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「青い彼岸花」は結局見付からなかったが、まあそれに関しては駄目で元々というものであったのだし仕方無い部分はあった。
彼岸花が咲く時期に合わせて捜索していたのだけれども……普通の真っ赤な彼岸花は幾らでも見付かったのだが、炭治郎がかつて見たと言う真っ青な彼岸花らしき花は何処にも見当たらず。
ならば何か変わった植物でもと探してみても、土筆か何かの様な奇妙な蕾ともつかぬ何かを付けている植物が見付かった程度で。
自分たちが植物の専門家では無い事や、雲取山での綿密なフィールドワークが出来ているとは言い難い状況では、あるのかどうかも分からないものを短期間で探すのは無理であるのだろう。
それにそもそも、「青い彼岸花」はどうしても必要なものと言う訳ではなくて。鬼舞辻無惨の手に渡さない為に確保しておきたいものであるのだし、鬼舞辻無惨が『鬼』になった事に「青い彼岸花」が何かしら関わっているのだとすれば、第二第三の鬼舞辻無惨を生まない為にもこの世から消し去ってしまった方が良い存在でもある。……まあ、「青い彼岸花」自身には何か罪がある訳でもなく、ただそこに存在しているだけなのにとんだ災難だと言いたくなる事なのかもしれないけれど。
何であれ、見付からなかったものに何時までも拘泥し続ける事はあまり良い事では無い。他にやらなければならない事は山積みなのだから。
そんな訳で、見付けた謎の植物をその球根ごと一株だけ採取して、雲取山を後にする事になったのだった。
炭治郎にとっては思わぬタイミングでの久方振りの帰郷となった今回の任務だが、良い意味で肩の力を抜く切っ掛けになった様で。行きは何処か張り詰めていた部分があったその表情も、帰る時には名残惜しさを含めた柔らかなものになっていた。
大切な家族との思い出の詰まった家が、町の人たちの厚意によって温かな思い出の中の姿を留めていた事がやはり大きいのだろう。
大勢で押し掛ける結果になってしまった事も、本来は大家族に囲まれた賑やかな時間を過ごしていた事を考えると良い方向に働いたのかもしれない。
喪った大切なものを取り戻す事は叶わず、そしてそれを喪った事による心の傷が本当の意味で完全に埋まり切る事は無いのかもしれないけれど。しかし、その痛みが何時までも鮮烈に胸を抉り引き裂き続ける訳でもないと、そう思う。
時の流れの中で、或いは新たな出会いの中で。少しずつでもその痛みが穏やかなものに変わっていけるのだと、そう信じていたい。
そうして、任務を終えて帰って来た訳なのだけれど。
炭治郎と一緒にその足でそのまましのぶさんたちの所へと向かう事になった。
珠世さんとしのぶさんに禰豆子ちゃんの状態を専門的に確認して貰うタイミングであったと言う事もあるし、雲取山で採取した謎の植物を念の為に提出する意図もあった。
これが「青い彼岸花」であるかどうかはともかく、未知の植物であるならばそこから新たな薬や毒の手掛かりがあるかもしれないからだ。
……まあ、細心の注意を払って球根ごと採取し、ちょっとした鉢植えにして水やりなどにも気を払って持ち帰って来たと思っていたのだけれども。
この謎の植物は本当に繊細な生態であったからなのか、雲取山から帰って来るまでの数日の間に枯れてしまったのだ。
まあ、球根はまだ無事である様だけれども……少し残念ではある。
枯れてしまった植物の部分を慎重に解体して土筆の様な部分も分解して確かめてみると、どうやら土筆に見えていのは蕾の様なものであったらしく、その中は青っぽい様な色をした花であった様だ。
まあ中はすっかり駄目になってしまっていて、花弁の形が何であったのかすら分からなかったが。
万が一これが「青い彼岸花」であった場合、鬼舞辻無惨を『鬼』にした元凶である可能性のものを弄ってしまった事になるのだけれど。
かなり念を入れて無闇に中身に触れぬ様に慎重に解体したからなのか、或いはそもそも「青い彼岸花」でも何でもない植物だったからなのか、今の所何か体調などに変わりはなさそうだった。
