『鳴上悠は鬼殺の夢を見る』   作:OKAMEPON

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『青い彼岸花』

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 夏が過ぎ行き、そろそろ彼岸の時期になると言う頃合いになった。

 決戦に向けて始まった柱稽古は、二ヶ月半程経った今もまだ続いているが、ほぼ全ての隊士たちは実弥さんの試練以降にまで進んでいる。……まあ、実弥さんの所で長い事立ち往生している人も多いそうだが。

 村田さんたちはどうにか悲鳴嶼さんの試練に合格し、今は冨岡さんの所でそのスパルタ加減に死屍累々となって転がっているらしい。

 柱同士の手合わせも日々行われていて、自分も其処に呼ばれる事も多い。

 その時には炭治郎たちも其処に居合わせている事も多く、炭治郎たちとも手合わせをする事も多かった。

 今の炭治郎たちは、煉獄さんの所と宇随さんの所、そして無一郎の所を行ったり来たりしつつ鍛えて貰っているのだそうだ。

 冨岡さんも自分の所にも来ると良いと言っていたそうなのだが、今冨岡さんは柱稽古で多数の隊士を相手にするのにお忙しいし……との事で炭治郎は遠慮したらしい。

 玄弥は実弥さんと悲鳴嶼さんの所を行き来している様で、その二人の所に顔を出すと出逢う事が多い。

 カナヲは本来ならしのぶさんに稽古を付けて欲しかったらしいのだが、しかししのぶさんは研究で忙しいのでその時間は無い為、炭治郎たちと一緒に煉獄さんたちに鍛えて貰ったり、或いは甘露寺さんの所で修行しているそうだ。

 そうやって、皆それぞれに今自分に出来る事を積み重ねている。

 そんな中で、炭治郎たちを含めた自分たちに、ある一つの任務が下されたのであった。

 

 

 

「『青い彼岸花』の捜索……か」

 

 鬼舞辻無惨が探し求めているのだと言う「それ」は、何処かに実在しているのならば鬼たちの手に渡るよりも先に確保しなくてはならないものであるのは確かだ。

 まあ、それが一体何なのかはかつて鬼舞辻無惨と行動を共にして実際に「青い彼岸花」を探す様に言われていたらしい珠世さんにすら分からないものであるらしいし……何故鬼舞辻無惨がそれを求めるのかに関しても推測出来る事はあっても確証にまでは至らないもので。

 単に捜索と言っても鬼たちが千年掛けても見付け出せなかったものを人の手で僅かな間に見付けようとするのは、ある意味では雲を掴む様な話ではある。

 とは言え今回のこれは、必ずそれを見付けて来いと言う要件の任務では無い。

 以前、炭治郎が走馬灯を見る程に追い詰められた際のその生と死の狭間の中で、ほんの一瞬とは言え確かに過った幼き日の記憶の中に青い色をした彼岸花の様な花が在ったと言うので、それが鬼が探し求めている『青い彼岸花』である可能性があるのであれば鬼に奪われたりする前にどうにか対処する必要はあるとの事で、あくまでも「念の為」と言うものである。

 炭治郎が垣間見たそれが果たして目的の『青い彼岸花』であるのかは分からないけれど、まあとにかく一旦探してみる必要はあるのだろう。

 ……勿論その思惑もあるだろうがそれ以上に、上弦を討つなどと言った目覚ましい功績を上げている炭治郎にちょっとした里帰りをさせてやろうと言う思惑もあるのかもしれない。炭治郎は放っておくと身体を壊しかねない程に熱心に鍛錬してしまうので、少なくともちょっと休ませる意図はあったと思う。

 そんなこんなで、炭治郎は当然として善逸と伊之助、……色々と迷いはしたものの禰豆子を連れて、五人で炭治郎の生家がある雲取山に向かう事になったのであった。

 

