『鳴上悠は鬼殺の夢を見る』   作:OKAMEPON

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『南斗の主』

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 鬼舞辻無惨との決戦に向けて、着々とその準備は進んでいる様だ。

 相手の出方に関しては、鬼舞辻無惨と言う存在が余りに傲岸不遜であると同時に臆病であり気紛れな部分がある為、お館様の先見の明を以てしてもその予測を完全に立てる事はほぼ不可能である様だが。

 それでも、珠世さんから詳しく聞いた内容や、鬼殺隊に蓄積されて来た様々な情報を統合して、大まかながらも「可能性が高い」ものを幾つか対策する事は出来ているらしい。

 

 中でも作戦の要となるのは、珠世さんとしのぶさんの共同研究の成果である各種の薬と、そして愈史郎さんの血鬼術による『目』である。

 愈史郎さんとしてはそう言った形で協力する事は不本意ではある様だが、それでも珠世さんの悲願である鬼舞辻無惨の討滅自体には協力する事に否は無いらしい。

 その為、しのぶさんたちの研究を手伝う(或いは珠世さんの為にしのぶさんを監視する)傍らで、愈史郎さんは血鬼術の『目』を量産していた。

 量産とは言っても、一枚一枚手描きであるのだししかも己の血を混ぜなければならないので一度にそう数を作れる訳ではないのだが。

 視覚を共有する為の札も、一時的に姿を隠す為の札も、どちらもかなりの数が揃っていた。

 それらの札はもう少し量産出来たら柱を中心に予め渡しておくつもりであるそうだ。

 

 ……珠世さんと愈史郎さんの存在を知っている人たちはほんの一握りである事を考えると、どんなに有用なものであるのだとしても『鬼』が作った物を……と言う反発はありそうだし、使えるものは使う主義の人でもそう簡単には受け入れて貰えないのかもしれない。

 とは言え、いざ決戦が起こってから対処するよりも、事前に備えておけるのならそれが一番であるのだが……。

 合理性などと言った理屈と、感情が齎すそれが同じ方向を向けるとは限らないのは世の常ではあるけれど……。

 また少し一悶着は起こりそうだと思いつつ、とは言え柱の人たちは誰もが『鬼舞辻無惨の討滅』が最終目標である事には変わらず、その為の力になると言うのであれば最終的にはどうにかなるだろう。多分。

 最初に顔を合わせた時にはあれ程までに珠世さんに対しての敵愾心が隠しきれていなかったしのぶさんだって、今は少し変わってきている。

 心から「納得」すると言うのは難しいし、況してや様々な悲劇を経験し目にしてきた柱の人たちが「鬼」と言う存在に心を許せないのも分かる。

 ……それでも、「鬼」だとか「鬼殺隊」だとかと言う括りでお互いを見るのではなくて。

 目の前に居る存在が自分たちと変わりない「心」を持った『珠世さん』と言う存在であると……そう思える可能性はきっとあるのだと思いたい。

 そうすれば、心から信頼する事は難しくても、同じ目的の為に一時手を取る事ならきっと出来る筈だ。

 

 しのぶさんと珠世さんの研究も、その進捗はかなりのものであるそうで。

 決戦の時までにどの程度まで実用に漕ぎ着けられるのかはまだ不明だが、しかし複数の薬(或いは「毒」)は既に実験上では有効性を示せているとの事らしい。

 しのぶさんとしては、まだ珠世さんに色々と思う所はある様だけれど。それでも、最初に顔を合わせた時の様なピリピリとした棘のある態度では無くなっていた。

 それもあって、しのぶさんに対する愈史郎さんの態度も少し柔らかなものになっている様だ。

 折を見て二人が共同研究中の産屋敷邸を訪れているのだが、先日訪れた時には一緒にお茶を飲める程度には打ち解けていたので安心している。

 