日光に焼けるだとか人を食べたくなるだとかも無い。
それでも、解体した後の花も不必要に外気に晒さないように厳重に包んで持ち帰って来たのであった。
球根と解体した花をしのぶさんと珠世さんに託し、珠世さんから禰豆子ちゃんが定期検診を受けているのを、炭治郎と二人してじっくりと待つ。
謎の植物を珠世さんにもよく見て貰ったのだが、鬼の事を長年研究しかつては鬼舞辻無惨の命で「青い彼岸花」を探していた珠世さんにも、それが果たして「青い彼岸花」なのかどうなのかは分からないそうだ。
しのぶさんは早速謎の植物を調べてみようとしている様だけれど、何かしらの結果が出るまでには相当の時間が掛かりそうだ、との事だった。
残った球根を芽吹かせようともしているそうなのだけど……花の部分が余りにも繊細だった事を考えると、この時代に人の手で管理して芽吹かせるのは難しいのかもしれない。
温度や水質や土の成分などをもっと厳密に管理出来るのなら出来るのかもしれないが……。
何であれ、一応任務はこれで完了したと言ってもいいだろう。
後は鬼舞辻無惨を迎え撃つ為の準備を可能な限り進めるだけだ。
しのぶさんと炭治郎の故郷である雲取山の話や道中の事などを話したりしていると、珠世さんと一通りの検査を終えた禰豆子ちゃんが戻ってきた。
珠世さんは炭治郎を見ると優しく微笑み、陽光を克服した後の禰豆子ちゃんに何か大きな問題は起きていないと説明してくれる。
そして、陽の光を克服した唯一の鬼であるが故に『鬼を人に戻す薬』にも少しばかりの調整は必要であるが、そちらの方も問題は無さそうだとの事であった。
「『鬼を人に戻せる薬』……!
とうとう、完成するんですね……!」
求め続けていたそれがもう目の前にある事を噛み締める様に、炭治郎は溢れんばかりの達成感と喜びに溢れた様な顔をする。
鬼舞辻無惨や上弦の鬼たちに使う為のそれは更に幾つもの調整と特殊な調合を行うそうだが、しかし既に試作品自体は完成していて、培養された細胞に対しての効果は実証済みなのだとか。
そして、その薬の効果を実際に確かめる為には実験台が必要なのだけれど。それに関しては、珠世さんたちが保護していた鬼にされてしまった人が自ら実験台になる事を申し出てくれている為、その人に使ってから禰豆子ちゃんにも……との事だそうだ。
ちなみに炭治郎にはその人に心当たりがあったそうで、その人の身も案じていたからか、「良かった」と安堵の息を吐く。
人に戻す為の薬が完成したとしても、何せ鬼を人に戻すと言うそれ自体が前代未聞の事である為、何かあった時に直ぐ様対応出来る様に念入りに観察する必要はあり、いざと言う時の備えも必要であるので、完成した直後に投与出来るのかはまた別であるとの事らしいが。まあその点は珠世さんたちに任せるしかないのだし、多少時間が必要になるのだとしても結果として禰豆子が人に戻れるのなら構わないと炭治郎は気にする素振りもない。
良かった良かった、と。炭治郎と二人してその朗報に喜び、それを見てニコニコと嬉しそうに笑う禰豆子ちゃんと一緒に喜びを分かち合う。
そんな様子を見て、珠世さんは嬉しそうだけれど……しかし何処となく寂しそうな僅かに憂う様な顔をしていた。
何か気がかりな事でもあるのだろうかと訊ねてみると、珠世さんはゆるりと首を横に振る。
「いいえ、何も。悠さんたちが心配する様な事はありませんよ。
ただ……そうして喜びを分かち合える『家族』が居る事に、少し……羨む様な気持ちも感じてしまったので……」
そういった直後、本当はそれを言葉にするつもりはなかったからなのか、「気にしないで忘れて欲しい」と珠世さんは言うけれども。
もう手に入らないものを見ているかの様なその眼差しを忘れる事は出来そうにない。
……よく考えなくても、珠世さんは少なくとも数百年の時を鬼として生きている。
かつて人であった時、珠世さんがどの様な人生を送っていたのかは知らないけれど。