 雲取山は東京都心からはかなり離れた場所に在る……現代で言うなら奥多摩と呼ばれる地域にある標高の高い山で、冬になれば山全体が雪に覆われる場所だ。

 かなり遠方の地であり、幾ら呼吸の剣士として鍛えた健脚があっても流石に日帰りなどは出来ない。その為、何日か掛ける必要はある任務である。

 なお、雲取山に向かうその手前には伊之助が育った山があった様で、移動している最中に伊之助が懐かしそうな顔をしていた。

 ……肝心の炭治郎はと言うと、懐かしく嬉しそうな反面何処か複雑そうな様子ではある。

 ……炭治郎にとって、雲取山は生まれ故郷であり帰るべき場所であるのと同時に、余りにも辛く血生臭い記憶が強く結び付き過ぎている。

 勿論、凄惨な記憶だけでは無く、家族と過ごした愛しい思い出も多く存在するのだけれど……だからこそ尚の事その最後の記憶の痛みはより一層苛烈なものになる。

 今はあの惨劇の記憶の中とは違って、雲取山に雪は積っていないけれど。しかし、あの幸せが壊れてしまった事を象徴する血の匂いを「思い出」にしてしまうにはまだ早過ぎたのかもしれない。

 ……思えば、炭治郎はずっとあの日から我武者羅に前に進み続けるしか無かった。禰豆子を人に戻す為には立ち止まっている余裕なんて無かっただろう。時間的にもその心にも。

 あの日の惨劇に対して折り合いを付けていない訳では無いだろうが、「思い出」として整理してしまうには炭治郎に許された時間が余りにも少ない。

 ……無限列車の任務でその夢と過去を垣間見てしまったからこそ、炭治郎の中であの出来事が今も尚色褪せる事の無い深い苦しみと哀しみに満ちている事は知っている。……それでも、たった一人残された家族の為に足を止めずに自分に出来る事の為に足掻き続けられる強さが炭治郎にはあるのだけれど……。

 それに、禰豆子を人に戻し鬼舞辻無惨を倒してから帰ろうと決めていたその場所に、そのどちらもがまだ達成されていない状況で一時的に帰郷する事に複雑な思いでも感じているのかもしれない。

 禰豆子を背負いながら慣れてはいるものの険しい山道を歩くそれは、きっと否応なしに「あの日」の記憶を呼び覚ましてしまっているのだろうと思う。

 町に向かっていた「あの日」とは逆で家に向かっているのだし、道に足が埋もれそうな雪は積っていないし、そして「あの日」とは違って傍には善逸と伊之助と自分も居る。それでも、記憶に焼き付いているそれはそう簡単に振り払えるものでは無いだろうと思う。……炭治郎の心の中が分かる訳では無いので、あくまでも推測ではあるが。

 

 雲取山で「青い彼岸花」の捜索をするにしても今日明日では流石に終わらないだろうとの事で活動の拠点は必要であり、それはある種当然の流れとして炭治郎の生家を使おうと言う事になった。

 ただ、炭治郎が家を離れたのはもう二年も前の事で、更には鬼舞辻無惨に襲撃されたその惨憺たる有様を片付ける間も殆ど無く家族の亡骸を弔う事しか出来ぬままの状態で離れているのだ。

 人の住んでいない家は驚く程直ぐに荒れてしまう事や、山中にある事を考えると山の獣たちに荒らされていてもおかしくはないし、そうでなくてもあちらこちらに血が撒き散らされこびり付いた変わり果てた有様に直面する可能性は大いにあった。

 畳を替えたり傷んだ板を張り替えたりなどと言った家中の大掃除が必要になる可能性は高いだろう。

 畳などは家の状況が分からないので予め持ち込むのは難しかった為、必要ならば麓の町に降りるなどして買い付けるつもりではあるが。

 取り敢えず初日は大掃除に追われる事になるのだろう、とそう覚悟していたのだけれど……。

 

 山道を行く事暫し、漸く辿り着いた炭治郎の家は、パッと見の外見は荒れ果てた様子は無かった。

 家の裏には、その部分だけ花が咲いている区画があって。

 ……かつての炭治郎の記憶を知っているからこそ、そこには炭治郎の亡き家族が眠っているのだと分かる。

 あの日、寒さにかじかむ手で……だがそんな事も気にならない程に絶望と不安とに苛まれつつ、禰豆子を守らねばと言うその想いに縋りながら、炭治郎は一人で家族全員の墓穴を掘っていた。

 そして変わり果てた姿となった彼等を、限られた時間の中で出来る限りかつての様な姿に装って眠らせた事も。

 家族の無惨な亡骸を見ても何の反応も示せなくなっていた禰豆子の有り様に打ちのめされていた事も。

 その記憶を見てしまったからこそ、知っている。

 