 ……珠世さんが鬼である事も、そしてかつては人を喰っていた事も、それは誰が何をしても変える事の出来ない事実だ。

 その事をどれ程珠世さん自身が悔やんでいるのだとしても。

 今の時代を生きる誰にもそれを責め立てる様な権利は無いのと同じ様に、その事実を赦しその心の苦しみを癒す事の出来る者も居ない。

 鬼を人に戻す薬が完成したとして……。……珠世さんは果たしてそれを己に使うのだろうかと。そう考えてしまう。

 珠世さんが数百年もの間その薬を研究し続けてきたのは、自分が人に戻りたいからではなくて、……鬼舞辻無惨を殺す為であるのだろう。

 珠世さんはこの戦いで死のうとしている。……そんな予感が常にある。

 自分としては、どんな事情があっても「死」を選ぶ事が最善だとは思いたくはない。

 それでも……数百年間己の行いを後悔し続けその罪を背負いながら「何時か」を信じて抗い続けた珠世さんにとって、そうする事が望みであると言うのなら……。

 それを止める為の言葉を、自分は未だ持ってはいない。止める事が出来る程、珠世さんの事を知っている訳ではない。

 ……それを、どうにももどかしく感じてしまう。

 何か話をしたいと感じていても、今は研究も正念場と言うべき段階であり、そこで二人の邪魔になる様な事は憚られる。

 残された時間は有限であり、決戦の時もそう遠くはない未来ではあるけれど。

 それでも、それを『今』しなくてはならないのかと言われると、頷くのは難しい。……儘ならないものだ。

 

 少し悩ましい事はあるが、それはそれとして自分も決戦に向けて出来る限りの事をしなければならない。

 刀鍛冶の里での戦いの後からこの柱稽古の期間に、随分と絆は満たされていて。

 その分、自分に出来る事の幅も更に広がった実感はある。

 この感じだと、上弦の鬼や鬼舞辻無惨との連戦の最中に力尽きて倒れる様な可能性はかなり減ったのではないだろうか。

 少しでも、皆を支える為に。全員で生きて鬼舞辻無惨との戦いに勝つ為に。

 自分に出来る事が増える事は、とても嬉しい事である。そしてそれが、皆に支えて貰っている証であるのだと信じられるのが、自分にとってはとても幸せな事だ。

 そしてふと、今ならばもしかして……とそう頭を過るものがあった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 同じ産屋敷邸の中とは言え、しのぶさんたちが日夜研究を行っている区画と、お館様たちが生活している区画は同じ建物の中では無くて。その為、しのぶさんたちの様子を見る為に何度か産屋敷邸を訪れていても、お館様と毎度顔を合わせていると言う訳では無い。

 まあ元々柱であってもそう顔を合わせる機会など無い人ではあるからそれで何か不都合がある訳では無いのだし、それに今は決戦に向けて各方面との折衝や鬼舞辻無惨への対策の検討にお忙しいだろうからそれも当然ではあるだろうけど。

 

 ……以前、遊郭での任務に赴く前にその身を蝕む呪いの様な病を多少癒す事が出来たからか、お館様の容態は最初に出逢った時よりも随分と良い状態を保ててはいるけれど。……しかしそれは根本的な解決にはなっておらず、以前よりはマシとは言えど少しずつその病状は悪化の方へと向かっている様だ。

 それでも、少し動いたりした程度で血を吐く事は無く、そして自分の足で動けるだけでとても助かっていると、そうお館様は言っていたけれど。それでも、その身を蝕む病魔を全て祓う事が出来なかった事には色々と思う所はあった。

 無論、自分の力なら何でも癒せると驕っている訳では無いのだけれど……。お館様の身を蝕むそれを癒す事が出来なかった事に関しては、あの時点では「まだ力が足りない」状態だったからではないかと思うのだ。

 お館様の手を握ったあの時に感じたのは、「不可能」だと言うそれではなくて、「今は出来ない」と言うかの様な……少し言葉にはし辛い直感の様な確信だった。

 そして今、あの時に比べると更に随分と力は戻ってきている。

 その為、今ならもしかして、と。そう考えてしまうのだ。

 まあそれに、完全に癒し切るにはまだ力が足りなかったとしても、また少しは病状を和らげる事なら出来るだろう。

 何か悪い方向に転がったりはしない筈だ。

 

 そんな訳で善は急げと言う訳では無いが、お館様にお目通り願えないかどうかと、しのぶさんたちの様子を確認しに来た時に取次ぎの隠の人に頼んでみると。

 そう時を置かずしてその許可が出て、客間であるのだろう部屋へと通された。

 それから程なくして、お館様とそれを支える奥方様、そしてとても見た目がよく似ている二人の女の子が奥の部屋から現れる。

 ご子息様方は五つ子で、黒髪の輝利哉様はその髪色で見分けが付くのだが、にちか様、ひなき様、くいな様、かなた様の四人は一瞬見ただけだと見分けるのが少し難しい程によく似ている。少し観察すれば性格の違いから出る細かな差異で見分けが付くのだけれど。