もうこの世には、かつて人であった時の珠世さんの事を知る人は居ない。肉親も、友人も、もう……。
更には鬼舞辻無惨と鬼殺隊から隠れる為に、市井に紛れてはいても人との関わりは極力最小限に留めていたであろうから、鬼となった後の珠世さんの事を知る人も、共に居る愈史郎さんを除けばほぼ居ないと言っても良くて。
……それは、とても寂しい事である様に思えた。
そもそも、鬼になった後に確実に人を襲っていた期間が存在する珠世さんの場合、親しい相手や肉親などの命をその手で奪ってしまっている可能性も高い。
もし自分がその様な立場に置かれたらと想像して、きっと正気を保つ事も難しい程に苦しむだろうと思ってしまう。
鬼になり、人の寿命と言う概念から解放されたとして。
それを福音と捉えるか或いは地獄の刑罰と捉えるかは、鬼によって違うだろうけれど。
……珠世さんにとって、時の流れによって終わりが齎される事は無い事は、果たして幸せな事であるのだろうかとも思ってしまうのだ。
「生きていたい理由」と言うものは、珠世さんにとってはもう鬼舞辻無惨への復讐以外には無いのかもしれない。
改めてそれを考えてしまい、そして思わず訊ねてしまう。
「珠世さんは……鬼舞辻無惨を倒した後、どうするつもりなのですか?」
その言葉に、珠世さんは少し困った様な顔をするだけで何も答えない。
答えが無い訳ではなくて、恐らくはもうきっと決めてしまっているのだ。自分の「終わり方」と言うものを。
そこに至るまでにどんな苦しみや絶望があったのかなど自分には想像も出来ないのだし、だからこそそれを止める事など出来ない。でも。
「……鬼舞辻無惨との戦いの中で、死ぬつもりなんですか?」
「その必要はあるでしょう。
薬を使うには無惨に接近する必要があります。
鬼殺隊の皆さんに接近するだけの隙を作って頂くにしろ、薬をその身体に深く射ち込む必要がある以上は鬼の様に簡単には死なない存在でなくては……。
そして、そこまで接近する以上は間違いなく無惨の身に取り込まれるでしょう」
その役目を果たすのは他ならぬ自分だと。
そして、そうやって自分は死ぬのだと。
そう珠世さんは静かに言葉にする。
そこに、己の死への怯懦は微塵も存在しない。
だけれども、そんな珠世さんを愈史郎さんは辛そうに見ていた。しのぶさんの様子は変わらないが、炭治郎は悲しそうな顔をする。
だから……。
「無惨に接近する必要があると言うのなら、そして薬を射ち込むまで絶対に死なない存在である必要があると言うのなら。
それは……俺でも果たせる事なのではないでしょうか。
珠世さんがそうやって命を差し出さなくても済む方法があるのなら、それは……」
だけれどもその言葉の続きは、それをそっと否定するかの様な珠世さんの眼差しに遮られる。
「確かに、悠さんなら可能なのかもしれませんね。
しかし、無惨は間違いなく悠さんを最大の脅威に思っているでしょうから隙を突いて近付くのは私がそうするよりも難しくなるでしょうし、何よりその様な事で悠さんを消耗させる訳にはいきません」
薬を使っただけでは、それがどんなに強力なものであるのだとしても無惨を倒しきる事は出来ないのだから、と。そう珠世さんは言う。
生存本能の権化の様な鬼舞辻無惨は、時間さえ掛ければ如何なる毒物でも薬物でもそれを解析・分解し無害化してしまうのだし、そして一度でも解析されてしまえば二度と同じ手は通じない。
薬は確かに鬼舞辻無惨討伐の要にはなるだろうが、しかしあくまでも夜明けまでその場に押し留める為の補助でしかない。
鬼舞辻無惨を確実に殺せるのは、夜明けの光のみなのだ。……或いは、強力なペルソナの力か。
人の身で鬼舞辻無惨に抗う事はそれ程までに難しい事なのだと、そう珠世さんは言葉にする。
数百年前には誰よりも近くでその脅威を目の当たりにし続けてきたからこそ、その言葉の重みは他の誰が言葉にするよりも重い。
「でも、そうだとしても。無惨に吸収されてしまうよりも前にどうにかする方法はあるんじゃないですか?