 それを目にした瞬間、炭治郎の目に涙が浮かんだ。

 その胸に去来しているのだろう感情はとても複雑なものなのだろうと、涙の向こうに揺れる眼差しを見ても感じる。

 家族の眠るその場に膝を突いた炭治郎は、昼日中ではあるが念の為近くに鬼の気配や第三者の気配は無い事を確認してから、背負って来た箱から禰豆子を出してやった。

 禰豆子は普段の様に身体を瞬時に大きくしながらも、蝶屋敷では無いのに日中に箱の外に出た事を少し不思議そうに首を傾げ、そして膝を突いている炭治郎を見て、家族の眠る墓を見る。……それが墓である事や其処に家族が眠っている事を何処まで理解出来たのかは分からない。だけれど何かは感じた様で、禰豆子は炭治郎の真似をするかの様にその場に膝を突いた。

 その様子を見ていた炭治郎は、僅かばかり安堵の様な……そんな気配を微かにその眼差しに溶かした。

 何も言われなくても察した善逸と、良くは分かっていないが何かただならぬ雰囲気を察し少しオロオロと周りを見てそれに倣う事にした伊之助と。

 二人とも何も言わずに炭治郎の横に並んでそこに膝を突いた。

 炭治郎は暫しの間無言のまま手を合わせていたのだが、その目に浮かんだ涙が頬に一筋の軌跡を描いて零れ落ちた事を切っ掛けにしてか、「ただいま」とそう言葉にする。

 そして、その言葉を口にしたからなのか、その目から止め処無く涙が溢れ始めて。それを見て少し焦った様な素振りを見せた禰豆子の目からも、炭治郎の涙が伝わったかの様にポロポロと涙が真珠の様に光る雫となって零れていった。

 ボロボロと涙を零す二人を見て善逸と伊之助は焦った様に二人を宥め様としてぎゅうぎゅうと抱き締めるのだが、善逸は貰い泣きしたのか二人よりも大きな声でわんわん泣き出し、それに驚いた伊之助はあわあわと狼狽えつつもちょっとその被り物の下でちょっと涙ぐんでいる様だった。

 

 ……炭治郎の戦いはまだ終わった訳では無く、寧ろ今からが正念場と言っても良い所ではあるけれど。

 それでも、今まで押し殺していくしかなかった様々な思いを、そうやって涙にして表に出す事が出来た事は、きっと炭治郎にとってその心の負担を減らす切っ掛けにはなるのだろう。

 そして、守らねばならぬ家族である禰豆子だけでなく、その気持ちに寄り添おうとしてくれる善逸や伊之助の様な友が傍に居る事もまた、炭治郎を支えてくれるのだろう。

 

 炭治郎たちの様子を見守りながら、墓標の無い墓にそっと手を合わせる。

 ……此処に眠る人たちにとって、自分は全く縁も所縁も無い者ではあるけれど。……炭治郎の記憶を見てしまったからこそ、自分にとっては他人事ではない。

 この先の戦いで何が起きるかは予想し切れなくても、それでも自分に出来る精一杯で炭治郎たちの事を守る事を誓って。だからこそ、此処でどうか炭治郎たちの事を静かに見守っていて下さい、と。その死後の安寧が脅かされる事の無いようにと願う。

 死した者の魂が何処に行くのかは自分には分からない。

 もしかしたらもうこの墓の下には彼等の魂は無く、死者が行くべき所へ既に去っているのかもしれない。或いは、死した場所に縛られる事無く、その魂は目には見えなくても今も炭治郎たちに寄り添っているのかもしれない。

 今此処に彼等の魂が居ても居なくても、炭治郎たちの家族の前で誓うからこそ意味がある。

 此処が炭治郎たちにとっては『帰るべき場所』であるからこそ、必ずまた此処に無事に帰ってくる事が出来る様にするのが、自分のやるべき事だと思うのだ。

 

 

 一頻り泣いて気持ちが落ち着いたらしい炭治郎たちと共に家の中に入ると。

 荒れ果てているかもしれないと言う予想に反して、家の中はとても綺麗な状態だった。

 血に汚れてしまっていた畳や棚や箪笥などの家財も、すっかり新しい物に変わっている。更には、誰かが定期的に空気の入れ替えや掃除をしに来てくれているのか、長い事締め切っていた家特有の匂いも埃っぽさも無い。