 柱合会議の時などにお館様の側仕えを務めているのは主に長女と次女のにちか様とひなき様であるらしい。今日もどうやら二人がお館様の側仕えを務めている様であった。

 二人に導かれながらもお館様は自分で歩けている様だが……しかしやはり柱稽古が始まる前にお会いした時よりもその病状は悪化している様に見える。

 

「何か話があるとの事だけれど、何かあったのかい?」

 

 挨拶の言葉を此方が述べると、お館様は静かな湖面の様な穏やかさを浮かべた表情でそう尋ねてくる。

 まあ何せ今までだと、上弦の鬼を討ち取っただとか鬼舞辻無惨の手の内を明かしただとか、そう言った鬼殺隊全体にとっての重大事ばかり話していたのだ。

 今回もそう言った「何か」なのだろうかと思われても当然の事である。

 いや今からする事も、大事な事ではあると思うのだが……。

 

「何か新たに判明した事がある……と言う訳では無いのですが。

 以前は力が及ばずお館様の身体を蝕む病魔を祓い切る事は出来なかったのですが、しかし……今ならばもしかすると出来るかもしれません。

 いえ、もしそれにはまた少し力及ばずとも、お館様の身からまた少しでも病魔を祓う事ならば出来ると思います」

 

 だから、力を使ってその身を蝕むものを祓う事を再び試みても良いだろうか、と。そう訊ねてみると。

 傍に控えていた奥方様とご息女様方の表情が明らかに変わる。

 しかし当の本人であるお館様の表情は、静かな湖面の様なものであった。……いや、僅かに揺れ動きはしたが、それは余りにも細やかなもの過ぎて、そこにある感情の動きが何であるのかは分からなかった。

 

「……悠、君にはこの身を蝕むものを祓う事が出来ると……そうする意思があると。そう言う事であるのかな?」

 

 お館様に訊ねられたそれに、そうだと頷く。

 まるで呪詛の様に余りに根深く絡み付いたそれは……単なる病とは言い切れない程のもので。奇妙な表現にはなると思うが、『悪意』の様なものすらも感じるものだった。

 恐らく、現代の医療でも正確な病名を付ける事も難しいものであるのではないだろうか……。

 この世に神や仏が存在しているのかは分からないし、呪いなどと言った力が存在しているのかも分からないけれど。

 もし何か、お館様の身を蝕む病魔に名を付けるとするなら……やはり『呪い』となどの言葉が相応しいものであると、そうも思ってしまう。

 そもそも、『鬼』と言うある種の超常の存在が実在しているのだ。『呪い』などと言った超常的な現象も存在していてもおかしくはない。

 鬼殺隊が交戦してきた鬼たちの血鬼術の中には、「呪い」の様な効果を持つものもあったそうであるし。お館様を苦しめるそれも、単なる病では無いのだろう。

 

「確かに……お館様の身を蝕むそれは、恐らくは単なる病魔ではないのでしょう。

 もっと何か……根深く、異質なものであると以前感じました。

 俺の力は決して万能ではなく全てを癒す事が出来る訳ではありませんが。しかし、だからこそ『不可能では無い』とあの時感じたんです。

 あの時はまだ力が足りず、少し状態を良くする程度に留まりましたが……」

 

 今ならば、と。そう再びその決意を込めてそう言葉にすると、お館様は何かを想う様にその目を静かに伏せ、長い沈黙がその場に落ちた。

 

「……産屋敷家が何故鬼殺隊を率いているのか、悠はその理由を考えてみた事はあるかな?」

 

 湖面を静かに揺らす漣の様なその声音に、どうだっただろうかと一瞬考え首を横に振る。

 鬼殺隊がまだその名を冠していない様な……その前身となる鬼殺の剣士たちの集団だった頃から、産屋敷家の当主が代々「お館様」として鬼殺を指揮していたのは話に聞いたので知っているが……しかしそもそもの「始まり」が何故であるのかはしらない。そして、その動機も深くは考えた事は無かった。……いや、考えた所でその理由に全く見当が付かなかったと言うのが正しい。