珠世さんが絶対に死ななくてはならないなんて事は……」
無いのでは、と。炭治郎はそう言葉にしようとするが。
しかし、人の感情もその匂いで理解出来てしまう炭治郎には、きっと珠世さんのその感情も理解させられてしまっているのだろう。
その死を思い留まらせようとする言葉を口には出来なかった。
……本来ならばきっと誰よりも大騒ぎしてでもそれを止めようとするだろう愈史郎さんは、何も言わない。……言えないのだろう。
だけれども、今にも泣いてしまいそうな、しかし流す涙が枯れてしまった様な、深い悲しみと葛藤が言葉にせずとも伝わる表情がその本心を物語っている。
「……珠世さんが今までどんな思いで生きてきて、鬼舞辻無惨を倒す為に足掻き続けてきたのか。
……鬼となった事でどれ程の苦しみを味わい、鬼舞辻無惨への恨みを募らせてきたのか。
それを何も知らない俺が何かを言う事も、珠世さんの決意を変える事も、出来やしないのは分かってはいます。
ですが……例えこれが珠世さんにとっては心無い言葉であるのだとしても。
俺は、珠世さんにその様な形で自分自身を終わらせて欲しくは無いです」
かつて犯してきた罪は幾らでもあるのかもしれない。死にたい理由や死ななくてはならない理由は沢山あるのかもしれない。……生きたい理由や生きなくてはならない理由は、それらに比べれば本当にちっぽけなものなのかもしれない。
鬼として生きる事自体に苦しみを感じて、しかしかと言って人に戻って人として生きて死ぬ事すら己に赦す事は出来ないのかもしれない。
自分は、珠世さんの事をその過去を、殆どと言っていい程に何も知らない。ただの協力者でしかない。その生き死にをどうこうする権利なんて欠片も無い。それでも。
これが何処までも自分勝手な我儘なのは……酷く醜いエゴなのは分かっていても。
一度でもその手を取った相手が、自分を助けてくれた相手が、笑い合った相手が、その様な形で自ら命を終わらせようとする事が耐え難い程に嫌なのだ。
……しかし、その言葉に珠世さんは小さな溜息と共に答えた。
「悠さんも炭治郎さんも、……とても優しいのですね。
ですが、良いのです。その様に気遣って頂かなくても。
……私は、かつて自らの意思で鬼になる事を選びました」
そうして語られたのは、珠世さんの過去の断片であった。
かつて人であった頃の珠世さんには夫と生まれたばかりの我が子が居た。
しかし、珠世さんは不治の病に侵され余命幾許も無く……我が子の成長を見守れない身である事は明らかであった。
幼い我が子を置いて逝く事と我が子の成長を見守れぬ事に絶望していた珠世さんの前に現れたのが、鬼舞辻無惨だった。
……鬼舞辻無惨は、「鬼」になると言う事がどう言う事であるのかを詳しくは語らずに、「生き長らえる方法がある」とだけ語り鬼にならないかと珠世さんに囁いた。
迫り来る死に追い詰められていた珠世さんは……そのデメリットを問い質す事もせずそれに飛び付き……。そして、我に返った時には。
珠世さんはよりにもよって、夫と我が子をその手に掛けて貪り食っていたのだった。
更には余りにも深い絶望と後悔によって自棄になって数多の人を殺し貪り食った。……己を鬼に変え愛する我が子と夫を手に掛けさせる元凶となった鬼舞辻無惨への憎悪を募らせながら。
そうやって何時か鬼舞辻無惨へ復讐する事を望みながらも鬼舞辻無惨に支配されていた珠世さんに訪れた転機が、縁壱さんとの邂逅だったのだ。
「……私は身勝手な理由で鬼になる事を選び、そうやって鬼になった事自体を恨みながら数多の命を奪い……。その上でこうしておめおめと無惨への復讐の為だけに生き延びてきた、そんな醜く身勝手な存在なのです」
だからこそ、そんな自分にとって相応しい最期は無惨を倒す為の捨て駒になる事なのだと。そう珠世さんは言う。
……珠世さんの過去に、何も言葉を発する事は出来なかった。自分も、そして炭治郎も。
しのぶさんは既にその過去と執念を知っていたのか……動揺する事も無く静かに珠世さんを見ているが。やはり何も言うつもりは無いらしい。
暫しの沈黙がその場に落ちる。
だが、その沈黙を破る様に。炭治郎はゆっくりと想いを言葉にする。
「でも……じゃあ、愈史郎さんはどうするんですか……?」
