ない。
……鬼の居ない世界で、甘露寺の隣に立つ自分を想像した事なら幾度もある。だが、そんな想像は何時も何処かで血塗られて腐臭の漂うものによって穢されて終わってしまう。
甘露寺の事を特別に想っていても、俺では甘露寺を幸せにする事は出来ない。甘露寺と幸せな未来というものを生きる事は出来ない。
この命が尽きる時まで、死んで腐っていった五十もの命がそれを赦さないだろうから。
俺は何時か必ず報いを受ける事になる。
だからこそ、その時に誰も巻き込まない様にしなければ。
ただまあ……何処までもお節介な程にお人好しな鳴上は、自分には関係が無いと言うのに俺の事にまで何かと心を砕こうとしている様だが……。最早そこまでいくと、不器用な生き方をしていると言った方が良いのではないかと思う程だ。
鏑丸の事をまるで人に接するかの様に扱う事といい、何かと変わっている奴である。
お節介過ぎる程に此方の事情に関わってこようとするのに、そこに不快感を感じたりはしないのは鳴上自身の人柄もそうだが、踏み越えてはいけない一線に触れない様にとそれを見極めているからだろう。
今は煉獄の所に滞在しているのだったか? と、そう鳴上の所在を考えていたその時だった。
見慣れない鎹鴉が手紙を運んで来る。
受け取ってその差出人を確かめると。
奇遇とでも言うべきなのか、それは鳴上からのものであった。
◆◆◆◆◆
【伊黒小芭内】
過去に縛られ過ぎているが、心の何処かではそれに縛られる必要など本来は無い事にも気付いている。
悠の事はかなり憂慮している。
【鏑丸】
友だちである小芭内には幸せになって欲しい。
蜜璃の事は大好き。
悠への好感度は高い。
【甘露寺蜜璃】
小芭内がプロポーズすれば秒で快諾するが、お見合いが破談したトラウマからか自分からプロポーズするのはまだ難しい。
【鳴上悠】
柱全員から、度を超えたお人好しだと思われている。
『生きた意味』とは何ですか?
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想いを繋ぐ事
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「生きた事」それ自体
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生きる事に意味は無い