 煉獄家の様に義憤やある種のノブレスオブリージュの精神で鬼殺を支えているのかと思うにしては、満身創痍と言う言葉ですら足りぬ程の生ける屍にも等しい存在になってまで鬼殺の為に動き続けるお館様は異常と言っても良い。

 そこまでの執念を懐く動機が一体何であるのかなど、正直自分には分からなかった。

 隊士たちの多くがそうである様な……大切な何かを奪われたからこその復讐や憤怒だけでそこまでの執念を燃やせるのだろうか。……自分には何も分からない。

 勝手な憶測で好き勝手に考えていい事でも無いだろうと思う。

 だからこそ、考えてはこなかったのだ。

 

 

「産屋敷家の者たちが鬼舞辻無惨を滅ぼす為に心血を注ぐのは、それ以外に生きる道が無いからだ」

 

 

 そう言ってお館様が静かに語ったのは……何とも『理不尽』としか言えない様な、産屋敷家の『呪い』とお館様が称する、産屋敷家の者たちへの残酷な運命だった。

 

 遠い昔……それこそ平安の時代に産屋敷家の先祖の者と鬼舞辻無惨は同じ血族であった。……ただそれだけで、産屋敷家の者たちは鬼舞辻無惨と戦い続ける宿命を負わされたのだと言う。

『鬼』と言う化け物を生み出した咎であり、其れゆえの神罰仏罰であると……その『呪い』であると、かつての御先祖様はそう神職の者から告げられたらしいが。

 果たして、それが本当に神罰なのかどうかなど自分には分からない事だ。

 ただ何であれ、短命を運命付けられ、鬼舞辻無惨に立ち向かわねば滅びる他に無い宿命を背負わされた一族の苦悩と死に満ちた道のりは、壮絶と言う他に無かった。

 神職の家系から妻を得て少しずつ寿命は延びても三十を越えて生きる事は決して叶わず。男児は必ず一人だけを残して死に、女児は嫁に出て名字を変えねばどんなに細心の注意を払っても十三歳を越えて生きる事が出来ないと言うそれは、単なる偶然なんてものでは到底片付けられない……何か超常的な存在の『意志』を感じてしまう程のものである。

 ……そしてより悲惨な事に、鬼舞辻無惨に抗う事を宿命付けられていても、産屋敷家の者たちには剣を手に直接的に鬼舞辻無惨に立ち向かう力は持たされない。

 鬼を狩る力は無いが故に、その長として組織を率いる他に無い。

 ……無責任な者なら、直接戦う事の無いそれをどうと感じる事も無いのだろう。

 だが、多くの産屋敷の長たちは、己の手では直接鬼を狩る事は叶わず、そしてそんな己の代わりの様に鬼殺の剣士たちがその命を賭して……そして散らしていくそれに何時しか耐えられなくなる事の方が多いのだと言う。

 鬼舞辻無惨の存在を生んだ切っ掛けとなった咎から始まったそれは、何時しか志半ばに斃れていった無数の隊士たちの死に塗れ、鬼殺の剣士になる事も叶わなかった無数の子供たちの死に塗れ……。際限なく膨らみ続ける無念と執念と憎悪と怒りを背負い続け抱え続ける他に無くなって……。

 そして己の身体は蝕まれ続け生きる事自体が苦痛の極みの様な有様となって、早逝する。

 ……それは、想像する事すら困難な、他者を愛し慈しむ事の出来る者にとっては惨いと言う他に無い宿命だ。

 身体を蝕むそれその物以外も含めた全てが、『呪い』であるのかもしれない。

 

 産屋敷の人たちを蝕むそれが、尋常ならざる現象によるものだとしか言えないのは確かだ。

 本当に神の仕業なのかもしれないし、もっと別の理由があるのかもしれない。

 ……様々な神話で語られる神は気紛れで残酷でその行動は人が思う道理には当てはまらない事が多いが、しかしそれでも千年以上も産屋敷の者たちに『呪い』を下すよりも鬼舞辻無惨に直接神罰を与えれば良いのにと思ってしまう。

 ……そんな事、お館様が考えなかった筈は無く、そして抗う事は出来なかったからこそ今も尚それは続いているのだけれど。

 