誰の目から見ても明らかな程に、愈史郎さんは珠世さんを特別に慕っている。最早、崇拝していると言っても過言では無い程までに。
……確かに、珠世さんにとってはそうやって死ぬ事が望みであるのかもしれない。
しかし、ならば。遺される事になる愈史郎さんはどうなると言う話にもなってしまう。
愈史郎さんは珠世さんが鬼にした存在だ。
珠世さん程の時間を生きている訳では無いだろうけれど、しかし人であった時の時間の流れからは既に断絶されてしまっている。かつての知り合いもほとんど居ないだろうし、今も存命であるのだとしても何十年も昔の姿のままの愈史郎さんがその人たちに会う事は出来ない。
それに、きっと。珠世さんが居なくなった後の世界を生きる事は、愈史郎さんにとっては全く望みでは無いだろう。
誰よりも傍に居てその苦しみや絶望を理解して、そして何よりも珠世さんの事を誰よりも特別に想っているからこそ、愈史郎さんは珠世さんの決断を止める事は出来ないのだろうけれど。
……愈史郎さんの気持ちを代弁したい訳では無くても、どうしても遺される側になってしまう愈史郎さんの事を思うと、珠世さんのその決断は思い直して欲しいと思ってしまう。
ならどう終われば良いのかなんて、自分には分からないのに。
愈史郎さんの名前に、珠世さんはそっとその目を伏せる。
珠世さんも、愈史郎さんの事を大切に想っているのだし、当然愈史郎さんの気持ちにも気付いているのだろう。
数百年前に喪ってしまった「家族」にその心は何時までも向いているのだとしても。それはそれとして一途に自分を慕い続けてくれている相手に対して何も感じない程心が無い訳ではないのだから。
愈史郎さんが向けている想いと同質のものでは無いのだとしても、珠世さんにとってやはり愈史郎さんは特別な存在なのだ。
死を望んでいたとしても、やはり愈史郎さんの事は気掛かりであるに違いない。
「……愈史郎には、寂しい想いをさせてしまうのでしょう。
望むのであれば、愈史郎の分も『鬼を人に戻す薬』を作る事は可能です。そうやって、人として生き人として死ぬ事もまた一つの道であると、そう思いますが……」
そうは望まなかったのだ、と。そう暗に示す。
……もし愈史郎さんが人として生きる事を選んだとすれば、鬼舞辻無惨の討滅に協力したその対価としても鬼殺隊は……お館様たちは愈史郎さんが人として生きていく為の援助を惜しまないだろう。
だけれども、愈史郎さんにとって珠世さんの居ない世界で人として生きて死ぬ事もまた望みではなかったのだ。
……どうすれば、お互いにもっと納得の行く結果になるのだろうか。それは、二人の関係性については全くの部外者でしかない自分や炭治郎には分からない事なのかもしれないが。でも。
「……俺は。そうやって珠世さんが鬼舞辻無惨を倒す為の礎になる事が、一番良い道だとは思いません。
鬼舞辻無惨を倒した後に、珠世さん自身に生きていたい理由は無いのだとしても。
なら、鬼舞辻無惨が確実に滅びたその光景を見届けてからでも良いのではないでしょうか。
鬼として生きる苦しさも、愛する人をその手に掛けた絶望も、何百年も抗い続ける辛さも、何も知らないからこその勝手な我儘であるのかもしれません。
それでも、俺は……」
抗い続け、足掻き続け。きっと何時か訪れるその日の為に隠れ潜みながら鬼舞辻無惨を殺す為の刃を研ぎ続けてきたその執念と努力の結末を見届けずして、捨て駒の様に犠牲にならなくてはならない理由など果たしてあるのだろうか。
どうしても死を望む他に何も無いのだとしても、ならばせめて。鬼舞辻無惨が夜明けの光の中で燃え尽きるのを見届けてからで一体何の不都合があると言うのだろう。
そんな思いはあるけど、しかしそれが何処までも個人的な感情論に終始してしまう事も分かっているから……何も言えない。
だからこそ、苦しい。
そんな此方の様子を見て、珠世さんは少し困った様にその眉尻を下げる。
そしてゆるゆると穏やかに首を横に振った。
「……お二人の気持ちは、とても嬉しいです。
もしも、もっとずっと昔にお二人に出会えていたのなら、その優しさに甘えていたのかもしれない。
ですが、私は長く生き過ぎた。
無惨に支配され人を食う鬼として生きてきた時間も、……支配から逃れ何時か無惨を討つ日の為に薬を作り続けてきた時間も……。