 その事に驚いていると、炭治郎が自分宛ての手紙が置かれている事に気付いた。

 それを読む内に、再び炭治郎の目に涙が浮かぶ。

 

「三郎爺さんや町の人たちが綺麗にしてくれたんだ……」

 

 畳も、家財も。決して安いものでは無い。それを工面すると言う事は、そう簡単な事では無かっただろう。

 そもそも、何も書き残したりする事は無く家を出た炭治郎たちが何時此処に帰って来るのかなど分からないのだし。

 無惨な状態になった家の中や墓標も無く土のみが盛られた墓を見て竈門家に何か只ならぬ事が起きた事は察する事は出来ただろうが、しかしそれで炭治郎たちの安否を知る事など出来なかっただろう。

 ……もう二度と此処に主が帰って来ないのだとしても。寧ろその可能性の方が高かったのだとしても。

 それでも、無惨な有り様の家をそのままになどしておけず、何時か家主が帰って来た時に少しでもかつての姿を留めた家が出迎える事が出来る様にと、そう心を砕こうと思われる程に。炭治郎たちは町の人たちから愛されていたのだろう。

 

 そんな温かな思い遣りを受け取って幸せな思いに満ちた温かな涙を零す炭治郎を、静かに見守るのであった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「青い彼岸花」を探しに雲取山に向かうようにと任務が下った時、先ず真っ先に頭を過ったのは、あの雪の日の光景であった。

 あれから、もう二年半以上もの時が経っている。

 温かな記憶と、そして血に塗れた凄惨な記憶と。

 相反する様なその二つの記憶が色濃く残るあの家は、今どうなっているのだろうか。

 

 ……あの日、皆を埋葬する事が精一杯で。粗末と言っていい様な墓穴を掘って埋める事しか出来なかった。

 山の獣たちに掘り返されたりしない様に深く掘った穴の中につい昨日までは生きていた筈の大切な家族の亡骸を埋めた時に何を感じていたのか……それを振り返ろうにも今となっては酷く曖昧なもので。

 ただ、旅立つ前に家の中を片付けていこうなんて余裕は欠片も無かった事だけは覚えている。

 あの時は、起きてしまった出来事が余りにも衝撃的で、そして殆どがもう自分が何をした所で取り返しが付かない事で。

 そんな中、たった一つ残されたそれに縋るかの様に、ただひたすらに禰豆子の事を考えていた。

 あの時の自分には、『禰豆子を人に戻す』というそれが全てだった。それしか無かった。

 ……俺と禰豆子が居る限り、あの家の温かな記憶が喪われる訳では無い。

 あの家こそが俺たちの帰るべき場所で、帰りたい場所だ。

 それは、何年経とうと変わる事は無い。

 ただ……。二年以上もの間人の手が入らなかった山中の家屋がどうなるのかを考えてしまうと、果たして今もそこにあの家はあるのだろうかと思ってしまうのだ。

 禰豆子を人に戻すまで、無惨をこの手で倒すまでは、と。

 それを優先する事で、今まで無意識の内にあの家の事を考えようとはしてこなかったのかもしれない。

 目的を果たすまで帰らないと、そう心に決める事で。少しでそれで迷う事が無いようにとしていたのかもしれない。

 何にせよ、思いもよらなかった形での帰郷に、俺は何処と無く落ち着かない気持ちになっていたのだった。

 

「青い彼岸花」探しに向かう事になったのは俺だけではなく、善逸と伊之助、そして悠さんもであった。

 正確には、善逸に関しては「禰豆子ちゃんが行くなら俺も!」という理由での同行になったのだが。

 禰豆子を入れて五人で故郷の雲取山に向かうのは、何だか不思議な気分であった。

 山育ちの伊之助は楽しみで仕方が無い様で、何時も以上にソワソワとした様子で「早く行こう」と言外に急かしているかの様である。

 そんな伊之助を、ひたすら山を越えて歩いて行く事に少し辟易してきたのかやや疲れた様子の善逸はちょっと呆れた様に見ていて。周囲の様子を興味深げに眺めながら歩いている悠さんは微笑ましいものを見ている様な優しい目を向けていた。

 