 お館様は、静かに言外に問い掛けて来た。

 果たして、その『呪い』を解く事が可能なのかと、そしてその結果起こり得るかもしれない「何か」に対しての覚悟はあるのか、と。

 

 ……自分は決して「神」ではなく、もしそれが神仏の与えた罰であると言うのならば、それを解いたりどうこうしたりする様な権限は無いのだろう。

 だが人は理不尽に抗う事は出来るのだし、それに自分はお館様の身を蝕むそれを、人にはどうする事の出来ぬ『神罰』や『呪い』であると諦めたくはなかった。

 それに……。

 

「もし、何か……それこそ神や仏がそれを咎めるのだとしても、俺はそれを理由に理不尽に苦しむ人を諦めたくなんて無いんです」

 

 人知の及ばぬ存在の成す事に罪と罰の釣り合い云々等の概念は存在しないのかもしれないし、そもそも理由すら大して存在する必要も無いものなのかもしれない。

 産屋敷一族に負わされたそれは「過甚」と言って良いと思うが、超常の存在からすれば誤差にもならないものなのかもしれない。人が足元を意識していない時に蟻を踏み潰してもそれに気付けない様に。

 だがもしそうであるのだとしても、その『罰』を唯唯諾諾と受け入れなくてはならない訳では無いと、そう思いたい。

 そしてその為に自分に何か出来る事があるのなら、少しでも力になりたいのだ。

 もし此処でその『呪い』を解こうとする事で、本物の荒ぶる神と対峙する事になるのだとしても……それでも一歩も退くつもりは無い。

 

 そんな此方の覚悟を認めたお館様は、静かに「そうか」と呟く。

 その声音に宿る感情は何処までも静かなものであった。

 ……理不尽な『呪い』は、一体どれ程のものをこの人から奪って行ったのだろう。……そしてどれ程のものを背負わせてきたのだろう。

 軽々しくそれを「分かる」だなんて、とてもでは言えない程の様々な苦しみを背負ってきたのだろうと思う。

 ただ産屋敷の一族に生まれただけで。それで、己の人生を此処まで縛り付けられるそれは、繊細な人にとっては耐え難い程の地獄の様なものであるのかもしれない。

 それでも、鬼舞辻無惨を討ち滅ぼすその時まで、最早末期の身を引き摺ってでも決して歩みを止める事は無い……その凄絶な覚悟と執念を支えるのは、どれ程の感情であるのだろう。そしてそれを一切表に出さず、その心の内だけに留め続けるにはどれ程までに強靭な精神力が必要であるのだろうか。

 

 お館様から少し視線をずらし、傍に控えている奥方様たちの様子を確認する。

 其処に在るのは、産屋敷一族の『呪い』が解かれるかもしれない事への期待ではなくて。ただただ……夫の、そして父の身を案じている、そんな『家族』への温かで同時にとても切なくもある『想い』であった。

 ……生まれたその時から理不尽にその身を縛られ、その恐ろしさを身を以て理解しているが故に、『呪い』を解くと言うそれは言葉で表現出来る様な簡単なものでは無い事をよく理解していて。

 だからこそ、大切な『家族』が『呪い』から解放されて欲しいと願うのと同時に、その『呪い』を与えた存在の意志に抗う事で更なる理不尽が降り掛かって来るのではないだろうかと、そう考えてしまう。

 変化が必ずしも良い方向の未来を切り開くとは限らない。誰も未来を完璧に予期する事など出来ないのだから、想定すらしていなかったものを選択肢として提示されれば戸惑うのも当然だ。

 そして、そんな奥方様たちの反応を見て、一つ決意した。

 

「お館様。一体何が『罪』であり、お館様たちが受けているそれがそれにどう釣り合った『罰』であるのかなんて、俺には分かりません。

 神様だとかの判断基準は俺には分からないものです。

 それに、そんな事は俺にとってはどうでも良いんです。

 俺は、皆で一緒に鬼舞辻無惨の居ない夜明けが見たい。

 其処には当然、お館様にも居て欲しい。

 だから、お館様の身を蝕むものを祓いたい。

 それだけなんです。……俺は、とても我儘な人間なんですよ」 

 