どちらも、人として生きる時間を遥かに超えている。
そしてそれは、決して幸せな事ではないのですよ」
そう呟く珠世さんのその横顔は、鬼であるが故に若く美しいものであるのと同時に、余りにも長い時を見詰め続け疲れてしまった人の雰囲気もそこにある。
「あの子の成長を見届けたくて、だから私は一度は己の身に迫った死を否定した。
その結果……私の手はあの子とあの人の血と死に塗れてしまった。
あんなにも愛しくて、見守ってやりたいと……そう願っていた筈なのに。
どうしてか、思い出せるのはあの子の血肉の味と物言わぬ骸となった姿ばかりで。
微かに残っていた筈のかつての姿すら、鬼として狂っていた中で……そして長い時の中で朧気になって。
今となっては、あの子をとても愛していた事実と、産まれたばかりのあの子を抱き締めた時の温かさしか思い出せない。
……それが、とても苦しいのです」
人の寿命を遥かに超えた珠世さんの戦いの道程が無ければ、今こうして鬼舞辻無惨を討つ為の準備すら儘ならなかっただろう事は確かで。
鬼として人の時間に縛られないからこそ、成し遂げられる事は必ずあって。
そして鬼として過ごす時間の中でだって、ほんの僅かにでもその心を慰める様な、そんな小さな幸せの時間はあっただろう。
しかしそれらの事実を積み上げても何一つとして釣り合わぬ程に。珠世さんにとっては、鬼となって愛した者をその手にかけた事と、鬼になってでも愛していた相手の事を記憶の中に鮮明に留める事が出来なかった事は耐え難い事であったのだ。
「……ですから、禰豆子さんには少しばかり眩しく思う気持ちがあるのと同時に、それ以上に幸せになって欲しいのです。
自分には出来なかった事を、成し遂げた禰豆子さんだからこそ……」
家族を……愛する者を手に掛ける前にそれを強靭な理性で止め。己の身を顧みない程一心にその身を案じ、何としてでも人に戻そうと足掻いてくれる家族が居て。そして、そんな家族に時の流れの中で置き去りにされる事無く人に戻る事が出来る。
……そんな禰豆子ちゃんの姿は、そうは在れなかった珠世さんにとって、とても眩しく映っているのかもしれない。
「でも……! 禰豆子が人に戻れるのは、珠世さんのお陰なんです……!
珠世さんが居てくれたから……。珠世さんは俺たちの恩人なんです。だから……!」
珠世さんにも笑顔で生きて幸せになって欲しいのだ、と。
そう炭治郎は言葉にして伝える。その言葉が珠世さんの心を救える訳では無い事も分かった上で、それでもと。
そんな炭治郎の目は、珠世さんの苦しみに共感したからなのか涙ぐみそうな程に潤んでいる。
そんな炭治郎に、珠世さんは穏やかに微笑むのであった。
結局珠世さんを翻意させる事は出来ず、それを仕方の無い事だと割り切らねばならぬと理解しつつも何とも言い難いもやもやとした感情が溢れる。
それでも何時までも珠世さんとしのぶさんの邪魔をする事を出来ないので、炭治郎と二人してその場を後にしたのだが。
「……おい、少し話がある」
何時の間にか追い掛けて来ていたらしい愈史郎さんに、面を貸せとばかりに呼び止められるのであった。
◆◆◆◆◆
【鳴上悠】
珠世さんに死んで欲しくは無いのだけれどそれはそれとして余りにも難しい……。そしてやはり鬼は悲しい存在だと思う。
【竈門炭治郎】
匂いによって珠世さんの気持ちが物凄く理解出来たからこそ辛い。死んで欲しくない……。
【胡蝶しのぶ】
珠世さんが復讐の為に死ぬ事に関して自分がとやかく言える立場では無い事は分かっているし、必死になって止めないといけない程の執着もない。
それはそれとして、珠世さんが生き延びたとしても悪感情は無い。
【珠世】
今この時が苦しく辛いだけでは無いし、小さな幸せは沢山あるのだがそれはそれとして今までの自分の行いを重く受け止めている為に贖罪を求めている。
【愈史郎】
珠世様には生きていて欲しいに決まっているだろう!!
【浅草の人】
ひっそりと人に戻れる模様。
それはそうと無惨への恨みは当然あるので、血鬼術の媒体となる肉種子はしっかりと珠世さんたちに託している。
珠世さんたちは特殊な処理を行う事によって、その血鬼術を保存している模様。
≪今回のコミュの変化≫
【女帝(珠世)】:8/10→9/10
【悪魔(愈史郎)】:7/10→9/10