 雲取山に続く山道を皆で色々と話しながら歩いて行くのも何だか不思議な気分だ。

 あの日家を後にするまで、俺は基本的に雲取山から離れた事は無いし、麓の町に炭を売りに行く事はあってもそれ以上遠方に行った事は殆どと言って良い程に無い。

 それを嫌だと思った事は全く無かったけれど、それまでの俺にとっての『世界』は、今思えばとても小さなものだったのだ。

 洋風のハイカラでモダンな人々の話など、雲取山とその麓の町の外の世界の事は、それこそまさに少し遠い御伽噺の様な世界の事で。自分の世界と地続きの何処かにある話だと実感する事は無かった。

 鬼殺隊の隊士として各地を駆け回る様になって、間違いなく俺の『世界』は広がった。

 それは、知らなかったものを知る度だけではなく、新たな人に出会う度にも。

 町の人たちは皆とても良くしてくれたけれど、思えば『友だち』と呼べる様な関係の相手は居なかった気がする。同じ目的の為に肩を並べて戦う仲間も居なかった。

 決して豊かな生活ではなくても守り支えていくべき愛しく大切な家族が居て、見守ってくれる優しい町の人たちが居て。それで十分以上に俺は満たされていたし幸せだったけれど。

 それでも、その始まりに絶望と惨劇が在ったのだとしても、『世界』が広がった事もまた、決して不幸や苦しみに満ちていた訳では無い。

 きっとあの頃の俺が思っていた以上に、『幸せ』の形というものは色々とあるんだろうと思う。

『幸せ』に貴賎は無く、あの日よりも前の日々の『幸せ』も、こうして皆と過ごす時間の中で感じる『幸せ』も、どちらも俺にとってはとても大切なもので。

 ……だからこそ、決して叶う事の無い淡く儚い夢も見てしまう。

 母さんや竹雄たちも元気に生きていて、禰豆子も普通に人間として陽の光の下を歩く事が出来て、でもそこには善逸や伊之助や悠さんや……鬼殺隊として戦う中でお世話になった大切な人たちも居て。

 そんな、「もしも」ですらない絶対に現実にはならない願望を、思い描いてしまうのだった。

 

 山道を歩きながら、ふと「青い彼岸花」とは一体何なのだろうと言う話になる。

 無惨が鬼たちを使って千年以上の時間を費やしても尚見付ける事が叶っていない「何か」。

 確かに、朧気な記憶の中に目が覚める程の青い色をした彼岸花を目にした記憶はあるものの……断片的なその記憶以外にそんな花を目にした記憶は無いし、無惨がそれ程までに長い時を掛けて探し求めているものが、俺にとって余りにも身近な山の中にあるのだろうかとも思ってしまうのだ。

 無惨が探しているそれはもっと別の物で、「青い彼岸花」と言うそれも何らかの隠語や符号の様な物であるのかもしれないし。

 それにそもそもどうしてそこまでしてその「青い彼岸花」を求めているのかも謎だった。

 すると、悠さんが確証がある訳では無いけれど、と前置きをして自分の推測を話す。

 

「『青い彼岸花』の正体が何なのかまでは分からないけど、それは鬼舞辻無惨が鬼になった事自体に何か関係しているのかもしれないな。恐らくは、になるけれど」

 

 無惨が鬼に、と言うその言葉に驚いてしまう。

 何となく、無惨は生まれながらにして鬼であったかの様に思っていたからだ。

 人間を鬼に変えてしまえる力を持つのは、基本的には無惨だけであるのだし。それに、元が人間だったとはとてもではないが思えない程に無惨の在り方は人としてのそれでは無い。

 だが、そもそも人は鬼になるとその心は歪み果ててしまう。

 かつての無惨も、人から鬼になった事であそこまで歪んでしまったのだろうか?

 それは分からないけれど、無惨を鬼に変えた原因に「青い彼岸花」が関わっているのであれば、「青い彼岸花」を探し出す事には俺が思っている以上に重大なものであるのかもしれない。

 

「……そうだな。もし『青い彼岸花』が心無い者の手に渡れば……そしてその者がその悪用方法に辿り着けば。第二第三の鬼舞辻無惨が生まれてしまうのかもしれない」

 

 憂う様な眼差しで悠さんは頷く。

 この世の誰も彼もがそうであると言う訳では無いけれど。

 鬼の様に強靭な再生能力と寿命がほぼ存在しないそれを、人を食らう化け物になる必要があると言うそれを差し引いても問題無いと考えてしまう様な……そんな心無い人が存在しない訳では無いし。或いはそんな悪意や私利私欲とは無縁に単純な善意として誰かを助けたくてそれを求めてしまう人もいるだろう。