 結局の所、自分の望みはそれなのだ。

 お館様にも、そして珠世さんにも、生きていて欲しい。

 何時かはその命の旅路を終える時が来るのだとしても、それは鬼舞辻無惨の存在しない世界を見てからでも罰なんて当たらないだろうと思う。

 自分たちが戦い抜いたからこそ得る事の出来た夜明けの先を精一杯に生きて欲しいのだ。

 

 ……珠世さんは、鬼舞辻無惨との戦いの中で死ぬつもりであるのだろう。

 そしてお館様も、鬼舞辻無惨を討つ為ならば自分の命を捨て駒にする事も厭わないのだろう。

 だが、そうしなくても全員で生きて鬼舞辻無惨に勝つ事が出来るのなら。

 鬼舞辻無惨の存在が齎す禍から……理不尽な運命から解放されるのなら。

 きっと、違う選択をすると思う。……そうして欲しいのだ。

 お館様が心から『家族』を慈しんでいるのは分かる。そして鬼殺隊の隊士たちを大切に想っている事も。

 だからこそ喪わせてはいけないと、そう心から思う。

 

「お館様、お願いです。

 俺に、その為の機会を下さい。

 我儘な願いを諦めなくても良いのだと、そう信じさせて下さい」

 

 そう願うと、お館様は穏やかなその表情に何処か苦笑しているかの様な気配を滲ませる。

 

「元よりそれを拒否する様な理由など無かったけれど、そうまで言われてしまっては頷く他に無いね。

 ……悠、君はとても優しい子だ。

 その優しさが必ずしも報われるとは限らず、そしてそれが君自身を追い詰める事だってあるのだろう。

 だがそれでも、君が変わらずそうであろうとするからこそ、君を想う人々の『想い』は必ず君に応えるのだろう。

 悠、永遠であるもの……不滅であるものが何なのか、君には分かるかい?」

 

 永遠も不滅も、この世の何処にも存在しない。

 人という存在自体も、それが遠い永劫の彼方の未来である事を願うが……しかし何時かは滅びゆくものだ。

 どんな存在でも、何時かは己の命の旅路を終えて死と言う結末を迎える。

 一つの命に、永遠は無い。ただ……。

 

「人と人との出逢い……関わり合いによって生まれる変化、『繋がり』そのものではないでしょうか。

 目に見えない形でも、心の片隅に残るほんの断片程度のものだとしても。

 遠い昔の誰かが残した想いが、遥か彼方の未来の誰かの何かを変えるかもしれない。

 一つの命は死を越える事は出来なくても、その命が遺した何かはずっと未来まで影響を与えていくのだと、俺は思います。

 繋がりによって変化したものは、また別の出逢いで違う何かを変えていく。

 小さな小さな『変化』の繋がりは、どんな時にだって必ず其処に存在すると言う意味では『永遠』なのではないでしょうか」

 

 不滅であるのかどうかは分からないけれど。

 そう答えると、お館様は「成る程」と穏やかに微笑んだ。

 

「それは素敵な考え方だね。そして私の知る『永遠』に少し近い。

 私はね、人の『想い』こそが永遠であり不滅であると思っている。

 どれ程の命が散っても、それでも鬼殺隊が決して消え去る事は無かった様に。

 人の『想い』と『繋がり』こそが、不滅であり永遠だ」

 

 大切な人を奪われた事を許さないという苦しみは、どんな時代のどんな人にだって共通の想いで。

 鬼によって愛するものを喪った人の哀しみや、だからこそ鬼を滅しようとする気持ちもまた時代を超えていくものなのだろう。

 そして、かつての縁壱さんが残したものが、今の時代にまで届いて今度こそ鬼舞辻無惨の命に届こうとしている様に。

 或いは縁壱さんの時代よりも更に前……日輪刀すら存在しなかった頃からそれでも鬼を狩る為に戦い続けてきた名も知れぬ無数の誰かが切り開いてきたものが、確かに今に繋がっている様に。

 

「なら、俺が今こうして此処に居る事もまた、そう言った『想い』の『繋がり』の結果であるのでしょうね」

 

 本来ならばこの世界に存在するべきではない自分が此処に居る事が果たして良い事であるのかは分からないけれど。

 それでも、そんな思いの繋がりの『力』があるからこそ、此処に居たいと思うし、その力になりたいと思うのだ。

 