 だが、その結果生まれるのは間違いなく酸鼻極まる怨嗟の連鎖だ。新たに生まれた「鬼」が無惨の様に無闇矢鱈と鬼を増やす様な事はしないのだとしても、人の命は貪り食われる事になる。

 何時か遠い未来で、人を食う衝動や必要性を克服する方法を見付け出す事が出来るのだとしても。しかしそこに至るまでに積み上げられる事になる屍の数を思うと、『青い彼岸花』は世に知られては決してならないものになる。

 

 気負う様に決意を新たにしていると、悠さんはそれを和らげようとするかの様にゆるりと首を横に振る。

 

「『青い彼岸花』が本当に植物なのだとしても。

 千年前に在ったそれが今も存在しているのかどうかに関しては分からないからな……」

 

 案外何処かで絶えているのかもしれない、と。そう悠さんは言う。

 まあ確かに、無惨が千年掛けても見付けられていないのだ。

 探している間に絶えてしまっている可能性だってあるだろう。

 

「植物に関しては、本当に複雑怪奇と言うか……繊細な部分はあるんだけれど、想像するのも難しい程に変わった生態である時も多い。

『青い彼岸花』は恐らくは相当に稀少な種であるのだろうから、本当に極限られた場所でしか生育出来ないものなのかもしれないし、或いは物凄く変わった生態なのかもしれない」

 

 そう言いながら、悠さんは色々と話してくれる。

 千年前と今とでは大分気候の変動があって、気温などの変化も色々とあったらしい。特に徳川の時代辺りは寒冷な状態が続いていたりしたらしく、植物の中にはそう言った気候の変化に酷く敏感なものもあって、それで千年の間の何処かで枯れてしまっている可能性だってあるだろうと言う。

 しかし植物はただ繊細なのではなくて、物凄く長生きだったり或いは驚く程不思議な生態だったりするのだとか。

 例えば、日本にだって二千年以上も生きている屋久杉などがあるし、同じ根が繋がっているという意味で八万年もの間ずっと生きている樹も海の彼方にはあるらしい。

 何十年に一度しか花を付けずそしてその後には枯れてしまう様な植物もあれば、身近な竹だって花が咲くのには百年だとかの長い時間が必要でその後は根が繋がっている竹林自体が枯れてしまう。そうやって驚く程の長い時間を掛けて花を付けて実を結び枯れてしまう植物は多くはなくても確かに存在するのだとか。

 植物自体が地中に埋もれ花すらも土の中で咲いて地上には出て来ない様な生態のものもあるし、ほんの限られた時間の中でしか花を咲かせないものもあるし、燃えやすい油を大量に含みある程度暑くなってくると発火して周囲の花々を燃やす様な花だってあるし、一生に二枚しか葉が生えずそれがずっと成長し続けるものもあるし、人が見付けた時点でたった三本しか残っていなかった植物もある。

 悠さんが教えてくれたそれらは、確かに物凄く不思議で。

「青い彼岸花」がそれらの様にとても変わった植物であるなら、今尚現存していたとしても、無惨が千年かけても見付ける事が出来ていなくてもそう有り得ない事でもないのかもしれない。

 とは言え、今までは発見されて来なかったからと言ってこれからもそうであるとは限らず、その為にも出来るなら「青い彼岸花」を確保しておかなければならないのだけれど。

 

「まあ、『青い彼岸花』が本当に彼岸花の突然変異か何かなら、ずっと同じ場所に咲いている可能性は高いだろうな」

 

 日本に咲いている彼岸花は種を作らず球根でしか増える事は出来ないから、と。そう悠さんは言う。

 そうなんだ、と驚いていると悠さんは彼岸花についても色々と教えてくれた。

 日本に咲いている彼岸花は元々は中国からやって来たのだそうだが、突然変異(?)とやらでその彼岸花は種を作る事は出来ないのだそうだ。その為球根から増やすしかないのだが、球根にある毒で害獣避けなどの用途と、球根の毒は水に晒せば抜く事が出来る事から飢饉の際の食料にもなる為に、各地の田畑や畦道に植えられて今では日本各地で見る事が出来るのだとか。

 また、外つ国には様々な色や形の「リコリス」と呼ばれる彼岸花が存在し栽培されているらしい。

 俺たちが知る彼岸花ではないけれどそれに近いものの中には確かに青っぽいものもあるのだとか。正確には桃色の花に段々と青みがかっていく様なもので、俺の記憶の断片にある鮮やかな蒼とは程遠いらしいが。

 

「元々、彼岸花に限らず花の色として『青』はかなり希少なんだ。そう言う色素が最初から無いものも多いし。

 正直、彼岸花っぽい青い花が欲しいなら、真っ白のネリネを青色の染料で染めてしまうのが手っ取り早いんだろうな」

 

 流石にそれは「青い彼岸花」そのものではないけれどそれで無惨を騙せないだろうか、なんて悠さんは冗談交じりに言う。

 それで無惨が騙される光景を想像すると、面白いような馬鹿らしいような、何とも言えない気持ちになる。

 その光景を想像したのだろう善逸と共に思わず噴き出すと、悠さんはしてやったりとでも言いたげな顔で笑う。

 

「そんなに簡単に騙されるかなあ……」

 

 まだ笑いが残った表情のまま善逸が首を傾げるが、悠さんは真面目そうな顔で頷く。

 

「それを探している鬼舞辻無惨本人が、『青い彼岸花』がどんなものなのか詳しくは分かっていないみたいだからな……。

 彼岸花を探すにしても、彼岸花がやって来た元である中国に目を向ければ良いのに、何故か東京近郊を中心に動いているし。

 それっぽいものを見せたら案外コロッと騙されるんじゃないか?

 本物かどうかは殺して奪ってから確かめれば良いだろう、程度には考えていそうだからな。

 手に渡した後で偽物だとバレたらそれはもう盛大にキレ散らかしそうだが、流石に鬼だと憤死するって事は無いんだろうな」

 

 残念だ、なんて。顔だけは真面目に少しふざけているのが分かる口調で悠さんは頷く様に言う。

 それにしても、悠さんはやはりとても物知りだ。

 歴史にも詳しいし、外つ国の事にも詳しいし、何か分からないものがあっても大体の場合は悠さんに訊けば教えて貰える事が多い。

 すらすらと書物を読み上げているかの様に様々な知識を澱みなく諳んじるその姿は、まさに生き字引と言うものなのだろう。

 本当に凄いなぁ、とそう感心するばかりである。

 

 

 そんな風に話をしている内に、山道はよく見知った景色になって。

 二年以上前に出て行ったきりにしている家が近付いている事を皆も察したのか、次第に口数は少なくなっていく。

 そして。

 

 その光景を目にした瞬間、胸に様々な感情が溢れた。

 何かを守るかの様に……その下にあるものの眠りに寄り添うかの様に、丁度その部分を覆う様に花が咲いている。

 その下には、皆が眠っている。

 穴を掘り皆を埋めたそこは、二年前のあの日は土は盛り上がり周囲とは色が違っていたから一目見てそこに何かが埋葬されている事は分かるものであったけれど。しかし二年の間に雨風によって盛られた部分の土は削られ、掘り返されたそこも周囲と色での見分けは難しくなっていた。

 しかし、そこに皆が眠っている事を、他ならぬ自分が忘れる筈も無く。

 そして、改めてもう皆は居ない事を突き付けられているかの様であった。

 

 周りに自分たち以外は居ない事を確認して、此処まで背負ってきた何時もの箱から禰豆子を出してやる。

 ……二年前のあの日には、禰豆子はちゃんと皆とお別れが出来ていなかったのだろうと思う。

 あの時の禰豆子は俺を襲わないようにする事で精一杯だったし、その自我は本当にあるのかどうかも疑わしく思ってしまう程にぼんやりとあやふやなもので。

 目の前で穴の中に横たえられそっと土を被せられていく()が一体何であるのかを理解出来ている様子は全く無かった。

 禰豆子が守ろうとするかの様にその腕の中に抱えていた筈の六太が埋められる時ですら、何も分かっていない様にただぼんやりと作業を眺めているだけで。

 それが堪らなく悲しかった事は、今でも覚えている。

 そして今、目の前にあるものが家族の墓であると理解出来ているのかは分からないけれど、禰豆子は俺の真似をするかの様に俺の傍で膝を突いた。

 それに酷く安堵していると、善逸と伊之助に悠さんまでもが静かに俺に倣うかの様にその場に膝をついて手を合わせる。

 