 ……己以外を自分の内側に必要とはせずそれどころか他者を踏み躙る事だけを選んできた鬼舞辻無惨には、きっと理解出来ない『力』であるのだろう。

 己に降りかかる死ばかりを忌避し、無造作に他者を貪るその在り方では、一方的な畏怖や崇拝は得られたとしても双方向の繋がりにはなりはしない。

 お館様は、鬼舞辻無惨は己一人で完結し永遠に不滅の存在になる事を望んでいるのだと言う。……珠世さんの話を聞くなどして想像した鬼舞辻無惨の在り方を考えるに、それは当たっているのだろう。

 ……自分には、理解は出来ても共感は出来ない望みだ。

 

「俺が今こうして此処に居るのは、勿論俺がそう望んだからであるのですが。

 しかしきっと、お館様に生きていて欲しいと願った人たちの無数の想いがそれを後押ししたのだろうと、……俺はそう思います。

 お館様、鬼舞辻無惨を倒しましょう。そして、鬼舞辻無惨が滅んだその夜明けの光を、その目で一緒に見ましょう。

 きっとそれが俺たちの願いで、……今はもう居ない無数の人々の願いなんです」

 

 だから、と。

 繋がれてきたその想いを伝える為に……叶える為に、最も相応しいペルソナを呼び出す。

 お館様は多くの隊士たちを見守ってきたから、お館様の事を知る人たちの多くは少しでも長くお館様が息災である様にと願っている。

 しかし、その傍にあった歳月の積み重ねという意味でも、或いはもっと別の理由でも、きっと悲鳴嶼さんが最も強くそれを願っている。

 病に侵され弱り死に向かっていくその姿を、悲鳴嶼さんはずっと見て来たからこそ。

 

 

 ── 悲鳴嶼さん、叔父さん……力を貸して下さい。

 

 

 そう想いを込めて呼び出した『コウリュウ』は、その願いに応えるかの様にその力を揮うのであった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆




【鳴上悠】
コウリュウ(とスラオシャ)は悠にとっては本当に特別な思い入れのあるペルソナ。
お館様にはとてもお世話になっているのだし、恩返しをしたいと思っている。
自分に関りがある人が自ら死を選ぼうとするのは物凄く嫌。
万が一お館様が自爆した場合、一時的にしろかなり精神的なデバフがかかる。


【産屋敷耀哉】
全ての発端となった罪も、そして鬼殺隊を率いている間に降り積もった業も、その全てを己の代で全て終わらせる覚悟であった執念の人。
子供たちを心から慈しみ愛しているからこそ、子供たちに背負わせたくは無かった。
呪いの様な病魔は無事祓われたが、長い間その身を蝕まれ続けていた影響自体は全くない訳では無い。
悠のその力をその身を以て実感したからこそ、悠の行く末を心から案じている。
産屋敷家の力が及ぶ限りは、恩返しの意味も込めて全力で悠を世間から守ろうと決意。
『ナルカミ教』の事は耳に届いているので現在調査中。


【産屋敷家の人たち】
耀哉の事をとても大切に愛しているけれど、だからこそ病魔に蝕まれるその身をどうする事も出来なかった事が苦しかった。
残酷な運命を決定付けられているからこそ、産屋敷家の人間は総じて早熟であり歳不相応な程に厳しく育てられているが、それは早逝するが故にどうしても置いて行ってしまうが故の親からの精一杯の愛であるとは理解している。
突然金色の巨大な龍が出現して、危うく腰を抜かす所であったが三人ともとても肝が座っているのでギリギリ耐えた。
この後、子供たち総出で耀哉に抱き着く事になる。


【鬼舞辻無惨】
未来永劫誰からも赦される事は無い。


【珠世】
共同研究者であるしのぶとの関係性は少しずつ改善されている。しかし、毛のある生き物が嫌いな点に関してはちょっと相容れない。
無惨と一緒に死ぬ覚悟。


【愈史郎】
珠世様が死ぬ気である事は薄々分かっている。止めたいが止められるものではない事も分かっている。
鬼舞辻無惨を滅ぼす事が珠世様の望みであるからこそ、その為に力を尽くすが。しかし、鬼舞辻無惨との決戦が珠世様との別れとなる可能性も当然理解している。
それでも、愛している人の望みは叶えたい。




《今回のコミュの変化》
【審判/永劫(産屋敷の人達)】:9/10→MAX!
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