「ただいま」

 

 それに返事をしてくれる人はもう居ないけれど。

 そう言葉にすると、その途端に色々なものが込み上げてきて。

 それは涙の雫となって頬を伝い落ちていく。

 そしてその涙が伝わったかの様に禰豆子もポロポロと涙を零して、慌てた様に俺たちを抱き締めてきた善逸の目からも光るものが零れ落ちていくし、伊之助も戸惑いながらもその身を少し震わせる様にしてその被り物の下で涙ぐんでいる様で。

 ふと視線を向けると、悠さんは少しの悲しみを湛えつつも慈しむ様な目で俺たちを見守っていた。

 

 一頻り泣いて、気持ちに少し整理がついた所で、いよいよ家の中に入る。

 だけれど、意を決して戸を開けたそこには、思ってもみなかった光景が広がっていたのだ。

 

「全然荒れてない……」

 

 あの日、急いで此処を離れなければならなかった俺に、家の事を片付けたり整理していく様な時間も余裕も無くて。

 畳や壁を汚した血を拭う事すらもままならず、壊れた家財を片付ける余裕も無く、荒れたままの状態で置き去りにするしかなかったのに。

 しかし今、目の前に広がる室内の様子の何処にも、血痕なんて無くて。

 それどころか随分と年季が入っていた筈の畳や家財が綺麗なものになっている。

 それには、俺だけではなく悠さんも驚いている様であった。

 そして、目に付きやすい場所に、俺たちに宛てた手紙が置かれていた。

 ……それは、三郎爺さんや町の人たちからの手紙で。

 俺たちの安否を心配する言葉と、……滅茶苦茶になっていた家の事は三郎爺さんや町の人たちが手分けして片付けて綺麗にした事、畳などはもう駄目になってしまっていたので新しいものに替えてある事などが記されていた。

 それを読む内に、再び涙が溢れてきて手紙の字が滲んでしまう。

 

 ああ、駄目だなぁ。今日は泣いてばかりだ。

 

 常に何処か張り詰めていたものが僅かに緩んで。

 だからなのか、涙は中々止まらない。

 

「……優しい人たちなんだな」

 

 そっと寄り添う様な響きの悠さんの言葉に、ボロボロと涙を零しながら頷く。

 そう、とても優しい人たちだ。

 沢山、「ありがとう」と言いたかった。一人一人に溢れんばかりの感謝の気持ちを伝えたかった。

 生きているかどうかも分からない俺たちの為に何かをしようとしてくれる、そんな優しい人たちに。俺も何かを返したかった。

 

 

「……おかえり、炭治郎」

 

 

 まるで微笑むかの様に優しい目と声でそう言った悠さんは、泣きじゃくる俺の背を優しく撫でるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆




【鳴上悠】
炭治郎が今度は何の憂いも無く帰ってこられる様にしたいと思っている。
なお、白いネリネを青く染めたものでも無惨様は騙される模様。


【竈門炭治郎】
思わぬタイミングでの帰郷であったが、心の重荷を少し下ろす事が出来た。


【竈門禰豆子】
分かっていないようでぼんやりとは分かっている。


【我妻善逸】
禰豆子ちゃんと炭治郎が育った家を訪れる事が出来て嬉しい。
炭治郎は優しい人たちに愛されてきたんだなぁ……としみじみ思う。


【嘴平伊之助】
山育ちで山の植物にも詳しい(学術的な知識ではなく)為、『青い彼岸花』捜索の人員に抜擢された。
雲取山の環境も気に入った模様。


【「青い彼岸花」】
ある意味で全ての元凶。
雲取山の一画にしか生息しない超希少種。
開花の条件や生育条件が物凄く繊細なので、日中にしか咲かないと言う特殊性を抜きにしても人に認識される事はほぼ無かった。
またその存在を認識した人も多くはそれが極めて希少かつ扱いようによっては危険なものだとは思わず、「珍しい綺麗な花」程度のものであった。
雲取山の個体群が滅びると絶滅する。


≪今回のコミュの変化≫
【剛毅(竈門禰豆子)】:9/10→MAX!
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